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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第43話: 東の王、ヴィクトル・レーヴェン

 その日の朝、レンは執務室の窓から東の街道を見ていた。


 マルクが昨日持ってきた報告書が机の上にある。「ノイマン王国外交使節団、本日午前到着予定」。商人ギルドの情報網は冒険者ギルドより早い。ダリウスが正式な外交通告を受け取る前に、マルクはすでに使節団の人数、馬車の台数、護衛ゴーレムの型番まで掴んでいた。


「ノイマン王国。レーヴェン朝」


 レンは窓枠に肘をついて呟いた。


 マルクの報告によれば、東の大国。二年前に現れた若い王が、驚異的な速度で国を建て直した。それまで小さな東部辺境国だったノイマンを、大陸有数の効率国家に作り変えた男——ヴィクトル・レーヴェン。


 気になったのは、マルクが付け加えた一行だった。


 「固有スキル持ちの噂あり。詳細不明」


 固有スキル。転生者のみが持つ、神授のスキル。


「イグニス」


 肩口の炎が揺れた。


「何だ」


「お前、精霊ネットワークで聞いたことないか。東の大国に、俺と似たスキルを持つやつがいるって」


 イグニスの炎が一瞬、ぐらりと歪んだ。


「……聞いたことがある」


「あるのかよ」


「東の精霊たちが落ち着かん、と言っておった。二年ほど前からだ。MCP接続に似た波動が、東方から流れてきていると」


「MCP接続に似た……」


「うむ。ただし——」


 イグニスの声が低くなった。


「東の精霊たちは、接続先の術者に対して、好意的ではない」


「嫌われてるのか」


「嫌われているのとは違う。恐れている、と言った方が近い」


 レンは窓の外に目を戻した。


 東の街道の先、朝靄の向こうに砂塵が見えた。




 外交使節団は、予定通り午前中にアルゴリズの東門に到着した。


 レンは門の前に立っていた。隣にダリウス。後方にカイル、メイラ、マルク。最低限の出迎え体制だ。ダリウスが「外交儀礼としてもう少し人数を——」と言ったが、レンが「大げさにしたくない」と却下した。


 東門が見える位置から、使節団の全容が徐々に明らかになった。


 ——まず、ゴーレムが見えた。


 レンのゴーレムとは違う。アルゴリズのゴーレムは土と石と金属の塊で、どこか不格好だ。壊れたら直す。形がいびつでも動けばいい。レンの流儀が反映された、実用重視の機体。


 ノイマンのゴーレムは——白かった。


 全身が滑らかな白磁のような素材で覆われている。関節の継ぎ目が見えない。動きに無駄がない。まるで美術品が歩いているようだった。


「美しい造りですね」


 メイラが眼鏡の位置を直した。研究者の目になっている。


「関節部の魔法陣が外装の内側に完全に格納されています。耐久性よりも美観を優先した設計……いえ、おそらく両立しています。魔法陣の効率が、レンさんのゴーレムより……」


「メイラ。続きは後で聞く」


「あ、すみません……」


 ゴーレムは六体。使節団の馬車を左右から護衛するように歩いている。その配置は完璧な等間隔で、動きは同期している。まるで一つの意思で操られているように。


 ——いや。一つの意思で操られているんだ。


 馬車が停まった。


 白い馬車。装飾は控えめだが、設計の精度が異常だった。車輪の一つ一つが同じ角度で止まっている。馬車の扉のヒンジに至るまで、無駄な部品が一つもない。


「機能美ってやつだ」


 レンは前世の記憶の中から、その言葉を引っ張り出した。


「アップルの製品みたいだな……」


「あっぷる?」カイルが首を傾げた。


「何でもない」


 馬車の扉が開いた。


 最初に降りたのは女性だった。


 淡い金髪のストレート。深い青の瞳。白い肌に、レーヴェン王国の貴族服。華やかだが、着ている本人が華やかさを求めていないことが不思議と、見た瞬間にわかった。


 少し寂しそうに微笑んでいる。いや、微笑んでいるのかどうかも定かではない。表情が静かすぎて、読み取れない。


 レンは一瞬、エルナのことを考えた。エルナの感情は顔に全部出る。怒っている時は眉が上がるし、照れている時は頬が赤くなるし、呆れている時は溜息をつく。わかりやすい。


 この女性は逆だ。全てが内側に閉じている。


 女性は馬車の脇に立ち、扉を開けたまま待った。


 誰かを待っている。


 そして。


 ヴィクトル・レーヴェンが、馬車から降りた。




 最初の印象は——隙がない、だった。


 プラチナブロンドの髪。完璧に整えられている。一本の乱れもない。淡い青灰色の瞳。冷静で、どこか空虚で、それでいて、こちらを値踏みしているような光がある。


 白を基調とした王衣。一点の汚れもない。仕立ての精度がわかる。布地の折り目すら計算されているように見える。


 身長は百八十三センチ。レンより十三センチ高い。体格も良い。だが鍛えた筋肉ではなく、「最適な体型」に設計された身体という印象を受けた。


 ヴィクトルの視線がレンに向いた。


 レンの背筋に、かすかな緊張が走った。


 目が——何も言っていなかった。


 喜びも、敵意も、興味も、警戒も。何もない。感情の痕跡がない目。データを読むように、レンを見ている。


「アルゴリズ国王、レンハルト・コード殿」


 ヴィクトルの声は低く、滑らかだった。抑揚が完璧に制御されている。聞き取りやすく、不快感がなく、権威を感じさせつつも威圧的ではない。


 ——この声、生成されてるな。


 レンは直感的に理解した。


 ヴィクトルが発した言葉は、ヴィクトル自身が考えた言葉ではない。AIが「初対面の外交挨拶として最適」と判断した文面を、そのまま読んでいる。


 口調、間の取り方、声の高さ。全てが最適化されている。


「ノイマン王国国王ヴィクトル・レーヴェンです。このたびは訪問をお許しいただき、感謝申し上げます。貴国の発展は東方にまで聞こえております。短期間でハンデルスとの通商条約を締結されたことは、大陸経済における重要な一歩であり——」


「長いな」


 レンが遮った。


 ダリウスが息を呑んだ。マルクの計算帳が止まった。カイルだけが「おう」と頷いた。


 ヴィクトルの言葉が——止まった。


 完璧に流れていた弁舌が、一瞬だけ途切れた。台本にない割り込みに、処理が追いつかなかったように。


「……失礼?」


「あ、すまん。俺も長い挨拶は苦手でさ。——ヴィクトル、でいいか?」


「……構いません」


「俺はレンでいい。国王って呼ばれるの、まだ慣れてないんだ」


 ヴィクトルの目が——わずかに動いた。何かを計算しているような動き。おそらく、AIに「この反応に対する最適な返答」を問い合わせている。


 二秒。


「では、レンハルト——いえ、レン殿。略式で失礼いたします」


「殿もいらない」


「……」


 ヴィクトルが、レンを見た。


 初めて、ほんのわずかに、眉が動いた。困惑だ。台本にない展開に対する、純粋な困惑。


 AIが生成した完璧な外交シナリオの中に、レンハルト・コードという変数は入っていなかったのだろう。


 隣のダリウスが小声で囁いた。


「レンハルト殿。外交儀礼というものが……」


「知ってる。でもこの人、台本読んでるだけだろ。俺も台本読むの嫌いなんだ」


 ダリウスが額を押さえた。胃薬を探す仕草が見える。




 外交会談は、冒険者ギルド二階の会議室で行われた。通商条約を交渉した、あの部屋だ。


 テーブルの両側に、両国の代表が座る。


 アルゴリズ側はレン、ダリウス、マルク。後方にメイラとカイル。


 ノイマン側はヴィクトル。そして随員が三名。全員が白い服を着ている。同じ姿勢。同じ無表情。使節団のゴーレムは外で待機している。


 その中にあの金髪の女性がいた。リーネ。三名の随員の中で唯一、表情に温度がある。他の二名はゴーレムと見間違えそうなほど、動きが均一だった。


「本日の議題は、両国間の友好関係の構築と、将来的な協力体制の検討です」


 ヴィクトルの声は、座っても変わらず完璧だった。


「具体的には、以下の三点を提案いたします。第一に、通商面での相互関税優遇措置。第二に、ダンジョン攻略における情報共有体制の構築。第三に——」


 ヴィクトルの言葉は淀みなく流れた。


 論理的。具体的。数字を含み、前例を引用し、双方の利益が均等になるよう設計された提案。一語一句に無駄がない。法学的にも経済学的にも、反論の余地がほとんどない。


 レンは黙って聞いていた。


 ダリウスのペンが走る。メイラがノートに速記している。マルクの計算帳が、ヴィクトルの数字を追いかけている。


 三人とも優秀だ。レンの仲間は優秀な人間ばかりだ。だが、ヴィクトルの弁舌は三人の処理速度を上回るペースで情報を供給し続ける。


 まるでドキュメントを音読しているような正確さだった。


 いや。音読しているのだ。AIが生成した外交文書を、一字一句そのまま。


 ヴィクトルが話し終えた。


「以上が、ノイマン王国からの提案です。ご検討いただければ幸いです」


 沈黙が落ちた。


 ダリウスが書き留めたメモを確認している。マルクのペンが止まった。数字の計算を終えたようだ。


「完璧だ」


 マルクが呟いた。声に、感嘆というよりは警戒が混じっていた。


「関税優遇の条件設定、ダンジョン情報共有のプロトコル、いずれも我がアルゴリズに不利な条件は見当たりません。むしろこちらに有利すぎる。何が狙いですか、ヴィクトル陛下」


「狙いはありません」


 ヴィクトルが即答した。


「両国の利益が最大化される条件を、最適化計算で算出した結果です。ノイマンにとっても、アルゴリズにとっても、この条件が最善解です」


 マルクの目が細くなった。灰色の瞳が、ヴィクトルを値踏みしている。


「最適解、ですか。商人の経験から申し上げると、両者にとって最善の条件というのは、たいてい、どちらかが何かを見落としている時に現れるものですが」


「見落としはありません。三百七十四通りのシミュレーションの結果です」


「三百七十四通り」


「はい。変数は両国のGDP、交易品目、輸送距離、関税率、ダンジョン資源の埋蔵量推定値を含む二十三項目。いずれも精霊ネットワーク経由で取得した実測値です」


 マルクの計算帳が閉じられた。反論する材料がない。数字で返されたら、数字で返すしかない。だがマルクの計算は三百七十四通りには届かない。


 レンは腕を組んで、ヴィクトルを見ていた。


 完璧だった。


 論理も、数字も、提案の構成も。反論の余地がない。ペトラの時と同じだ。完璧すぎるが、ペトラが言った「完璧すぎる条約は三年で破綻する」という言葉が頭をよぎった。


「ヴィクトル」


「はい」


「その提案、お前が考えたのか?」


 会議室の空気が変わった。


 ダリウスのペンが止まった。マルクが計算帳に手を置いたまま動かない。メイラのノートが宙で静止した。


 ヴィクトルの表情は変わらなかった。


「私のスキルが生成しました」


「お前が、じゃなくて?」


「同じことです。スキルの出力は、術者の意志の延長です」


「そうか?」


 レンが身を乗り出した。


「俺も同じスキルを持ってる。生成AI。——お前と同じだ」


 ヴィクトルの目が——初めて、明確に動いた。


 淡い青灰色の瞳の奥に、何かが走った。驚きではない。確認。すでに知っていた情報を、当事者の口から裏付けられた時の確認の光。


「存じておりました」


「だろうな。だから来たんだろ」


「……はい」


 ヴィクトルの声が——一瞬だけ、生成された滑らかさから外れた。「はい」の一語だけが、ほんのわずかに違った。声の深さが変わった。抑揚の計算が——途切れた。


 レンはそれを聞き逃さなかった。


「俺はスキルの出力をそのまま使わない。必ず手を入れる。直す。書き直す。お前は、そのまま使うんだな」


「それが最適だからです」


「最適だから?」


「AIの出力は、術者が手を加えた時点で品質が低下します。最適化された文面を劣化させる理由がありません」


 レンの中で何かが引っかかった。


 劣化。ヴィクトルは「手を加える」ことを「劣化」と呼んだ。


 ペトラは逆のことを言った。手書きの方がいい。誠実さがある。


 どちらが正しいのか——答えは、まだ出ない。


「面白い考え方だな」


 レンは椅子の背にもたれた。


「俺は逆だ。AIの出力をそのまま使うのが——気持ち悪い」


「気持ち悪い」


「ああ。完璧すぎて。——自分のものじゃない感じがする」


 ヴィクトルが黙った。


 二秒。三秒。AIに問い合わせているのか。それとも問い合わせる前に、何かが引っかかったのか。


「自分のもの、という概念が理解できません。スキルは術者に帰属します。出力は術者のものです」


「帰属と所有は違う。法律上は俺のものでも——俺の言葉じゃない」


「言葉に所有者は必要ですか?」


「必要だ」


 レンは即答した。


「少なくとも、俺は——自分の言葉で話したい。下手くそでも」


 ヴィクトルがレンを見た。


 表情は変わらない。淡い青灰色の目は、相変わらず何も語っていない。だがその「何も語っていない」の質が、会談の冒頭とは、少しだけ違っていた。


 空虚ではなく。


 何かを探しているような——目。




 会談は三時間に及んだ。


 具体的な条約の話は、ダリウスとヴィクトルの間で進められた。ヴィクトルの提案はやはり完璧で、ダリウスが指摘する穴がほとんどなかった。


「恐ろしい男です」


 休憩時間。廊下の窓辺で、ダリウスがレンに耳打ちした。


「条約草案の品質は、ペトラ殿のそれを上回っています。法的な整合性、経済予測の精度、いずれも私が見た中で最高水準です。しかし」


「しかし?」


「誠実さがない」


 レンは目を瞬いた。


 ダリウスがペトラと同じことを言った。


「私が宰相として百本以上の条約草案を査読してまいりましたが、あの提案は一言で言えば完璧です。瑕疵がない。ですが、完璧さと誠実さは別のものです。ペトラ殿の言葉を借りるなら、条約は誠実さです」


「お前がペトラさんの言葉を引用するとは」


「良い言葉は引用します。それが官僚の美徳です」


 レンは笑った。ダリウスが美徳という言葉を使ったのは初めてかもしれない。


「で、お前はどう思う。ヴィクトルの提案、受けるべきか?」


「内容に問題はありません。受けて損はない。——ただし」


 ダリウスの目が、会議室の方を向いた。


「あの方は、なぜこの提案をしたのか。その理由がAIの最適化計算以外にあるのかどうか。それが、私には見えません」


「動機がわからない、ってことか」


「はい。動機のない提案ほど、怖いものはありません」




 会談が終わり、ヴィクトルの使節団は滞在用の宿舎に案内された。ダリウスが手配した、アルゴリズで最も格式の高い……とは言っても、元は冒険者向けの宿を改装した建物だが。


 レンは宿舎の廊下で、あの金髪の女性とすれ違った。


 ヴィクトルの随行者。会談の間、一言も発さなかった女性。テーブルの端に座り、静かにヴィクトルを見つめていた。


「あの——」


 レンが声をかけた。


 女性が足を止めた。深い青の瞳がレンを見た。


「レンハルトさん、ですね」


 声は穏やかだった。だが芯がある。我慢強い人の声だ。


「俺はレンでいい。あんたは?」


「リーネと申します。ヴィクトルの——」


 一瞬、言葉が途切れた。


「婚約者です」


 レンは目を瞬いた。


 あの男に——婚約者。


「すみません、変な顔しましたか?」


「いえ……ただ少し驚いただけです。ヴィクトルが、その、人間関係にあまり興味がなさそうに見えたので」


「興味がないのではないのです。わからないだけです。ヴィクトルは」


 リーネの声が、わずかに揺れた。


「自分が何を感じているか、わからない人なんです」


 レンはその言葉の重さを、すぐには計れなかった。


「あの会談で」


 リーネが続けた。


「あなたが『自分の言葉で話したい』とおっしゃった時——ヴィクトルの目が変わりました。お気づきでしたか」


「……気づいた、かもしれない」


「わたしは、あの変化を二年間待っていました」


 リーネが微笑んだ。


 寂しそうな微笑みだった。だがその寂しさの奥に、折れない何かがあった。


「ヴィクトルは、AIに全てを委ねています。政策も、演説も、手紙も。——わたしへの手紙も」


「手紙も?」


「ええ。美しい手紙です。完璧な言葉遣いで、わたしが喜ぶことだけが書かれています。でも」


 リーネの目が、遠くを見た。


「一度も、ヴィクトルの言葉だと感じたことがありません」


 レンは何も言えなかった。


 AIが生成した完璧なラブレター。自分の言葉が一行もない手紙。受け取る側は何を思うのだろう。


 ペトラの言葉が蘇った。「完璧さではなく、誠実さ」。エルナの採点が頭をよぎった。「パンの話じゃない」と言った時のあの不器用な言葉。35点。いや、40点。


 あの40点の方がAIが生成した100点より、きっと重い。


「リーネさん」


「はい」


「あの男は——変われると思いますか?」


 リーネが、レンを見た。


 深い青の瞳にかすかな光が差した。


「わかりません。でもあなたと会って、初めてヴィクトルの目が動きました。それだけで、わたしは今日ここに来た甲斐がありました」


 リーネは小さく会釈して、宿舎の廊下を歩いていった。


 レンは一人、廊下に残された。


 窓の外には、秋の夕日に染まるアルゴリズの街並みが広がっている。ゴーレムが荷物を運び、人々が通りを歩き、パン屋の煙突から煙が上がっている。


 不完全な街だ。道はまだ全部は舗装されていない。建物の高さがバラバラだ。通りの角に、エルナが干している洗濯物が見える。


 ノイマンの街はたぶん、こうではないのだろう。完璧に舗装され、完璧に設計され、完璧に管理されている。


 だが、洗濯物は干されているのだろうか。


「術者」


 イグニスの声が肩口で揺れた。


「何だ」


「あの男。もう一人の術者だな」


「ああ。同じスキルだ」


「同じスキルだが——同じ匂いがしない」


「匂い?」


「お前は焦げ臭い。いつも何かを燃やしている。失敗して、やり直して、また燃やす。——あの男は、何も燃やしていない」


 レンは笑った。


「焦げ臭いのは褒め言葉か?」


「いいや。迷惑だ」


「だろうな」


 イグニスの炎が、かすかに揺れた。


「だが——何も燃やさない男は、何も温められない。それだけは確かだ」


 レンは窓の外を見た。


 東の空に、最初の星が光っている。八百キロ先のノイマン王国。完璧で、効率的で、隙のない国。


 その国の王は——自分と同じスキルを持ちながら、自分とは正反対の選択をした男だった。


 AIの出力をそのまま使う。一語一句変えない。最適解を、最適のまま実行する。


 それは——もしかしたら、レンがエルナに出会わなければ、レン自身がなっていた姿かもしれない。


 前世のCTO時代。効率を追い求め、人間関係を「コストパフォーマンスが悪い」と切り捨てていた自分。恋人も友人も不要だと思っていた自分。


 ヴィクトルは——過去の自分だ。


「明日から、どう付き合うか考えないとな」


 レンは頭を掻いた。


 完璧な男に、不器用な自分が何を言えるのか。わからない。


 だが一つだけ、わかっていることがある。


 完璧な答えは、AIに聞けば出てくる。


 でも俺は——自分の言葉で話す。下手くそでも。


 それが、レンハルト・コードのやり方だ。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第43話「東の王、ヴィクトル・レーヴェン」。ついに、レンの"鏡像"となるライバルが登場しました。


ヴィクトル・レーヴェンは悪役ではありません。むしろ、レンが辿り得たもう一つの道を歩いている男です。もしレンがエルナに出会わなかったら、もしカイルの脳筋ツッコミがなかったら、もしグレンの「手触りがあるか」という問いがなかったら——レンもまた、AIの出力をそのまま使う男になっていたかもしれない。


「AIが出力した完璧な言葉を、なぜわざわざ直すのか」。ヴィクトルの問いは、この物語の核心に触れています。効率だけを考えれば、直さない方がいい。でも直すことで——そこに自分が宿る。不格好でも、それが「自分の言葉」になる。


イグニスの「何も燃やさない男は、何も温められない」は、書いている途中で降りてきた台詞です。炎の精霊が言うからこそ重みがある言葉になったと思います。


リーネの「二年間待っていました」も、書いていて胸が痛くなりました。完璧な手紙を何通受け取っても、一度もその人の言葉だと感じられない——それは、ある意味で無視されるよりも辛いことかもしれません。


次話では、ヴィクトルとレンの価値観の衝突がさらに深まります。お楽しみに。

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