6. ログアウト
再会の約束はしなかった。
教会まで道案内をして、復活のために必要な手続きを済ませると、俺は彼女に別れを告げる。
連絡用のIDの交換も特にしない。
彼女が再びこのゲームにログインするかどうかもわからない。
わからないことを約束することはできない。
「復活までは十分ほどかかるようですから。自分はここで」
夕暮れに染まるレンガ作りの街並みの中に足を踏み出す。
振りかえると、ショーコは少し頭を下げた。
また、と言いかけて口をつぐみ、俺もまた会釈をした。
日没を知らせる鐘が鳴り響く中、教会を背に俺は歩き出す。
少しまた振り向いた。
彼女の視線がつと教会の鐘の方を向いた。
その時俺はアバターを切り替えた。
再び彼女が視線を戻した時、すでに『ネギ』の姿はない。
学者風のローブを着た男性魔術師キャラである『カブ』がそんな彼女を後ろから見守るような位置で姿を現している。
俺の意識もそこにあった。
ショーコは何度かあたりを見回す。当然俺の姿も見えているだろうか、もちろんそれは彼女の探す姿ではない。
少し通りの方に歩き、そして立ち止まり、夕闇に沈みつつある空を見てから、彼女は教会の入り口へと戻る。
その脇を、特になんという表情もなく、俺は通り過ぎた。
彼女は少しだけうつむき加減で、特に嬉しそうでも悲しそうでも、辛そうでも、穏やかそうでもない様子で建物の中に消えた。
俺はそのまま少し歩き、路地へと入る。
そしてシステム・コールでセンターを呼びだす。
『今日の業務を終えたいと思います。ログアウトの許可を』
そして目の前にコンソールメニューを表示させる。
『了解しました。おつかれさまでした』
既に聞きなれたタチバナの声がかえってくる。
俺はポケットからクエストの報酬としてもらった水晶のかけらを取りだす。
そして日にちカウント用の小袋の中にそれを入れた。
二十枚の金貨と、ひとつの水晶のかけら。
これが得たものの全てなのかもしれない。
ログアウトメニューを押す。
世界は目隠しをされたかのように深い闇に包まれ、俺はこの世界から離れるのだと思う。
***
ベッドの上で目覚めていた。
窓の外はまだ暗い。
枕元には電源の切れたスマホが転がっている。
立ちあがり、机の上においてあるデジタル時計を見る。
まだ朝の四時五十分だった。
夜明けまでも時間がある。
けれども眠気はなかった。
記憶はまだ生々しかったかが、それらが何かしら現実であることを指示すようなものはない。
時計の差す示す日付は、学校から帰ってきて寝つぶれたあの翌日だ。
二十日あまりの時間はすべてなかった。
ポケットに手をいれてみるが、もちろん、証拠の金貨も水晶のかけらもない。
なんなんだ。
妄想だったのか。
夜の自分の部屋でベッドに座り、窓の外に風が吹く音を聞いていると、そこだけどこからも切り取られて存在するふわふわとした実体のないもののように思える。
それはどこにもゆかず、どこにも辿りつかない、箱庭のようでいて、幻のようでいて、自分のもののようでいて借り物のようでもある。
だがこんな気分も日も出て、やがて空気にざわめきが増えて、学校へいく時間になれば、生々しい現実があることを思い知らされるんだ。
うずくまり目をつぶる。
寝れなくてもいい。
ただ、少しだけ自分自身の感覚だけを感じていたかった。
この気持ちは何なのか。
しばらくしてそれは哀しみなのだと気付き、少しだけ、俺は泣いた。




