3. クエスト
クエストの中心地である「水晶の泉」までは、ほぼ一本路で迷うところはない。
「ネギ」を含めた、「ショーコ」「タウル」の臨時三人パーティはレベル警告もなく、クエストイベント出現地点までたどり着くことができた。
森の入り口では、一人の女性NPCがうずくまっていた。
弟と二人で水晶の杜の奥にある薬効あらたかな「百合水晶」をもとめてやったきたのだが、野犬に襲われ彼女一人身動きできなくなってしまったという。問題の野犬を退治した後、弟は水晶を求め独り杜の奥へむかってしまったことだった。
クエストはその弟の保護と、百合水晶を持ちかえるということ。
NPCに対しては簡単な回復魔法を使うことがイベント必須条件としてあった。回復役が必要であった理由の一つがこのイベントのためであったようだ。
女戦士である「ショーコ」はこのゲームでの初めてのイベントということで、NPCの自然な受け答えにひどく感動していた。見たところ、最初の受け答えは自動応答のようだが、それ以上の追加の会話の一部は運営側スタッフが一部、マンパワーで対応しているようだった。
もちろん、向こうは俺がゲームマスターの一人であることを知っているので、必要以上の会話をこちらに求めてくることはなかった。
女性NPCより弟の写真(というかゲーム内では一応絵ということになっているが)と泉までの地図をアイテムとして受け取ると、ショーコとタウルは並んで先頭を歩き始めた。
俺はというと、しんがりを守りながらも、二人のユーザ情報を横目で眺めていた。
すでに、最初の彼女の名乗りの時点で気付いていた。
ショーコ。
登録ユーザ者の名前には、「篠崎彰子」とある。
同姓同名の別人という可能性もある。
しかし、これは俺の夢の中だ。
そうであるならば、つまり、そうであるのだろう。
ご丁寧にも、ネットの接続地域までの情報があり、そこには、俺の住む街が含まれている。
もちろん、接続エリアのごまかす方法などいくらでもやりようはある。しかし、リアルタイム性の高いネットゲームに接続するユーザが、そんなパフォーマンスを下げるようなことをすることはめったにない。
男のほうの登録名は「遠野渉」とある。ワタルからタウルとしたのか。
いや、そんなことはいまはどうでもいい。
最初の印象が確かならば、二人はいわゆる交際関係にあるのだろう。
なんなんだ。
二人の背中を見ながら俺はログアウトメニュー画面を開く。
ここでログアウトすれば夢から覚めるのだろうか。
別段かまわないじゃないか。夢だと気付いて目が覚める。よくあることだろう。
二人の肩がちょっとぶつかる。彼女のほうがふらっと近づき、触れて、そして少し離れる。
なんなんだ、これは。
実のところ、あまりに生々しいこの状況で、ログアウトを自ら押すことに恐れを感じはじめてもいた。
夢から覚めるだけ、なのか?
本当に?
指が動かない。
そしてその一方でこうも強く望んでいる。
抜けろ、早く、目覚めろ、いま、すぐに。
「ねえ、あとどのくらいですかね」
不意にショーコが振り向き声をかける。
「そうですね、距離的にはあと二十分程度のはずです」
彼女らは「ネギ」のことをこのクエストの経験もあるベテランユーザだと思っている。彼らには見えない別画面には、クエスト攻略に必要なマップや、トラップ、エネミー出現位置やその情報が見えている。それらの情報があれば、プレイしたことがあるように装うのは簡単だった。
今となっては運営側スタッフのひとりだとばらす必要もない。クエストがうまくゆくよう、目立ち過ぎずバックアップできれば、それでいい。
「私、戦闘初めてなんですよね」
いつの間にか歩調を遅め、ショーコが俺の隣にまで近寄っていた。
「チュートリアルの戦闘はありましたよね」
顔を前に向けたまま俺は答える。
「だけど、あれ、『戦う』のコマンドを連打するだけで、何かやったって感じじゃなかったから」
先頭を歩くタウルの背中を二人でみている。
右手に地図を持ち、左手を剣の柄にあてながら彼はあるいている。
「ショーコさんのクラスは戦士ですから。特別な剣士スキルを使わなければ、基本『戦う』の連打であとは、自動的にうまく間合いも攻撃もやってくれますよ」
「その剣士スキルってこれを選ぶの?」
彼女がコンソールメニューを読み上げ始める。
それからは、いくつか戦闘時のおおまかなパターンについての説明会となった。ときおり、タウルが振りかえってこちらをみたが、ゲームに関するレクチャーだとわかると、むしろ少し満足げな表情さえ浮かべながら先を進んでいった。自分が説明するよりも、女同士であるほうが、受け容れ易いだろう、などと考えているのかもしれない。ゲームに誘った手前、面白さを分かってほしい気持ちはわかる。だが、俺はというとそんな彼の望みをかなえていると思うと、楽しい気持ちにはなれなかった。
そうして十分ほど話していると、クエストのボスの出現位置が近づいてきた。
おおまかな場所はすでに二人にも説明している。
歩みをゆっくり落として、武器を抜きあたりを見回す。
二人もそれに続いた。




