2. アバター
結局、俺はタチバナのアドバイス通り、二体のアバターを作成した。
一体は、ローブを着た学者風の青年アバター。もう一体は少女の姿をした、聖職者風冒険者とした。
後者は完全に趣味である。どうせなら見た目がいいほうが嬉しいし、プレイヤーキャラクターのアシスタントという意味でも、回復能力と戦闘能力を併せ持ち、かつ、サポートのプレイもしやすい聖職者が適当だろうと考えた。また聖職者ならば明確な役割があるので、変な女言葉を使う必要もない。
レベルやその他のステータスはアシストするキャラクターを参考に自動設定される。おおよそそのパーティや近くの平均値程度を目安に、邪魔にもならず、さりとて目立ちもしないという塩梅を狙っているらしい。
学者風アバターには「カブ」、女性聖職者のアバターには「ネギ」という名をつける。正直適当だ。
簡単な衣装指定のほかに、自分で決定できる要素は少なく、時間もあまり与えられなかったので、仕方がない。
無難もまた、よし。
仕事は念話のように届く運営からのシステムコールによって進んだ。
最初の担当は、ログイン後いきなり町の外の林に迷いこんでしまったプレイヤーを中央広場まで案内する役だった。
「どうしましたか。この街は初めてですか」
台詞はほとんどマニュアルにあり、対応に迷うところもない。街中央の広場からチュートリアルを受けられる練兵場までの案内も問題なくこなすことができた。
「カブ」のアバターには、肩掛けの革バッグを装備し、中から街や一部のフィールドを案内するマップが出てくる仕様にした。
これならば、対応を受けたプレイヤーキャラクターにもちょっとしたアイテムを入手できたという喜びを与えつつ、必要なガイドをともに示すことができる。
二度目の相手は、ログアウトの仕方ができず通りで立ち止まっている戦士風プレイヤーキャラクターだった。話ぶりからして、中高年だったらしく基本的なメニュー操作自体もかなりあやふやなようだった。順番に操作方法を説明すると、無事、ログアウトメニューを開くことができた。
「助かったよ。しかし、ほんとうにあんたコンピュータなの? すごいね」
「いえ、私は運営からの派遣できた者でして」
正直ベースで応えると、戦士キャラは、「ああ」となんとも複雑な感情をうかがわせる声をあげた。
夢の国のスタッフもやはり、これはこれで大変だ。
こうして、片手ほどの対応を続けていくうちに、いささか自分に余裕もでてきていた。
と、同時に、本当にこれは夢なのか、との最初の疑問もうかびあがってくる。
本当にパソコンで操作しながら、自分の頭が現実感を失い、妄想世界に入り込んでしまっているのではないか。
そんなことを考えながら次のシステムコールに指定された位置に転移すると、少し先に二人のプレイヤーキャラクターが見えた。
片方は男性キャラクター、もう一方は女性キャラクターのようだった。
これまでは、ずっと「カブ」の男性アバターを使っていた。今度は女性アバターである「ネギ」を使おうと思った。
中身は知らないが、相手のひとりが女性キャラであるならば、特にもうひとりの男性キャラがちょっかいをかけてくることもあるまい。
「こんにちは。どうしましたか?」
ネギのアバターの俺が二人に話かける。
近づくと女性のアバターは戦士、男性アバターは暗殺者の格好をしていることに気付いた。
「こんにちは」
女戦士の方が会釈を返してきた。
「あの、『水晶の杜』のクエストってここからでいいかわかりますか?」
彼女の手には、街の案内所で配布されている布製の地図が握りしめられている。
男性のアサシンは頭をかきながら地図をこちらをちらちらを眺めてくる。
俺は、彼女の地図を確かめながら、クエストリストを密かにコールする。
通常のプレイヤーには見えない画面が表示され、その中から水晶の杜を探し表示させる。
サマリーを見る限り、マップ位置的にはここからすぐ西に一分も行けば最初のクエスト発生地点となっている。
「はい、場所はこのあたりのはずですよ」
さも記憶から取り出したかのように俺は答える。
「いやあ、でも、さっきからクエスト指定地点に何度も行こうとしているんですけど、レベル不足の警告でちゃって進めないんすよ」
男アサシンはそういいながら頭をかく。
「このガイドマップだと『水晶の杜』は初心者クエストで、レベルは1でも大丈夫ってあるんですけど」
女戦士は地図から顔をあげ、クエスト発生ポイントのほうを見る。
サマリーウィンドウを見ると、たしかに水晶の杜のレベル条件は1からとなっている。ただしいくつかの戦闘イベントが必須となっているため、合計戦力のほか、一定の回復力が裏条件となっているようだった。
「ちょっとそのマップ借りてよいですか?」
女戦士から地図を受け取り、俺はしばし考える。条件をみたしていないことを指摘するしかないが、どう伝えれば興をそがずにいられるかが悩みどころだ。
「これ、期間限定イベントなんですね」
まず、ここから抑えておくか。
「そうなんすよ。だから今日を逃すともう次入れるかわからなくって。俺これでもレベル5あるんですよ。なんで警告とか……」
「いつもこの二人でパーティを?」
俺は女戦士をむいて聞く。
「いえ、私はまだ初めてで……。このひとは、いつも別のメンバーと組んでいるんですが、今日はこのイベントのために二人だけで来たんです」
「なるほど……おそらくレベル以外の総合戦力の部分でひっかかっているんだと思います。期間イベントは通常クエストのいくつかを経験していることを想定しているようなので。レベル5のキャラであれば、おそらく攻撃力は問題ないでしょうから、あとは、回復役のどなたかに参加してもらうか、回復用のポーションを大量に購入するといった形になるかと」
「……出直し、しかないね」
女戦士が男アサシンの方を向く。
男は腕組をしたまま空をみあげる。そして言う。
「一緒に、とかないですかね?」
「ちょっと」
女戦士が咎めるような声を出す。
「見たところ聖職者のクラスのようだし、今回だけ、あの、いてくれるだけでもいいんで」
男が頭を下げる。
「そうですね……」
考えるそぶりをしながらエスカレーションコールを行う。一般PCに交じってのクエスト参加はあまり無条件にできるものではない。
ひとつには、運営側だとわかると便利な道具扱いされてしまう危険と、もうひとつには、他のユーザをガイドするという本来業務のひとつがその間できなくなってしまうというデメリットがある。しかし、実際のクエストを通してゲーム内でふるまいについて理解してもらうこともまた初心者相手には特に重要だ。
回答は数秒で来た。初心者ユーザがいること、期間限定イベントクエストで難易度調整についても若干懸念もあることから、今回はOKということだった。同時に二人のユーザデータも送られてきた。登録者情報にログイン情報、クエスト履歴などのデータがこれで見えるようようになる。
「わかりました。もし、お邪魔でなければこちらは大丈夫です」
男は笑顔で女戦士にむきなおる。
「な、これから、街に戻ったり、ほかのメンバー呼ぶのもまた時間かかるし」
「うん、でも……」
「まあ、二人っきりじゃなくなってしまうのは悪いけど……」
「そ、そういんじゃなくって。だってほら、いきなりこんな失礼じゃないかなって」
「それは、ほら、いいとは言ってくれてるわけだし」
俺としてはどちらに与するわけにもいかない。無言で決断を待つしかない。
「あの……いいんですか?」
「はい、期間限定イベントならおそらくプレイ時間も一時間ちょっとだと思いますし、基本は戦闘のアシスタント役ということであれば」
「……ありがとうございます。私、ショーコです。よろしくお願いします」
女戦士はが右手を差し出してくる。俺はそれに自分の右手を差しだし、握手を返す。
「ネギです。よろしくお願いします」
「俺はタウルっす。すんません、よろしくです」




