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【番外編】の監査報告

【番外編:古き要塞都市】


 パリへと続くマルヌ川の上流、その要衝に位置するのが古くからある要塞都市ヴィトリだった。ここを守るのは、ナポレオンに忠誠を誓う古参のモンマリー将軍である。


 しかし、城壁から地平線を埋め尽くす敵の大軍を見下ろしたモンマリーは、これ以上の防衛は無理だと割り切った。手元の守備隊は急にかき集められた新兵や民兵を含めて、わずか1,500人ほど。


「ヴィトリの防壁はあまりにも古い。ここで意地を張って全滅するのは、皇帝への忠義ではなくただの愚策だ。全軍、余計な荷物はすべて捨てろ。皇帝の軍と合流するため、ただちに退却する」


 モンマリーはすぐに撤退の指揮を執った。守る意志のない壁は、ただの石の山にすぎなかった。2月5日、北方軍が本格的な大砲を据えるよりも早く、ヴィトリの城門が開けられた。フランス軍は激しい戦闘を交えることなく、速やかにこの地を離脱したのである。


 戦闘の傷を負うこともなく、もぬけの殻となったヴィトリに入城したビューローらは、要塞の防衛をフランス国内に来たばかりのタウエンツェーンに引き継いだ。


 タウエンツェーンはエルベ川沿いの要塞群のうち、一つを自ら落とし、一つを部下の強襲で、残る最強の巨城は包囲して閉じ込めるだけに留めた。ドイツ国内の大掃除を極めて少ない犠牲で終えた彼は、息つく間もなく、部隊をフランス国内へと移していたのだった。



【番外編:心理的解体、あるいは大掃除の完了】

 ヴィトリの要塞化工事を部下に任せ、パリへと直結するオワーズ川沿いの難攻不落とうたわれたラ・フェール要塞の攻略に移る。指揮官は参謀長ベルティエの親戚、デュラン将軍。彼はタウエンツェーンの砲撃を予測し、完璧な防御陣を敷いていた。


「閣下、今度は手強いですよ」


 部下が警戒するが、タウエンツェーンは冷たく笑った。

「デュランは計算が出来る。ならば、その計算による絶望を利用してやるだけだ」


 タウエンツェーンは砲撃をあえて止め、要塞の四方に「北方軍特製・移動式パン焼きかま」を積んだ馬車を並べさせた。風に乗って流れる、焼きたての香ばしいにおい。そして、捕虜となったフランス兵たちが、腹一杯に肉を食らいながら笑っている光景を見せつけたのである。


「……こんな馬鹿な事があってたまるか!」

 デュランは震えた。弾薬はある。だが、兵たちの胃袋が北方軍の「道理」に降伏し始めていた。


 タウエンツェーンはそこへ、「ナポレオン軍全滅」の虚報フェイクを矢にくくり付け、要塞内へ撃ち込ませた。四日目の朝、デュラン将軍は一発の砲弾も受けずに門を開けた。


「タウエンツェーン閣下。……戦いでは貴公に負けないと思っていましたが、この『兵站の心理戦』には勝てませんでした」


 タウエンツェーンは満足気に頷き、リエージュのベルナドットへ、事務的な極めて短い手紙を送った。

「王太子へ、掃除終了、道は開いた」



 その手紙が届いた執務室の隅で、スチュワートは最高級のシェリー酒を喉に流し込み、深いため息とともに手帳を開いた。


 タウエンツェーンの送ってきた「道は開いた」という一言の裏付けが、その別ページには、数字として明確に刻まれていた。


 彼が「解体工事」と「大掃除」で消去した、四つの巨大な資産(要塞群)の最終決済書である。


【第一期清算:トルガウ要塞(泥濘の巨大牙城)】

● 敵守備隊(不良資産):四万一千名(ライプツィヒからの雪崩れ込み、負傷兵含む)

● 北方軍投入コスト:ロシア・プロイセン混成狙撃兵 二百名 / 包囲網の維持

● 損益計算リターン: わが方の戦死:ゼロ 敵の病死:二万名

 反撃砲台のピンポイント沈黙:一〇〇%

 成果:フランス軍の反撃能力の永久凍結

「……弾薬を無駄に消費すらしていません。狙撃兵という精密な機構を配置し、敵が反撃の陣形を組み立てる前に砲兵を狙い撃った。あとは勝手に病死を待つだけです。二万の不良資産が静かに息絶えた、ただの作業効率化ですよ」


【第二期清算:ヴィッテンベルク要塞(エルベ川の鉄門)】

● 敵守備隊:五千五百名

● 北方軍投入コスト:二十四ポンド重砲 二十四門 / 連続砲撃 三日間 / ※管理者不在時の夜半強襲突撃

● 損益計算: わが方の戦死:五百五十名 敵城壁の物理的消滅:一〇〇%

成果:エルベ川流域の物流ルート(動脈)の完全開通

「……上が前線を離れた一瞬の隙に、現場が突撃なんていう古臭い力技をやらかした。おかげで帳簿に五百五十もの不必要な赤字が刻まれましたが……まあ、いいでしょう。重砲の減価償却だけで要塞の防壁を『ゼロ』に算定し直した。一分の狂いもない、ただの建築の解体だ」



【第三期清算:ラ・フェール要塞(絶対要害)】

● 敵守備隊:四千五百名

● 北方軍投入コスト:移動式パン焼き窯 十二台 / 虚報フェイクニュースの矢 三十本

● 損益計算: わが方の戦死:ゼロ 砲弾の消費:ゼロ

 敵の精神的デフォルト(開城):一〇〇%

成果:パリの門前、最後の障壁の完全消去

「……そしてこれだ。理数に明るい敵の指揮官に、こちらの『無限の兵站資産』を見せつけ、偽の破産宣告を撃ち込んで脳内の損益バランスを崩壊させた。一発の鉄も撃たずに四千五百人を丸ごと買い叩いたんだ」


【三要塞・総計】

● 敵の総損失:五万一千名(内訳 消滅資産(病死):二万名 / 生存資産(捕虜):三万千名)

● わが北方軍の戦死:五百五十名(制御可能なコスト内)



「ナイペルク殿。これを見てくれ」

 スチュワートは手帳を叩いた。


「タウエンツェーンは、もはや軍人ではありません。掃除機です。目の前の障害物を、ベルナドットの帳簿に従って、ただ吸い取っていくだけだ。これでは、英国に帰っても、私は何を報告して良いのか分かりませんよ」


 ナイペルクは笑いながら、

「いっそ、王太子の悪口をたっぷり書けば良いのでは? 見たままを書き留めて、解説だけ出鱈目でたらめを書くのです。『俺ならもっと上手くやった』だの『俺がこの作戦を指示した』だのとな」


「すぐにばれるうそを、自分の功績として大真面目な報告書に書く、ですか。英国人らしいジョークとして後世に残るのを期待して、書くとしますよ」ナイペルクはスチュワートの肩を叩いて慰める。


「それが良い。貴公は北方軍の生き証人として、歴史に名を残せるぞ。まあ、自分もナポレオンの全てを奪った男として歴史に名を残せそうだが」


 ナイペルクは独眼を細め、愉快そうに口元を歪めた。

「ともかくも、素晴らしい決済だ。後方の懸念がすべて消去されたのなら、あとはその動脈の先端──パリという巨大な市場を、王太子がどう買い叩くのかを見届けるだけだな」


 ナイペルクは贅沢ぜいたく刺繍ししゅうの施された外套を羽織り、天幕の出口へ歩き出した。

「さあ、スチュワート殿。食事へ行こう。最高に理にかなった、勝利のディナーが待っているぞ。……これからは、王太子が証明したように、完璧に管理された物流と帳簿が世界を動かす。恐ろしく合理的な未来が始まる。その最初の取り引きの成功を、我々で祝おうじゃないか」

 史実なんだと思ってましたが怪しい。最後、食糧庫が爆破されてパンの匂いという説も。こんな感じで無傷で落して行ったと思って下さい。ともかくも、凄まじい戦果とキルレ比なのは史実です。


 ナイペルクは、マリーをナポレオンから奪ってイタリアのパルマで2人で仲良く善政をして、今でもパルマで慕われています。


 スチュアートは最高の北方軍の資料を残してくれたんですが、誰も読まない同人誌みたいな回顧録だと思って好き放題に、盛りまくって書いてます。発行部数も少なく誰も読まないはずが、後世で再発見されました。描写は最高なのですが、解説が史実と違いすぎて面白いです。


 ソーントンが全部、ベルナドットとの交渉を行っていたので、スチュアートは見学のインターンみたいな立場なので、権限は何もないです。そのインターンがベルナドットに意見して北方軍を動かしたとか書いてるので、絶対に嘘だとわかります。

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