監査報告その4
――ベルギーのリエージュ、執務室。
「……ナイペルク殿。ご覧ください。北方軍はフランス国内に入ったというのに、一度もまともな戦闘をしていない。やっているのは運河の水位調整と、村役場への『協力要請』の送付ばかりだ」
スチュワートは自分の日記が「勇猛な突撃」ではなく「小麦の輸送効率」で埋まっていくことに耐えられなかった。
「この完璧に管理された兵站のなかにいると、私も王太子の巨大な『会計システム』の歯車にされている気がしてなりません。情けない。英国議会に何と報告すれば良いのか」
「残念ながら我々は歴史の傍観者にすぎんし、ここではただの会計監査員だ」
ナイペルクは独眼を細め、にやりと笑った。
「フランス軍が要塞のなかで干からびている間に、私たちは書類の山に溺れている……。これは戦争ではなく、巨大な『差し押さえ』だよ」
「ナイペルク殿、その『差し押さえ』の証拠が、まさにここに。これを見てください」
スチュワートは最高級のシェリー酒を喉に流し込み、深いため息とともに手帳を開いた。
タウエンツェーンの送ってきた「道は確保した」という一言の裏付けは、その手帳に明確に数字として刻まれていた。
彼が「解体工事」と「大掃除」と「封鎖」で消去した、三つの巨大な資産(要塞群)の最終決済書である。
【第一期清算:トルガウ要塞(泥濘の巨大牙城)】
● 敵守備隊(不良資産):四万一千名(ライプツィヒから雪崩れ込んだ、負傷兵含む)
● 北方軍投入コスト:ロシア・プロイセン混成狙撃兵 二百名 / 包囲網の維持
● 損益計算:わが方の戦死 ゼロ / 敵の病死 二万名
(※反撃砲台のピンポイント沈黙:一〇〇%)
● 成果:フランス軍の反撃能力の永久凍結
「……弾薬を無駄に消費すらしていません。狙撃兵という精密な機構を配置し、敵が反撃の陣形を組み立てる前に砲兵を狙い撃った。あとは勝手に病死を待つだけです。二万の不良資産が静かに息絶えた、ただの効率化された作業ですよ」
【第二期清算:ヴィッテンベルク要塞(エルベ川の鉄門)】
● 敵守備隊:五千五百名
● 北方軍投入コスト:二十四ポンド重砲 二十四門 / 連続砲撃 三日間 / ※管理者不在時の夜半強襲突撃
● 損益計算:わが方の戦死 五百五十名 / 敵城壁の物理的消滅 一〇〇%
● 成果:エルベ川流域の物流ルート(動脈)の完全開通
「……上が前線を離れた一瞬の隙に、現場が突撃なんていう古臭い力技をやらかした。おかげで帳簿に五百五十もの不必要な赤字が刻まれましたが……まあ、いいでしょう。重砲の減価償却だけで要塞の防壁を『ゼロ』に算定し直した。一分の狂いもない、ただの建築の解体だ」
【第三期清算:マグデブルク要塞(エルベ川の巨大監獄)】
● 敵守備隊(焦げ付き資産):一万八千名(ルマロワ将軍直卒、頑強な籠城残党)
● 北方軍投入コスト:プロイセン・ロシア混成包囲部隊 / 徹底的な兵糧攻めおよび包囲網の維持
● 損益計算:わが方の戦死 ほぼゼロ / 敵の餓死・病死 数千名および戦意の完全減価償却
● 成果:エルベ川最大の不落拠点の完全無力化
「ナポレオンが誇るエルベ川最大の不落の拠点を、完全無力化。どれほど頑強に立て籠もろうが、入るものがなければ意味がない。城壁を叩き割る必要すらない。彼らは勝利を生産できない『死に体』の資産だ。ただ囲いの中に閉じ込め、時間という最も安価なコストで減損処理(餓死)を進める。これ以上の合理的な投資回収がどこにありますか?」
【三要塞・総計】
● 敵の総損失(消滅・鹵獲資産):六万四千五百名
内訳
消滅資産(病死・餓死):約二万数千名(トルガウの二万名+マグデブルクの損耗)
生存資産(捕虜・無力化):約四万名(ライプツィヒからの敗残兵、各要塞の降伏者)
● わが北方軍の戦死:五百五十名(制御可能なコスト内)
● 純利益
エルベ川流域の物流網(動脈)および後方連絡線の一〇〇%安全化。
フランス軍の北部反撃能力の永久凍結。
「タウエンツェーンは、もはや軍人ではありません。掃除機です。目の前の障害物を、王太子の帳簿に従って、ただ吸い取っていくだけだ。これでは、英国に帰っても、私は何を報告して良いのか分かりませんよ」
ナイペルクは笑いながら提案した。
「いっそ、王太子の悪口をたっぷり書けば良いのでは? 見たままを書き留めて、解説だけ出鱈目を書くのです。『俺ならもっと上手くやった』だの『俺がこの作戦を指示した』だのとな」
「すぐにばれる嘘を、自分の功績として大真面目な報告書に書く、ですか。英国人らしいジョークとして後世に残るのを期待して、書くとしますよ」
「それが良い。貴公は北方軍の生き証人として、歴史に名を残せるぞ。まあ、自分もナポリにいるナポレオンの忠臣どもに『裏切り』という名の最も効率的な投資を持ちかけ、奴のすべてを奪った男として歴史に名を残せそうだがね。
ともかくも、素晴らしい決済だ。後方の懸念がすべて消去されたのなら、あとはその動脈の先端──パリという巨大な市場を、王太子がどう買い叩くのかを見届けるだけだな」
ナイペルクは贅沢な刺繍の施された外套を羽織り、執務室の扉へ歩き出した。
「さあ、スチュワート殿、食事へ行こう。最高に理にかなった、勝利のディナーが待っているぞ。……これからは、王太子が証明したように、完璧に管理された物流と帳簿が世界を動かす。恐ろしく合理的な未来が始まる。その最初の取引の成功を、我々で祝おうじゃないか」
ナイペルクは、マリーをナポレオンから奪ってイタリアのパルマで2人で仲良く善政をして、今でもパルマで慕われています。
スチュワートは最高の北方軍の資料を残してくれたんですが、誰も読まない同人誌みたいな回顧録だと思って好き放題に、盛りまくって書いてます。発行部数も少なく誰も読まないはずが、後世で再発見されました。描写は最高なのですが、解説が史実と違いすぎて面白いです。
ソーントンが全部、ベルナドットとの交渉を行っていたので、スチュアートは見学のインターンみたいな立場なので、権限は何もないです。そのインターンがベルナドットに意見して北方軍を動かしたとか書いてるので、絶対に嘘だとわかります。




