監査報告その3
休戦期間中に集めた四十五万の兵のうち、ナポレオンとともにフランスの国境を越えられた兵は、七万から八万にすぎなかった。その上、ライプツィヒで最後の賭けに出た帝国の精鋭たちも、ポーランド軍と相殺され、完全に消去された。
勝利に沸くライプツィヒ。
本営の一角で、ボイエンは震える手でこの「異常な勝利」を記録していた。
「……スチュワート殿。一日目は神がかり、二日目は気合、そして三日目と四日目以降は──事務作業のような、完璧な処理でした」
「ボイエン、君のメモ帳も、もはや戦記というよりは銀行の決算書のようだな。だが、この凄惨な戦場跡を見る限りでは、ベルナドット王太子の戦い方こそが正しいと認めざるを得ないよ。……見てみろ、これが最終的な『貸借対照表』だ」
スチュワートが指し示した手帳には、両軍の損害が冷徹な数字の等式として刻まれていた。
【フランス軍:総兵力二十万人】
● 戦闘による死傷および捕虜:六万人
● ドイツ・イタリア同盟兵の反転:三万人
● 退却路の混乱と誤爆による消滅:三万人
● 残存兵力:わずかに八万人
かつて欧州を震撼させた皇帝の軍勢は、十二万人という天文学的な数値を失い「破産」していた。
「……では、わが北方軍のコストは?」
ボイエンが恐る恐る尋ねる。
【北方軍:総兵力十三万人】
● 総損害:わずかに、七千数百人
その内訳は戦死約一千五百人、負傷約六千人。戦区比率で見れば、あの激戦を担ったベニグセンの軍勢が約三千五百人、その他が約四千人であった。
「七千数百……! 敵の十数分の一の損害で、皇帝を破ったというのか!」
「そうだ。ナポレオンが退路を死守するために死に物狂いで暴れた『東の急所』、あそこでの約三千五百の出血を含めても、殿下の帳簿においては想定内の最小必要コストにすぎない」
スチュワートは満足げにグラスを置いた。
「しかも殿下の構築した救護組織により、負傷者の六割以上は数週間で復帰する。実質的な純損失はさらにその半分だ。君たちが殿下の計算式の通りに動いたおかげで、予算外の血は一滴も流れず、予定通りの工程で終了した」
「……私の『気合』は、再び殿下の『予備弾薬数』と『衛生管理』に完敗したのです」
「よし、本国への報告書にはこう書こう。『北方軍、中間決算を完了。英国の投資は、帝国の過剰債務をすべて清算し、破格の利回りを確定させた』とな」
「そうだ。だが、帳簿にはもう一つの重い定数が残っている」
スチュワートは手帳の別ページを指し示した。
そこには、ナポレオンが最後の賭けに投入した最強の資産の、無惨な清算書が刻まれていた。
【フランス軍親衛隊(近衛軍団):総兵力 四万五千人】
● 戦死および行方不明:約一万五千人
●負傷(救護体制崩壊による復帰不可能):約一万五千人
● 退路断絶(エルスター橋誤爆)による捕虜:約一万人
● 残存(実戦可能兵力):わずかに数千名
「……四万五千の精鋭が、実質的に全滅している」
ボイエンの喉が鳴った。
「その通りだ。ナポレオンは退路を強行突破するために、己の最も大切な親衛隊をベニグセンの軍団に叩きつけ、すべてを食い潰した。修復不能な完全なる資産価値の喪失だ」
ボイエンは静かに手帳を閉じ、深夜のライプツィヒの闇に向かって、深い溜め息をついた。




