監査報告その3
──ライプツィヒの市街地から少し離れた野営地。
北方軍が鮮やかな追撃でナポレオンを粉砕している頃、そこには「置き去り」にされた男たちの怒号が響いていた。
「納得がいかん! なぜ我々が追撃に加われんのだ! ベルナドットの野郎、美味しいところをビューローにすべて持たせやがって!」
ブリュッヘルが、酒瓶を地面に叩きつけんばかりの勢いで叫んだ。隣ではグナイゼナウが、もはや怨嗟のメロディを奏でるように、不気味なリズムで太鼓を叩いている。
「……閣下、だから言ったでしょう」
ミュッフリンクが泥だらけの軍服を払いながら、氷のように冷たい声で言った。
「一昨日も昨日も、後先考えずに『気合』だけで突撃したせいで、わが軍の馬は一頭残らず潰れています。北方軍の『ぴかぴか』の馬群に追いつけるわけがありませんよ。……いい加減、現実を見てください」
「やかましい! 現実など気合で追い越せばいいのだ!」
ブリュッヘルの咆哮も、今や虚しく響くばかりだ。
彼らはただ、地平線の彼方でビューローの機動砲兵が放つ「勝利の雷鳴」を、指をくわえて眺めるしかなかった。
──ボヘミア軍の本陣。
ロシア皇帝アレクサンドル一世は、勝利の喧騒から離れ、無数の死者が横たわる原野でひとり、十字を切っていた。
「……神よ、これこそが貴方の示された『正義』の答えなのですか」
モスクワを焼かれ、絶望の果てにオーボでベルナドットから授かった「忍耐」という名の知性。それがドレスデンでの大敗を経て、クルムの啓示へと繋がり、このライプツィヒで巨大な救済へと至った。
彼は今、ベルナドットという存在を単なる同盟者ではなく、オーボで感じたように、自らの魂を導く「天の代弁者」のように感じていた。
「ナポレオンの軍は壊滅した。次は、罪深き魂の故郷……パリへ」
──北方軍本営の一角。
執務を続けるベルナドットの横で、ボイエンとスチュワートは震える手でこの「異常な勝利」を記録していた。
「……スチュワート殿。一日目は神がかりと気合、二日目は不気味な静寂、そして三日目と四日目以降は──事務作業のような、完璧な処理でした」
「ボイエン、君のメモ帳も、もはや戦記というよりは銀行の決算書のようだな。だが、この凄惨な戦場跡を見る限りでは、ベルナドット王太子の戦い方こそが正しいと認めざるを得ないよ。……見てみろ、これが最終的な『貸借対照表』だ」
スチュワートが指し示した手帳には、両軍の損害が冷徹な数字の等式として刻まれていた。
【フランス軍:総兵力二十万人】
● 戦闘による死傷および捕虜:六万人
● ドイツ・イタリア同盟兵の反転:三万人
● 退却路の混乱と誤爆による消滅:三万人
● 残存兵力:フランス国境線まで撤退:八万人
かつて欧州を震撼させた皇帝の軍勢は、十二万人という天文学的な数値を失い「破産」していた。
「……では、わが北方軍のコストは?」
ボイエンが恐る恐る尋ねる。
【北方軍:総兵力十三万人】
● 総損害:わずかに、七千数百人
その内訳は戦死約一千五百人、負傷約六千人。戦区比率で見れば、あの激戦を担ったベニグセンの軍勢が約三千五百人、その他が約四千人であった。
「七千数百……! 敵の十数分の一の損害で、皇帝を破ったというのか!」
「そうだ。ナポレオンが退路を死守するために死に物狂いで暴れた『東の急所』、あそこでの約三千五百の出血を含めても、殿下の帳簿においては想定内の最小必要コストにすぎない」
スチュワートは満足げにグラスを置いた。
「しかも殿下の構築した救護組織により、負傷者の六割以上は数週間で復帰する。実質的な純損失はさらにその半分だ。君たちが殿下の計算式の通りに動いたおかげで、予算外の血は一滴も流れず、予定通りの工程で終了した」
「……私の『気合』は、再び殿下の『予備弾薬数』と『衛生管理』に完敗したのです」
「よし、本国への報告書にはこう書こう。『北方軍、中間決算を完了。英国の投資は、帝国の過剰債務をすべて清算し、破格の利回りを確定させた』とな」
「そうだ。だが、帳簿にはもう一つの重い定数が残っている」
スチュワートは手帳の別ページを指し示した。
そこには、ナポレオンが最後の賭けに投入した最強の資産の、無惨な清算書が刻まれていた。
【フランス軍近衛隊:総兵力 四万五千人】
● 戦死および行方不明:約一万五千人
● 負傷(救護体制崩壊による復帰不可能):約一万五千人
● 退路断絶(エルスター橋誤爆)による捕虜:約一万人
● 残存(実戦可能兵力):わずかに数千名
「……四万五千の精鋭が、実質的に全滅している」
ボイエンの喉が鳴った。
「その通りだ。ナポレオンは退路を強行突破するために、己の最も大切な近衛隊をベニグセンの軍団に叩きつけ、すべてを食い潰した。修復不能な完全なる資産価値の喪失だ」
「その上、低地諸国へ逃げ込もうとするルートは、すでにビューロー閣下の軍が先回りして塞いでいるため、ほとんどのフランスの敗残兵はマインツへと追い詰められると予想できる。その場合の試算だが」
● マインツ周辺で病死・衰弱死・逃亡:六万五千人
● 残存:一万五千人
「実際のフランス軍の損害は十八万を超えるのか」
ボイエンは静かに手帳を閉じ、深夜のライプツィヒの闇に向かって、深い溜め息をついた。
二人の横では、ベルナドットがタウエンツェーンへ宛てて簡潔な命令書を書き上げていた。
『北方軍総司令官カール・ヨハンより、第四軍団長タウエンツェーン将軍へ。ライプツィヒの決戦は我が方の勝利に終わった。本隊をハノーヴァーへ移動し、兵站基地を構築する。貴官の第四軍団は、直ちにエルベ川流域のフランス軍残存要塞、とりわけマグデブルク、トルガウおよびヴィッテンベルクの完全なる包囲・封鎖に着手せよ。我々の背後の安全はすべて貴官の双肩にかかっている』
ベルナドットは書簡に素早く王太子の蝋印を押すと、控えていた副官を鋭い声で呼んだ。
「これを東方のタウエンツェーン将軍へ」
副官は一礼し、命令書を胸に夜の闇へと馬を走らせた。窓の外から遠ざかる蹄の音を聴きながら、ベルナドットは机の上の地図にある「ハノーヴァー」の文字に視線を戻した。




