簡単な仕事
──ハノーヴァー、十一月初め。
ライプツィヒでの勝利という「巨大な解答」を導き出し、その勢いで懐かしきハノーヴァーを解放した北方軍は、すでに次なる欧州の再編成に向けた「計算」を始めていた。
「ビューロー閣下。貴公に、ひとつ頼みたい仕事がある」
ベルナドットは地図の北西部──低地諸国を指差した。
そこにはナポレオンが自らの「意地」のために残した、十万を超えるフランス守備軍が要塞線に立てこもっている。
「貴公の三万の軍に、テッテンボルンの騎兵隊をつける。……ライプツィヒの敗残兵がフランス国土に逃げ込む前に、あの地をすべて落としてきてほしい」
ビューローは一瞬、自らの耳を疑った。三万で十万を。しかも要塞のひしめくオランダ、ベルギーである。それを短期間で落とせと。常識的な将軍ならば「気合でも不可能だ」と叫ぶところであった。
しかし、ベルナドットはあの芝居がかったガスコーニュの笑みを浮かべてみせた。
「貴公にとっては簡単な仕事だよ、王太子として保証しよう。あそこの民はすでにナポレオンに飽き飽きしている。我が軍が『道理』を持って現れれば、十万の兵など、計算上の端数にすぎなくなるさ。それにオランダを守る元帥は石投げで壊滅するマクドナルだから、万が一戦闘になっても貴公なら簡単に勝てる」
ビューローは沈黙し、卓上の地図へ鋭い視線を落とした。
彼の脳裏で、両軍の戦力が地形と要塞の紡ぐ「線」と「角度」に代入されると同時に、「旋律」と「和音」へと編曲され、譜面が書き上げられ、明白な答えとなる。
「……承知いたしました、王太子。弟の引いた計算式でも、それは決定された未来のようです。確かに簡単な仕事なのでしょう」
ビューローは、胸に輝くセラフィム勲章をそっと撫で、確信に満ちた顔で答える。
「そして、その後はパリまで攻め込んで欲しい。デジレが、紅茶を淹れて貴公を待っているだろう」
「それは楽しみです。あの懐かしい味の為なら、ナポレオンを倒すのも容易いことです」
ビューローはハノーヴァーのあの日々を懐かしむように答える。
「さて、ブラヘ。ナポレオンに引導を渡す前に、まずはスウェーデンの『配当』を確定させよう。ノルウェーを手に入れるまで、わが戦争は終わらん」
ベルナドットは、残りの全軍を翻し、真北──デンマークへと矛先を向けた。
「……おい、ボイエン。お前はどこに行くんだ」
英国特使スチュワートが、二手に分かれて猛スピードで進軍する軍勢を見送り、開いた口が塞がらない様子で呟いた。
「パリへ行くのではないのか? なぜ一方はオランダへ、もう一方は北の果てへ向かうのだ」
ボイエンは、もはや考えることを放棄した顔で日記帳を閉じていた。
「スチュワート殿、これが『北方軍』ですよ。ビューロー閣下は三万で十万を倒すのが『簡単な仕事』だと確信し、殿下はパリを目前にして『まずは領土問題を片付ける』と帳簿を広げている。……もはや我らの理解できる次元の戦争ではありません」
ボイエンは呆れたように笑い、自らの愛馬の手綱を握った。
「これは、欧州という巨大な盤面の大掃除ですよ」
「……我々はどうすればいい?」
「決まっているでしょう。私はビューロー閣下の参謀として、帳簿付けのために後を追います。殿下が用意した、この完璧に管理された豪華な兵站の結末を見に行くだけです」




