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二度の追放

一八〇九年夏、プロイセン。


 ワグラムの戦報が届いた。だが、その内容はあまりに奇妙なものであった。


「……信じられるか。ベルナドットが戦場から追放されたそうだ」

 ビューローが苦い顔で新聞を放り出した。隣にいたタウエンツェーンが眉をひそめる。


「敗けたのか?」


「いや、勝った。ザクセン軍を率いて手柄を立てた。だが、そのザクセン兵たちを公式の軍報で褒め称えたという理由で、ナポレオンの怒りに触れたらしい」


 二人は顔を見合わせ、同時に深い溜息をついた。かつてハノーヴァーの密室で「数学」を解き明かした、あの男の、どこか悪戯っぽくも自信に満ちた顔が浮かぶ。


「……あの『義弟』は、よほど計算が苦手らしいな」

 タウエンツェーンが吐き捨てるように言った。


「功績を挙げた兵を褒めて、なぜ司令官が追い出される。幾何学の論理どころか、算術以前の問題ではないか」


「全くだ」

 ビューローは、ハインリヒの遺稿を愛おしそうになぞった。


「皇帝は、自分の『数式』に合わない正解を出す人間が、何より嫌いなのだ。たとえそれが、勝利という正解であったとしても」


 ミュッフリンクは既に別の任地へ去り、テッテンボルンは流浪の旅に出て、あの日の五人は散り散りになっていた。しかし、ベルナドットが不当に追い落とされたという報せは、二人の心にある確信を刻んだ。


「あいつは、あそこで終わる男じゃない」


「ああ。次に奴が現れるときは、一体どんな『解』を持ってくるのか……」


 二人の軍事貴族は、敵国の元帥の不運に同情するのではなく、そのあまりに「彼らしい」幕引きに、呆れ果てたような、しかしどこか期待を込めた笑みを浮かべるしかなかった。



一八〇九年末、凍てつくベルリンの一角。


 シャルンホルストとの激しい議論で頭に血が上っていたビューローは、タウエンツェーンが持ってきた「ワルヘレンの続報」を聞き、深い溜息とともに椅子に沈み込んだ。


「……三流の寄せ集めを指揮してイギリス軍を完封し、またもや『部下を褒めたから』追放か」

 ビューローは机を叩いて失笑した。


「シャルンホルストの改革案の方がまだしも論理的に思える。功績を挙げた将軍を二度も続けて追い出すとは……あの男の脳内には、もはや論理の『ろ』の字も残っていないらしい」


 タウエンツェーンは屈辱を思い出しながらも、イギリス軍が自分より酷い目にあったかと思うと少しは気が晴れたかのように、皮肉を言う。


「……あの戦いの後、すぐに元帥が追い落とされていれば、私は全軍投降という汚名を着ずにすんだ。ナポレオンの嫌がらせが、三年遅いのだよ」


 二人は、ハノーヴァーの夕闇で、デジレが淹れた紅茶を飲みながら語り合ったあの夜を思い出していた。


「まあ、あいつのことだ。今頃パリの自宅で、デジレ殿と優雅に数式を楽しんでいるに違いない」


「ああ、『やれやれ、私の正解が早すぎて誰もついてこれないのだよ』とでも言いながら、あのガスコーニュ人らしい大げさな態度でな」


 ビューローの脳裏に、弟ハインリヒの遺した数式と、それを誰よりも尊重してくれた宿敵の顔が浮かぶ。


「あいつなら大丈夫だ。どんな窮地に立たされても、自分と、あの妻だけは守り抜くさ。庶民の図太さというものを、私はあの二人から教わったからな」


 完璧に呆れ返り、同時にどこか清々しい気持ちになった二人の将軍は、不条理な時代の波に翻弄されながらも、敵国の奇妙な元帥に思いを馳せた。



一八一〇年。欧州は、嵐の前の静けさの中にあった。


 パリ、アンジュー通りの邸宅。


 軍権を剥奪はくだつされたベルナドットは、驚くほど晴れやかな顔で書斎にいた。


「見てくれ、デジレ。この計算式は美しい。戦場の泥にまみれているより、よほど健康的だ」


 デジレは夫の突飛な隠居生活を共に楽しみ、隣で刺繍ししゅうの手を止めて笑った。


「あら、ナポレオンを怒らせる天才が、今は数学の天才になろうとしているのね」


「ふん、あの『義弟』には一生解けない問題さ。私はここで、次の正解が出るのを待つだけだよ」


 庶民出身の夫婦は、豪華な隠居生活の中で、世俗の喧騒けんそうをよそに豊かな時間を分かち合っていた。



 同じ頃、プロイセン。


 再婚したばかりのビューローは、若い妻との穏やかな生活の中にいた。かつて戦争とチフスで失った家族の面影が、今の妻の献身的な姿に重なり、凍りついていた心は少しずつ解け始めていた。


 夜、書斎でハインリヒの遺稿を開くたび、彼はハノーヴァーの夕闇を思い出す。


「……あの男は今、パリで笑っているだろうか」

 宿敵からもらった言葉が、今のこの宿将の新しい家庭を支える静かなかてとなっていた。



 一方、タウエンツェーンは地方の所領で、半引退のような日々を過ごしていた。


 軍人としての名誉を奪われた屈辱は消えなかったが、広大な領地を管理する実務の中で、彼は領民一人一人の暮らしに目を向けることのできる領主となっていた。


「名誉などという不確かなものより、確実な収穫の方がどれだけ大切か」


 静かな食卓で、彼はかつて自分を完封した男の言葉を、密かに噛み締めていた。

 二回も念入りに追放するナポレオンもですが、ワルヘレンでナポレオンが怒ると分かってて兵士を褒めているベルナドットも大概ですよね。

 ワルヘレンはもともと風土病の発生しやすい地域だったので、閉鎖して閉じ込めれば、勝手に自滅してくれます。その閉鎖を軍とも呼べない連中で成し遂げたのがベルナドットの凄い所ですが。

 ワグラムの戦いは諸説あるのとセントヘレナでのナポレオンの妄想が入ってわけが分かりませんが、恐らく追放理由は兵士を勝手に褒めた事です。

 ザクセン軍を率いて激戦区を崩壊させずにもたしたと思われるのですが、諸説あります。ザクセン軍の制服が白色でオーストリア軍と紛らわしく、味方から撃たれています。ウディノの軍に撃たれたという説もあります。

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