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ナポレオンの懐刀

 ――ハンブルク、一八一三年九月十六日。

 ドイツでナポレオンが包囲網に追い詰められていくなか、ここを守るのは、ナポレオン軍のルイ=ニコラ・ダヴー元帥。敗残兵の骨組みに現地兵を継ぎ接ぎした満身創痍の軍勢を率いながらも、降伏を拒絶し、頑強な抵抗を続けていた。


「敵の先遣隊が、わが包囲網の最弱点を突いて突破を図っております。最前線のテッテンボルン将軍の軽騎兵(コサック)部隊が必死に足止めを試みていますが、このままでは突破されます」


 報告を聞くヴァルモーデン将軍は冷たい海風に打たれながら、ロシア、プロイセン、英国の混成部隊に、ハンザ同盟からの義勇兵を継ぎ足した──俗に「ハンザ軍団」と呼ばれる烏合の衆を率いていた。


「慌てるな。あのコサックどもなら上手く逃げ回れる。それよりも、我々の足元を見ろ。手元にあるのは、数か月前まで兵士としての訓練すら受けたことのない義勇兵がほとんどだ。焦ってブリュッヘルのように正面からぶつかれば、一撃で粉砕されるぞ」


「反転しろ。敵の突撃を受け止めるな、受け流すのだ。奴の軍を通過させたら、その進行方向に対して九十度以上の角度から軍を回り込ませろ」


 包囲軍が後退するのを、ダヴーは見逃さなかった。

「恐れをなして退いたか。今こそ打って出るぞ!」


 フランス軍が一斉にハンブルクの城門から打って出た。乾坤一擲の攻勢。だが、彼らが突き進んだ先には、戦うべき敵の姿はなかった。


 決死の突撃は空を切り、彼らがどこへ足を進めようとも、あらかじめ用意されていた包囲の網が精密に作動する。

 右翼を突けば、テッテンボルンの軽騎兵が後方から退路を断つようにうねり、左翼を突けば、王太子(ベルナドット)が自ら調達した潤沢な資金によって得た最新の重砲兵隊が、正確な仰角から次々と砲弾を叩き込んでくる。


「馬鹿な……! 我らの攻撃がすべて空転している……!」

 焦燥に顔を歪めた。打って出れば出るほど、自軍の限られた兵糧と弾薬はただ浪費され、逆に敵の包囲網は、まるで生き物のように形を変えて自らの側面や背後へと回り込んでくる。


 その精緻(せいち)なまでの軍の動きと、正確無比な砲撃の仰角に、七年前、アウエルシュタットの血塗られた戦場で抱いた底知れぬ戦慄を思い出していた。

「……あの時と同じだ。私が前線でいくら血を流し、死力を尽くそうとも――あの男の引いた『幾何学』の盤面上では、すべてが計算された徒労に過ぎないというのか……!」

 かつて、フランス軍の脆い土台を密かに支え、絶望的な遭遇戦から自らを救い上げた「兵站と機動」という名の暴力。それが今、完全に自分を絞め殺すために牙を剥いている。


 ダヴーの精鋭はついに一度も包囲網を食い破れぬまま、静かに要塞へと引き返すしか選択肢は残されていなかった。

 ダヴーとベルナドットって不仲説が定説ですけど、公文書での非難は全くないです。アウエルシュタットはベルナドットが戦闘に参加することは不可能でした。そのかわりに、プロイセン軍の背後にまわりこむ機動をしています。

 アウエルシュタットの後の追撃戦で、プロイセン軍ほとんど全て捕虜になりますが、ベルナドットが高速に移動したことで可能になりました。

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