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石投げ合戦と迷子の神

 その頃、北方ではナポレオンの懐刀であるダヴー元帥が、ハンブルクの包囲網を突破せんと猛攻を仕掛けていた。

 だが、その鉄拳の前に立ちふさがったのは、ヴァルモーデンである。


 ハノーヴァー出身の貴族であり、英国国王の血を引きながらも、ロシアの地を一歩も踏むことなくロシア将軍の階級を得た男――彼は、露・普・英の多国籍兵からなる「ハンザ軍団」を率いる、不屈のリアリストであった。


 この奇妙な混成軍の前衛には、ヴァルモーデンとともに動くテッテンボルンの軽騎兵コサック部隊があった。

 彼らはゲリラ戦でダヴーの補給線と情報網を遮断して行く。


 ヴァルモーデンはベルナドットから授かった「防衛の数式」を忠実に遂行し、ダヴーの猛撃をことごとく相相殺していく。

 欧州全土を震撼させた鉄の元帥の進撃さえも、王太子が編み上げた堅牢な外郭を突き破ることはできなかった。


「北方軍は、無敵か……」

 その驚愕と伝説が、静かに欧州中を駆け巡り始める。


 デネヴィッツの勝利ののち、ポーランド軍を率いたベニグセンがこの北方戦線に到着した。

 彼はヴァルモーデンと合流するや、連合軍側に寝返ったばかりの混成部隊を統率し、ダヴーの精鋭をハンブルクの街へと完全に閉じ込めるという、地味ながら決定的な役目を果たし続けることになる。


 この包囲網には、亡きシャルンホルストの命によりクラウゼヴィッツも加わっていた。

 だが、彼が夢想するような『高尚な軍事理論』が輝く余地など、この理詰めの計算式の檻の中には、何一つ存在しなかった。



 『カッツバッハの泥沼喜劇』


「閣下! 兵が、兵が泥に溶けております! これでは銃など一発も撃てません!」


 ミュッフリンクは、溢れかえったカッツバッハ川の泥水に肩まで浸かりながら、絶望の叫びを上げていた。


「黙れミュッフリンク! 銃が使えんのならその辺の石を拾って投げろ! 弾がないなら銃尻で叩き潰せ! これこそがプロイセンの『気合』だ!」


 七十歳のブリュッヘルは、馬ごと泥のなかに突っ込みながら、サーベルを振り回して大笑いしていた。

 その隣ではグナイゼナウが、リズムもへったくれもない音で太鼓を乱打している。


「閣下、ベルナドット殿下の『トラッヘンベルク・プラン』に従うならば、ここは後退して敵を誘い込む局面です! 数学的に考えても、この泥濘での正面衝突は……」


「やかましい! あのガスコーニュ人の屁理屈など、川の藻屑にしろ! 突撃だァ!」


 ミュッフリンクが(あっ、終わった)と天を仰いだその刹那、信じられないことが起きた。


 大雨で完全に視界を失っていたフランス軍のマクドナル元帥の軍団が、泥まみれで咆哮しながら殴りかかってくるプロイセン兵の狂気にパニックを起こし、自ら川へ身を投じて壊滅したのである。


「見たかミュッフリンク! 勝ったぞ! 気合だ!」


「……最悪だ。これでまた、あの方たちの『計算を無視すれば勝てる』という悪癖が強化されてしまった……」


 ミュッフリンクは泥を吐き出しながら、トラッヘンベルクの清潔な作戦会議を思い出して、人知れず涙した。



 『クルムの啓示と、迷子の「神」』


 一方、連合軍本隊はドレスデンでナポレオンに完膚なきまでに叩きのめされ、ボロボロになってボヘミアの山道へ逃げ込んでいた。


「神よ……。もはやこれまでか」


 ロシア皇帝アレクサンドル一世は、山中の深い霧のなかで立ち往生していた。

 しかしその時、雲の隙間から差し込んだ光が、彼の「神学的な」勘を呼び覚ました。


「……待て。ベルナドットは言っていた。『ナポレオンは追撃の足を欠いている』と。背後に迫るヴァンダムの軍を逆に叩けば、天の正義は証明される!」


 ロシア軍の親衛隊長が砲弾を浴びて後方へ運ばれたのを好機に、アレクサンドル自らが陣頭指揮を執り、フランス軍の猛攻を必死に凌いでいた。

 その時、突如としてフランス軍の陣形が内側から大きく崩れる。


 そこへ、一人のプロイセン将軍が軍服をボロボロにして姿を現した。

 山道で完全に道に迷っていたクレイストである。


「陛下! 申し訳ございません! 山道で完全に道に迷っていたら、気づけばフランス軍ヴァンダム部隊の真後ろに出てしまいました!」


「……迷子か?」


「いえ、陛下! これぞ神の導き! 迷ったふりをして敵の背後を突く、名付けて『偶然の包囲作戦』です!」


 この、クレイストによる「迷子からの神がかり的な出現」によって、フランスのヴァンダム軍団は挟み撃ちとなり、一万人以上が捕虜となる劇的な完勝を収めたのである。

 急にアレクサンドルが覚醒して勝利するボヘミア軍。実はここが連合軍の最も危険な瞬間でした。

 急に覚醒なんて事あるのって感じのクルムの戦いですが、親衛隊長という名の監視役が負傷した事により始めて指揮権を得たら、アレクサンドルは結構な名将だったというオチです。父親が軍部に殺されていて強い権力を持っていないアレクサンドルなので、名ばかりの指揮権しかなく、勝ったら将軍の指揮が良かった。負けたらアレクサンドルのせいにされていました。そのせいで無能な指揮官と思われていただけです。

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