最悪で最高の形
――北方軍、本営の作戦室、一八一三年八月。
降り続く豪雨が、すべてを泥の沼へと変えていく。そのなかで英国特使スチュワートは、親友という名の愚痴仲間であるボイエンと共に、数日間にわたる「異常な軍議」を遠巻きに眺めていた。
「おい、ボイエン。君の言う『気合』も、この雨でふやけてしまったのではないか?」
スチュワートが皮肉っぽく囁く。
ボイエンは不機嫌そうに、ベルナドットとプロイセン将軍たちの激しい応酬を見つめていた。
「王太子! フランス軍をベルリン近郊まで引き付けるのは危険すぎる! 我らプロイセン軍はそんなことをせずとも勇敢に戦える」
ビューローが、泥まみれの軍靴を鳴らして叫んだ。
ベルナドットはぬるくなった茶をすすりながら、突き放すような、温度のない視線を向けた。
「ビューロー閣下、感情論は結構だ。ナポレオンの部下ウディノが、ベルリンに向けて進撃している。これを阻止するには、貴公らの軍をベルリン近郊のグロースベーレンで壁にする以外に『正解』はない。――それとも、ベルリンを放棄して全軍撤退するか? 私のスウェーデン軍は傷つかずに済むが、それでいいのだな?」
「何だと――!」
軍議に初参加のタウエンツェーンも、その言い草に激昂して立ち上がった。
「プロイセンの首都を人質に取るような物言いは、看過できん! それに放棄するかしないではなく、もっと南で防衛するかどうかの議論だろう。話をすり替えるな」
将軍たちの怒鳴り合いを横で見ながら、ヴィンツィンゲローデは、心臓を激しく波打たせていた。
(これはまずい。決裂する。北方軍がバラバラになってしまう! このままじゃ給料が出ない)
――懐かしき怒鳴り声。
「三人で別室へ。――いや、こっちだ!」
ベルナドットはビューローとタウエンツェーンを指差し、奥の小さな個室を顎でしゃくった。
三人が部屋にこもると、すぐに凄まじい怒鳴り声が外まで響いた。
机を激しく叩く音が、部屋の壁を突き破るように漏れ聞こえてくる。
「いいか、計算しろと言っているんだ!」
「だから、その計算が合わないと言っているんだ! 貴公の書いた楽譜がもたらすのは、我が軍がすり潰される血と悲鳴の不協和音だ!」
ベルナドットのガスコーニュ訛りの怒声。
プロイセン親父たちの頑固な叫び。
それらが複雑に混ざり合う。
ヴィンツィンゲローデは青い顔で、隣にいたチェルニショフに詰め寄った。
「――貴公、ふざけている場合か! 殴り合いにでもなったらどうする!」
チェルニショフは、腹を抱えて愉快そうに身をよじっていた。
「はっはっは! 大丈夫だって、ヴィンツィンゲローデ。あれがあの方々の『挨拶』なんだよ」
数時間後、扉が勢いよく開いた。
出てきたビューローとタウエンツェーンは、髪を振り乱し、顔を真っ赤にしていた。だが、その瞳には奇妙な「納得」が宿っている。
「相変わらず食えん男だ」
ビューローが吐き捨てるように言い、ベルナドットが背後から満足げにその肩を叩いた。
スチュワートはボイエンを肘で突き、口元に意地の悪い弧を描いた。
「見たか、ボイエン。君たちの将軍が、あのガスコーニュ人の術中にはまった瞬間だ。どうやらベルリンは、気合ではなく、あの『罵倒まじりの計算』で救われるらしいぞ」
北方軍の結束は、この嵐の夜、最悪で最高の形で固まったのである。
スチュワートが書いている怒鳴り合いの喧嘩のシーンです。これがビューローとベルナドット不仲説の最大の根拠なのですが、普通は王太子とプロイセンの一将軍が怒鳴り合いの喧嘩なんてできません。これが許されているのが、二人の仲を表しているのではないでしょうか? あと、激論の内容ですが、ベルリン死守は共通していたので、どこで防御するかが問題だったのでしょう。複雑怪奇な連合軍の初戦ですから、できるだけ簡易な作戦で勝利する必要があり、ベルリンぎりぎりまで引き付けたと思われます。




