北方軍(ノルト・アルメー):時代を100年間違えた軍
ベルナドットは、ここにはいないテッテンボルンの顔を脳裏に浮かべ、集まった六人の男たちを見渡した。
ビューローとテッテンボルン(交響と撹乱)。
ヴィンツィンゲローデとチェルニショフ(無頼と幻影)。
タウエンツェーン(鉄壁)。
ボイエンとスチュワート(歪曲と虚飾)。
「よし。これで『盤面の駒』はほぼ揃った」
「音楽家、詐欺師、戦争請負人、スパイ、熱弁家、あるいは皮肉屋の金貸し……さらには王弟の右腕。これほど『非合理』なメンバーで、ナポレオンという『最強の誤答』を消去する。……諸君、最高に美しい授業になりそうだ」
ベルナドットは力強く、広間に集った将星たちに宣言する。
「これからは私が計画を立て、貴公たちが軍を指揮することになる。だが、完璧な連携による勝利以外は認めん。──諸君! 親王の、あの『軍事幾何学』の続きを、ここから始めるとしよう」
その言葉に、男たちは互いに顔を見合わせ、あるいは肩を突き合い、これから始まる戦いに思いを馳せる。
スチュワートは、大広間の椅子の上で胡坐をかき、ボイエンの肩に手を置きながら、満足げに手帳を開いた。
「ボイエン、書き留めておけ。今日、この瞬間、欧州で最も『食えない連中』が一つのテーブルを囲んだ……とな」
一八一三年夏、休戦明けの、雷鳴を孕んだ、激しい大雨の中。
各国の思惑とベルナドットの知略が複雑に絡み合いながら、ついに、北方軍が始動する。
ベルリン南方の野営地。
連日の豪雨。泥濘に沈む士気。
混成部隊の間には、一触即発の不信感が漂っていた。
そこへ、ベルナドットが「計算通り」のタイミングで姿を現す。
「いいか諸君、わが北方軍において、略奪は『計算違い』を招く最大の悪徳だ。村の鶏一羽、パン一切れでも盗んだ者は、この私が直々にこの世から消去してやる」
厳命に対し、すかさずヴィンツィンゲローデが声を上げた。
「殿下、空腹の兵に略奪を禁じれば、戦う前に軍が崩壊しますぞ」
「……誰が、空腹で戦えと言った?」
ベルナドットが右手を高々と上げる。
「運河を見ろ! 私の用意した『兵站』が到着したぞ!」
ドォン、と重い木箱が次々と開封された。
大量の小麦粉。移動式のパン焼き窯。新鮮な牛肉に、極上のエール。
さらには、真新しい頑丈なブーツが山のように積み上げられていく。
「……馬鹿な。この豪雨のなかで、これほどの物資をどうやって?」
ヴィンツィンゲローデが絶句する横で、ベルナドットはすでに外套を脱ぎ捨てていた。
そのまま、兵卒たちが囲む焚き火の輪へと突っ込んでいく。
「おい、そこを詰めろ! 私の分のスープはあるか?」
ビューロー、タウエンツェーンの二人は石のように固まった。
スウェーデンの次期国王となる男が、泥の上に直接胡坐をかいたのだ。
驚愕するプロイセンの新兵から、使い古しの木皿をひったくる。
大鍋から具沢山のスープを注ぎ、煤で汚れた手でパンをちぎる。
そして、兵士たちと肩を並べて夢中で頬張り始めた。
「……王太子ともあろうお方が、あんな、野良犬のような真似を……」
タウエンツェーンが、顔を引きつらせて呟く。
「礼節も、尊厳もあったものではないな」
ビューローも呆れ果て、こめかみを押さえた。
しかし、兵士たちの反応は真逆だった。
「おい……スウェーデンのオヤジ、俺たちと同じもんを食ってやがるぞ!」
「オヤジ! 最高だぜ、このスープ! 略奪なんて面倒なこと、もうおさらばだ!」
プロイセンの徴集兵も、ロシアのコサックも、スウェーデンの近衛兵も。
ベルナドットの「美味いな!」という豪快な声に、一つの輪になっていく。
その光景を見つめながら、チェルニショフは自慢のコサックたちに囲まれ、略奪品ではない「最高級のハム」をナイフで切り分けて放り投げた。
「いいか野郎共! 略奪なんて効率の悪いことはもう流行らねえ! 遠く離れたハンブルクでダヴーを睨みつけているテッテンボルンたちに、美味い酒の匂いでも届けてやる勢いで飲むぞ!」
チェルニショフの鮮やかな扇動に、コサックたちが熱狂して吠え返す。
「殿下についていきゃあ、腹一杯食えて、おまけに英雄になれるんだ! モテモテだぞ。スウェーデンのオヤジに乾杯だ!」
「オヤジ最高!」
「北方軍、最高だぜ!」
プロイセンの頑固者がロシアの荒くれ者に肩を貸し、スウェーデン兵がドイツ中小諸国の若造に新しいブーツの履き方を教える。
ベルナドットという一人の男が提供した「満腹」という等式の下で、国籍も身分も、雨の冷たささえもが消えていった。
ボイエンが日記に『軍事学の完全なる敗北』と記す横で、スチュワートが満足げに鼻を鳴らした。
「兵士たちは今、殿下のためではなく、明日の朝食を守るためにナポレオンを粉砕する気でいるようだ。……これこそが、最強の布陣だよ」
ベルナドットは、口元を拭うこともせず、兵士たちの歓声の中で、ただ静かに口元を綻ばせた。
「……さあ、皇帝。貴公の『空腹の天才』は、私の『満腹の計算』に勝てるかな?」
ベルナドットはともかく兵士からは人気があります。ナポレオンが兵士を褒めたという理由で二度も追放するのは、このカリスマ性を恐れたからではと思います。
100年先なのか、100年前の軍隊なのか。ナポレオンの国民軍の真逆みたいな兵士で構成されている軍ですが、兵站と物量は100年先行っている軍です。




