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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第58話:メディア露出(プレスリリース)の副作用と、新人という名のDoS攻撃



 窓の外から聞こえてくる小鳥の囀りが、心なしか浮き立って聞こえる春の朝。

 私は、王都冒険者ギルドの一階窓口で、いつものように一寸の狂いもなく整頓されたデスクに向かい、本日……というよりは、今週の【定時退勤後のメイン・ミッション】を脳内のスケジュール帳に深く刻み込んでいた。


 本日のターゲットは、王都のはずれにひっそりと暖簾を掲げる名店『山海さんかい』の春季限定メニュー。

 ――『山菜と稚鮎の天ぷら、極上・波の花(塩)を添えて』である。


 長く厳しい冬を耐え抜き、大地のエネルギーを限界まで凝縮させたフキノトウやタラの芽、そしてウルイ。それらを、氷水でキンキンに冷やした極薄の衣にくぐらせ、最高級の胡麻油で一気に揚げ上げる。サクッとした軽快な音の後に広がる、山菜特有の野性味あふれる心地よい苦味。

 そこに、春の訪れを告げる稚鮎の、ほのかな内臓の苦みと上品な身の甘みが重なり合う。余計な天汁ソースなどいらない。ただ、職人がこだわり抜いた大粒の天然塩をパラリと振るだけでいい。

 口の中で「春」という季節が瑞々しく弾けるその瞬間を想像し、私の口腔内はすでに最適な受け入れ態勢スタンバイを完了していた。


(……完璧ね。この極上の天ぷらを、衣が湿気る前に、揚げたての最高出力(熱々)で胃袋へデプロイする。そのためには、一分一秒の遅延タイムラグも許されない。本日の業務も、極限の効率で回すわよ)


 私が脳内で稚鮎の尾びれをサクッと噛み砕いていた、まさにその時だった。


『ドォォォォォォンッ!!』


 ギルドの重厚な二枚扉が、まるで大型のトロールに体当たりされたかのような轟音を立てて開け放たれた。

 驚いて武器を構えたベテラン冒険者たちの視線の先。立ち込める砂埃の中から現れたのは、魔物の群れでもなければ、敵国の軍勢でもなかった。


「アイラ様ぁぁぁーーッ! 実物だ! 雑誌の百倍美しい!!」

「僕を! 僕をアイラ様の論理的な管理下に置いてください!!」

「効率の女神様! どうか俺に、一歩も動かずに定時で帰る冒険術を教えてくれ!」


 ……そこにいたのは、王都の最新ファッションに身を包んだ軟弱そうな若者から、目を血走らせた勘違い気味の魔術師、さらには「効率」という言葉の定義を根本的に履き違えた様子の筋肉ダルマたちまで。

 ギルドのフロアを埋め尽くすほどの、百人を優に超える【ノイズ(雑音)】に満ちた新人の群れだった。


 彼らの手には一様に、先日発売された雑誌『月刊・働くお姉さん』が握りしめられている。表紙には、冷徹な微笑を浮かべた私の立ち姿と、『効率の女神――窓口から一歩も動かずに世界を管理する女』という、今見ても頭痛がしてくるような見出しが踊っていた。


「ア、アイラ君……! た、助けてくれ……」


 二階の執務室から転がるように降りてきたギルドマスターのバーンズが、今にも泣き出しそうな顔で私のカウンターに縋り付いた。


「朝からこれなんだ! 門の外にもまだ登録志望者が溢れている! そのほとんどが君の記事を読んで『楽に効率よく稼げる』と勘違いした連中か、あるいは君に罵倒されたいだけの変質者だ! ギルドの通常業務メインプロセスが、完全にパンク(オーバーフロー)しているよ!」


「…………」

 私は窓口の椅子から一ミリも動かず、手元の砂時計を一瞥した。

 時刻は午前九時三分。

 通常、新人登録の受付と審査にかかる時間は一人あたり約五分。百数十人を私一人で処理するとなると、単純計算でも十時間以上。昼休憩すら消滅する計算だ。


「……現在、ギルドの処理能力スループットを大幅に超えるリクエストが殺到しています。これは明確な【DoS攻撃(サービス拒否攻撃)】と同義です。マスター、即刻シャッターを下ろし、入場制限レートリミットをかけてください。私の神聖なる定時が、物理的に崩壊します」


「そ、そんなことできないよ! 冒険者志望を追い返したらギルドの評判が下がるし、なにより彼らは『アイラさんに会えないならこの場で暴れる』って言ってるんだ! 頼むアイラ君、この異常事態インシデントを君の力でなんとかしてくれ!」


 マスターは半泣きのまま、一枚の決裁書(稟議書)を私に突きつけた。


「ギルド本部からの緊急承認を取り付けた! 本日より三日間、この新人たちの【オンボーディング(導入研修)】の総責任者を君に任命する! 成功報酬として、君がずっと欲しがっていた『古代魔導具:完全無音・定時退勤プロテクトカーテン(魔力遮断機能付き)』の購入予算を全額経費で落とそう!」


「ピクッ」

 私の右眉が、微かに動いた。

 それは、窓口の外の喧騒を完全にシャットアウトし、十七時になった瞬間に物理的・魔力的に私の存在を隠蔽する、事務職にとっての究極の防衛サボり装備だ。


「……交渉成立アグリーです。ただし、私のやり方に一切の口出しはさせません」

 私は決裁書に秒速でサインを書き殴り、カウンターの端で震えていた新人職員を指先で呼び寄せた。


「ルーク。少し走るわよ(クイック・タスク)」

「は、はいッ! ア、アイラさん、今度はどこへ!?」

「今すぐ、ギルドの掲示板から『薬草採取』と『ドブさらい』以外のすべてのクエスト依頼タスクを一時非公開にしなさい。そして、講堂にスピーカー魔法の増幅装置を設置。……これから、この『ゴミ山(未整理データ)』の強行スクリーニングを開始します」


 私は窓口から一歩も動かず、増幅魔法の魔導具マイクを手に取った。

 フロア中に、鼓膜を震わせるほど冷徹で、絶対的な冷気を孕んだ【SVボイス】が響き渡る。


「静粛に、志望者の皆様(リード客)」


 その一言で、ギルドの空気が凍りついた。

 騒いでいた百人超の新人たちが、蛇に睨まれた蛙のように口を噤み、一斉に私の窓口へと視線を向ける。


「皆様は、自分が雑誌記事の『効率の女神』に導かれた、選ばれしエリートだと思い込んでいらっしゃるようですが。……残念ながら、現在の私の目には、貴方がたは【ギルドのシステム負荷を高めるだけの、無駄なエラーログ】にしか見えません」


 私の瞳の奥で、【残響の波紋エコー・パルス】が密かに起動する。

 フロアを埋め尽くす新人たちから発せられる感情の波紋は、ひどく濁っていた。

「アイラさんに冷たくされた!」と喜んでいる重度の変質者が放つ淀んだピンク色。そして「そんなはずはない、俺は優秀な冒険者になる男だ」と不快そうに顔を歪める自称エリートたちが放つ、根拠のない自信を示すドス黒い黄色。

 純粋な『冒険への志』を示す澄んだ青色など、数えるほどしか存在しない。


「冒険とは、夢や情熱パッションだけで成り立つものではありません。徹底した【リソース管理】と【リスクマネジメント】です。雑誌の記事の表面だけを掬い取り、『楽に稼げる』と誤認したリテラシーの低い個体は、この窓口を通過する価値すらありません。……まずは、貴方がたの『価値バリュー』を証明していただきましょうか」


 私は手元の端末を操作し、魔法陣を通じて、大量の『白紙の羊皮紙』をフロアにいる全員の足元へとぶちまけた。


「これから一時間以内に、本日これまでの移動にかかったコスト、消費した食料のカロリー計算、そしてポーション一本の原価と、想定される依頼の期待収益を記した【事業計画書(冒険プラン)】を作成しなさい。……計算ミスが一つでもあった時点で、即座に不採用(BAN)とします」


 フロアに、どよめきが広がった。

「け、計算!? そんなの冒険に関係ないだろ!」

「もっとこう、剣の腕とか、魔法の威力とかのテストじゃないのかよ!」

「俺は戦うために来たんだ、事務仕事なんてお断りだぜ!」


 不満の声が次々と上がる。

 私は椅子に深く腰掛けたまま、氷点下の微笑を浮かべた。


「関係ない? ……いいですか。自分の命という【最大の資産アセット】の収支すら計算・管理できない人間に、他人の依頼タスクを完遂できるはずがありません。貴方がたは、剣を振る前に、まず見積書(期待値)を書きなさい。それができないなら、今すぐお引き取りを。……私の至高の天ぷらの予約スケジュールが、貴方がたの無能さで汚染されるのは我慢なりませんので」


 メディア露出という副作用バグによって生み出された、百人規模の巨大なノイズ。

 これをどう効率的に選別し、排除し、あるいはギルドの戦力として最適化オンボーディングするか。


 私の春の味覚と、究極の防衛装備を懸けた、ギルド史上最大の「大量採用フィルタリング(マス・スクリーニング)」が、今、静かに幕を開けた。


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