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ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~  作者: ぱすた屋さん


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第57話:独占の崩壊と、極上の痛風鍋



 王都を照らす魔力照明が、かつてないほどの清らかで強い光を放ち始めたギルドのフロア。

 その光の真ん中で、精霊の森の若きシステムアーキテクト、ルシエンは、床に崩れ落ちたまま微動だにできなかった。


 彼の手からこぼれ落ちた制御デバイス(旧システムのアクセスキー)は、もはや何の権限も持たないただの魔石の塊へと成り果てている。


「……私の、負けだ」


 ルシエンは虚ろな目で、眩い光を放つ魔力照明を見上げた。

「大昔の人間とエルフが共に創り上げたオープンソースの真の力……そして、我々のブラックボックス化が、逆にシステムの効率パフォーマンスを落としていたという事実。……何より、己の怒りに任せて自ら回線を切断してしまった、取り返しのつかないミス……」


 彼は深く項垂れ、傲慢だったエルフの技術官としてのプライドは完全に打ち砕かれていた。


「ご理解いただけたようで何よりです」

 私は窓口の椅子に腰掛けたまま、極上の『営業用スマイル』を浮かべて手元の書類を整理した。


「王都のインフラは、先ほど人間独自のシステムへ完全移行マイグレーションを完了いたしました。もはや、エルフの皆様に高額なライセンス料を支払い、保守運用を委託する必要はなくなりました。長年のアウトソーシング業務、本当にお疲れ様でした」


「……あぁ。我々技術局は、森へ帰る。もう二度と、人間のインフラに干渉することはないだろう……」

 ルシエンが立ち上がり、フラフラとした足取りで背を向けようとした。


「お待ちください(ホールド)」

 私の静かな声が、彼の背中を縫い止める。


「な、なんだ。これ以上、私から何を奪う気だ」


事後処理クロージングが残っております」

 私は、美しい筆記体で数字を書き込んだ羊皮紙を、カウンターの上に滑らせた。


「ルシエン様。先ほど貴方は『自らの意志で』王都への魔力供給を強制停止しました。これは、既存の保守契約における重大な【サービス品質保証(SLA)違反】であり、明確な契約不履行です」


「ひっ……!」


「本来であれば、稼働停止に伴う莫大な損害賠償と、過去数百年にわたって『オープンソースを独自の技術だと偽り、不当に徴収し続けてきたライセンス料』の全額返還を王都裁判所に請求するところですが……」


 私はわざとらしく、ふぅっとため息をついてみせた。


「今回、貴方が自ら回線を切断(自爆)してくださったおかげで、人間側の新システムを安全に起動することができました。その【移行協力の功績】に免じて、今回の損害賠償と過去のライセンス料の返還請求権は、相殺キャンセルして差し上げます」


「そ……相殺……?」


「ええ。ただし、今後一切、王都のインフラに対して『著作権侵害』や『所有権』を主張しないこと。これが条件です」

 私は、完全なる免責合意書(NDA)を彼に突きつけた。

「……サインを。嫌なら、過去数百年分の不当利得を耳を揃えて返還していただきますが?」


 もはやルシエンに選択の余地などなかった。

 彼は震える手でサインを書き殴ると、背後に控えていたエルフの技術官たちと共に、逃げるようにギルドから去っていった。


 ギルドの扉が閉まった瞬間、フロアは割れんばかりの歓声に包まれた。


「やったぞ!! エルフの脅迫を跳ね除けた!」

「インフラが俺たち人間の手に戻ったんだ!!」


 マスターのバーンズが、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら私のカウンターにすがりついてきた。

「ア、アイラ君……! 君は王都の救世主だ! だが、一体いつから地下の魔術師部隊に指示を出して、新システムを作らせていたんだ!? あんなもの、一日二日でできるわけがないだろう!」


「前回の『長老パスワード忘れ事件』の直後からです」

 私は、引き出しの鍵を閉めながら淡々と答えた。


「システムを握るベンダー(エルフ)が、自らのミスを隠蔽するほど隠蔽体質である以上、彼らが腹いせに王都のインフラを止めるリスク(単一障害点)は容易に予測できました。……特定企業への過度な依存ベンダーロックインを事前に回避するための【リスクマネジメント】は、SVの基本中の基本ですから」


「リスク、マネジ……! ああ、なんという先見の明だ! もちろん君の冬のボーナスは満額、いや、特別手当をつけて支払わせてもらうよ!」

「ありがとうございます。その言質ログ、確かに頂戴いたしました」


『カーン、カーン、カーン……』


 王都の時計塔が、神聖なる十七時の鐘を鳴らし始めた。

 私の定時。そして、完璧なインフラ防衛戦の終了を告げる合図だ。


「では、私はこれにて退勤ログアウトいたします。本日の窓口業務は終了です」


 ガラガラガラッ!!

 私はシャッターを一気に下ろし、歓喜に沸くギルドのフロアを背にして、凍てつく王都の夜の街へと優雅な足取りで踏み出した。


 * * *


 王都の裏路地にひっそりと佇む、提灯の明かりが温かい小料理屋『冬牡丹』。

 暖簾をくぐると、湯気とともに出汁の甘く豊かな香りが鼻腔をくすぐり、凍えた体を一瞬で解きほぐしてくれた。


「お待たせいたしました。冬季限定、『牡蠣と白子の極上・痛風鍋』でございます」


 女将が、私の目の前の卓上コンロに、熱々の土鍋を置いた。

 蓋を開けた瞬間。


『グツグツグツ……ッ!!』


 黄金色に輝く昆布と鰹節の合わせ出汁の中で、特製の合わせ味噌が溶け合い、暴力的なまでに食欲をそそる香りが爆発した。

 鍋の主役は、ぷっくりとはち切れんばかりに太った大粒の生牡蠣と、純白でツヤツヤと輝く真鱈の白子。その周囲を、味が染み込んだ焼き豆腐、シャキシャキの白ネギ、そして色鮮やかな春菊が彩っている。


(……完璧なビジュアル(UI)。まさに冬の海がもたらす、奇跡のオープンソースね)


 私は、はやる心を抑えながら、小鉢にたっぷりと具材を取り分けた。

 まずは、熱々のスープを一口。

「……〜〜っ!!」


(……出汁の深み(処理能力)、極限突破!!)


 昆布と鰹の力強いベースに、牡蠣から溶け出した磯の旨味と、白子のクリーミーなコクが溶け込み、特製味噌の風味がそれらを完璧にまとめ上げている。

 続いて、主役の大粒の牡蠣をポン酢と紅葉おろしに軽くくぐらせて、口へ運ぶ。


 噛み締めた瞬間、プツンと薄い膜が破れ、中から濃厚でミルキーな「海のミルク」のエキスが、洪水のように口内へ溢れ出した。熱々でプリプリの食感と、磯の香りが鼻を抜けていく。

 休む間もなく、次は白子だ。箸で持ち上げるだけで崩れそうなほど柔らかな白子を口に含めば、噛む必要すらない。とろりとした極上のクリームが舌の上で溶け出し、濃厚な甘みが脳髄を直接揺さぶる。


(……美味しい。美味しすぎるわ。悪質なベンダーの高額なライセンス料に依存しなくても、この王都には、こんなに安くて美味しい自前のインフラ(飯)が溢れているじゃない)


 私は、牡蠣の旨味と白子のコクが交互に押し寄せる無限ループに陥りながら、無心で鍋をつつき続けた。

 出汁の染みた豆腐や、甘みを増した白ネギが、濃厚な海鮮の合間の完璧な箸休め(インターバル)となって、食欲を無限に加速させていく。

 窓の外では容赦ない吹雪が吹き荒れているが、熱々の鍋と冬のボーナス満額支給の確約を得た私の心身は、ぽかぽかと幸せな熱気で満たされていた。


「……ごちそうさまでした。至高の対応サービスだったわ」


 最後の一滴までスープを飲み干し、私はふぅっと至福の吐息を漏らした。


「……高額な外部ベンダーにインフラの首根っこを掴まれてビクビクするより、やっぱり、自分で出汁を取って(自作して)食べるお鍋の方が、圧倒的にコストパフォーマンス最強ね」


 身も心も、そしてボーナスの査定も完璧に暖め尽くした私は、小料理屋の温かいお茶をすすりながら、満面の笑みを浮かべた。


 鉄の受付嬢の理不尽な戦いは、今日もまた、この一歩も動かない聖域コールセンターで続いていく。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

シリーズ終了です。

また思いついたら続き書きます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【★★★★★】をいただけますと幸いです。


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