第56話:互換レイヤー(非公式API)のデプロイと、新規格のフォーク
「貴様らが我々に従わないというのなら、今この瞬間に供給を断つ! 王都の魔力浄化システムを強制シャットダウン(サービス停止)してやる!!」
論理の逃げ道を完全に塞がれ、プライドを粉々にされた若きシステムアーキテクト、ルシエンが狂乱のままに絶叫した。
彼は頭上に掲げた魔道具——王都のインフラと精霊の森を繋ぐ制御デバイスに、自らの強大な魔力を叩き込んだ。
『ガガガガッ……! ピィィィィン!!』
不吉な切断音がギルドのフロアに鳴り響いた、その直後だった。
王都中を照らしていた魔力照明が、バツンッと一斉に音を立てて消滅した。
窓の外から見えていた街の輝きも瞬時に失われ、真冬の王都は、太陽の光が届かない深い暗闇と、凍てつくような寒さに包み込まれた。魔力浄化のプロセスが停止したことで、空気中に微かな瘴気の気配すら漂い始める。
「ひぃぃぃッ! ま、真っ暗だ!! 本当にシステムを止めやがった!!」
「終わりだ! このままじゃ王都中が瘴気に呑まれて魔物が湧き出すぞ!!」
ギルドのフロアは完全なパニック状態に陥った。
冒険者たちが暗闇の中で武器を構え、マスターは床に這いつくばって「うおおお、私の王都が……!」と泣き叫んでいる。
「くっ、はははははっ!!」
暗闇の中、魔道具の微かな光に照らされたルシエンの顔が、醜く歪んだ笑みを浮かべていた。
「思い知ったか、愚かな人間ども! 契約書(紙切れ)の理屈をこね回したところで、現実に王都を動かしているのは我々エルフの力だ! 今から土下座してライセンス料の『百倍』を払うと誓うなら、再起動してやらないこともないぞ!!」
勝ち誇るルシエン。絶望するマスターと冒険者たち。
だが、その混沌とした暗闇のど真ん中で。
私、王都冒険者ギルド一階窓口担当のアイラは、椅子から一ミリも動くことなく、口元に極上の『氷の微笑』を浮かべていた。
「……システムの完全シャットダウン(供給停止)を確認。旧ベンダーとの【接続解除作業】が、無事に完了しましたね」
私のあまりにも平坦で、日常業務と変わらない冷静な声が、暗闇のフロアにスッと通った。
「な……強がりを言うな! 接続解除だと? 貴様らの都市はもう死に体だぞ!」
ルシエンが苛立ちを込めて叫ぶ。
「ええ。貴方たちが握っていた『エルフの独自回線』は、確かに切れました」
私は、手元に広げていた第一星暦の『基本設計書』を指先でトントンと叩いた。
「ですが、先ほど私はこの場で証明したはずです。王都の地下に眠るコア術式は、特定企業のものではなく、万人に開かれた【オープンソース(公共財)】である、と。……ルシエン様。オープンソースの真の強み(メリット)を、ご存知ありませんか?」
「何を……言っている……?」
「ライセンスの独占が無効化された以上、私たち人間には、そのコア術式を自由に改変し、独自の仕様に派生させて、自前のサーバー(インフラ)に直接展開する正当な権利があるということです」
私は、首元に仕込んでいた『ギルド管理職専用の通信魔道具』のスイッチを入れた。
通信の先は、王都の地下深く——コア術式のすぐ近くで数日前から密かに待機させていた、ギルド直属の人間の魔術師部隊だ。
「……こちらアイラ。地下運用チーム、応答して(レスポンスを)」
『はい、こちら地下運用チーム! アイラSVの予測通り、先ほどエルフ側からのメイン回線が完全に切断されました!』
「了解。旧ベンダーの回線が落ちたことで、システム競合の危険性は完全にクリアされました。これより、フェーズ2に移行します」
「き、貴様……誰と通信している!? 何を企んでいる!」
ルシエンが焦ったように杖を構える。
「ベンダーロックインからの脱却です」
私はルシエンを一瞥すらせず、インカム越しに冷徹な【デプロイ(本番環境展開)の号令】を下した。
「ブラックボックス化されていたエルフの仲介システムを完全迂回。……人間側で独自開発した『互換レイヤー(非公式API)』を通じて、地下のコア術式に直接接続しなさい。……新規格・人間フォーク版システム、本番環境へ一斉デプロイ!!」
『了解!! 互換レイヤー、接続……魔力供給、開始します!!』
その直後だった。
『ブゥゥゥゥンッ!!』
王都の地下深くから、大地を揺るがすような重低音が響き渡った。
パツンッ!!
ギルドの魔力照明が、弾けるような音とともに一斉に点灯した。
いや、それだけではない。窓の外を見れば、王都中を照らす街灯や魔導塔の光が、エルフが管理していた時よりも遥かに力強く、清らかで純白の光を放って夜の街を煌々と照らし出していたのだ。
漂い始めていた瘴気は一瞬で浄化され、王都はかつてないほどの澄んだ魔力に満たされた。
「な、なんだこれは……! 光が、戻った……!?」
マスターが床から這い上がり、信じられないものを見るように周囲を見渡す。
「ば、馬鹿なッ!!」
ルシエンが、手元の制御デバイスと、眩いほどに輝く照明を交互に見比べて絶叫した。
「我々が接続を断ったのだぞ!? なぜコア術式が動いている!! しかも、この出力と浄化効率……我々のシステムを凌駕しているではないか!!」
「当然でしょう? 貴方がたの『シルヴァン・プロトコル』とやらには、無駄な機能や暗号化の防壁が多すぎて、コアの本来の処理能力を著しく低下させていたのですから」
私は、完全に勝利したSVの顔で、絶望するエルフの技術官を見下ろした。
「人間の技術者たちは、優秀ですよ。オープンソースの設計書さえ手に入れば、貴方たちの無駄の多いシステムを迂回し、より軽量で効率的な【互換接続パイプ(API)】を作ることなど造作もありません」
「な、ならば……なぜ最初からそれをやらなかった! なぜわざわざ、私がシステムを止めるのを待っていたのだ!!」
ルシエンが血走った目で私を睨みつける。
「実稼働している本番環境で、旧システムと新システムを同時に動かせば、魔力が競合して大爆発を起こす危険性があったからです」
私は、まるで出来の悪い新人研修生を諭すように、優しく、残酷に答えた。
「システムを安全に切り替えるには、一度完全に旧システムを『シャットダウン』する必要がありました。……しかし、契約期間中に人間側から一方的に回線を切れば、それこそ貴方たちに違約金を請求される隙を与えてしまう」
私は、手元の砂時計の最後の一粒が落ちるのを確認した。
「だから、『貴方自身の手で』怒りに任せて強制シャットダウンしてくれるよう、契約書の原本を突きつけて【意図的に誘導】したのですよ。……見事な自爆でした、ルシエン様」
「あ……あ、あぁ……ッ!!」
自分自身が、完全に私の掌の上で踊らされ、自らの手でエルフの独占権(既得権益)を終わらせるスイッチを押してしまったことに気づいたルシエン。
彼の顔からすべての血の気が失せ、自らが掲げていた制御デバイスが手から滑り落ち、カランと虚しい音を立てて床に転がった。
時刻は十六時二十分。
小料理屋『冬牡丹』の予約まで、残り四十分。
王都のインフラの切り替え(マイグレーション)は、予定通りの完璧なタイムスケジュールで完了した。
(さあ、極上の痛風鍋を堪能するための、最後のクロージング(事後処理)に入りましょうか)
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次回お楽しみに。




