第54話:ブラックボックス化と、プロプライエタリ(独自規格)の傲慢
「……ブラックボックスを、窓口にて解体するだと?」
私の静かだが絶対的な冷気を孕んだ宣言に、若きハイエルフのシステムアーキテクト、ルシエンは一瞬だけ目を丸くし、直後に腹の底から馬鹿にするような笑い声を上げた。
「くっ、ふはははは! これは傑作だ。一介の人間の受付嬢が、我々精霊の森・技術局が誇る最高峰の魔導術式を『解体』するだと? 己の無知を恥じるがいい!」
ルシエンは笑い飛ばしながら、杖の先で空中に浮かぶ魔力ホログラムを操作した。
そこに映し出されたのは、王都の地下に張り巡らされた魔力浄化システムの全体図だ。光の脈絡のように輝くパイプの束が、王都の中央に位置する巨大な『コア術式』へと繋がっている。
「よく見ろ、受付嬢。王都の街中を走る末端の魔力回路こそ、貴様ら人間の技術者が整備しているものだが、システム全体の魔力を浄化し、制御しているこの『コア術式』は、我々エルフの完全なる独自技術だ」
ルシエンは、コア術式の部分をトントンと杖で叩いた。
「このコアは、幾重にも及ぶ高度な暗号化魔法と防壁で守られており、内部の構造は貴様ら人間には一切解析不可能な【ブラックボックス】として提供されている。人間の魔術師が百人がかりで千日かけて解析しようとしたところで、防壁に弾かれて脳を焼かれるのがオチだ。……窓口で解体する? 寝言は寝てから言え」
背後に控えていたエルフの技術官たちも、「人間の分際でエルフの技術を理解できるはずがない」「無知とは恐ろしいものだ」と嘲笑の声を上げる。
「ル、ルシエン殿の言う通りだ、アイラ君……!」
ギルドマスターのバーンズが、顔面を蒼白にしながら私にすがりついてきた。
「王都の魔力浄化システムは、大昔からエルフの皆様に『コアをお借りして接続させてもらっている』状態なんだ! もし彼らを怒らせて供給(API接続)を切られれば、王都は数日で生活排水と魔物の瘴気で汚染され、人が住めない死の街になってしまう! ボーナスは……ボーナスはなんとか別の予算を削って捻出するから、どうか彼らを刺激しないでくれ……っ!」
ギルドのフロアにいた冒険者たちも、「おいおい、マジかよ」「エルフのご機嫌を損ねたら王都が滅ぶぞ」「受付嬢、いい加減に引き下がれよ!」と、パニック気味に声を上げ始めた。
相手にインフラの心臓部を握られ、脅されれば要求を呑むしかない。
まさに、特定企業の独自技術に依存しきった【ベンダーロックイン】の末路。システム導入時の判断の甘さが招いた、典型的な地獄の構図だ。
(……ボーナスを別の予算から捻出する? つまり、来期以降のギルドの備品代や冷暖房の魔石代、最悪の場合は私の残業代が削られるということ。……そんな負の連鎖、断じて許容できないわ)
私は、周囲のパニックやエルフたちの嘲笑など一切耳に入っていないかのように、ただ淡々と、手元の砂時計の砂が落ちるのを見つめていた。
「ルシエン様。一つ、システム運用における『絶対的な真理』をお教えいたしましょうか」
私が静かな声で口を開くと、ルシエンは「なんだ、命乞いか?」と見下ろしてきた。
「どれほど高度に暗号化されたブラックボックスであろうと、王都の地下に『物理的に設置』され、人間の作った末端の魔導回路と『接続』されている以上。……このシステムが王都に導入された当初の【基本設計書(ソースコードの原点)】は、必ずこの王都のどこかに保管されているはずです」
「……は?」
ルシエンが、怪訝な顔で眉をひそめる。
「システムのコアが貴方がたエルフの提供物であったとしても、当時の人間側の都市計画担当者が、中身の仕様や接続条件を全く知らされないまま、そんな危険なブラックボックスを都市の心臓部に埋め込む承認を出すはずがありません」
私は窓口の椅子から一歩も動かず、カウンターの端でオロオロしていた新人職員、ルークを指先で呼び寄せた。
「ルーク。少し走るわよ(クイック・タスク)」
「は、はい! ア、アイラさん、今度はどこに行けばいいですか!? 地下の第五書庫ですか!?」
「いいえ。もっと深くよ」
私はルークに、一枚の通行許可証を渡した。
「王都の中央管理塔の地下最下層。人間がこの王都を建設した第一星暦時代の記録が眠る【都市計画・深層アーカイブ】へ向かいなさい。そこで、王都創設期における『魔力浄化システム導入時の基本設計書』と『初期契約書(SLA)』の原本を発掘してきなさい。……ホコリまみれでしょうから、マスクを忘れないようにね。制限時間は十五分(SLAは十五分)よ」
「だ、第一星暦!? 何百年も前の資料室じゃないですか! ひぃぃ、行ってきます!!」
ルークは許可証を握りしめ、ギルドを飛び出していった。足の速さ(レスポンス)だけは、相変わらず優秀な部下だ。
「……くっ、ふははは!」
ルークの背中を見送りながら、ルシエンが再び嘲笑した。
「何をするかと思えば。数百年前の古い紙切れ(レガシー資料)を探しに行ったのか? 無駄な足掻きだ。たとえ初期の設計書を見つけたところで、我々のシステムはそこから五百年かけて独自のアップデートを繰り返してきたのだ! 当時の古い記述など、現代の『新システム』の前では一文字の役にも立たん!」
「システムの表面(UI)や機能がどれほどアップデートされようと、その根幹を成す【設計思想】はそう簡単に変わるものではありません」
私は、涼しい顔で言い放った。
「むしろ、古いシステムに無理やり独自のアップデートを重ねすぎた結果、中身が複雑怪奇なスパゲッティコードになり、開発者本人ですら全容を把握できていない……というのが、IT(魔導)業界の『あるある』ですが?」
「き、貴様ッ……! 我々の洗練された術式を、スパゲッティなどという下品な食べ物に例えるか!!」
図星を突かれたのか、ルシエンの顔が一瞬赤く染まる。
「とにかく、無駄な時間稼ぎだ! こちらの要求(十倍の値上げ)を呑むのか呑まないのか、今すぐ回答しろ! でなければ、この場で魔力供給の接続を遮断するぞ!」
ルシエンが手元の魔道具を掲げ、脅しをかけてくる。
「慌てないでください。お客様の仰る『独自の技術』が、本当に貴方がたエルフだけの完全な著作物であるのか。……それを確認するための、事実確認のお時間をいただいているだけです」
私は手元の砂時計をひっくり返した。
時刻は十五時五十五分。
『冬牡丹』の極上・痛風鍋の予約まで、残り一時間と五分。
冬の味覚の王様たちが、黄金色の出汁の中で私を待っているのだ。
(さあ。数百年の時を経てブラックボックス化されたシステムの蓋を、物理的な文書の力でこじ開けてあげましょうか)
王都の命運と私のボーナスを懸けた十五分間のカウントダウンが、静かに始まった。
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次回お楽しみに。




