炎を裂く竜牙 ~トリーシャ会戦②~
お読みいただき、ありがとうございます!
エウロ砦からトリーシャ河を遡上すること、体感で三十分ほど――。
零仁の視界に、昨日までいたボレア砦の主棟が見えてくる。外壁から幾筋かの煙が出ているが、正門を突破された気配はない。
(よおし、まだ保ってるな!)
だが河面に作られた魔法の足場の上には、無数の歩兵や弓兵がひしめている。橋の上では地這竜と重装歩兵たちが混戦しているが、やや押し込まれつつあった。
(とりあえず前にいる奴らを蹴散らす!)
加速をつけると、距離がみるみるうちに縮まった。
歩兵たちが気づいた時、零仁はすでに罪斬之剣を振りかぶっていた。
「【音速剣刃】!」
白い刃から放った巨大な雲の弧刃が、敵兵たちの身体を貫いた。
水面に残された身体から流れる血が、トリーシャの流れを赤く染めていく。
「【遺灰喰らい】だっ!」
「ひっ⁉ ほ、ほんとに来たっ⁉」
「ええい、さっさと攻め落と……ぎゃああっ⁉」
喚きかけた歩兵部隊の指揮官らしき男を、皆まで言わせずに斬り伏せた。
その向こうで、見慣れた坊主頭が怯えた顔で零仁を見ていた。
「ふっ、祓川……もう来たっ⁉ エウロは……亮平は何やってんだっ⁉」
【残影疾駆】――飯田勇人。
着込んだ革防具は返り血で汚れ、血塗れの片手剣を持っている。
「よお、ご活躍のようじゃねえか。さすが上位級サマだな?」
「ふざけるなっ……! 塔村は、塔村は何やってんだよっ⁉」
「ほお、最上位級と上位級のペアか。そりゃあ……ちゃっちゃと仕留めねえとなあっ! 【音速剣刃】!」
放った雲の弧が、並み居る敵兵たちを斬り散らしながら飯田へと迫る。
「っ……! 【残影疾駆】!」
飯田の姿がかき消えた。また横に出てくるかと思いきや、橋の上へと逃れている。どうやら視界範囲なら、どの方向にも瞬間移動できるらしい。
(塔村と合流する気か! させねえよ……!)
例によってたわむ水の膜を生み、片足をかける。
「【打ち放つ者】!!」
自らの身体を吹き飛ばし、ひと息に飯田へと追いついた。
飯田が振り向くと同時、白い刃を背中に叩きつける。
「ぐぎゃあああ……っ!!」
飯田から遺灰が舞う。その後頭部を、左手で鷲掴みにした。
「じゃあな……【遺灰喰らい】!!」
掌に生まれた黒い紋が、飯田の頭を吞み込んでいく。断末魔が聞こえた気もするが、ガリガリという耳障りな音がかき消した。
周囲の兵士たちが逃げ惑う中、脳裏にひとつのイメージが浮かぶ。
――青空の下、泥まみれのユニフォームを着た選手たち。野球の試合中らしい。
バッターボックスに立つのは、背格好からして舘岡だ。観客は元より守備の選手たちも皆、舘岡を見ている。
しかし一塁にいる飯田の視線は、投手のほうに向けられていた。
(そうか……盗塁が得意だったな。舘岡の打席を狙うのは、たしかに効率がいい)
ピッチャーが投球の構えに入った瞬間、飯田の視点が動いた。まっすぐに二塁を目指し、送球が二塁に達する前に滑り込む。
観客席がわっと沸いた。二塁の守備選手が、口惜しげに飯田を見る。
『チッ……調子に乗りやがって。舘岡がいなけりゃ……』
『グダグダ言ってねえで、ちゃんと止めろや。オレだって打ったから二塁にいるんだからよ』
飯田の言葉に、若干の苛立ちが混じる。
舘岡が首尾よく打球を打ち、三塁へと走る中で視界がぼやけていく。
『いいんだ……これでいいんだ……! この時だけは、オレが……!』
(大きな才能に嫉妬しつつも、自分にある手札で戦った……か。その点に関しちゃ、前の俺よりは立派だよ)
言葉が終わる前に、三塁の守備が送球を受け止めた。
視界が溶け落ちる。脳裏に、【残影疾駆】の名が刻まれた――。
視界が戻ると、零仁はトリーシャ河の上にいた。
砦からみて南側の水上にいた兵士たちは皆、逃げ散ったらしい。橋の上も零仁の来援を悟ったか、押し返しつつある。
「どれ、さっそく使ってみるか……【残影疾駆】!」
行きたい地点を意識して能力を遣うと、果たして一瞬で外壁の上にいた。
上から戦況を見届けていたのか、輝良が駆け寄ってくる。
「レイジくん……!」
「お疲れ。無事みてえだな」
「飯田くん、倒してくれてありがと。さっきとか外壁の上に跳び上がってきてさ。ガウルとライナルトさんがなんとか追っ払ってくれたんだ」
輝良が言うと、傍らのガウルがウォンと吼える。その向こうでは、ライナルトが指のかけた左手を振っている。
ボレアに回ったエレインは、砦の中で指揮を執っているのだろう。
その時、対岸の橋のたもとで炎の柱が噴き上がった。敵方も盛り返す気なのか、三番鐘が打ち鳴らされる。
「……塔村か。魔流封刻をかけたのか?」
「うん。エレインさんと連携して何度も撃ってるんだけど、すぐ魔力を戻してくるの。颯手さんから破り方を教わったのかな……?」
「構いやしねえさ。単騎だったら、最上位級とも戦り合える」
「塔村さんが出てきたところに合わせて、また魔流封刻を撃つね。そこで一気に決めちゃって」
輝良の言葉に頷いて、眼下の橋へと跳び下りる。
折り重なる地這竜の屍の上に着地すると、橋にいた敵兵たちが退いていく。
代わりに長身の女子が、赤髪を風になびかせ悠然と歩いてくる。
「アッハハ……あんた、ほんとにエウロから来たの? まあそうでもなけりゃ、ここにいるわけないか」
【焦熱の女帝】――塔村火音。
道着を模した赤い魔法の戦衣に黒い帯、四肢には格闘用の拳甲と脚甲。敢えて段位を取っていないと有名だった、空手の腕前を活かすためと見える。
「お前が引っ込んでいる間に、飯田は前菜になったぞ。主菜はお前だ」
「わぉ、おっかない。あの陰キャがしばらく見ない間に、ずいぶんと物騒なこと言うようになったねえ」
級友が仕留められたにも拘わらず、塔村は愉しげだ。
クラスでは舘岡たちを立てて、女子然としていた。しかし今は何かを捨てたか振り切ったかのような、達観した雰囲気を醸し出している。
「そっかぁ……亮平、負けたんだ。あいつも意外と情けないなぁ」
塔村がサバけた笑みを浮かべた時。
「星眼刻視――【焦熱の女帝】! 魔流封刻ッ!!」
輝良の声が響くと同時、塔村の周りに蜃気楼を思わせる靄がかかった。
それを合図に、零仁は無言で塔村へと迫る。
(わざわざお喋りさせておくわけねえだろうがっ!)
輝良が遣ったのは、魔力を封じる妨害魔法だ。対象とその周りにいる者たちは魔力を用いた事象、すなわち魔法が発動できなくなる。星眼刻視と併せて用いれば、射程距離の制約すら受けることはない。
火属性の最高適性を得る【焦熱の女帝】には、まさに天敵と言える。
赤い髪を間合いに捉え、罪斬之剣を振り下ろした瞬間。
「……ふううっ! 破っ!!」
塔村の口から、裂帛の気合が漏れた。
女子としては長身の体躯から炎が放たれ、零仁を包み込むように襲い掛かる。
しかし零仁もまた、大剣の柄から話した左手を突き出していた。
「水流消破!」
放った青い水の波動が、伸び来る炎の腕を掻き消していく。
それを見た塔村は面白そうに舌打ちしながら、足元を爆ぜさせ後方へと跳ぶ。
「やるじゃん、今ので決めるつもりだったのに」
「……息吹、ってやつか」
「お利口さん、よく知ってるね。前にダリアで里緒菜と一緒にかけられて、タネは知ってたからさ」
息吹は腹圧を高めながら息を吐く、空手の呼吸法だ。
おそらく塔村は気合の一声と併用して自身の魔力を高め、瞬時に魔流封刻の縛めを打ち破ったのだろう。
「ただまあ亮平に勝っちゃう奴と、真っ正面から戦るのも……バカらしいよねえっ!」
塔村の足元が、ふたたび爆ぜた。しかし跳んだのは、正面ではなく河のほう。兵士たちがせめぎ合う水上移動魔法の足場を使い、さらに跳躍する。
向かう先は――ボレア砦の、外壁。
(狙いは輝良か! 【残影疾駆】で追いつけるっ!)
能力を発動しようとした、まさにその時。
硬いものが割れる音がした。同時に、主棟から光が迸る。
爆音とともに空を翔ける塔村の顔に、なにかが突っ込んだ。
「っがああぁっ⁉」
苦悶とともに、塔村が河に落ちていく。
それをあざ笑うかのように、何かが外壁の上を羽ばたいていた。
トカゲに似た身体に、灰色の被膜を持った双翼。牙が並んだ顎で、何かを美味いそうに食べている。
その姿は、橋の上にいる地這竜に少し似ていた。
「……竜⁉」
「キシャアアアアッ!」
思い浮かんだ名を呼ぶと、幼竜は威勢よく応じて零仁の近くに飛んでくる。
大きさは人間の子供くらいか。口元には、塔村のものと思しき血がべったりとついている。
「孵った途端にお手柄じゃねえか。一体、あいつのどこを喰ったんだ?」
笑って問うと、幼竜は可愛らしく頭を傾げてみせる。
意志は通じるが、人間の言葉はまだ分からないらしい。
その時、トリーシャの河面が噴き上がった。
橋のたもとに塔村が現れる。左手で押さえた顔からは血が流れ、微かに遺灰が舞っているのが見えた。
「アハハ、魔物を操れるのは知ってたけど……。まさかそんな竜まで、とはね……!」
「生誕記念に目玉のプレゼントありがとうよ。ついでに……その首、置いてけっ! 【残影疾駆】!」
ひと息に間合いを詰めると、塔村が拳を地に叩きつけた。
空を焦がさんばかりの勢いで、炎が噴き上がる。
「クソッタレ……! 水流消破!」
青い波動が炎の柱を打ち消した時、塔村はすでに橋から離れた位置にいた。
両手両足から炎を噴き上げているあたり、火を噴き加速をつけて距離を取ったのだろう。
「面白いねえ……教室で縮こまってた時より、今のほうが全然イケてるよ。里緒菜はこういうとこ、最初から知ってたのかねえ……!」
塔村との間を遮るように、敵の重装歩兵たちが壁を作る。
ただでさえ飯田を喰われた後だ。最上位級まで喰われては、たまったものではないということだろう。
「次に会う時までに、もうちょい強くなっとくよ……! あんたの前なら、あたしは女じゃなくていいみたいだからね……!」
そう言うと、ふたたび炎を爆ぜさせ後方へと姿を消す。
追おうと身構えたところで、ボレアから信号弾が上がる。
(自軍劣勢……! 今度はノトゥンか)
舌打ちした後、能力を駆使して外壁の上までひと息に戻る。
外壁の上では、輝良とライナルト、エレインが待っていた。
「レイジくん、その子……!」
「孵りおったか。テラの危機を察知したのかのう」
「これが純竜……? 意外と可愛らしいのネ」
口々に言う三人を見て、幼竜は首を傾げた後に輝良にまとわりつく。
肩に留まると、輝良が重たそうに身を傾けた。
「輝良、そいつの名前を決めておいてくれ。次はノトゥンだからな」
「うん……気をつけてね」
輝良の頭を撫でていると、ライナルトとエレインも頷いた。
「ボレアは任せておけい。最上位級がおらんなら、なんとでもしてやるわい」
「ノトゥンは【地恵の女君】が攻めてるわ。街道筋を魔法で崩されたおかげで、後詰の到着が遅れてるみたいだから……早く行ってあげてネ」
零仁は頷き、トリーシャ河へと跳び下りる。
激励のつもりらしい幼竜の鳴き声が、妙に心強かった。




