橋上の決闘 ~トリーシャ会戦①~
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級友の強襲から十日後、新王派の軍がトリーシャ大橋に押し寄せた。
零仁が急造されたエウロ砦の外壁から見ると、対岸の森に敵の旗指物がひしめいている。
(かき集めたにしちゃあ、サマになってるじゃねえか)
敵方はダグラス・ヴァン・ローゼンクロイツ率いる花騎士団が二〇〇〇。橋から侵入しての拠点内戦闘を意識してか、歩兵と弓兵、魔法部隊を中心とした編成。森の中と、河辺を中心に陣取っている。
これに加えて、最前線に傭兵隊およそ一五〇〇。やはり騎兵の姿はないが、装備の質が良いのはひと目で分かる。
ボレアの時と同じく傭兵と歩兵を突撃させ、弓隊と魔法隊で援護する構えと見えた。
「本当に良かったのか? 話を聞く限り、河を行くのは魔力の負荷が尋常ではあるまい」
そう聞いてきたのは、鷹を模した青と白の軍装を纏ったリカルドだった。
河辺で戦うので、得意の騎兵戦も今回ばかりは封印するつもりらしい。
「大丈夫っすよ。級友どもを喰いながら行けば、魔力が枯れることはないし……他の皆さんもいるでしょ」
エウロ砦は修繕中であることを鑑みて、グスティアに駐留する部隊の多くが割り当てられた。
元々の守備隊一〇〇〇に加えて、リカルド率いる鷹騎士団の部隊が二〇〇〇。加えて与力諸侯の部隊のうち、練度の高い一〇〇〇名を選りすぐって配置している。
(総勢、四〇〇〇か……。兵の数が上でも、相手が主力ぶち込んでくることを考えたら油断できねえ)
総大将でもある【神代の花園】、ダグラスはエウロ攻略部隊の後方にいる。
またバルサザール麾下の傭兵隊のうち、【武極大帝】が中央街道を往くとの報告が、密偵から入っていた。
「貴殿がいかに転移者たちを狩れるかが、勝負の分かれ目となる。厳しい戦いとなるだろうが、頼むぞ」
「ええ、任せてください」
そこまで話した時、敵方の一番鐘が鳴った。
「よし、来るぞ……構ええええっ!」
リカルドの声に、外壁上の兵たちが一斉に構えた。
零仁が鉢金を装着する間に、敵方の二番鐘。それに合わせて陣形魔法による火球が、矢の代わりとばかりに外壁目がけて降り注ぐ。
「「微風にたゆたう精霊よ、我らを禍より守る帳となれ! 禍躱微風!」」
零仁と、魔法部隊の声が唱和した。
蜃気楼を思わせる風の結界が、白く渦巻いて火球のことごとくを弾き散らす。
ここまでは予定調和、と思っていた矢先。敵の三番鐘が鳴った。
『……かかれええええっ!』
敵方の前線指揮官の声が、拡声魔法で響き渡る。
同時、橋のたもとに群れている傭兵部隊が、一斉に動き出した。
「連中を散らします! 上を頼みました!」
「ああ、頼むっ!」
罪斬之剣を抜き放ち、外壁の足場から門前に飛び降りる。
得物と装いから正体が割れているせいか、敵方の傭兵たちの足が止まった。
「【遺灰喰らい】、レイジ・フツガワ……あんたらじゃ俺の相手は務まらない。いくらもらってるか知らないが、命があるうちに帰んな」
親切で言ったつもりが、傭兵たちの顔は怒りに染まる。
「ガキが、ナメやがってっ……!」
「この商売、面子は命より大事なんだよっ!」
「退いたところで金はもらえねえんでなっ!」
「やっちまええっ!」
口々に吼えたと思うと、各々の得物を振り上げ襲い掛かってくる。
しかし次の瞬間。城壁の上から矢が降り注ぎ、半数ほどが斃れ伏す。
「だから言ったんすよっ! 金も面子も、命あっての物種でしょっ!」
白い刃を振るうたび、傭兵たちの得物ごと断ち割り、斬り伏せる。
この大剣は亡きグランスが、ある魔法の鍛冶師に特注で作らせた逸品らしい。生半可な武器では、ものの数合も持たずに武器が斬り折られる。
――ウオオオオオオオッ!!!!
――【遺灰喰らい】!! 【遺灰喰らい】!!
傭兵たちが斃れるたびに、味方の兵たちから歓声が巻き起こる。
魔法部隊も粘っているらしく、外壁は未だ無傷のままだ。
(まあ、こんなのは前哨戦だ。問題はこっから……!)
門前に仁王立ちしていると、敵方に動きがあった。
大盾を持った重装歩兵たちが河べりにやってきたかと思うと、魔法部隊が河面に魔法陣を生み出す。重装歩兵たちは河面に身を沈めることなく、踏みしめるようにして進み始めた。
(水上移動の陣形魔法……! あの重装じゃ矢は通らねえ!)
こちらも水上に出て蹴散らすか、と思った矢先。
橋の袂から、大きな影が飛んだ。それは黒い斧槍を担ぐようにして、トリーシャ大橋の真ん中に降り立った。
「よお……約束通り、来てやったぜ」
【武極大帝】――舘岡亮平。
逆立ったツーブロックに、悪鬼を模した鉢金。斧槍と同じ黒の全身鎧を着こんでいるにもかかわらず、身のこなしは軽い。
「こないだのが約束か? あんた、いつからそんなに律義になった」
零仁は軽口を叩きながら、ゆっくりと前に出た。
魔法部隊はもとより、弓兵たちすら援護射撃をしようとしない。各々手を動かしながらも、橋上の趨勢を固唾を飲んで見守っている
転移者の戦いに関わるべからず――この世界の戦場における不文律だ。
「ヘッ、オレは強い奴と戦えりゃそれでいい。【大いなる御手】はサシで倒せずじまいだったしな……」
斧槍が振り回されるたびに、低い鐘のように唸る。
「だったら、その剣を持ってる奴と戦うだけだ。さあ戦ろうぜ……【遺灰喰らい】ッ!!」
「グランスさんの名を出すなら……容赦はしないっ!」
白い大剣と、黒い斧槍が打ち合わされた。一合するたびに、鐘楼に似た快音が空気を震わせる。
舘岡の【武極大帝】は他に類を見ない心身強化と武器適正に加え、魔法への耐性まで併せ持つ。生半可な魔法は弾かれるし、大技は躱される。
相手の土俵ではあるが、得物で打ち合うほかない。
(戦れてる……戦えるっ!)
振り下ろされる斧の刃を受け弾く中、確信めいた震えが背筋に走る。
ネロスで戦った時と比べて、得物の差はあった。
舘岡は、巨大な斧槍をそこらの木の棒のように振り回す。膂力と武器の重量が相まって、斬獲双星のような軽量な武器だと、せめぎ合うだけで手一杯になる。
だが今の罪斬之剣は、両手持ちを前提に作られた大剣だ。剣身には刃渡りと重量があり、柄も長い。体格の差は覆せなくとも、得物が変わるだけでまるで違う。
(だがなにより……俺が、強くなってるっ! 正面から打ち合っても負けねえっ!)
斬りつけるにも受け弾くにも、力負けしていない。ともすれば、鍔迫り合っても押し勝てるのではないかとすら思う。
そんな中、舘岡が大きく横に薙いできた。受け止めながら、能力を発動させる。
「【幻体舞踏】!!」
真横に、零仁の姿を模したのっぺらぼうの幻影が現れた。得物は罪斬之剣を模した大剣だ。
「……ッ! 阿門のっ!」
舘岡は呻きながらも跳び退り、幻影が繰り出す斬撃を受け止める。
そこへ、得物を斬獲双星に持ち替えた零仁が飛び込んだ。舘岡の背後に回り込むように動きつつ、右の双剣で舘岡の脇腹を狙う。
舘岡はふたたび斧槍を短く持ち、刃と石突とで、零仁と幻影の連撃を器用に捌く。だが零仁はおろか幻影に一撃を加えることもできず、次第に押されていく。
「ええい、クソがっ! 阿門の時は捌けたってのにっ!」
「だろうなっ! 元が違うと……こういうこともできるんだよっ!」
煽りながら繰り出した双剣の片割れを、舘岡の斧槍が受け止める。
同時に幻影が動いた。斬撃は繰り出さず、左掌を舘岡に向ける。
『焦灼敵愾』
幻影から伸びた黒い掌が、舘岡を鷲掴みにした。またたく間に全身鎧から黒炎が立ち昇り、握りつぶされるようにひしゃげていく。
「っ、なあっ⁉ 魔法まで……うらあああッ!」
舘岡が吠えると炎が掻き消えた。双剣を大きく押し返して、後ろへ跳ぶ。
しかし直後、がっくりと膝を突いた。その身体からは、すでに遺灰が舞っている。
「ざまあねえな、【武極大帝】さんよ」
「テメエ……最初、わざと打ち合ってみせたな? 食えねえ野郎だ……!」
この状況下でも笑う舘岡に、口の端を釣り上げて応じる。
もっとも、咄嗟に思いついた戦法ではない。エウロ砦で準備の合間を縫って行った、【幻体舞踏】の実験の結果ありきのものだ。
(田中と同じで、阿門が能力を十全に理解してるかは分からねえからな。試しといて正解だった)
【幻体舞踏】の幻影は、術者の”格”を反映する。身体能力は元より魔力も引き継ぐので、魔法を遣わせることもできた。
精緻なコントロールはできないものの、こうして単発の攻撃魔法くらいなら問題なくこなしてくれる。
しかし阿門は適性ゆえか性格ゆえか、魔法を遣わなかった。
故に舘岡は『【幻体舞踏】の幻影は魔法も使える』ことを知らない――。そう踏んで仕掛けた奇襲だったが、うまくいってくれたらしい。
「さあて、いよいよ最上位級サマの実食といこうか」
「ああ……⁉ ふざけんな……お楽しみはここからだろうがよっ……!」
ゆらりと立ち上がる舘岡の表情に、怒りの色はない。それどころか歓喜や、高揚すら見て取れる。
その言葉通り【武極大帝】の特性なのか、舘岡の身体から舞う遺灰は少なくなりつつあった。
(狩れる……! 楢橋と戦った時もそうだった……! もう最上位級は、届かない相手じゃないっ!)
転がっていた罪斬之剣に持ち替え、舘岡を見据えた瞬間――。
唐突に、横手から炎と氷の障壁が現れた。
(こいつは……ッ!)
跳び退って躱すと、橋の下から小太りな女子が躍り上がってくる。ずんぐりした身体に金属鎧を着こみ、両の手には赤と青の二丁斧。
以前なら鎧に着られてると思っただろうが、今は妙に板について見えた。
「だから二人で戦ろうって言ったのに。阿門くんを喰ってるんだから、二対一になるのなんて分かるでしょ」
呆れた顔で言う女子に、舘岡が笑みを浮かべる。
「……ヘヘッ、御面倒かけるねえ。ブー子ちゃんよ」
【神の力帯】――ブー子こと、徳永千佳。水上移動の陣形魔法で河を渡り、横合いから攻撃してきたのだろう。
「舘岡くん、今は退いて。あたしも適当なトコで切り上げるから」
「チッ……! まさかお前に、背中預けることになるなんてな……!」
言葉とは裏腹に、舘岡はまんざらでもなさそうに逃げていく。
能力か魔法の一発でも叩き込もうと身構えた時。
「……阻め、氷河青斧」
徳永がぽつりと言って、左手の青い斧を振るう。
斧の刃から霧が吹き出たかと思うと、トリーシャ大橋の中央を起点に巨大な氷壁が生まれた。
「一人であんたと戦ろうなんて思わない。あんたはどんな手を使ってでも、必ず殺す」
拡声魔法による、徳永の声が聞こえてくる。
氷壁の向こうでは、小柄な身体が遠ざかっていくのがうっすらと見えた。
「その斧の持ち主が、俺を殺す理由か?」
拡声魔法で声を投げてみたが、答えはない。代わりに対岸から退却を示す鐘の連打が響き始め、敵兵たちが退き始める。
頼みの綱である最上位級の一人が負傷した以上、仕切り直しもやむなしと判断したのだろう。
(魔法の鍛冶師の武器を使いこなして、魔法まで……一体いつの間に? あいつの能力は、ただ力が強くなるだけの最下位級のはず……)
考えていた矢先、エウロ砦から信号弾が上がった。
ボレア砦、苦戦――。
零仁は意味を読み取るなり、すぐにトリーシャ河を駆け上った。




