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空を断つ呪【里緒菜】

お読みいただき、ありがとうございます!

 王都城壁での襲撃事件から、数日後の朝――。


「というわけでぇ~……正式にゼノン殿下の護衛になることが、決まりましたぁ~! どんどんぱふぱふ~!」


 ローゼンクロイツ邸の別棟にある一室で、里緒菜は右腕を突き上げた。

 その様を見た波留が、盛大にため息を吐く。


「まったく、悪運が強いどころの騒ぎじゃないわね……。でもわたしたち、今はローゼンクロイツ家の傭兵よ?」


「そこは殿下が聞いてくれてる~。まあ反対はないでしょ。襲撃事件のことも話すって言ってたし」


 襲撃事件の調査は、ゼノンの護衛たちによって極秘裏に進められている。しかし今もって、犯人はおろか目ぼしい手掛かりすら見つかっていない。


 魔法と転移者の知識が相まって、この世界における犯罪捜査の精度は意外と高い。やんごとなき身分の者が狙われたとなれば、熱の入りようも違う。


 それらすべてを以てしてもなお捜査が難航するのだから、敵も相当な遣い手だ。

 最上位級(ハイエンド)の実戦経験者がゼノンの護衛に就くなら、ダグラスとしては願ってもないことだろう。


「でも犯人は一体、誰なのかしら……? あの王子様が新王派のお神輿なんでしょ? 今のタイミングで、それをどうこうするなんて……」


「それなのよ。あんな回りくどい真似する必要なくない? そもそも今じゃなくてよくね、って話だし」


 思案顔の波留に向けて、人差し指を立ててみせる。

 仮にゼノンを弑して自ら王位に就こうとする者がいるとしたら、貴族評議会(アーデルスラート)の者たちだろう。しかし目的はともかくとして、手口と時期には疑問を抱かざるを得ない。


 実際ただ殺めたいだけなら、王宮内のほうが間違いなく早いし楽だ。毒でも盛ればあっさり済むし、下手人を仕立て上げることなど造作もない。


 しかも今は旧王派が飛ぶ鳥を落とす勢いで、トリーシャ流域の要衝であるボレア砦まで奪取されたらしい。一度ゼノンを王位に就けて団結を強め、旧王派を打ち払ってから暗殺に見せかけて始末するほうが合理的だろう。


「そうすると、ほんとに誰なの? まさか愉快犯なんてわけはないだろうし……」


「普通に考えたらそうよねえ。でも、標的が違ってたとしたら?」


 途端、波留の顔が強張った。


「殿下じゃなくて……里緒菜が標的だった、ってこと?」


「悪い虫をつけたくない人がいるんだろうね。殿下といる時以外は狙ってこないし」


「そこまで分かってて護衛を引き受けたの⁉ 相手は手練れの転移者よっ⁉」


「大丈夫、タネは分かったし。あとは始末するだけだから」


 笑って言う里緒菜を前に、波留は仕方なしとばかりにため息を吐いた。


 *  *  *  *


 午後の逢瀬は一の廓の外壁、やや北側にある塔だった。

 なんでも歴史がある建物だそうで、ここからの眺めも良いとゼノンが行きたがったのだ。


 他の護衛たちは難色を示したが、里緒菜が護衛につくからとゼノンが押し通した。今は外壁や塔の周辺にある高い建物など、刺客が潜んでいそうなところを見張ってもらっている。


(護衛の皆様、不満たらたらだったな~。まあいきなり新参者、しかも転移者に幅利かされたら無理もないけど)


 考えている間に、塔の最上階に出た。

 里緒菜の背丈ほどもある石壁の向こうには、王都の北門から続く巡礼道が見える。

 眼下に広がる二の廓の商店街からは、賑やかな声が聞こえてきた。


「あっち側の商店街には、行ったことがないなあ~。活気があって面白そうですね」


 周囲を見渡しながら言うと、傍らのゼノンが苦笑いした。


「私は一の廓までしか許可が下りないんです。二の廓だけでなく、三の廓にも行ってみたいのですが」


「王宮の中にいると、庶民の生活って未知の世界ですものね」


「それもあるんですが……皆さんがどのように暮らしているのか、もっと知っておきたいのです。そうした知識や情報があれば、(まつりごと)に活かせるような気がしていて」


「殿下は、お優しいのですね」


 残念そうに言うゼノンの髪を、優しく撫でる。

 ゼノンはハッと目を見開いたが、逆らわない。


「大丈夫。ゼノン殿下なら、立派な王になられます」


「そうでしょうか。ご婦人に守っていただいて、生き永らえる男などが……」


「人には向き不向きがあります。亡き御父上の名声を、気にかけることはありませんよ」


 方々から聞いた話によると――ゼノンの父である当時の第二王子フィプノスは、知勇に優れた傑物だったらしい。当時、島の西部で反旗を翻した豪族たちを平定し、『雷将』の異名を取ったと聞いている。


 城下で遊び歩いていた第一王子ヴィルヘルムに代わり、王位につけようとした者たちがいるのも納得ではある。


「身を挺して守ってくださる皆さんも、ローゼンクロイツ公もいらっしゃるじゃないですか」


 言いながら、ゼノンに身を寄せる。


「それに……私もおります」


「リオナ、殿……」


 ゼノンの身体に、力が入った。なよなよしい圧力に身を任せると、石壁に押し付けられるような形で抱きしめられる。


「あっ、申し訳……」


「……いいんです」


 離れようとするゼノンを、背を抱いて制する。

 吐息を感じる距離の中、じっと目を見つめた。


「ここなら遠視の魔法もなかなか届きませんし。今だけ……ね?」


 ゼノンの瞳から何かが消えた。貪りつくように押しつけられる唇を、抗わずに受け入れる。

 その髪を優しく撫でながら薄眼を開けると、空に幾筋かの煌めきが見えた。


(ふふっ。やっぱり狙いは、この殿下(ひと)じゃないんだね)


 里緒菜は壁を背にして、ゼノンに抱きしめられている体勢だった。今、ナイフで狙おうが足元で弾けさせようが、確実に傷つくのはゼノンだけだ。

 どうにかしてこの形を作るつもりだったが、ゼノンが最初から色気を出してくれたのでありがたい限りだった。


(さあ、精霊たち。あのナイフを操っているヤツを探して)


 意志を送りながら、風天瞳想(ウィンディ・シーカー)――千里眼で四体の精霊を追う。

 精霊たちの視界は一の廓ではなく二の廓、商店街の雑踏の中へと進んでいく。

 やがてすべての精霊が、一点で動きを止めた。


(……いた)


 商店街の賑やかな位置にある喫茶店の、オープンテラスに座る女。年の頃なら三十そこそこ。テーブルに置かれた茶に手も付けず、じっと目を閉じている。

 東洋系だが、顔立ちからして日本人ではない。その表情は、どことなく苛立っているようにも見えた。


(すごいね。魔力(マナ)を使わなくても、そんな遠くから狙えるんだ)


 不器用なゼノンの唇に舌を差し込みながら、ほくそ笑む。

 魔力(マナ)の痕跡が残っていない時点で、能力(スキル)による攻撃であろうことは想像できた。となれば、千里眼の魔法だけでは追跡が困難だ。


 そこでこの数日、精霊使役の検証をしておいた。与える魔力(マナ)の量を増やせば物探しどころか、簡単な攻撃の手伝いまでしてくれる。

 あとは犯人をおびき出し、敢えて攻撃させ位置を特定すればいい。


(せっかくだからさあ、実験台になってよ)


 精霊たちが、椅子に座った女を取り巻いた。四方を囲み、互いに魔力(マナ)を放出する。いわばマーキングだ。


 ゼノンの掌が、胸にあてがわれた。手を触れて抗う振りはするが、元より制するつもりはない。鼻息荒いゼノンの舌を(ねぶ)りながら、脳裏の視界に集中する。


新治(アバズレ)用に作った、遠くから殺せる魔法……! 実戦使用が詠唱も名付けもなしとは思わなかったけど……!)


 髪を撫でる手を放し、人差し指と中指を組んで印を切る。

 精霊たちの視界に写る女は、己が今わの際を迎えていることに気づいてすらいない。

 そんな女の首元をイメージしながら、指で一文字を描く。


断空想刃(スラスティング・エア)


 刹那――。

 女の首が、ばっさりと斬り裂かれた。首から血を吹き出しながら、テーブルに突っ伏す。

 店員や通行人が騒いでいるようだが、知ったことではない。


(さようなら、どっかの誰かさん)


 浮かんだ薄笑みを消して、貪っていたゼノンの唇から舌を抜いた。

 目をじっと見つめると、ゼノンは羞恥と焦燥が混ざった顔になる。


「あっ、そのっ、申し訳ない……! これは……」


「いいんです。私も、殿下とこうしたかったから」


 里緒菜の胸から手を放し、飛び退くゼノンに笑いかける。

 ゼノンはなおも情けない表情をしていたが、やがて意を決したように口を開く。


「リオナ殿……。今宵、時間はあるでしょうか」


「はい、殿下のためなら」


「その……私の部屋に来ませんか。もっと語らいたいし、一緒にいたい」


「ふふっ、いいですよ。けど、ひとつだけ条件があります」


「なんでしょう……?」


 呆けた顔で問うゼノンの唇を、人差し指でなぞる。


「二人でいる時に『殿』はイヤ。リオナ、って呼んでください。お部屋では、いっぱい呼んでくださいますよね?」


「……ッ!! あっ、ああ、もちろんだ」


「うふふっ、じゃあ後ほど。今は一旦、戻りましょうか」


 ゼノンを促し、塔を降りる。

 ふと空に目をやれば、風の精霊たちが漂いながら戻ってくるところだった。

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