薔薇の陣【ダグラス】
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一方その頃――ドミナ平原、新王派の陣地。
陣の中央に設えられた天幕で、ダグラス・ヴァン・ローゼンクロイツは顔をしかめていた。
原因は先ほどから繰り広げられている、不毛な言い争いである。
「だから言ったじゃないですかっ! 最初からオレらをまとめてボレアに送れば、【遺灰喰らい】を釣り出せるって! そうすりゃ全部うまくいったってのにっ!」
額にこさえた十字傷を歪ませた【武極大帝】――舘岡亮平が言い募る。
その形相と堂々たる体躯が相まって、並の知恵者なら縮み上がること請け合いだ。
「貴様は【遺灰喰らい】と戦いたいだけではないかっ! 第一、エウロを攻める手数が足りなくなるわっ!」
言い返す禿頭の騎士は、バルサザール・ヴァン・ヨルムンガンド。
王国五将家の一柱に数えられてはいるが、どちらかといえば軍才より謀才で有名な男である。
「今この時点で、ダグラスさんとオレ以外に【遺灰喰らい】と戦り合えるヤツなんているんですかっ⁉ それに手勢なら、ダグラスさんとこの部隊がいるでしょうっ!」
「我が手勢を以てして、グスティアに手をかけねば意味がないのだっ! 貴様らがまんまとグスティアを獲り返されたおかげでなっ!」
バルサザールがそこまで言ったところで、舘岡の表情が変わった。
「……だったら尚更、【遺灰喰らい】を甘く見るんじゃねえっ! 最上位級の腕を喰ってんだぞっ⁉」
「っぐうっ……! だからと言ってトリーシャ河を駆け下ってエウロまで来るなど、誰も思わんわっ!」
「あんたがバカやってくれたおかげで、もう五人も喰われたっ! こっから大勝負って時にっ!」
「貴様、先ほどから聞いておれば……なんと無礼なっ! ここまで生きてこれたのは誰のおかげだっ! 原因を作ったのはどこのどいつだ、ええっ⁉」
さらに不毛になる気配を察し、ダグラスはため息を吐いて制した。
「……もう止めよ。済んだことは仕方がなかろう」
元はと言えばバルサザールが、舘岡に無許可で転移者たちを動かしたのが良くなかった。一応の元締めである舘岡からすれば、面白いはずがない。
そもそも舘岡は、『ボレア砦にすべての転移者を集め、【遺灰喰らい】を引きつけた隙に、別働隊でエウロ砦を抜けばいい』――という献策をしていた。
しかしバルサザールはそれを無視し、麾下である【打ち放つ者】他、中位級の数名を送るに留めたのだ。
それを知った舘岡が【大絶叫】他、数名を回したが後の祭りだった。
バルサザールにしてみれば、長男コーネリアスの雪辱戦を飾りたかったのもあるだろう。
しかし何より、『修繕中のエウロ砦を放置してまで、ボレア砦に【遺灰喰らい】を向かわせることはない』と高を括ったのは明らかだった。
「しかして、バルサザール殿……貴殿は前線から身を引いた方がいい。兵を供出すれば、面目は立とう」
「なんだとッ⁉ そんなバカなことが……!!」
「貴族評議会の意向でもあるのだ。ベッセント伯が戦死した以上、貴殿の領地だけの問題でもなくなった」
「なっ、そんなっ……!」
「以後、トリーシャ戦線の指揮は私が執る。貴殿はネロスに戻り、麾下の再編に専念されるがよい」
愕然とした表情のバルサザールに、舘岡が冷ややかな視線を向けた。
バルサザールはしばし拳を震わせていたが、やがて黙って天幕から出ていく。貴族評議会へ問いただしに行ったのだろう。
(やれやれ、戦友に花を持たせてやりたくはあるのだがな……)
一度は攻略したグスティア城を奪還されて以来、バルサザールに対する貴族評議会の風当たりは日増しに強まっている。
今回の失態も、そうした情勢から来る焦りから生まれたのは想像に難くない。
(だが手をこまねいているわけにはいかん。先王陛下の御落胤が実在した以上、事は危急を要する)
正規軍として反乱分子に敗北したこともさることながら、先王ヴィルヘルムの落胤がいたという事実が、騒動に拍車をかけているのだった。
実際、領地と爵位を捨てて家臣らとともに出奔し、王女アリシャに忠を誓う領主が後を絶たない。
(風聞だけで、地位も領地も棄てる者がいるということは……それだけ貴族評議会への不信が強いということだ。現状を鑑みれば、彼らの気持ちも分からぬではない)
東部の領主たちとて、先の内戦の功で先王から領地を賜った者も多い。
その先王の庶子が奇跡といっていい戦果とともに、颯爽と反旗を翻したのだ。剣を以て鳴らした武家貴族たちの性格を考えれば、無理もない。
(だが私はヴィルヘルム殿から直々に遺言を聞いた身。ひとりの騎士として、二君に仕えるような真似はせん……!)
ダグラスは、未だ部屋に残っていた舘岡に目を向けた。
「リョウヘイ、貴殿らも私の指揮下に入ってもらう」
「望むところだ。【遺灰喰らい】とやれるなら、なんでも構わねえよ」
舘岡と話していると、元の世界で親交のあった者たちとの気の置けない付き合いを思い出す。荒々しい言葉遣いも、まだ少年と言ってよい年頃なら理解もできた。
「さて、配置だが。リョウヘイたちには、いくつかの部隊に別れてもらおうと思う」
「構わねえけど……中央の一点張りじゃねえのか?」
――旧王派は、まだ配置を固め切っていない。
中央のエウロ砦には、砦の修繕を兼ねた守備隊が一五〇〇ほど。
ここに【遺灰喰らい】とリカルド率いる鷹騎士団が一〇〇〇。
北のボレア砦にはライナルトの直卒一〇〇〇ほど。
これに加えて魔物の部隊が一〇〇〇。
領地のリバーベルが近い以上、さらに補充されるとみていい。
南のノトゥン砦には【槌頭】と【剛き針】を主軸とした守備隊が一五〇〇。
ここに加えて、砦の外壁修繕を担当している部隊が五〇〇ほどいる。
「私もそう思っていたのだが、グスティアにいる与力の数が分からんからな。【遺灰喰らい】には理不尽な機動力がついたし、ボレアには【星眼の巫女】もいる」
「【遺灰喰らい】はともかく、【星眼の巫女】は言うほど警戒する相手か? あいつの運動神経、底辺だぜ」
「伏兵ありきとはいえ、【業嵐の魔女】殿を返り討ちにしたのは彼女だろう。それを差し引いても、魔法を封じる力は脅威だ。嚙み合わせが悪ければ、一方的に狩られることになりかねん」
【星眼の巫女】と【業嵐の魔女】の戦いについて、細かな状況は聞いていない。
だが転移者の位置を察知できるうえ、距離に関係なく魔法を封じてくる能力は、この世界の戦場において大きな強みになる。
「それに【槌頭】と【剛き針】なら、傭兵たちを狩った余勢で北上し、中央部隊の後背を突く可能性もある。エウロを確実に陥とすなら、やはり分散が得策だ」
「オーケイ。人数と配置は?」
「私が決める。南の部隊には少々、頼みたいこともあるのでな……。なに、貴殿の希望はしっかり汲むよ」
「へッ、頼みましたよ。大将」
舘岡はにやりと笑うと、天幕を出ていった。仲間に方針を伝えに行ったのだろう。
その背を見送ると、ダグラスはふたたび地図に見入った。中央を流れるトリーシャ河に沿って、赤い駒を動かしてみる。
なぞらえているのは言うまでもなく、【遺灰喰らい】だ。
ボレア砦陥落からこの方、さらに数名の転移者を吸収した今、一〇〇〇以上の正規兵を以てしても討ち取れるかは怪しい。
(……もう一手か二手、打っておくか)
脳裏に浮かべたのは、敗北を喫し追放された少女――【業嵐の魔女】の顔だった。
【大いなる御手】を討ち、グスティアを攻略せしめた才覚は本物だ。【遺灰喰らい】とは浅からぬ因縁があるようだが、働いてくれるなら個人の事情など問題ではない。
(ここで役に立てば、面倒を引き受けた甲斐があったというもの。バルサザールは良い顔をせぬだろうが、費用はこちら持ち。結果が伴えば文句は言うまい)
さらにもう一手を腹案した時、天幕の外に気配がした。
入ってきたのは、伝令の兵士だ。
「失礼します! ローゼンクロイツ閣下宛てに鳩文です!」
「私に? 誰からだ」
「王都におわします、ゼノン王太子殿下であります。文はこちらに……」
渡された鳩文には、紛れもないゼノンのサインがあった。
通信想石で聞いた文言を書き記したものではなく、本人の直筆である証拠だ。
文を開き、読んだ瞬間――
「なんだと……っ⁉」
つづられていた内容に、ダグラスは目を見開いた。




