大戦の前触れ
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夕日を浴びて、舘岡がトリーシャ大橋の真ん中に立った。
ぎろりと向けられる目に、かつてあった嘲りの色はない。
「よお、御欠席かと思ったぜ」
その目を見て、零仁は敢えて笑ってみせた。
「ヘッ……お招きいただけりゃあ、すっ飛んできたんだがよ。招待状が来なかったもんでね」
舘岡は悪びれる風もなく、応じて薄笑みを浮かべる。
その後ろでは、小太りな女子が慌ただしく駆け回っていた。倒れた者たちに水薬を振りかけた後、飯田と田中を軽々と担ぎ上げる。
「舘岡くん、帰ろ。応急措置はしたけど、さすがにマズいから」
ずんぐりとした小柄な身体の背には、先ほど飛んできた二丁の斧を背負っている。
知った顔のはずだった。しかし険しさといかめしさを同居させた表情に、以前の面影はない。
「お前……徳永、か?」
――徳永千佳。
能力は【神の力帯】。全身の筋力が向上するだけの、最下位級能力だ。
いわゆる武器適正系の能力の下位互換で、武技の習熟や補正は一切ないと聞いていた。つまり先ほど放った斧の投擲は、徳永が自力で身につけたということになる。
「わりい、ブー子……先に行っててくれ。こいつの相手をしなくちゃならないんでな」
「早くしてね。帰ったらご飯作らないとなんだから」
「へいへい、分かったよ……勇敢なる仔豚」
その名を聞き、グスティア落城の寸前に脱出した兵士の証言を思い出す。
グランスにとどめを刺したのは【武極大帝】でも、【業嵐の魔女】でもなく、豚に似た小さな女子だった。
グランスはその女子を、仔豚と呼んで讃えたという。
「……おい、待てよ。お前がグランスさんを殺ったんだってな」
徳永は足を止め、無言で顔を向ける。
両肩に田中と飯田を担ぎながらも、ふらつく様子もない。
「それが何? あんただって被害者ヅラして、同じことやってるじゃない」
「ほほう。先に手を出したヤツが言うじゃねえか」
「手を出されれば戦う理由になるって言うなら……あたしにだって、それはある。あんたが作った理由が」
「なに……?」
睨みつけてくる徳永の表情は、見たことがあった。
他でもない――かつてアウザーグの村にあった鏡で見た、自身の顔だ。
なおも問いただそうとした時、舘岡が斧槍の石突を打ち鳴らした。
「結局ブー子が喋ったが……そろそろ、お暇するぜ。今日はハゲの尻拭いで来たんでな」
「そう言われて逃すと思うか?」
「まあ……そう言うな、よっ!」
黒い斧槍が唸る。いかに長柄物と言えど、間合いのはるか外だ。
だが零仁は、不可視の力が進み来ることを直感した。反射的に大剣を振りかぶる。
「おおおおっ!」
気合とともに一閃。直後、炎が爆ぜたような音が響き渡る。
(圧縮した魔力かっ! 得物を軸に固めるイメージするだけだから、見えることもねえ……!)
その間、舘岡は大きく跳び退り、橋のたもとまで逃れていた。
「逃げに回るなんて、らしくねえじゃねえかっ!」
「そう焦るな、直に戦りあえるさっ! それまで死ぬなよっ!」
舘岡はそう言うなり、駆け寄ってきた鉄色の軍馬に跨り去っていく。
直後、エウロ砦のほうから人の気配がした。
「【遺灰喰らい】、無事かっ⁉」
見ればリカルドを先頭にした、鷹の軍装に身を包んだ鷹騎士団の者たちだ。
援軍がようやく到着したらしい。
「まさか本当に間に合うとはな。一体、何があった? 【武極大帝】の姿があったようだが……」
「通信想石で話しますよ。とりあえず、アリシャ王女に報告しましょう」
零仁は吐き捨てるように言うと、エウロ砦に歩いていく。
(戦う理由がある……? 上等じゃねえか。だったらそれごと、喰らいつくすのみだ)
たとえそれが、己の生んだ業であっても――。
沈みかけた夕日の光が、今はやけにまぶしかった。
* * * *
エウロ砦からグスティアに通信を試みた時には、日がとっぷり暮れていた。
幸い砦の守備隊の被害は軽微で済んだ。どうやらコーネリアスは自身の麾下だけで突撃し、転移者隊は後ろで怠けていたらしい。
級友たちは騎兵隊が蹴散らされたのを見て、慌てて前に出てきたのだろう。
『とりあえず聞きたいんだけど~……なんでエウロにいるのっ⁉』
「いや、行くって言ったじゃないすか……」
諸々の状況を説明した後――。
素っ頓狂なアリシャの声に、零仁は頭を掻いた。
急造された主棟の一階にある通信想石の周りにいるのは、零仁とリカルドのみ。
エウロ守備隊や鷹騎士団の面々は、敵兵の屍の片付けや怪我をした兵たちの応急措置に当たっている。
『だって、まさかほんとに行けるなんて思ってないし……。エウロ抜かれた背後を突いてくれれば~、くらいのものよ?』
『でも【武極大帝】まで出てきてたのなら、向かってくれて正解だったわネ。下手したら今頃、【武極大帝】がグスティアの城下で暴れてたかも知れないわ』
なおも呆然とした口調のアリシャの言を、エレインが継ぐ。
「ま、新王派がバカで助かりましたよ。【武極大帝】の発言からして、思った以上に統制が取れてないみたいっすね」
「グスティアを奪還された失態を取り返そうと、バルサザールも必死なのだろう。ボレアでの転移人の配置といい、独断で事を運んでいると見える」
グスティアを獲り返された上、堅守していたボレアまで間髪入れずに陥とされたのだ。
焦る気持ちも分からないではない。
『ただ……あまりいい報せばかりでもないのよ。【神代の花園】の花騎士団、一〇〇〇がラステリオから進発したみたい』
『元々いた二〇〇〇もドミナに集結してるわ。先のグスティアでの戦いでは、花騎士団は無傷。【神代の花園】も、麾下のほぼ全軍を呼び寄せたことになるわネ』
【神代の花園】――ダグラス・ヴァン・ローゼンクロイツ。
王国五将の一柱にして、最上位級能力の所持者。亡きグランスとも轡を並べ、先の内戦の英雄となった転移人だ。
「貴族評議会から急かされたか。後続の行き先は分かるか?」
『まだ分からないけど、ノトゥンへの後詰じゃないかしら。バルサザールの蛇騎士団は再編中だから、ノトゥンまでは兵を割けないだろうしネ』
リカルドはエレインの予想に応じて、手元の地図に木駒を配していく。
中央街道には、バルサザール麾下の正規兵と傭兵の混成隊が一〇〇〇、ダグラスの花騎士団が二〇〇〇。
以前のグスティア攻めほどの数ではないが、舘岡ら級友たちとダグラスがいる。
南街道には、バルサザールの居城ネロスから進む傭兵隊が五〇〇。さらに仮で、花騎士団の後続一〇〇〇が加わる。
「ううむ……一部こそ南のノトゥンに置かれたが、本命は間違いなく修繕中のエウロだろうな」
「これひょっとして、ボレアにも動きあります?」
『当たり。家督を継いだベッセントの長男が、仇討ちするって燃えてるみたい。貴族評議会が後ろ盾になって、周囲の諸侯から兵をかき集めてるって』
アリシャのうんざりした声に、リカルドが呆れ顔でため息を吐く。
「ベッセントの倅など、まだ二十歳にもなっておるまい。煽るだけ煽って当て馬にするつもりだな」
『でも兵数だけなら北街道の敵軍が一番多いかもネ。ボレアには備えなし、ともいかないわ』
「ともあれ、今動かせる兵力はどの程度だ? 練度に応じて、各砦に分配を――」
(問題は級友の奴らがどう来るか、だ)
主力である最上位級は、舘岡の他にあと二人いる。
【焦熱の女帝】――塔村火音。
【地恵の女君】――庄山地咲。
この面々がどこに投入されるかが、次の戦いのカギとなる。
(普通に考えたら、エウロに全ツッパだろうが……。裏をかいてノトゥンやボレアから浸透を狙わないとも……ん?)
ふと、思い起こす。
自身がここまで、どの程度の時をかけてやってきたかを。
(こりゃあれだな。下手な予想するより、全部相手にすりゃいいんだ)
思わず、口の端が歪んだ。
笑みを漏らしながら、議論が続く中で口を開く。
「あの……エウロ狙われるのは分かってるんですから、下手に配置変えるのやめません? 狙われてるところが手薄になったら意味ないでしょ」
零仁の言葉に、リカルドが唖然とした表情になった。
「正気か? 敵の数はさらに増えるかもしれんのだぞ?」
『転移人の配置も分からないし。数に紛れて突っ込まれたら厄介よ?』
リカルドとアリシャの言葉に、零仁は頷く。
「ええ。だから……俺が遊撃やればいいんじゃないすか?」
しばしの沈黙が落ちる。
やがて、通信想石からエレインの含み笑いが聞こえた。
『フフフッ、ホント面白いこと考えるわネ。でも意外と悪くない』
『いいわ、やってみなさい。あたしも出る……次で流れを決めるわよ』
アリシャの言葉に、零仁はリカルドと頷きあった。




