エウロ砦防衛戦②
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夕焼けの光が射す石橋を、級友たちが疾駆する。
最前列は田中、中ほどに阿門、最後尾が飯田。能力の性能と身体能力を考えれば、まず妥当な配置だった。
(ちゃんと陣形戦してるのは偉いじゃねえの。だが魔法屋を連れてこなかったのは失敗だったな……!)
零仁は左手を柄から離すと、田中に向けてかざした。
「汚濁棺封!」
声とともに、田中の身体が毒々しい水玉に呑み込まれる。水と闇の属性複合によって、毒の水に浸し続ける魔法だ。
「んぐぼぁ⁉」
「田中っ⁉」
「構うなっ! 田中の能力なら死にゃしねえっ!」
取り乱す阿門を制して、飯田が迫る。
だがその予想とは裏腹に、田中は水の中で苦しげに藻掻いていた。
(田中はタフだがバカだ。【変幻自在】のことも、ただ攻撃が効かなくなる能力だと思ってる可能性が高い……!)
総じて、『【変幻自在】は発現する事象を自在に操れる魔法攻撃に弱い』――これが幾度か剣を交えた上での、零仁の結論だった。
輝良曰く【変幻自在】は、”術者が攻撃と認識した事象”によって発生する”ダメージ”を”一定の回数、無効化”する。
パッと見は強力だが、裏を返せば田中が”害意を持った他者からの挙動によるダメージだと認識しなければ、無効化できないのではなかろうか。
しかも仮に攻撃と認識されたとしても、攻撃の挙動そのものを無効化できるわけではない。
水の中で溺れれば窒息する。毒性ある物質が混じってれば、身体を蝕まれる。これらの現象を、瞬時に”ダメージ”だと断定できる人間はあまりいない。よしんばできたとしても、制限回数の壁がある。
以前の魔法による着火・炎上は二度目で防がれたが、今回は零仁の魔力保有量も増えている。しかも水魔法は田中の前で使ったことがないので、ノーマークのはずだ。
(燃やすのがダメなら、水を使った二段構えよ。これで魔法が解ける頃には、喰い時になってるだろうぜ……!)
「【残影疾駆】!」
ほくそ笑んだ時、飯田の姿が掻き消えた。
気配が生まれたのは、すぐ左。視線だけで見れば、すでに飯田が剣を振りかぶっている。
重量のある罪斬之剣がすぐに届かない、いい位置だ。
仮に斬撃を【影潜り】なりで躱されても、出てきたところを阿門に仕留めさせるつもりなのだろう。
(悪くねえが、それだけだな)
斬撃が届く直前。
「悪愾燭灯」
名づけとともに、左掌を飯田の腹に当てた。
掌を中心に黒い炎が灯った。一瞬で、飯田の全身に燃え広がる。
「ぎゃああああああっ⁉」
闇と火の複合魔法で、本来は手を触れた対象を発火させるだけの魔法だ。本来は焚火などに使うが、そこを黒い炎のイメージを混ぜて威力を強化している。
「えっ、勇人……⁉」
阿門が呆然とした表情で足を止めた。傍らには、すでに【幻体舞踏】による幻影が生まれている。
零仁の位置まで十歩ほど。目が見える位置だ。
「【強迫の縛鎖】」
目を見つめると、阿門の身体がびくりと震えた。
格下の相手ひとりの動きを止める能力だ。魔法による拘束手段も増えたが、対多数の状況なら依然として便利ではある。
動かぬ亜門の身体をのっぺらぼうの幻影が肩に担ぎ、背を向けて走り出す。自身だけでも逃げようという算段らしい。
(意識がはっきりしてるなら術者の意志で操れるのな。オーケイ)
「【打ち放つ者】」
足裏に生んだ水の膜を踏みしめ、自身の身体を垂直に吹き飛ばす。またたく間に幻影まで追いつき、担がれた阿門もろとも大剣で叩き斬った。
支えを失った阿門の身体から、遺灰が舞う。
「……【遺灰喰らい】!!」
触れた左掌に生まれた黒い紋が、物言わぬ阿門の身体を飲み込んでいく。未だ能力の縛めが解けないせいか、断末魔すら聞こえない。
程なくして阿門を喰らい終えると、脳裏にひとつのイメージが浮かぶ。
――放課後の教室らしい。
目の前には数人の同級生たち。男女混合、中には別のクラスの者もいる。
『帰り、カラオケ寄ってく?』
『いいぜ~。俺、マイク離さないからよ~』
見えるイメージが、図書室へと切り替わった。
目の前にはメガネをかけた黒髪女子がいる。たしか隣のクラスだったはずだ。
『阿門くんって、意外と落ち着いてるね。ちょっと意外』
『あれは周りに合わせてるだけだから。本当はこうしてる方が……』
ふたたび風景が変わり、校舎の階段になった。今度は舘岡たちと一緒にいる。
『阿門、お前また彼女変えたって? 随分と調子いいじゃねえの』
『舘岡ほどじゃないよ。でもまあ、好きって言ってくれるならしょうがないっていうか……』
(そうやって、みんなに合わせるように演じて踊ってたわけだ。最後は自分だけ逃げようとしたけどな)
なおも変わろうとした風景が溶け落ち、ひとつの歪な形を取る。
脳裏に、【幻体舞踏】の名が刻まれた――。
視界が戻ると、飯田は橋のたもとにいた。脇には肌を紫色に染めた田中がいる。
阿門の記憶を見ている間に、田中を抱えて能力で距離を取っていたらしい。二人とも、身体から黒い遺灰が舞い上がっている。
「二人とも食べごろになったじゃねえか。さて、どっちから行くかね」
にんまり笑ってみせると、飯田と田中の顔が引きつった。
「クソ……来るな、来るなああっ!」
「てんめえっ、祓川……うぉごふぉっ……ごほっ。絶対、絶対ぶっ殺して……!」
超えには応じず、足裏に水の膜を生む。
能力を遣おうとした、その時。
視界の彼方から、空を裂き飛ぶ何かが見えた。
(二つの、斧……⁉)
その正体を悟った途端、右の斧が氷、左の斧が炎を噴き上げる。
白の大剣で打ち払うと同時、朱色の空に黒い影が舞った。
「ッ……! 【打ち放つ者】!」
呼気を吐き出しながら、自らの足に吹き飛ばしの特性を付与して後ろに跳ぶ。
一拍足らずの間をおいて、たった今まで零仁が立っていた場所を黒い斧槍の刃が叩く。
着地とともに前を見れば、そこには見知った黒鉄の鎧姿。額に十字傷をこさえた巨漢だ。
「……ったく、言わんこっちゃねえな。想像してたよりひでえ」
【武極大帝】――舘岡亮平が、言葉とは裏腹の笑顔で零仁を見つめた




