エウロ砦防衛戦①
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暮れなずむ空の下、零仁はトリーシャ河を爆進していた。
波を立てながら進むさまに、河辺の街道を通る旅人や商人たちが驚いた表情で見つめてくる。
(思ってたよりいいねえっ! 速度もかなり出てきたっ!)
流れる景色の速さからして、先ほどの倍以上のスピードが出ている気がした。
時速二百キロとか出てるんじゃなかろうか。
ちなみに今は魔力を節約するため、【打ち放つ者】による加速を主に使っている。
おそらく先手の騎兵は、すでにエウロを攻めているはずだ。着いた瞬間に戦闘に入ることも考えておかなくてはならない。
そうして進むこと、体感で二十分ほど。
視界の彼方に、トリーシャ大橋が見えてきた。アーチ状の石橋の上では、騎兵と兵士が入り乱れて戦っている。
(やっぱりもう始まってるかっ! まずはブチかますっ!)
水の高速移動魔法を維持しながら、【打ち放つ者】でさらに加速。橋の近くに着くと、波を蹴立てて跳ね上がる。
「【空を掴むもの】!」
空から見下ろすと、バルサザールの家紋をつけた騎兵たちは、すでに砦の敷地内まで浸透していた。
味方の歩兵たちも応戦しているが、いかんせん質が追いついていないのか押されている。
「おい、今の音は何だっ⁉」
「あれ見ろ、あれっ!」
「なんだよあれ……って、あの姿っ!」
「【遺灰喰らい】だっ!」
「焦天墜火!」
味方の兵士たちがいないあたりを狙って、空中から火球を叩き込む。
炎がまき散らされ、十人超の騎兵が黒焦げになって倒れる。
――ウオオオオオオオッ!!
――【遺灰喰らい】!! 【遺灰喰らい】!! 【遺灰喰らい】!!
沸き起こる叫喚。味方の兵士たちが、途端に勢いづく。
そんな中、見覚えのある翼が映えた蛇の兜を被った騎兵が零仁を見た。
「アッ、【遺灰喰らい】だと⁉ ボレアにいるはずではなかったのかっ⁉」
兜の裾から覗く金髪、蛇に似た顔――バルサザールの長男、コーネリアスだ。
「おや、お久しぶりっすねえ。早速なんですが……消えてくださいよっ!」
言いながら罪斬之剣を構え、背後に水玉を生んだ。
体勢を変え、水玉に足をついて屈みこむ。
「……【打ち放つ者】ッ!!」
零仁の身体が、大砲の弾のように打ち出された。
またたく間にコーネリアスに迫ると、勢いにあわせて大剣を振り下ろす。
「そぉらよっ!」
「なっ、ひいいっ⁉」
悲鳴を上げる暇もなく。
零仁が繰り出した白い刃を、コーネリアスが反射的に構えたサーベルが受け止める。だが一拍足らずで、白い刃がサーベルの刃をあっさり斬り折った。
刃を押し込むと、堪えきれなくなったコーネリアスが、吹き飛ぶように落馬した。
「ひっ、ああああっ⁉」
そのまま橋の欄干を飛び越え、トリーシャ河へと落ちていく。
「ああっ、コーネリアス様がっ!」
「コーネリアス様が河に落ちたぞっ!」
(ざまあねえなっ! 悪運が強いことだけは認めるがっ!)
着地した零仁は、そのまま敵の騎兵たちを斬り散らす。ひと薙ぎするごとに、首や腕が飛んでいく。
バルサザールの騎兵たちは精強ではあるが、得物は量産品。魔法の鍛冶師が鍛えた武器があれば、魔法を使うまでもない。
「まずいぞっ! 退け、退けえっ!」
「コーネリアス様を救出するのだっ!」
「んなものほっとけえっ! 今はこの場から逃げるぞっ!」
「【遺灰喰らい】がいるなんて聞いてねえよっ!」
敵の騎兵たちが、我先にと東のほうに逃げ始める。
すでに砦内に浸透していた騎兵たちは討たれており、味方の兵士たちが続々と追い打っていく。
(自軍の大将が河に落ちたのに、んなものほっとけ、は傑作だな。だが妙に手ごたえがねえ……クラスの連中はいないのか?)
考えた矢先――気配が生まれた。
姿は見えない。足音もない。だがたしかに、誰かが零仁に向けて迫っている。
微かに、トンと音がした。騎兵たちの屍を飛び越える、微かな靴音。
「そこかっ! 【音速剣刃】!」
虚空に向けて、巨大な雲の弧を打ち出す。
途端。雲が流れる茜色の空に、鮮血が飛び散った。遺灰が、舞う。
「うがああっ⁉」
苦悶の声とともに、男の身体が景色から滲み出るように現れた。
短いセンターパートの黒髪に小さな目鼻立ちの顔は、教室で幾度も見た顔だ。
――富岡正人。
いわゆるカースト上位勢の太鼓持ちで、グループに交じってはそれらしく振舞っているような男子だった。
所持能力は、身体を透過させる【透化霞身】。
騎兵を狩ったところを狙って不意打ちしたのは良いが、いかんせん身のこなしが雑過ぎる。
「【打ち放つ者】!!」
足裏に水の膜を生み、ひと息に肉薄する。
富岡は、不格好ながらも橋の上に降り立ったところだった。そこへ飛び込み、空いた左手で顔面をむんずと掴んでやる。
「あ、がっ……」
「不意打ちするなら、靴音くらいは消すんだったな。【遺灰喰らい】!!」
掌に黒い紋が生まれた。発現した当初よりも複雑になり、黒みも増している。だが転移者を食らう時に発する、耳障りな音だけは変わらない。
「があがっががっあ……」
久しぶりに頭から喰った分、富岡はすぐ静かになった。
脳裏に、ひとつのイメージが浮かぶ。
――誰もいない部屋だった。
視界には、黄色い声が飛び交う更衣室を映し出したディスプレイがあった。どうやら女子の着替えを盗撮しているらしい。
『よし、よく撮れてるな……。颯手や塔村あたりが下着を脱ぐところが撮れれば、いい値が付くのに……!』
(そういや一時、女子の間で盗撮騒ぎになったことがあったな。しかも撮るだけじゃなくて、売り捌いてたのかよ……)
『おっ、脱ぎ始めた……! そのまま、そのまま……!』
数人の女子の局部が露わになろうとしたところで、イメージが溶け落ちる。
脳裏に、【透化霞身】の名が刻まれた――。
視界が戻ると、対岸の橋のたもとに見覚えのある男子たちがいた。
「お、おいっ! 富岡、あっさり殺られちまったじゃねえかっ!」
騒ぎ立てている長身茶髪は【幻体舞踏】――阿門誠也。
カースト中位ではあるが、背が高く顔も割といいので、女子ウケが良い。
「あんにゃろう、ちったぁ役に立てよ……! 逃げるならともかく喰われたんじゃ、オレらが不利になっただけじゃねえか……!」
顔を歪ませる坊主頭は【残影疾駆】――飯田勇人。
野球部の繋がりで舘岡と仲が良く、カーストでも上位勢。盗塁が得意とか吹きまわっていた記憶がある。
「上等じゃねえかっ! 服部や中村も殺られたんだろ⁉ ここで仇取ってやるぜえっ!」
喚いた低身長イケメンは毎度おなじみ、【変幻自在】――田中宏伸。
自称人情派の、中学校時代からの腐れ縁である。
零仁は鼻を鳴らすと、罪斬之剣の刃を担ぐように肩に乗せた。
「一人抜けてるぞ、守山もだ。榊原は逃しちまったけどな」
その言葉に、三人が険しい表情に変わる。
「ほんとにやるのか⁉ そもそも【遺灰喰らい】がいないから行ってこいって話じゃ……!」
「さっきの見ただろ、ハーヴェイさんも喰ってんだっ! 今から背中見せて、逃してくれるかよ……⁉」
うろたえる阿門に応じながら、飯田が片刃の剣を抜いた。
おそらく零仁がいることに勘づいて、富岡に奇襲させたのだろう。成功すればそれでよし。失敗したら三人で襲うか逃げるかすればよい、といったところだろうか。
零仁もゆらりと構えると、田中が前に出て小ぶりな大剣を引き抜いた。
「テメエは前から前から、ずっと……っ! 今日こそぶっ殺してやるよ、祓川くうううん⁉」
「そういって何度しくじったっけか? まあいい……ちょうど晩飯時だ。まとめて喰ってやるよっ!」
零仁の声に、エウロ砦の兵たちが歓声を上げた。




