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双岩を穿つ ~トリーシャ会戦③~

お読みいただき、ありがとうございます!

 零仁は水面を滑るように河を下り、エウロ砦の間近まで迫っていた。

 ちなみに移動手段は、【打ち放つ者(エリアル・ランチャー)】と水魔法の組み合わせから【残影疾駆(レムナント)】に変えている。


(こいつはいいやっ! 魔力(マナ)の消費がないから気が楽だ!)


 トリーシャ大橋の氷壁はそのままだったが、敵兵が跳躍魔法で飛び越えていく姿が見て取れた。水上でも、依然として歩兵や弓兵による攻撃が続いている。

 舘岡や徳永が出てきているようなら援護していこうかと思ったが、幸いにしてその節はない。


(舘岡、思ってたより深手にしてやれたか……ん?)


 代わりにいたのは、もはや見慣れてきた蛇竜の兜――コーネリアスだった。

 馬に跨り橋の上から指揮を執っているが、芳しい成果は上がっていない。


(あいつ、まだ生きてたのか。よおし……!)


 音もなく近づき、橋の手前から――ひと息に、コーネリアスの真横へと出た。

 さすがに気配で気づいたか、コーネリアスが零仁を見る。


「アッ、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】ッ! ヤツを落とせ……ぐぼあっ⁉」


 皆まで言わせずに、コーネリアスの側頭をつま先で蹴り飛ばした。

 蹴りの勢いそのままにトリーシャ大橋を飛び越え、ふたたび河面を滑り出す。


 ――ウオオオオオオオッ!!

 ――【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】!! 【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】!!


「ああっ、コーネリアス様がっ!」

「コーネリアス様がまた河に落ちたぞおっ!」

「重石も投げとけっ! 沈んでくれた方がマシだっ!」

「そんなことより正面をなんとかしろっ!」


 味方の歓声に交じって、敵兵たちの声が聞こえてくる。

 戦況は旧王派の優勢らしい。


(中央は何とかなりそうだな。あとは大勢を決めて、バルサザールやダグラスを引きずりだせばいい……!)


 考えながら進むうちに、右手にノトゥン砦の主棟が見えてきた。

 しかし、河にかかっているはずの南街道(ズュートヴェーク)から続く大橋がない。よく見れば橋が架かっていたと思しき場所に、わずかに残った欄干が見える。


(アンリさんが戦絵(アート)で敵ごと吹っ飛ばしたか。だったら……!)


 主棟に入ろうと西の岸辺に寄っていたところを、東へと進路を変える。

 橋の残骸の手前で岸に上がると、そこには敵方の魔法部隊が展開していた。


「んんッ⁉ 貴様、どこからっ……!」

「黒ずくめに白い大剣……【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】!!」

「しまったっ! 敵しゅ……うごあっ⁉」


 言いかけたところに大剣を突き入れ、片っ端から斬り伏せていく。

 魔法部隊は河岸に沿うように展開していた。他の戦線と同じく、外壁を狙ってのものだろう。


級友(かたき)どもがいるとすれば、門を狙える橋の正面……!)


 なおも敵を斬り伏せながら進むと、歩兵部隊がノトゥンの外壁に取り付いた。

 だが程なくして、外壁の上から吹っ飛び落ちていく。


「オラオラオラァ! 【槌頭(ハンマー・ヘッド)】、ドレファス・マーカムを討てるヤツはいねえのかあっ⁉」


 対岸にまで聞こえる大音声に、水上にいる兵士たちが動きを止める。装備からして、傭兵の集団らしい。

 零仁はにやりと笑うと、水上移動の魔法を維持しているであろう魔法部隊に向けて左手を向けた。


黒陽焔墜(ブラック・サンズ)!」


 黒球が降り落ち、不意を打たれた魔法部隊が崩れ落ちる。

 魔法の効果で水上に立っていた兵士たちが、呆気なくトリーシャの河面に沈んでいく。


 ――ウオオオオオオオッ!!

 ――【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】!! 【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】!!


 ノトゥンの外壁から歓声がこだました。

 黒き炎は【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】の象徴として、旧王派の兵たちの間では有名になっているのだ。


『いよおっ、レイジかあっ! 来てもらったのに茶も出せず悪いなあっ!』


 続いて聞こえてきたのは、他ならぬドリーの声だった。


「ドリーさんっ! 無事ですかっ⁉」


 拡声魔法を使って呼びかけると、外壁の上で剣状鎚(ソード・メイス)が振り上げられる。


『この通りさあっ! アンリもなあっ!』


『レイジくん、すまないっ! 手間をかけるっ!』


 姿は見えないが、続いて聞こえてきたのは【剛き針(ストライク・ニードル)】――アンリ・レ・ムーランの声だ。


『敵の主力は橋の正面だ! 援護するっ!』


「頼みます! すぐぶっ潰してやりますよっ!」


 声を張って応じると、水上や岸辺にいた敵兵たちが一斉に逃げ始める。

 南は魔法部隊などを除けば烏合の衆。【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】が来援となれば逃げるだろうと踏み、敢えて拡声魔法を使ったのだ。


 敵兵があふれる岸を避けて水上を駆けていくと、橋のたもとに群れる一団がある。装備からして、花騎士団(ブルーメ・リッター)の正規部隊だ。


「【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】が来るなど、聞いていないぞっ!」

「アタシだって知るかよっ! 河から来るなんて誰が信じるのさっ!」

「これじゃ街道を崩しておいた意味が……!」

「早く迎撃してくださいっ! こういう時のための最上位級(ハイエンド)でしょうっ⁉」


 聞き知った声は、二つ。

 ほくそ笑み、橋の跡から【打ち放つ者(エリアル・ランチャー)】で跳ね上る。


「お取込み中、失礼しますよ……! 【音速剣刃(ソニック・スラッシュ)】!」


 白い大剣から飛んだ雲の弧が、兜をかぶった騎士の頭を三つ飛ばす。

 だがもっとも首を飛ばしたかった相手は、しっかり飛び退っていた。


 緑地に銀の縁取りをした魔法の戦衣(マジック・ガーブ)に身を包み、小ぶりな両手剣を持った【地恵の女君(ガイアズ・メイデン)】――庄山智咲。

 脇にいるローブ姿は【岩土を識るもの(ロック・マイスター)】――楠木良江。


 驚きと憎悪が混ざった眼差しを向けてくる二人を、空中から見下ろした。

 【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】で高所を維持すれば、すぐにでも魔法攻撃に移れる。


「お揃いじゃねえか。まさか抑えにまで最上位級(ハイエンド)をぶち込むとはな」


「祓川、なんでこんなところまで……! エウロから何キロあると思ってんのっ⁉」


 呆然とした口調の楠木に、口の端を歪めてみせた。


「飯田君からいい能力(もん)、もらったんでね。それに腹減ったら、お前らを喰えばいいだけだしな?」


 一方、庄山は無言で睨み返してくるのみ。クラスでは騒々しい女を地で行っていたので、こちらのほうがよほど不気味に思えた。


 その時、一条の矢が重たい音とともに、騎士たちの足元に突き立った。

 矢の数は間髪を入れず増えていき、敵勢の一群を囲う六角形となる。


「しまった、退け……」


 騎士のひとりが、言い終えるより早く。


『時間稼ぎに感謝するよ、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】! 地獄の劫火(インフェルノ)ッ!』


 響いたアンリの声とともに、矢から火柱が噴き上がる。

 能力(スキル)による強弓で突き立てた魔鏃(まぞく)の矢を絵に見立て、効果を増幅するアンリの得意技――戦絵(アート)だ。


「こいつはおまけだっ! 焦天墜火(バーン・フォール)!」


 火球を中央に叩き込む。これで逃げ場はない。

 だが次の瞬間、黙していた庄山が左手を上げた。


地精(ちせい)(きみ)、汝が遣わす盾を欲すっ! 地君護想(ノームズ・シェル)ッ!」


 刹那、地が爆ぜた。

 吹き上がっていた火柱が、零仁が放った火球が、隆起する岩によって散らされていく。


「ったく、楽な仕事って聞いてたのにさあ……。なんで余計なヤツがくるかなあっ!」


 庄山の声とともに、岩が砕ける。細かい刃の形になったかと思うと、空中の零仁めがけて飛んできた。


「チッ……! 【残影疾駆(レムナント)】!」


 地面に降りつつ観察していると、庄山たちが立つ地面がせり上がり、ちょっとしたステージのようになっていく。地面に紋様らしきものが見えたあたり、陣形魔法の一種かもしれない。


「ほら良江、共鳴やるよ。あんたたちは陣形維持、攻撃が来たら死ぬ気で止めて」


「わっ、分かった!」

「ええい、小娘にこき使われるとは……!」


 庄山は楠木や騎士たちに指示を出した後、ぎろりと零仁を見下ろした。

 その目は、かつて追放の日に向けてきた眼差しに似ていた。


「たった二人で陣形魔法とは、やるじゃねえか」


「トリーシャを縦断してくるバカに言われたくないっての。もう、めんどくさいからさあ……っ!」


 庄山の髪が、緑のメッシュを入れたように染まっていく。

 あたり一面の地面に光が奔り、めくれ上がった。中から現れるのは、無数の石礫や岩塊だ。


「……いい加減、くたばんなよおっ!」


 怒りの中に狂気を孕んだ一声とともに、すべての岩石が零仁へと降り注ぐ。

 河岸の森の色すら飲み込む様は、土のドームに閉じ込められたようだった。


(なるほどね、ドリーさんたちが手こずるわけだっ!)


 零仁は避ける素振りはせず罪斬之剣(クライム・ヴェイン)を突き立て、斬獲双星(スラスト・ジェミニ)を抜き放つ。


「【音速剣刃(ソニック・スラッシュ)】!!」


 両剣の状態で、風車のように回す。

 無数に生み出された雲の弧が、飛び来る岩石を斬り散らす。空を覆う土色の中、わずかな間隙が見える。


「【残影疾駆(レムナント)】!」


 上空へと瞬時に移動し、【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】で敵陣を俯瞰する。眼下の庄山たちが立つ地には、やはり魔法陣。うっすらと緑色の膜まで見える。

 庄山は手を繰り、早くも次の弾幕を生み出し始めていた。


(結界か、だったらっ!)


 零仁は空いた左手で後ろ腰の短剣を抜き、投げ放った。

 予想通り、緑の膜の前であっさり止まる。だが、それでいい。


雲散霧消(ディシペイト)!」


 式句を告げた瞬間、緑の膜が消え散っていく。武器に込められた結界解除の能力が発動したのだ。


「はあっ⁉ ふざけんな……」


「こっちのセリフだっ! 【残影疾駆(レムナント)】!」


 庄山の言葉を食うより早く、零仁はすでに敵陣の中に入り込んでいた。

 目の前にいたのは楠木。躱す暇を与えず、斜めに斬り下ろした。


「ぎゃあっ、あああっ……!」


 深々と斬り裂いた傷口から、遺灰(はい)が舞う。

 内輪に入られたことを察した騎士たちが、ようやく動き出す。

 しかし零仁は、すでに両剣に黒い炎を纏っていた。


分離(セパレート)……! 憎悪炎招ヘイトレッド・フレイム!」


 双刃の剣舞から生まれる黒炎に、騎士たちが吞まれた。斬り裂かれた騎士たちの身体が、燃えながら落ちていく。


 燃え立つ楠木の身体が崩れ落ち、遺灰(はい)が舞う。しかし庄山は陣形魔法の効果が生きているのか、身体を焼かれてなお立っている。


「祓川ああっ! あんたああああああっ!」


「お前もいい加減くたばれよっ! 【打ち放つ者(エリアル・ランチャー)】!」


 迫る庄山の身体を、蹴りひとつで打ち上げた。【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】で宙に舞い、すれ違いざまに一閃を見舞う。


「オオオオオオオオッ!!!!」


 そこを皮切りに、黒炎を纏った双剣で庄山の身体を滅多切りにした。トドメに双剣を突き立て、爆炎を生んで吹き飛ばす。


(陣形魔法で自然回復してるなら、浮かしちまえばいいだけだ)


 墜ちていく庄山の身体を見届けた零仁は、消えかけた魔法陣の上に降り立った。もはや原形を留めていない楠木に、右手を伸ばす。


「さすがに疲れたわ……。いただくぜ、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】」


 掌から生まれた黒い紋が、楠木の身体を喰らっていく。

 断末魔すらなかった楠木の身体が消えた時、脳裏にひとつのイメージが生まれた。


 ――誰もいない教室だった。

 目の前には、個人用の小さなロッカーがある。

 空いたロッカーの名札には「室沢」と書かれていた。


『あんたが悪いんだからね……! みんなにちやほやされて、いい気になってるから……!』


 泥まみれになった室沢の私物が、ロッカーの中に押し込まれていく。


室沢(いいんちょ)の私物に嫌がらせしてたの、楠木だったのか……。あの時もなぜか俺が疑われて、騒いでたの楠木だった気がするんだよな……)


 最後にロッカーに「死ね」の一言を書いた紙が突っ込まれた。

 次の瞬間、文字が周囲の景色とともに溶け落ち、脳裏でひとつの形を取る。

 記憶に、【岩土を識るもの(ロック・マイスター)】の名が刻まれた――。


 視界が戻ると、元のせり上がった地面と魔法陣が見えた。

 あたりに動く者の姿はない。戦意ある敵はすべて倒し、逃げる者は逃げた後らしい。


「さあて、次は主食(メイン)か……んん?」


 見回しても、その辺に倒れているであろう庄山の姿がない。

 突き立てたはずの斬獲双星(スラスト・ジェミニ)が、無造作に転がっているだけだ。


(あいつ、逃げやがった……⁉ どてっ腹に剣までぶっ刺してやったのに、どうやって……)


 ふと、颯手や楢橋の異常な回復力が頭をよぎる。

 颯手と戦った場所は風吹く草原、楢橋の時は水路が張り巡らされた庭園――。


(まさかあいつらの能力(スキル)、地形に応じて回復する力まであるのか? だとしたら颯手や庄山なんて、ワンチャン逃したら……)


『あ~あ~! 【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、聞こえるかあ⁉』


『ノトゥンは無事だっ! 救援、感謝するっ!』


 空に響いたドリーとアンリの声に思考を中断させられる。

 砦から拡声魔法を使っているのだろう。


「聞こえてますよっ! すんません、最上位級(ハイエンド)を逃しちまった!」


『お~しっ、よくやったっ! とっちめたのならそれでいいっ!』


『今しがた、中央街道(ミッテルヴェーク)に張っている【神代の花園ファビュラス・ガーデン】率いる敵本隊が動いたとの報告があった! すまないが、すぐにエウロに戻ってくれっ!』


「分かりましたっ! ドリーさんとアンリさんも、ご無事でっ!」


 応えて河面を登り始めると、ノトゥンから盛大な歓声が聞こえ始める。

 その声を背で聞きながら、零仁は一路エウロ砦へと急いだ。

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