褒美と急報
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砦防衛を快勝で終えた零仁たちを待っていたのは、街道筋の片付けだった。
なにせ島を横断する三大街道のひとつである。西部に物資を売りに来る貴重な商人たちが使う交易路を、死屍累々のままにしておくわけにはいかない。
ちなみにこの異世界、敵方の首を見せしめとする文化はない。このためベッセントら敵方の亡骸は、ガウルをはじめとした魔物たちへの”褒美”となっている。
(グスティアが陥ちた時にライナルトさんが駆けつけなかったのって、これも理由だったりして……?)
いらぬことを考えながらボレア砦に着いた時、太陽は西の空に傾いていた。
「……おお、そうじゃ。褒美を取らさんとな」
ボレア砦で遅めの昼食を済ませたライナルトが、思い出したように言った。
「褒美って、なんのですか?」
「何を言うか、ボレアの防衛を首尾よくこなした褒美じゃよ。そもこの堅固な砦を一日で陥とせたのも、おぬしらのおかげだからの」
半ば呆れた顔で言うライナルトを前に、零仁は輝良と顔を見合わせる。
「褒美って言われても、金ならすでにアリシャ王女からもらってるし……」
「レイジくんの武器も鹵獲品で賄ってるし……って言うか、むしろその方がいいもの手に入るし、ねえ……」
「なんじゃ、意外と無欲だのう。ワシがとらす褒美は、そんじょそこらのもんじゃないぞい。まあ、ちと待っとれ」
そう言って、砦の上層に引っ込んでいく。
程なくして戻ってきたライナルトの腕には、大きな楕円形のなにかが抱えられていた。
「……ほれ、これじゃ」
テーブルにどんと置かれたそれは、ひと抱えほどの大きさをした卵だった。
薄緑色の殻は、ともすれば宝石の原石のようにも見える。だがなにより目を引くのは、卵の中心あたりが鼓動しているようにまたたいていることだ。
「これ、なんの卵です……?」
零仁が訝しげに聞くと、ライナルトがにんまりと笑った。
「ほほ、聞いて驚け。竜じゃよ」
「「竜……⁉」」
零仁と輝良の声が重なった。
「この世界の竜って、地這竜とか飛空竜みたいなのじゃないんですか?」
「あやつらは亜竜種と呼ばれててのう。竜の一種族が退化、分化した扱いなんじゃ。その分、繁殖力が高いから数はおるっちゅうわけじゃな」
不思議そうに聞く輝良に、ライナルトがほっこり顔でうなずく。魔物に興味を持ってもらえたのが嬉しいのかもしれない。
ちなみに飛空竜というのは翼が生えたトカゲのような魔物で、空を飛べる代わりに吐息を吐けない。主な生息地域が高所なので、平地で見かけることは稀だ。
「竜は本来、空を自在に飛び、身体の色に応じた属性の吐息を吐く。そして何より……知性を持っておる。幼少のワシが悪党にさらわれた時、助けてくれた竜もそうじゃった」
「へえ、すげえな。人の言葉も話せるんすか?」
「おうさ。卵が産み落とされる際、親の記憶の一部が宿るらしくてのう。言語はもちろん魔法や魔物、世界の歴史のことならそこらの人間よか詳しいぞい」
「待ってください! じゃあこの卵、ひょっとして……!」
輝良が血相を変えると、ライナルトは微笑んで頷く。
「うむ、ワシの命の恩人……もとい恩竜が遺した卵じゃ。もうじき孵りそうでな」
「そんな大事なもの、いただくわけにいきませんよっ!」
「それはさすがに、ライナルトさんが育てた方がいいんじゃないすかね? 俺、育て方とか適当だし。ガウルが進化したのだって、たまたま生き残ったからですよ」
思い出補正を抜きにしても荷が重い。
しかしライナルトは、どこか諦観したような笑みを浮かべた。
「能力で使役できることが大事なのじゃ。普通の魔物ならともかく純竜種ともなれば、ワシも御しきれる自信はない。おぬしに使役してもらえれば、少なくとも民を襲うようなことにはならんからな」
「それはそうっすけどねえ……」
「それにおぬしは、戦いを求める魔物の本性を理解しつつも、無駄に使い潰すような真似はせん。そうした性根を持つ者の下にいたほうが、こやつもちゃんと育つじゃろうて」
褒美といえばそうなのだが、新たな仕事と言えなくもない。
零仁は輝良とふたたび顔を見合わせた後、観念して卵に手を置いた。
「分かりました、お預かりします。けどこいつが戻りたいって言ったら、引き取ってくださいよ?」
「ほほ、構わぬが……その心配はなさそうじゃぞ?」
ライナルトが笑いながら、卵に視線を注ぐ。
殻を通して見える光は、どこか嬉しそうに明滅を速めていた。
* * * *
卵を受け取った後――。零仁たちは、通信想石がある作戦会議室に集まった。
もちろん、グスティアにボレア防衛の勝報を告げるためだ。
『戦のあとで疲れてるところ、申し訳ないんだけど……悪い報せよ』
ひとしきり報告を聞いた後、アリシャが沈痛な口調で言った。
「中央街道の新王派が動いたか?」
『当たり。エウロ砦に向かう途上に、バルサザール麾下の部隊が集結してるみたい。馬でひと駆けの位置ね』
『【遺灰喰らい】はボレアにあり、って報告が入ったのかもネ。こちらに急報があったのが、ちょうどあなた方が後片づけしてた頃だし』
アリシャとエレインの声が響くと、輝良がハッとした表情になった。
「ひょっとして、榊原くん……! 数はどのくらいなんですか⁉」
『今の報告だと、少なく見積もって騎兵が五〇〇くらい。バルサザールの息子の姿があったって。エウロにも守備隊はいるけど、グスティアが近いからそこまで練度の高い人たちを置いてないのよ』
『親バカのバルサザールのことだから、きっと御守りに転移者もつけるでしょうネ。リカルドが一〇〇〇騎で援軍に出たけど……【武極大帝】あたりが出てくれば、日暮れまでにエウロを陥とされかねないわ』
「どっ、どうしよう……! ボレアからエウロじゃ、河沿いの街道を使っても半日はかかるよ⁉」
ボレア砦とエウロ砦は、どちらもトリーシャ河の沿いに建つ砦だ。
しかし最短の道は森を走る細い街道のみ。馬でかっ飛ばすこともままならないので、ぱっと見の距離以上に時間がかかる。
零仁はしばし考えた後、通信想石に向けて口を開いた。
「いいっすよ、俺が今からエウロに戻ります」
「ちょっと、話聞いてた⁉」
「大丈夫さ、今の俺ならいける。敵はまだ攻めてきてないんですよね?」
『そうだけど……日没までにエウロを陥とすつもりで仕掛けるだろうから、そんなに猶予はないわよ? 一体なにするつもり?』
輝良は元より、アリシャの声もかなり訝しげだ。
「見てのお楽しみ、ってね。なんとかできれば、エウロから通信しますよ」
零仁はそう言って、準備をすべく部屋を飛び出した。
* * * *
零仁は戦支度を済ませると、ボレア砦の前の大橋に出た。輝良とライナルトも、心配そうについてくる。
すでに太陽は、主棟の影に隠れて見えない位置にある。
「ちょっと……ホントに何するつもり⁉」
「どっかのバカどもの真似だよ」
心配そうに問う輝良をよそに、零仁はいそいそとトリーシャの水面に立った。
イメージを膨らませ、両の手を突き出すように構える。
「風、我が心の如く吹き荒べ……! 風呼令呪!」
詠唱と名づけで強化された魔法を放つと、風が轟々と吹き始めた。
それを見た輝良が、ハッと目を見開く。
「これ、颯手さんの……!」
「ああ。目の前で何度も使われたから、名づけは覚えてたんだよ」
颯手が瞬間移動の魔法を使う時、風向きを変えるために用いていた魔法だった。
今は中村の【微風の請い手】がある。瞬間移動はさすがに難しそうだが、このくらいならお手の物だ。
おそらく詠唱は違うのだろうが、「狙った事象を引き起こすイメージをできるか」が魔法のキモ。イメージを強くできれば詠唱の細部が違ったところで、どうということはない。
「風か……なるほど、河を行く気か?」
「ええ。多分、いけるはずっ……! 波濤馳駆!」
次の瞬間――零仁の身体が、河面を波を立てながら爆進し始めた。
強い追い風を受けて、速度がどんどん上がっていく。
グスティア攻防戦の折、城内に浸透してきた【波濤の聖女】こと楢橋が遣っていた魔法だ。珍しいのと便利そうなのが相まって、名づけを覚えていたのだった。
しかし風があってなお、速度が足りない。景色が流れる速さからして、一般道を走る自動車くらいのものだろう。
(さすがにこれだけだと、最上位級サマたちのようにはいかねえな……! だが!)
片足を浮かせ、スケートボードに乗るようにして水面を蹴立てる。
これだけならどうなることもないが、能力があれば別だ。
「【打ち放つ者】!!」
効果を付与した対象は、水を蹴る側の脚だった。
動きに合わせて、流れる景色が加速する。
(やっぱりな! この能力……浮かせるって言うより、イメージした方向に吹っ飛ばすんだ!)
ふと後ろを振り返ると、ボレア砦の主棟と橋はもう見えなくなっている。
今は一刻でも早くエウロに着きたい。
零仁は改めて前を向くと、ふたたび風を呼んだ。




