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黒から銀へ

お読みいただき、ありがとうございます!

 未だ太陽が中天に昇らぬ空の下、ベッセント伯の軍が森へと退いていく。

 それを見た零仁は、見晴らし台の縁に足をかけた。


「試したいこと、って……どうするつもりっ⁉ むこう側は森続きだし、追いつくのは馬でも無理だよっ!」


「危険だよ、とは言わねえのな。なら馬使わなくても追いつく手段があるなら、行っていいよな?」


「そりゃこっちが勝ってるし、追撃できる状況でもあるけれど……」


「だろ? 俺が合図したら、砦からも全軍を出してくれ」


「だからどうやって……!」


 輝良の言葉には応じず、零仁は足下に大きめの水の膜を作り出した。次いでその上に乗り、トランポリンの要領で跳ねてみせる。

 傍らで見た輝良の表情が、にわかに引きつった。


「ま、まさか……」


「そのまさかだっ! 【打ち放つ者(エリアル・ランチャー)】!!」


 自らに、次の挙動に対象を大きく跳ね上げる特性を付与した。同時に両足で水の膜を踏みしめ、伸びあがるようにして跳ぶ。


 刹那の間を置いて、零仁の身体が空に跳ね飛んだ。

 大きな放物線を描いてトリーシャ河を越え、森の上を飛ぶ。


(なんとか追い越すくらいまではいきてえなあ……! そうだっ!)


 零仁は足裏に、空気の塊をイメージした。

 中村を喰ったことで得た能力(スキル)、【微風の請い手(ブリーズ・テイカー)】によって得た風属性の適正のおかげだ。


「……弾けろっ!」


 イメージに応じて、集った空気が弾ける。零仁の身体がさらに押し出され、逃げていく敵軍を阻む位置まで到達した。


(よっしゃオーケー! 完璧だっ!)


 流されるように落下。このまま進めば、ちょうど森に挟まれた北街道(ノルトヴェーク)の真上あたりだろう。


「【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】!」


 服部から奪った浮遊の能力(スキル)を使い、街道の石畳に着地。

 ちょうど目測百メートルほどの位置に、敵軍の先頭が見えていた。


「なっ、なんだッ⁉」

「空を、飛んだ⁉」

「敵襲! 待伏せだッ!」

「追い越してくる待伏せがいるかよっ!」


 口々に言う兵士たちの身なりは、あまり汚れていない。

 おそらく魔法部隊で攻撃した後に突入する予定だった、ベッセント伯直卒の部隊だろう。


「【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、レイジ・フツガワだ。ベッセント伯爵さんって、どちらかな?」


 大剣で肩を叩きながら言うと、兵士たちの顔が恐怖に歪んだ。


「アッ、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】って……!」

「ダリアの”砦陥とし”⁉」

「グスティアの黒鬼……!」

「エウロにいるんじゃねえのかよ⁉」

「ちくしょう、何が楽な仕事だっ! ふざけんなっ!」


(なんか、ワケの分からん仇名が増えてんなあ……)


 喚き散らす兵士たちを前に、零仁は敢えて大仰にため息を吐いて見せる。


「質問に答えてもらえませんかね。ベッセントさんと転移者の首さえもらえれば、あんたらに興味はないんすけど」


 その時。騒ぐ兵士たちをかき分けるようにして、騎士の一団が現れた。

 数は三十ほど。磨き上げられた全身鎧に、各々違った形の兜。ベッセント伯直属の家臣団と見えた。


「ええい者どもっ、鎮まらぬかっ!」

「黙って聞いておればつけあがりおってっ!」

「敵は一人だっ! 圧し包めえっ!」

「【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、何するものぞっ!」


 騎士たちの飛ばした檄に、兵士たちの一団が動いた。

 森の中から零仁の横手や背後に回り込み、指示通り包み込むように零仁を囲む。


 その向こう、薙刀を構えた女子が零仁を見た。騎乗するためか、ワイドパンツ型の戦装束の上から金属補強した革防具で鎧っている。


「ふっ、祓川くんっ⁉ なんでここにっ……⁉」


 【長柄使い(パルチザン)】――守山(もりやま)奈央子(なおこ)

 いわゆる体育会系の女子で、薙刀部を創設して自ら部長を務め、大会で結果を出したりとちょっとした有名人だった。

 追放された時は囃し立てるわけではなかったが、冷然と見下した目が妙に記憶に残っている。


「よお、会えて嬉しいぜ。あのハゲの使いっ走りも大変だな。もっとも……今日で終わりになるがっ!」


 零仁は笑いながら、白の大剣を構えた。

 同時に近くの敵兵たちが、槍を突き出してくる。背後に感じる気配で、八方から襲い掛かってくるのが感覚で分かった。


「【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】!」


 力の名を告げ地を蹴ると、零仁の身体が宙に舞う。

 下を見れば、すんでのところで槍を止めた兵士たちが零仁を見上げていた。

 その唖然とした顔に向けて、空いた左手を掲げる。


黒陽焔墜(ブラック・サンズ)!」


 掌に生まれた黒球が、先ほどまで立っていた位置に降り落ち爆ぜる。


「あがっ……⁉」

「ぎゃああっ!!」

「熱っ……なんだ、この火は⁉」

「黒い炎、ダリアを焼いたって言う……!」

「ええい、撃ち落とせえっ!」


 騎士たちの声に目を向ければ、背後の弓兵たちが矢をつがえ始めていた。炎の外にいた守山も、手槍を逆手に持っている。

 しかし、零仁がふたたび左手をかざす方が早い。


焦天墜火(バーン・フォール)!」


 赤い炎の玉が降り落ち、弓兵たちを焼いた。守山も巻き込まれ、火だるまになっているのが見える。

 ついでなので、見える範囲にいる弓兵たちはすべて焼き払っておく。


(こいつはいいや! 魔力(マナ)を温存する必要がなけりゃ、飛んで跳ねて魔法をぶっ放してるほうが楽ちんだ!)


 この【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】、浮遊していられる時間と空中移動できる距離が”格”に影響されるらしい。無理に移動しようとしなければ、体感で五分ほどは空に浮いていられる。


 頃合いを見て、水の足場と【打ち放つ者(エリアル・ランチャー)】の組み合わせを使い、守山のそばまで飛んだ。

 幾度か炎に焼かれたせいで、すでに男女の見分けがつかなくなっている。黒ずんだ身体からは、同じ色の遺灰(はい)が舞っていた。


「ウソ……ウソ……。わたしが、あんたなんかに、こんな簡単に負けるわけ……」


「ちょうど腹減ってたから、助かったぜ……【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】!!」


 掌に現れた黒い紋が、守山の顔を飲み込んだ。

 断末魔すら許されなかった身体を黒い紋が耳障りな音を立てて喰らっていく。

 視界が遺灰(はい)に閉ざされていく中、ひとつのイメージが浮かぶ。


 ――学校の一室だ。見覚えはないが、どこかの準備室らしい。

 目の前には、半裸になった中年男性がいそいそとワイシャツを着ている。

 たしか薙刀部の顧問になった教師だ。


『いやあ、今日も良かったよ。練習の成果が出ているねえ』


『……ありがとう、ございます』


『部費や設備のことは任せてくれ。私がしっかりサポートするから』


『はい。よろしく……お願いします』


 守山は無機質な口調で言うと顔を逸らし、自身の身繕いを始める。着ているのは制服ではなく、脱ぎかけになった道着だ。

 やがて顧問がそそくさと部屋から出ていくと、床に一滴の涙がこぼれた。


『いつか……絶対、この手で殺してやる。部費と設備を引っ張れたら……!』


(薙刀部なんてレアな部、よく許可されたなって思ってたけど……こういうウラがあったのか。憎き顧問を討てなくて残念だったな)


 涙に滲んだ守山の視界が溶け落ち、ひとつの形を取る。

 脳裏に、【長柄使い(パルチザン)】の名が刻まれた――。


 視界が戻った後、ふたたび空に舞うとボレアの正門が開くのが見えた。

 先陣を切って出てきたのは、ライナルトと魔物たち。後続して、クルトとメイアが率いる軽騎兵たちだ。


(黒い火が合図代わりだったが、気づいてくれたか。ベッセントはどこだ……?)


 魔法を放ちながら見回すと軍の中ほど、街道の石畳のあたりに騎士の一団がいた。中央にいる男の兜には、真っ赤な房飾りが見える。


(見つけた……! 目立つ兜が命取りとはな。やっぱ戦装束はシンプルイズベストっすよ、ベッセントさん)


 口の端を歪め、ガウルの意識にリンクする。

 脳裏の視界に写るのは石畳。敵の背を突くべく、街道を疾駆しているらしい。


(ガウル、敵の大将を狙えっ! 赤いふさふさのヤツだっ! 肉がついてて旨いぞっ!)


 ガウルから、強烈な食欲と戦意が返ってくる。

 ベッセントを追い込むべく着地すると、街道は後ろから食いついた魔物たちによって地獄の様相を呈していた。

 敗走し士気が落ちたところに、魔物の襲撃を受けたのだから無理もない。


 街道を逆走すると、すでにベッセントの護衛たちは半ばまでが斃れていた。

 本人も善戦はしているものの、迫りくる魔物の群れに戦意が折れかけているのが表情から伝わってくる。


「ざまあないっすねえ、ベッセントさんっ! 火事場泥棒なんてするから、こうなるんすよっ!」


 敢えて嘲ると、ベッセントが零仁に怒りの形相を向けた。


「貴様が【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】……! なぜこんなところにっ!」


「あんたのお望み通りの場所にいてやる義理なんてないっすよ」


「おのれ、あと一歩だったところを……! 口惜し……ッガアアッ⁉」


 恨み節を皆まで言うことなく、ベッセントが倒れ込む。背後から迫ったガウルが首筋に食らいついたのだ。


 ガウルの視界を共有しているおかげで、ベッセントの位置に近いのは分かっていた。注意を引くために煽ったのだが、まるで気づいていなかったらしい。


「随分デカい一歩だったみたいっすね。そういうあんたは、狼のエサになるのがお似合いだ」


「貴様ッ、貴様アアッ……ッゴハッ……」


 声が聞こえなくなった。

 ガウルは喰いちぎったベッセントの首を放ると、天に向けて高々と吠える


 ――アオオオオオオオンッ……!!


 勝利を直感したか、他の黒魔狼(エヴォン・ウルフ)たちが連鎖して吠える。

 人の兵たちもまた、それに合わせて勝鬨を上げ始めた。


「ベッ、ベッセント様が討たれたぞっ!」

「逃げろ逃げろっ! もう付き合う義理はねえっ!」

「魔物のエサになるのはゴメンだぜっ!」


 生き残っていた敵兵たちが一目散に逃げ始めた。しかし追撃してきたクルトとメイア、さらには軽騎兵たちにより、片っ端から討ち取られていく。


(榊原は逃げたか。あんまり黒い炎を使いまくるのも考え物……ん?)


 ふとガウルのほうを見ると、何やら身体を震わせている。返り血で汚れてはいるが、怪我をしている様子もない。


「ガウル、どうした?」


「ウゥ……ウグルルルッ……」


 近くに寄ってみると、ガウルはゆっくりと天を仰いだ。

 震えに合わせて、毛の色が変わっていく。闇を思わせる黒から一転、月のような銀色だ。口元から覗く牙も、黄ばんだ色から鈍い銀色へと変わる。


「……ほほお。そろそろかと思うていたが、やはりな」


 ふと見れば、戦斧を担いだライナルトが歩いてくるところだった。


「これ、なんです? 病気かなんかっすか?」


「そんなけったいなもんじゃないわい。上位進化じゃよ」


「はあ……? 魔物ってそんなのあるんですか?」


「今の魔物は創世の折、神々が争った時に使役した獣たちの末裔だと言われておる。戦いの経験を積むとその記憶が呼び覚まされるのか、こうして形態を変えることがあるんじゃ」


 ライナルトが話す間に、ガウルは変態を終えた。

 すべての毛は銀色になり、同じ色の牙も三日月を思わせる形になっている。


「ほお、銀月牙狼(シルバー・ファング)か。近くにおる存在の魔力(マナ)を吸う関係で、大概の魔物は闇の気が濃くなるものじゃが……。おぬし、意外と善行を積んでおるのかもしれんのう」


「元の身内ぶっ殺しといて、なにが善行なもんですか。輝良やカティの分じゃないすかね」


 零仁はそう言って、ガウルに近づく。

 ガウルは零仁に気づくと、得意げにくるりと回って見せる。


「ま、なんにせよ……よくやったな。お手柄だ」


 頭を撫でてやると、ガウルはふたたび大きく吠えた。

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