魔性たちの陣
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五日後の朝――。
ボレア砦の対岸には、無数の旗指物がはためいていた。ヴァイスハイトはベッセント伯率いる軍勢、しめて四〇〇〇である。
その威容を、零仁と輝良は砦の主棟にある見晴らし台から眺めていた。
今は配置中のようだが、さして間をおかずに攻めてくるだろう。
「思ったよりは、ゆっくりだったな」
「前から欲しかったリバーベルの領地を、旧王派の挙兵にかこつけて奪ったのにあっさり失ったんだもの。意地でも奪い返すつもりなんだろうね」
グスティアからの報告によれば、敵のベッセント伯は地神の恵帯のさらに東にあるカールヴィッツ城塞からも傭兵を借り出したらしい。
貴族評議会の肝煎りありきとはいえ、大した執念だ。
零仁と輝良が階下に降りると、すでにライナルトとクルト、メイアがいた。
皆、各々の得物と戦装束を身に着けている。
「おぬしら、準備はいいかの?」
「はい。すでに魔物たちは配置につかせてます」
この五日の間、ライナルトは新たな魔物部隊を呼び寄せていた。
従来の黒魔狼と血眼鷹は、頭数を三〇〇まで補充。
ここに加えて、新たに地這竜と弓人馬を二〇〇ずつ呼んでいる。
「ガタイが良くて鱗が硬い地這竜は門から打って出る前衛、弓人馬は弓を活かして外壁の上、か……。意外と手堅い配置じゃのう」
「俺のこと何だと思ってるんすか……。今まで奇策が多かった、ってだけですよ」
ちなみに黒魔狼と血眼鷹は別働として潜ませてある。
敵が砦にかまけている頃合いを見て、横腹を襲わせる算段だ。
「なんにせよ、ベッセント伯の魔法部隊を攻略できるかどうかじゃ。対岸には弓も届かんし、防御魔法も限度がある」
ライナルトは、魔法部隊と弓兵も一〇〇ずつ追加配備していた。
だがベッセント伯の魔法部隊は、強力な陣形魔法で有名らしい。正門を直撃されれば長くは保たないだろう。
「分かってます。ガウルたちの仕事に期待しましょう」
そこまで言ったところで、伝令の兵士が駆け込んできた。
「申し上げます! 敵勢、一番鐘の模様!」
この世界で鐘一回は、進軍の合図。攻城の準備が整ったのだろう。
「よし、行くぞ! クルトとメイアは城壁の援護、輝良は索敵を頼む」
「「「了解っ!」」」
零仁の言葉に、三人がそろって頷いた。
* * * *
零仁が指揮所の見晴らし台にたってすぐ、対岸で二番鐘が鳴った。
馬車がすれ違えるほどの石橋を、敵兵が真っ黒な群れになって駆けてくる。
見える限り装備はまちまち、動きはばらばら。傭兵をかき集めた即席部隊と見えた。
そこへ、弓人馬とメイアら弓兵隊が放つ矢が降り注ぐ。
メイアの弓勢が頭ひとつ抜けてはいるが、弓人馬たちもなかなかのものだ。
(傭兵を当て馬にしてくるのは予想してた。おそらく攻城用の陣形魔法は、こっちの魔法部隊を消耗させてから撃ってくる)
異世界で生まれた人間は、転移者ほどの魔力を持っていない。イメージだけで魔法を行使できないのもこのためだ。
こうした弱点を補うために開発されたのが、陣を組んだ数人で同じ魔法を使って効果を上げる陣形魔法である。
それだけに戦いが長引けば、おのずと魔力の限界が来る。そこを狙って陣形で増幅された攻撃魔法を使われたら、どうなるかは考えるまでもない。
(本命の魔法部隊は、ギリギリまで奥に引っ込んでるはずだ。姿を見せたところを仕留める……!)
考えているうちに、敵方の傭兵部隊は早くも半数ほどに減っていた。
時折、威勢のいい者が跳躍魔法で城壁へと挑んでくるが、クルトの攻撃魔法であっさり叩き落されている。
跳躍魔法はこの異世界における攻城の定番だが、いかんせん敵方の足場は橋しかない。こうした中でも命令あれば突撃しなければいけないのが、傭兵の難儀なところだった。
(さすがに近接部隊がこれで終わりってことはないだろう。圧力をかけられる囮を出してくるはずだ)
すると予想通り、傭兵たちのすぐ後にどっしりとした足取りで進む部隊がいる。
全身鎧で身を固め、大盾と戦槌を手にした重装歩兵だった。その周囲は、ガラスや薄氷を思わせる光の膜に覆われている。
弓兵隊が射かけた矢が、光の膜と鎧にあっさり弾かれているのが、零仁の目からも見えた。
「レイジくん! あの歩兵たち、地の魔法で守られてる! きっと後ろに専属の魔法部隊がいるよ!」
隣で叫んだ輝良の眼鏡には、周囲の魔力を属性に応じた色で見分ける機能がついている。
眼鏡越しに見る重装歩兵たちは、緑色に染まっていることだろう。
「なるほどね。魔法で守りながらじりじり進んで、うまくすれば城壁の上を攻撃できるってことか」
「うん、囮の本命だね。こっちもそろそろ近接隊の出番じゃないかな」
「そうだな……よし、出すか」
意識の中で、地這竜のリーダーに視界を切り替える。
今は正門の内側で待機しているはずだ。
(出番だぞ、暴れてこい。正面にいるごつい奴らをぶっ潰せ)
『グォオオオオオッ……!』
リンクしている聴覚を通じて、地這竜たちの雄叫びが聞こえてくる。
零仁が手にした震え石――戦場での合図に使う一組になった石――に魔力を込めると、正門が重々しい音とともに開き始める。
「第一陣、進めえっ!」
敢えて拡声魔法で声を放つと、眼下の正門から陸竜たちが現れた。
数ざっと三十、二列縦隊で突っ込んでいく。
「「グォゥアアアアアア!!!!」」
先頭にいた地這竜のリーダー他数頭が、重装歩兵に炎の吐息を浴びせかける。
『うおおっ⁉』
『落ち着け! 盾を構えろ!』
『防御魔法と合わせれば……!』
地這竜の五感越しに、重装歩兵たちの動揺が伝わってくる。
敵方の足が止まったところで、脇からすり抜けた個体が一人を屠り河へと放り込んだ。陣形に穴が開いたところに一体が突っ込み、後続の個体がさらに数人を川へと放り込んでいく。
「お~お~、意外と動くのな。あんなんまとめて来たら、俺もさすがに厳しいかもなあ」
「レイジくん、そもそも近づく前に動き止めるか魔法で薙ぎ払うでしょ……って待ってっ⁉」
輝良が言った次の瞬間、地這竜の目が見覚えのある姿を捉えた。金属鎧に身を包んだ、体育会系を地で行く顔立ち。
(榊原……ッ!)
声なき声で、名を呼ぶと同時。榊原が口を開いた。
『おっ、きく、声、出してっ!』
周囲に響く大音声とともに、リンクしていた視界が暗転した。
橋の上では複数の地這竜が吹き飛び、河に落ちている。
「【大絶叫】……ッ! 一人だけで回してくるわけない! 他には……!」
輝良が索敵する間にも、大音声は立て続けに響いた。
さらには対岸から放たれる投げ槍と援護に出てくる敵兵たちによって、地這竜たちの数がどんどん減らされていく。
「見えた! 投げ槍は【長柄使い】! 守山さんっ!」
「出てきやがったな……!」
脳裏の視点を、第二陣のリーダー格に切り替える。
(よし! 第一陣よくやった、退けっ! 第二陣、用意!)
ライナルトに選んでもらった二体の個体をリーダーとして、それぞれ百頭ずつ率いさせてあった。入れ替えで前線を荒らす算段だったが、こうして後備えにもなる。
「敵の重装兵もかなり減ったよ。榊原君も声枯れたのかな、退がったみたい。お代わりがいなければいいけど……!」
「さてさて、どう出る? これで城門に取りつけないってなれば、痺れ切らしてきそうだが……」
言い終える前に、輝良が対岸に視線を向けた。
「……動いたっ! まとまって出てくるっ!」
対岸に目を転じると、森の中から向けて揃いローブを着こんだ者たちが出てくる。数は視界に入る河辺が埋まるほどで、少なくとも二〇〇人はいる。
ローブ姿たちは数人で組になり、方陣を作り始めた。動きからしてベッセント伯の魔法部隊に間違いない。
「よっしゃ、来たな。森の中からやられると厄介だったが……わざわざ河辺に出てきてくれて助かったぜ」
ほくそ笑みながら、意識をガウルと血眼鷹のリーダー格の視界に移す。
二体とも、首尾よく予定の配置についていた。
どちらもトリーシャ河の対岸にある森の中だ。だがベッセント伯の部隊が陣取っている位置からはかなり離れている。
ガウルたち黒魔狼は北の山裾にほど近い位置、血眼鷹は南側の梢に留まっていた。
(よし、いい位置だな……仕事だ。標的は河辺にたくさんいる。片っ端から狩れ。落ち着いたら全部、食っていいぞ)
黒魔狼と血眼鷹、すべての個体からぎらついた意志が返ってくる。
魔物たちの視界が動き始めた。ガウルは地を這うように、血眼鷹は梢から羽ばたき、空から河辺を目がけて飛んでいく。
零仁の視界の中で、敵方の陣形魔法が完成する寸前――。
河辺にいる魔法部隊の横合いから、二つの黒い塊が突っ込んだ。黒魔狼と血眼鷹、三〇〇ずつの一斉攻撃だ。
『ぎゃあああああっ!』
『あっ、痛っ、やめろ……っあああっ……!』
『魔物だと⁉ ライナルトの伏兵か!』
『鳥はともかく、なんで狼がこんなところまで!』
(知らんかもしれんですけどね、その子たち泳げるんすよ)
血眼鷹は空を飛べる代わりに、身体能力は心許ない。このため最初から、奇襲に使うことを決めていた。
ガウル率いる黒魔狼たちは最後まで迷った。だが水に入れるのを知っていたこと、血眼鷹を迎撃された時のことを考えて奇襲に使ったのだ。
目の前に広がる光景を見る限り、どうやらうまくハマってくれたらしい。
『えいクソ、本隊は何してる⁉』
『城門はまだ破れんのかあっ!』
『我らの魔法なくして……ぎゃああっ⁉』
魔物たちの視覚と聴覚がもたらすのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
ロクに防具もつけていない魔法使いたちが血を噴き上げ、腸をぶちまけながら斃れていく。
眼下を見れば、重装歩兵たちもその数を三分の一ほどにまで減じていた。
地這竜の突撃と、合間に降る城壁の弓人馬と弓兵隊の矢の雨によって、城門に近づくことすらできていない。
「とりあえず、この場の大勢は決し……てないっ! また榊原くん!」
見れば重装歩兵たちに守られた榊原が、橋の上を走ってくる。【大絶叫】で城門を破る腹らしい。
「混戦ならともかく、この状態でそんなもん通すわけねえだろ……! 黒陽焔墜!」
掌に生まれた黒い太陽を、榊原の頭上に叩き落した。
重装歩兵たちがすんでのところで盾を構えるが、あっさり黒い炎に呑まれていく。
『ぎゃああああっ!!』
『こりゃダリアの火だっ!』
『【遺灰喰らい】がいるっ!』
『はあっ⁉ 祓川がいる……⁉ なんでだよ……っ⁉』
生きていた地這竜のリーダーの聴覚を通じて、敵方の混乱が伝わってくる。
榊原を仕留めようと身構えた時、敵方から鐘が連続して打ち鳴らされた。撤退の合図だ。風にたなびいていた幾筋もの旗指物が、堰を切ったように森の中へと引っ込んでいく。
「逃げを打ったか。まあ、そうなるわな」
「ふぃ~。楽に勝てて助かったね……って、レイジくん? 何してるの?」
訝しげに問う輝良の横で、零仁は罪斬之剣を引き抜いていた。
「これじゃ終わらさねえよ。級友どももまだ喰ってねえしな」




