引きも切らず
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ボレア砦を攻略した翌日の朝。
零仁たちは、最上階にある通信想石を囲んでいた。つながる先はもちろん旧王派の本陣、グスティア城だ。
『すごいじゃない! まさかほんとに一回で陥とすなんてね~!』
『”砦陥とし”の本領発揮だな。まったく、大したものだ』
勝報を告げた途端、アリシャとリカルドの声が響く。
他の与力たちはいないのか、アリシャの口調も身内モードだ。
「グスティアの時に比べれば、なんてことないっすよ。級友どもを薄く広げてくるなんて、敵さんも焦ってるみたいですね」
やいのやいのと騒ぐ二人に、零仁は敢えてぶっきらぼうに応じた。
さすがにここまで持ち上げられると気恥しい。
『でも実際、大したものよ? 転移者を三人も討った上、存在を気取らせていないのもいいわネ』
エレインの言うとおり、砦の中にいた敵兵は軒並み討たれたか降伏していた。攻撃を仕掛けてから、通信想石を使われた形跡もない。
新王派側は、零仁と輝良は未だエウロ砦にいると思っていることだろう。
『しかも【打ち放つ者】の記憶から、バルサザール麾下の一番手が前線にいないことが分かったのも大きいな。他に気になる情報はあったか?』
『あるとすれば、【空を掴むもの】の記憶ですね』
リカルドの問いに、零仁は【空を掴むもの】こと、服部の記憶について語り出す。
――想石の明かりだけが頼りの、薄暗い部屋だった。
正面には新王派に属する男子たちのリーダー、【武極大帝】こと舘岡亮平がいる。
『わりいな、服部。先にボレアで待っててくれ』
『ホントに上手くいくのか? いくら祓川がエウロにいるからって、俺たちだけでボレアから仕掛けるなんて』
『全員で突っ込めば、変な魔物爺さんの軍なんてすぐ蹴散らせるさ。あとはあのハゲが首を縦に振ればいいだけだ』
『負けた後だし、無理しなくていい気もするけど……』
『バカ言え、ここで獲り返さなくてどうする。それともなにか? せっかくできた中村を危険な目に遭わせたくないってか?』
『それも勿論、そうだけどよ……颯手さんと楢橋さんがいないんだぜ? 強化魔法で突っ走ることもできなけりゃ、広範囲の回復魔法もないんだぞ?』
『んなもんなくたって、ネロスの時はうまい具合にいってたんだ。次に祓川と会うのは、またグスティアだぜ』
『だと、いいけどな……。とりあえず、ボレアで待ってるよ』
――そこで、服部の記憶は途切れていた。
(ハーヴェイの時といい、たまに欲しい記憶がドンピシャで来るんだよな。しかも最近、頻度が増えているような……? まあ中村の記憶のこともあるし、たまたまかもしれねえけど)
ちなみに中村の記憶は服部との情事だったので、特に言及しなかった。
服部と結ばれたのが、よほど嬉しかったらしい。
『……なるほどな。【業嵐の魔女】と【波濤の聖女】の戦線離脱は事実だったか』
『陣中に姿がないって報告は来ていたけれど、これで確定ネ。この戦況で最上位級の二枚落ちは、かなりの朗報よ』
「ボレアを起点にした攻めも出鼻を挫いたわけじゃが……次はどうするんかのう?」
『もちろん、今度は旧王派が打って出るわ。まず目指すは地神の恵帯よ』
ライナルトの問いに、アリシャの声が応じる。
聞き慣れぬ地名に、輝良が何かを思い出すような仕草をした。
「地神の恵帯って、北部にある穀倉地帯ですよね? たしかアウザーグのもっと東にあったはず……」
『その通り~、人数が増えたせいで兵糧が足りなくなってきててね。西部は開拓できる土地はたくさんあるけど、まだまだ追いついてないし』
『北街道から東に攻めれば、中央街道に張ってるバルサザールたちの裏をかけるからネ。アウザーグを足場にしてヴァイスハイト砦を抜けば、地神の恵帯は目と鼻の先よ』
エレインの言葉に、零仁と輝良は無言で顔を見合わせた。
北街道沿いの森の中にあるアウザーグの村は、異世界に来てから最初に世話になった恩人、カークスの旧領だ。
カークスの娘カティや元の領民たちは、今でも故郷への帰還を待ち望んでいる。
(地神の恵帯まで攻め上れば、カークスさんの領地を取り戻せる……!)
方針も決まったので、ぼちぼちお開きかと思った時――。
開いた窓から入ってきた血眼鷹が、ライナルトの肩に留まった。
その足に結びつけられた文を見たライナルトの表情が、苦いものになる。
「河向こうの偵察から連絡が入ったぞい。ヴァイスハイト砦に敵の部隊が集結しとるそうじゃ」
『やはり獲り返しに来るか。刈り入れが近いからか、あちらの動きも早いな。数は?』
「今の時点で二〇〇〇ほど。東から来とる部隊もいるようじゃ。膨れ上がれば、四〇〇〇ほどにはなろうな。転移者らしき者たちもおるらしい」
『ベッセント伯の魔法部隊は精強で有名だ。その数が魔法部隊の援護を受けるとなると厄介だな』
リカルドとライナルトのやり取りに、輝良の表情が変わった。
「よっ、よんせんっ……!! 今この砦、魔物たち込みでも二〇〇〇いないですよっ⁉」
ボレア攻めでの被害はごくわずかだった。
零仁と魔物たちが先行して突入したおかげで、ライナルトが連れてきた麾下の一〇〇〇は軽傷者のみという驚異の戦果である。
とはいえ魔物部隊がそれなりに減っているので、零仁が連れてきた黒魔狼たちを合わせても一八〇〇といったところだろう。
しかしライナルトは、事も無げに笑った。
「ほほ、大丈夫じゃよ。攻め寄せてくるまでに数日はかかろう。ワシもその間に、選りすぐりの魔物たちをボレアに呼び寄せるわい」
「でっ、でも……。転移者が混じってるんじゃ……」
「レイジが喰った服部の記憶からして、バルサザールのところから送りつけられた連中じゃろう。数だけ揃えたところで、ボレアの堅さに加えて【遺灰喰らい】がおれば、なんてことはなかろう」
『ここは弾き返してほしいところね。ベッセント伯の軍勢を蹴散らせば、ヴァイスハイト砦はあっさり攻略できるわ。返しで攻めれば、地神の恵帯まで一気に行ける』
皆のやり取りに、零仁はふっと笑った。
「上等じゃないすか。級友が来てるなら、張り合いも出る」
「ちょっとレイジくん……! グスティアの時だって、数はほとんど同じだったんだよ……⁉」
「砦を攻める以上、河辺や橋からは動けねえんだ。そこを突いてやれば、なんとかなるんじゃねえの?」
「いやまあ、やるならそれしかないけどさあ……」
すると、横で聞いていたライナルトが笑みを浮かべて頷いた。
「ほお、なかなか分かっておるではないか。グランスが目をかけただけはあるのう……。よし、よかろう」
「よかろう、って、何がです……?」
「【遺灰喰らい】、【星眼の巫女】……ワシの魔物たちをおぬしらに託そう。この戦、立派に仕切ってみせい」
予想外の一言に、さすがに零仁もあんぐりと口を開けた。
「はいいっ⁉ 俺、指揮なんてしたことないっすよ⁉」
「わっ、わたしだってグスティアを獲り返す時の伏兵一〇〇人くらいで……!」
「立派な経験をしておるじゃないか。それに能力がある分、恐れを知らぬ魔物たちは練習台にちょうどいいでな」
「まあ、言われてみればたしかに……」
零仁の持つ【心を手懐ける者】は、使役した魔物と五感と意志をリンクできる。視界を共有することもできるので、状況に応じて指示を出すことも可能だ。
魔物は強い個体に従う習性があるので、あらかじめリーダー格を決めて意志で指示すれば指揮系統に問題はない。
伝令の手間が要る上、怯えや劣勢で士気が変わる人間の兵士よりもはるかに楽だろう。
「おぬしらはいずれ旧王派の中核となるじゃろう。烏合の衆の三〇〇〇や四〇〇〇ごとき、用兵で弾き返せぬではグランスに笑われるぞい」
「その名を出されると、弱いっすねえ……」
零仁は頭を掻きながら、ライナルトに向きなおった。
「指揮は俺がやります。能力を使えるのは俺だし、輝良の存在は気取られない方がいい。けど危なくなったら、助け舟は出してくださいよ?」
「おうとも。しっかり後ろから見とるわい」
にっかりと笑うライナルトに、零仁と輝良は苦笑するほかなかった。




