ボレア砦攻略戦②
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砦内の戦闘も、例によってスムーズに進んだ。
ライナルトの黒魔狼たちは屋内戦闘も心得たもので、壁を走り階段を駆けて敵兵たちを斃していく。
ガウルたちも対抗心があるのか、見よう見まねで敵兵たちに襲い掛かっていた。
「ほほ、張り合いがないのう」
「ほとんど中庭の防衛に出したんでしょうね。主棟に籠りながら頃合い見て味方を逃がした方が、まだよかった気もしますけど」
時折、狼たちを掻い潜ってくる敵兵たちを仕留めつつ、進むことしばし――。
たどり着いた最上階の大部屋には、三〇ほどの兵士。通信想石の前には、革防具で武装した三人の男女。うち二人は、見慣れた顔だ。
「やっぱり祓川か……! クソ、なんでボレアに……!」
そう言って呻く長身の男子は、【空を掴むもの】――服部新太。
クラスの中では顔立ちが良く、高身長も相まって女子の人気が高かった。
「む、無理だよ……! 颯手さんで勝てなかったんでしょ⁉ 私たちが束になったって、どうこうできるワケ……!」
服部の脇で、黒髪ショートヘアの女子が後退る。
【微風の請い手】――中村楓。
美人ではあるが、それ以上が多いクラスの中では中堅どころ。むしろこのくらいがいい、という男子たちに人気だったらしい。
「おっと……頼むぜ、【微風の請い手】。あんたも金貰ってんなら、言い訳が立つくらいには戦らんといけねえ」
今にも背を向けんばかりの中村を制したのは、中央にいる白人の壮年男だった。
水を漂う藻を思い出すような黒髪に無精ひげ。まるで好感を持てないその顔には、嘲るような笑みが張りついている。
顔に絶望を浮かべる中村を流し目で見ながら、零仁は悠然と前に出た。
「ご紹介にあずかりました【遺灰喰らい】、レイジ・フツガワっす。あんたが【打ち放つ者】さん?」
「いかにも【打ち放つ者】、ハーヴェイ・オ・ファーレンボックだ。オレが王都にいる間、随分とご活躍だったそうじゃないか?」
「あんたのご同僚のバカを喰ったおかげでね。すぐに会わせてあげますよ」
「フン、面白い能力のようだが……。カスの荒木やガキどもを仕留めた程度でイキるたぁ、まだまだこの世界を知らねえらしい」
「それは否定しませんけど……ワカメヘアーに言われたくないっすねえ」
にへらと笑って言うと、ハーヴェイの額に青筋が浮いた。
「テメエ、言わせておけばっ! かかれええっ!」
――ウオオオッ!
ハーヴェイの号令で、兵士たちが一斉に動き出す。
「そおら、エサの時間じゃああっ!」
――オオオオオンッ!
ライナルトの号令で、黒魔狼の群れが敵兵に群れていく。
零仁と一緒に来たガウルも早速、敵兵のひとりの喉笛に噛みついていた。
ハーヴェイは、大ぶりな曲刀を手にして零仁に迫っていた。
しかし零仁は双剣形態の”斬獲双星”を構えつつも、視線を中村に向ける。
「【強迫の縛鎖】!」
能力を放つと、怯えながらも杖を構えていた中村の動きが留まる。
「あ、う、がっ……⁉」
「楓ッ⁉」
動揺が滲む声とともに、服部が立ち止まる。
ハーヴェイ言うところの「カスの荒木」の能力で、術者より”格下”の相手の動きを止めるものだ。一人しか止められないのが難点だが、こうした一対多の状況ではめっぽう強い。
この間、ハーヴェイが零仁の目前まで迫っている。
「【打ち放つ者】!!」
どことなく捻くれた風の声とともに、ハーヴェイが曲刀を繰り出す。
上段からの一撃を、零仁は右手の双剣であっさり受け止めた。
刹那、零仁の身体が跳ねたようにして宙に浮く。
「うおっ⁉」
「もらったあっ!」
無防備な零仁を目がけて、ハーヴェイが返しの一撃を見舞う。
今度は横薙ぎ。飛んで躱そうにも踏ん張りが利かない。
(普通なら……なっ!)
零仁は、左の双剣で斬撃を受け止める。
同時、剣身が小さく爆ぜて零仁の身体を右へと押し流す。勢いに任せて距離を取り、着地。
その様を見ていたハーヴェイが唖然とする。
「なに……っ⁉ 初見であれを躱すだと……⁉」
「へへっ。お宅らの軍の能力、みんなタネ割れてんすよ」
バルサザール麾下の転移者が持つ能力は、実演を見ていた輝良がすべて覚えている。
ハーヴェイの【打ち放つ者】は、次の一撃に対象を浮かせる力を付与する中位級能力だ。
術者に対象を攻撃する意志さえされば、手段や角度を問わず効果が発動するらしく、これを用いた奇襲と連撃が得意――と聞いていた。
(腕っぷしは立つというから、【強迫の縛鎖】は中村を選んだけど……。今の一撃を見る限りは正解だったみてえだな)
「ガキが……! おい【空を掴むもの】、何してるっ! オレの攻撃に合わせろっ! カスの荒木の能力を使ってくるなんざ、想定の範囲じゃねえかっ!」
「は、はいっ! クソ、待ってろよ楓っ!」
片手半剣を構え直す服部に、零仁は鼻を鳴らした。
「服部、いいこと教えてやるよ」
「ああん……?」
「戦場で彼女の名前呼ぶと、ロクなこと起きねえぜ。俺もそうだったからな」
服部が顔をしかめた、次の瞬間。
未だ動きを止めたままの中村を、無数の石礫が襲った。
「はっ……ぐがっ⁉」
服部の声が、石の激突によって掻き消された。
近くのハーヴェイすらも巻き込んで、石礫の嵐が乱れ舞う。
「がっがああっがっあっ……⁉」
「いっぎゃあっああっあああっ……」
「ええい畜生めっ! どっから撃ってやがる⁉」
ハーヴェイは【打ち放つ者】で自身を跳ね飛ばしたのか、ひと息に石礫から逃れた。
しかし飛んだ先は部屋の隅、石の奔流に遮られて攻撃に移れない。
(へえ、面白い使い方するね。まあ言いたい気持ちは分かるけどな)
なにせ攻撃魔法を使っているのは、主棟の門前にいる輝良なのだ。
輝良は【星眼の巫女】で捉えた転移者に、魔法を必中できる。星眼刻視と名付けられたこの力は魔力の消費こそ莫大だが、障害物に遮られることはない。
先日までは輝良自身が攻撃魔法を遣えなかったのだが、グスティア奪還戦を経て使いこなせるようになっていた。
ハーヴェイも巻き込みたかったのが輝良の本音だろうが、誰かが撤退する動きを見せたら攻撃魔法を叩き込む段取りだったので仕方ない。
(位置を直接見てるわけでもねえから、壁越しの攻撃魔法は厳しいかと思ったが……うまくやるもんだ)
やがて石礫が収まると、服部と中村は全身から黒い遺灰を噴き上げて倒れていた。こうなってしまえば、逃げられる心配もないだろう。
それを見たハーヴェイが、顔を歪ませる。
「役立たずどもが……! 最初からオレ達を使ってれば、こんなことにならずに済んだんだ……っ!」
「愚痴はあのハゲに言ってください。もっとも、それが叶うことはありませんがね」
「クッ……ぬかせえええええっ!」
ハーヴェイの身体が、一足飛びに零仁へと迫った。
脚を踏み込む動作に能力を適用したのだろう。
「挙動を選ばないってのは便利っすねえ! 覚えときますよっ!」
「黙れくたばれっ! 【打ち放つ者】ッ!!」
飛び込みざまの斬撃で、零仁の身体がふたたび宙に浮く。
だが――
「……よっ、と」
零仁はイメージだけで自身の足裏に水玉を生み出し、その上に立った。
続く斬撃を受け止めてやると、ハーヴェイの顔が驚愕の色に染まる。
「な、なんだと……っ⁉」
「足場がないなら、作ればいいんすよ……毒水槍衝」
式句とともに、澱んだ緑色の水がハーヴェイの身体を貫いた。
空中で仰け反った身体に、零仁は両の双剣を突き立てる。
遺灰が、舞う。
「がっはああっ……⁉」
「お疲れっす、【遺灰喰らい】」
ハーヴェイに触れた右掌に、遺灰と同じ色の紋が生まれた。
がりがりと耳障りな音を立て、革の防具ごと呑み込んでいく。
「あっがががぁっあがぁっああああああ……」
断末魔とともに、ワカメのような髪までが紋に呑み込まれ、消えた。
いつものように、脳裏に映像が流れ始める。
――どこぞの城の一室らしかった。
目の前の執務机には、憎きバルサザールの顔がある。
『では頼みましたよ。すぐに後詰を送るゆえ、受け入れの準備を進めてください』
『それはいいんですがね、旦那……。あのガキども、いつまで使うおつもりで?』
『戦場の露と消えるまで、です。あれだけの数の最上位級と上位級、使わぬ手はありません』
『そりゃそうですが、グスティアを奪り返されたのだって奴らの失態でしょう?』
ハーヴェイの言葉に、バルサザールは苦い表情で頭を振った。
『かの者たちには、【大いなる御手】を討ち取った功績があります。【業嵐の魔女】などは兵たちから人気もありました。あまりに重い処罰を課しては、却って士気を下げるでしょう』
『で、ケツを拭くのは私らってことですかい……やりきれませんなあ』
『ええ、そうでしょう。だからこそ西部を獲った暁には、然るべき形で報います』
『へへっ、期待しねえで待ってますよ。ところで腕っこきが欲しいってんなら、エバンのヤツを呼んだ方がいいんじゃないんですかい?』
『彼には別の任を課してあります。ともあれボレアからの強襲、くれぐれも頼みましたよ』
にったりと笑うバルサザールの顔が溶け落ち、零仁の中で形を取る。
記憶に、【打ち放つ者】の名が刻まれた――。
視界が戻ると、すでに戦闘はあらかた片付いていた。
無数の兵士や狼の屍が転がる中、ガウルが近づいて鼻を寄せてくる。
その後から、ライナルトがゆっくりと近づいてきた。
「それがおぬしの能力か……。聞いてはいたが、おぞましいものじゃな」
「隠さずに言ってくれる人はありがたいっすね。下手に取り繕われるより全然いい」
「ほほ……で、あれはどうするんじゃ?」
ライナルトが目を転じた先には、服部と中村がうずくまっていた。
血と痣だらけになった身を寄せ合う二人の周りを、狼たちが取り巻いている。
「決まってますよ。さっきと同じことをするだけです」
「やっ、やめろ祓川っ! 別にお前に恨みがあったわけじゃないんだっ!」
「お願いっ! 知ってること何でも話すっ! 何なら寝返ったっていいから……」
「……言ってどうなるもんでもねえくらい、分かるだろ」
零仁がゆっくりと近づいた後。
窓から差し込んだ朝日の光を、黒い遺灰が遮った。




