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ボレア砦攻略戦①【零仁/輝良】

お読みいただき、ありがとうございます!

 リバーベルに到着した、翌日の深夜。

 零仁は、ボレア砦を望む山肌の暗がりに身をひそめていた。

 見張り台から伸びる光が、月のない夜更けの闇を斬り裂くように照らしている。


(しっかし自分で提案しておいてアレだが……夜襲しかしてねえなあ、俺)


 今いるのは、見張り台からの光が届かないギリギリの位置だった。

 影に潜り込む【影潜り(シャドウ・ダイバー)】の能力(スキル)で、目元より下は水に沈んだようになっている。


 見張り台の光は、見えるだけで三つの方向に伸びていた。どうやら想石で作ったランタンを持った兵士たちが、見張り台を交互に回ることで死角を埋めているらしい。


 ひとたび怪しい物影があれば、遠視の魔法を使ってくるのも容易に想像できる。このまま近づいても、光で照らされた瞬間に能力(スキル)が解除されて見つかってしまう。


(まあ逆に考えれば、俺にはこっちのほうが向いてるってことよ。真正面からやり合うとか趣味じゃねえしな)


 とはいえ、今回は見つかることも任務のうちだ。

 影から出て、見張り台に向けて左手をかざす。


(見つかっても構わねえんだから……シンプルに、燃やすっ!)


焦天墜火(バーン・フォール)!」


 力の名を告げると、見張り台の上空に赤い火球が生まれた。それは瞬時に降り落ちて、ランタンを持った兵士たちを吹き飛ばす。


「てっ、敵襲っ!」

「クソッ、どこからだっ⁉」

「見張りは何をしていたっ!」


 外壁の上を走ってくる敵兵たちが騒ぐ声が、遠巻きに聞こえてくる。

 ひと息に駆けた。見張り台の真下に着くと、グランスの形見である罪斬之剣(クライム・ヴェイン)を抜き放つ。


水玉招(アクア・スフィア)


 空いた左手をかざして唱えると、中空に浮かぶ水の玉が生まれた。続けて生み出し、見張り台に沿うようにして階段状に並べていく。


(刈谷のヤツ、楢橋をブチのめせたのがよほど嬉しかったのかね。能力(スキル)まで進化するとはな)


 ――【淀み揺蕩う者(スタグナント・ワン)】。

 グスティア奪還戦において最上位級(ハイエンド)である楢橋の腕を吸収したことで、刈谷の【水錬達人(ウォーター・アデプト)】が進化した能力(スキル)だ。


 従来の水を自在に移動する能力に加え、水魔法の適正と身体機能の向上が加わった。等級(ランク)は不明だが、輝良曰く上位級(ハイクラス)でもおかしくないという。


 おかげで零仁は炎と闇、水の三属性を扱える魔法使いになっている。

 なんでも普通は適性のある属性しか使えず、二つ以上の属性を扱える者は稀らしい。


(トリーシャの流域は水の魔力(マナ)が豊富だから助かるね。そんじゃまあ、行きますか)


 水上移動の能力を使って、水玉の階段を駆け上がる。

 跳び上がった見張り台の上では、すでに数人の兵士たちがあたりを見回していた。


「なにっ⁉」

「貴様どこから……ぐえぁっ⁉」


 皆まで言う前に、罪斬之剣(クライム・ヴェイン)の白い刃が首を三つ飛ばす。

 ものの数撃でその場の兵士たちを斃すと、零仁は外壁のほうに目をやった。

 案の定、炎に釣られて兵士たちが次々と走ってくる。本来なら西や南の外壁にいるであろう、弓兵や魔法使いまで混じっている始末だ。


(目立つように普通の炎を使った甲斐があるってもんよ。輝良たちが楽になるように、もうちょい派手にやっとくか)


焦天墜火(バーン・フォール)!」


 ふたたび放った火球が、外壁の上に炎の花を咲かせた。


 ◆  ◆  ◆  ◆


 ――夜空の藍を、炎の赤が照らす。

 その様を、新治輝良は南門近くの森から見ていた。


 脳裏に広がる【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】の星空では、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】の星が外壁上を突き進んでいる。


「【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、見張り台から突入しました。外壁上を進行中です」


 傍らのライナルトに告げると、白髭の顔が笑みを浮かべる。


「噂通り仕事が早いのう。転移者の動きはどうじゃ?」


「外壁と中庭にはいません。城内、もとい通信想石の守りと思われます」


「ほほ、所詮は借り物だの。どうれ……我らも行くとしようか」


 ライナルトの声で、周囲にたむろしていた黒魔狼(エヴォン・ウルフ)たちが一斉に動き出した。その数、五〇〇。


「さあガウル、出番だよ」


「グゥォルルル……」


 傍らのガウルに声をかけると、零仁が使役する黒魔狼(エヴォン・ウルフ)の群れも立ち上がる。

 揃ってぞろりと動く様は、まるで闇が意志を持っているようだった。


「では行きます……!」


 輝良は一歩前に出ると、南門の外壁に向けて手をかざす。


「地に眠りし精霊よ。汝の息吹で、我が同胞を空へと導く! 跳ね翔けろ! 跳躍地創(バウンド・アース)ッ!」


 詠唱と名づけで強化したイメージが、外壁の前に無数の紋様を作り出した。すべてが踏みしめた者を高く跳ね上げる、攻城戦用の魔法だ。

 それを見たライナルトが、手を振り下ろす。


「……かかれええっ!」


 ――ウオォオオオオオンッ!!

 ――キィアアアアアアアッ!!


 黒魔狼(エヴォン・ウルフ)たちが揃って雄たけびを上げ、一斉に外壁へと走った。

 甲高い啼き声は血眼鷹(ブラッド・ホーク)のものだ。留まっていた梢から飛び立ち、砦を指して飛んでいく。


 狼たちが紋様を踏みつけ、続々と外壁に跳ね昇った。外壁の敵兵も応戦しているが、いきなりの魔物の群れに対応できていない。


「あれだけの紋様をひとりで……。おぬしも大したもんじゃのう」


魔力(マナ)だけはありますから。すぐに門が開きます、ご準備を」


 言い終えるか否かの時。南門が、重々しい音とともに開き始めた。


 零仁が用いる【|心を手懐ける者《ラヴィッシュ・テイマー】は、使役した魔物たちと意志と五感を共有できる。

 加えてガウルには、跳ね橋や城門の仕掛けをいじるくらいの芸当は仕込んである。視界を共有していた零仁が、戦いながら門を開ける指示を出したのだ。


「ようし……続けえっ!」


 ――ウオオオオオオオッ!


 戦斧を担いだライナルトの号令とともに、控えていた歩兵たちが鬨の声を上げた。クルトとメイアもこちらの隊だ。


 輝良もあとについて入ると、中庭は混戦の様相を呈していた。

 ライナルトの黒魔狼(エヴォン・ウルフ)たちはさすがの統率で、三体一組で敵兵をきっちり仕留めている。


 零仁の狼たちは味方の兵と戦う敵兵や、孤立した敵兵にすかさず牙を立てていく。同種で混じっても戦い方で分かるあたり、魔物も飼い主に似るらしい。


 人間の兵たちは、外壁上の敵を掃討していた。

 ライナルトが敵兵たちを弾き飛ばす傍ら、クルトとメイアは高所の利を活かして中庭の魔物たちを魔法と弓で援護している。

 総じて優勢。外壁と中庭は程なく制圧できるだろう。


(これならわたしは無理に手を出さない方がいいかな。魔力(マナ)はなるべく、あの人たちに当てたいしね)


 輝良は、砦の主棟に目を転じた。

 細く長く伸ばした星空の中には、見覚えのある名がついた星が三つ連なっていた。


 ◆  ◆  ◆  ◆


 燃ゆる炎が、ボレア砦の夜を照らす。

 藍と赤が交差する空の下、零仁は白い大剣を振るった。


「があ……っ⁉」


 外壁の上にいた最後の敵兵を斃すと、零仁は中庭に目をやった。

 砦の門前には、すでに輝良とライナルトが顔を連ねている。クルトとメイアは外壁の上で、中庭の残敵を掃討しているようだ。


(うっし、サクッといったな)


 見張り台は索敵こそできるが、戦闘要員はほぼいない。

 加えて南門は、トリーシャ河沿いの森を行く街道に面している。魔物たちを引き連れて身を隠すにはもってこいの場所だった。


 見張り台を潰したついでに、零仁が囮となって暴れる。手薄になったところで、南門に伏せていた魔物が突入。ガウルに門を開けさせ、突入部隊が雪崩れ込む。

 ライナルトに提案した段取りが、綺麗に嵌った形だ。


(さてさて、本番はここからだな)


 外壁から降りて砦の門前に行くと、すぐに輝良が駆け寄ってきた。


「お疲れ。やっぱりいるよ……【空を掴むもの(スカイ・グラスパー)】と【微風の請い手(ブリーズ・テイカー)】。服部くんと中村さん」


 その言葉に、胸の中で黒い感情が疼く。


級友(あいつら)を薄く広げてくるとは、だいぶ焦ってんな」


「レイジくんがボレアに来るとは思ってなかったんだろうね。で、あと一人が【打ち放つ者(エリアル・ランチャー)】……バルサザール直属の転移者だよ」


「聞いたことねえな。強いのか?」


「かなりね。たしかバルサザール麾下の中でも、二番手だったはず」


「上等だ。まとめて喰ってやる」


 話していると、ライナルトが戦斧を担いで近づいてきた。


「さあて、行くとしようかの。兵たちは中庭と城内の制圧に回す。突入はワシとおぬし、魔物たちでよいかの?」


「ええ、夜明けまでに終わらせましょう」


 見上げた主棟の向こうに広がる夜空は、はや白みつつあった。

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