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獣公ライナルト

 軍議の翌日、零仁たちはグスティアを発った。

 晩夏の空は幸いにして薄曇り。朝早いこともあって、陽気も穏やかだ。


(日本ほど蒸し暑くないし、むしろ快適なくらいだわ。こういう時は異世界(こっち)に来てよかったと思うね)


 愛馬ウンブラの背で揺られながら、零仁は周囲に目をやった。

 今いるのは中央街道(ミッテルヴェーク)――グスティアから西へ続く街道だ。ここから少し進んだ後、リバーベルへ向かうべく北へ折れていく。時間帯のおかげか、旅人や商人の姿はない。


「早く出て正解だったね~。この子たち連れて歩くと、さすがに目立つもん」


 脇で小さな黒馬にまたがる輝良が、背後を見ながら言う。

 目を転じれば、大柄な黒い魔狼を先頭に、狼たちが続々と進んでいた。

 零仁が【心を手懐ける者ラヴィッシュ・テイマー】で使役した魔物たちだ。


「ただ昼近くなると、さすがに人が増えるからなあ。どこかで森に入りたいが……」


 ぼやいていると、ふたつの馬蹄が別方向から響いた。

 程なくして、零仁と同じ黒ずくめの軍装を纏った二人の騎兵が横につけてくる。


「今のところ、尾行や偵察の類は見当たりませんね。さすが西部、穏やかなものです」


 騎兵の片割れである糸目メガネの男――クルトが、柔らかい笑みを崩さず言う。

 零仁と同じくアリシャの直属隊光護隊(ルカ・ヴェヒタ)に所属する魔法使いだ。


「すぐ北に森がある。街道のまま進むと目立つから、少し早めに北へ折れた方がいいわ」


 もう片方の騎兵、弓使いのメイアが北の方角を指し示す。


 混血者――転移人と異世界人のハーフ――である二人は能力(スキル)こそ持たないものの、こうした少数行動では積極的に採用される。


「分かった、サンキュ。で、話は変わるんだけどさ……二人はライナルト公に会ったことあるか?」


「ええ。グランス様とリバーベルに行った時に、何度か」


「何ていうか、その……言動に問題ある人なのか? あのアリシャが『ちょっと変わってる』とか言うの、よっぽどだぜ」


「たしかにね。グスティアが陥ちて大変だった時も、助けに来てくれなかったし」


 零仁の言葉に、輝良も頷く。

 父譲りなのか、アリシャは人を惹きつけるのがうまい。あれだけの諸侯が集うのは、絶世の美貌や武勇伝だけのせいではない。

 そのアリシャが難色を示すとなれば、相応の理由があると踏んでいる零仁だった。


 だがクルトとメイアは、笑って首を振った。


「そういうわけではありませんよ。混血者(われわれ)を差別なく扱ってくださる、稀有な御仁です」


「リバーベルをグスティアに次ぐ西部の要にした名君で、領民からの評判もいいわ。援兵に来なかったのは自領の守備と、ボレアへの抑えのためよ」


「そ、そうなのか……? じゃあ、なんで……」


「まあまあ。あなた方の世界でも、百聞は一見に如かずと言うでしょう?」


「本人に会わなくても、リバーベルに入ったら分かるかもね」


 二人は微笑んで会話を締めると、北へ向かって駆け出した。そろそろ進路を変える頃合いらしい。

 零仁と輝良は顔を見合わせると、しぶしぶ馬首を北へ向けた。


 *  *  *  *


 二日後。

 街道から外れた森を駆け通したおかげで、零仁たちは予定より早くリバーベル城の近郊まで来ていた。

 卓越した騎兵――ただし輝良を除く――と、高い機動力を誇る黒魔狼(エヴォン・ウルフ)という編成のおかげだ。


「お、おおう……」


「これはたしかに……見ないと分からないねえ」


 獣くさい空気の中、零仁は輝良とともに目を剥いた。

 リバーベルはトリーシャ流域ということもあり、島の西部としては珍しく緑豊かで肥沃な土地だ。それは良い。


 問題は、領民たちに交じって魔物が平然と闊歩していることだった。

 道の脇には黒魔狼(エヴォン・ウルフ)がうずくまり、民家の屋根には血眼鷹(ブラッド・ホーク)が群れを成している。

 遠くの畑では農夫が地這竜(ランド・ドレイク)に強化魔法をかけ、耕作を手伝わせていた。


「ライナルト公は、魔物と心を通わせる方として有名なんですよ」


「魔物の研究を続ける中で、ご自身でも魔物の軍隊を組織してるわ。領内の魔物たちは、みんなライナルト公が手懐けてるの。戦時では尖兵になるってわけね」


 クルトとメイアはすでに見慣れているのか、事も無げに説明する。

 言われてみると、領内の魔物から特有の殺気がまったく感じられなかった。元の世界で見たペットと雰囲気が同じだ。

 領民たちも、零仁が連れている魔狼を怖がる様子はない。


 しばらく進むと、高い外壁を備えた城が見えてきた。

 門の前には、白くなった髪とヒゲを伸ばし放題にした巨漢が立っている。


(あれが……?)


 齢六十はとうに過ぎているだろう。薄汚れた麻の上下を纏った姿は、領主というより農夫に近い。

 零仁たちが門前へ着くと、白髪の巨漢は人の良さそうな笑みを浮かべた。


「ほほ、そろそろ着く頃だと思ったわい。鳥たちが報せてくれたでな」


 言うそばから、一羽の血眼鷹(ブラッド・ホーク)が巨漢の肩へ舞い降りる。

 近くで見ると、背筋はしゃんとしており上背は零仁より頭ひとつ分大きい。


「【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】、レイジ・フツガワ。アリシャ殿下の命で与力に来ました」


「同じく【星眼の巫女(ステラ・シーカー)】、テラ・ニイハルです」


「我がリバーベルへようこそ。領主のライナルト・ヴァン・ベステアじゃ。クルトとメイアも久しぶりじゃのう」


 ライナルトは挨拶を返すなり、零仁の背後にいる魔狼たちへ目を向けた。


「ほっほお。話には聞いていたが……こりゃまた、たくさん連れてきたのう」


 目を細めつつ、戦闘にいる大柄な狼――ガウルの喉元に手を伸ばす。

 級友である俣野が使役していた黒魔狼(エヴォン・ウルフ)で、能力(スキル)を奪った直後から零仁についてきている。


「よ~しよしよし、いい子じゃなあ」


「あ、変に手を出すと……」


 噛まれますよ、と続けようとした矢先。

 普段は零仁と輝良、カティ以外に懐かないガウルが、いとも簡単に喉を鳴らし始めた。


「ウソだろ……?」


「あのガウルが……?」


「ほほ、噛まれるなんぞ慣れっこじゃよ。怖がるから、魔物もまた警戒するんじゃ」


 ライナルトの左手をよく見ると、指のいくつかは第一関節から先が失われていた。


「良い毛並みじゃ。筋肉の付き方もいい。この子は、そろそろかもしれんのう」


「あの~……そろそろ、って?」


「いやなに、お主の育て方が良いということじゃ。少し休んだら、さっそく軍議に入ろうか」


 *  *  *  *


 リバーベルの城は外壁こそ高いものの、造りは平城だった。

 トリーシャ河から距離があるせいか、グスティアのように河の水を堀として引き込むことはしていない。


「ボレア砦はズウェド山脈の際に立っててのう。造りがエウロやノトゥンとは違うんじゃよ。山裾からの奇襲を想定して、外壁が山のほうまで伸びておる」


 城の最上階にある作戦会議室で、ライナルトは図面を指し示した。


 描かれているのはボレア砦の平面図だ。

 橋の関所である主棟を囲むように作られた外壁が、河の岸に沿って山の方へ伸びている。


「ほれ、この山裾の壁の先端にある見張り台が厄介でな……。見晴らしがよいうえ、夜になると想石で周囲を照らすんじゃ。我ながら面倒な造りにしたもんじゃわい」


「山のほうは遮蔽物もないし、たしかに黒魔狼(エヴォン・ウルフ)とかの軽量級で奇襲かけようにも難しいっすね」


「うむ。しかもグスティアを奪り返してからというもの、バルサザールが転移者の増援を入れたらしくてな。迂闊に攻められんかったのよ」


「バルサザール……! 敵方の転移者の二つ名は?」


 零仁は即座に問いただす。

 この世界に来た日、能力(スキル)がないという理由で零仁を追放した将軍――バルサザール。その時、嘲笑していた級友たちの多くはいまも新王派に属している。


 あの時の恨みは忘れていない。級友たちがいるなら是が非でも討ち取り、【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】で喰らっておきたいところだった。

 しかし期待に反し、ライナルトは首を振った。


「分からぬ。打って出てくるわけでもないからな。だが新王派にとってボレアは西部攻略の足掛かり。このまま放置すれば後詰の転移者も現れよう」


「その前に陥としちゃいたいですね。砦にいる兵数は?」


「ベッセント伯の兵とバルサザール子飼いの傭兵隊をあわせて、およそ二〇〇〇。ベッセント伯はヴァイスハイトの砦が本拠なだけあって、兵も頭数以上の強さがある。特に外壁の弓兵と魔法部隊の連携が厄介じゃ」


 輝良の言葉に、ライナルトは図面の上に赤い駒を置いていく。

 敵兵の数は城内よりも、中庭と見張り台に多いようだった。発見した敵へ即応するための配置だ。


「対してこちらはライナルト公の直属が一〇〇〇と、わたしたちが連れてきたガウルたち一〇〇匹……」


「ほほ、ワシの魔物たちを忘れてもらっちゃ困る。収穫の時期が近いからガタイの良い奴らは動かせんが、黒魔狼(エヴォン・ウルフ)だけで五〇〇は動かせよう」


「そっ、そんなにいるんですかっ⁉」


「十分っすね。夜襲で行きましょう。見張りさえ潰せば、あとは流れで行けそうだ」


 素っ頓狂な声を上げる輝良の横で、零仁はライナルトへ言った。


「頼もしいのう。先手はお願いできるかの?」


「そのために来たんです。一発で終わらせてみせますよ」


 不敵に言うと、ライナルトは満足そうに頷いた。

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