勝鬨
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時は少し遡り――グスティア城奪還後の朝。
零仁は見張りがてら、南の城壁から城内を見下ろしていた。
もっとも城壁の外に敵軍の姿はない。
新王派の兵はトリーシャ大橋の向こうまで撤退した旨の報が、早馬でもたらされたばかりだった。
(あれだけとっちめたんだ。さすがにここから城攻めやる余裕はねえだろう)
目を転じれば、開かれた東西の城門から兵たちが続々と帰投している。
なんでも敵方の目を欺くため、周辺の村々に潜伏していた者たちもいるらしい。
(しかし思ったより戻ってきてるな。兵の犠牲も少なくて済んだし、立て直しも捗りそうだ)
リカルド率いる鷹騎士団は、舘岡たちを相手取ったにもかかわらず、ほとんど無傷だった。
強化魔法と魔草を併用した騎馬によって、敵隊の横へ回り込み、刺しては離れる一撃離脱の繰り返し――まさにリカルドの作戦勝ちといえるだろう。
後続していた歩兵500は、もとより負傷兵たちによる数合わせの囮。
舘岡たちが食いついた時点で早々に撤退しており、こちらも被害は軽微だった。
とはいえ活躍の場がなかったわけではなく、残敵の掃討戦と戦後処理で大いに奮闘している。
城内に残った敵兵たちも、軒並み投降した。
アリシャの“御印”を見て降った者も多く、その数はおそらく千人近い。
(先王さんには悪いが、御印サマサマだな。周辺の領主たちも靡くだろうし、前より規模が大きくなったりして……)
「……レイジく~ん!」
聞き慣れた声が、取り留めもない思考を中断させた。
西の城壁のほうから、藍色の道服を着た輝良が駆けてくる。
どてどてとした走り方は相変わらずだが、裏を返せばケガがない証拠だ。
横ではガウルが、早歩きのような歩幅でついてきている。
「うわぁ~ん、よかったよぉ~。また会えたぁ~……!」
そう言うなり、輝良は零仁にしがみついた。
「よく頑張ったな。先触れから話は聞いたよ」
「わたしもさっき色々聞いた……。ごめん、トドメ差し切れなかったみたい」
「颯手がしぶといのは元からだろ。あれだけのケガだ、しばらくは出てこれねえさ」
輝良の髪を撫でながら、東の空をちらと見る。
負傷した楢橋を抱えて逃げた颯手がどうなったかは分からない。
だが追討部隊からは、最上位級をはじめとした級友たちの遺体を確認したという報告はなかった。
(颯手も楢橋も、あれで死ぬとは思えねえ……。ダリアの時といい、能力に回復効果でもついてるんじゃねえのか?)
そんなことを考えていると、脇から足のあたりをつつく者があった。
見るとガウルが、顔を上げてじっと零仁を見つめている。
「はは……そうだな、お前もよく頑張った。エサのご褒美は後でな」
喉を掻いてやると、ガウルは気持ちよさそうに目を細めた。
出会った時より毛並みが艶やかになり、身体もひと回り大きくなっている気がする。
ようやく満足した輝良が離れると、空から三頭のグリフォンが飛来した。
乗っているのは、言うまでもなく室沢たちだ。
「おっつかれ~……。終わった瞬間、安心しきって寝ちゃったよ……」
笑いながらグリフォンから降りた室沢の頬には、妙な跡がついていた。
どうやら本当に道の石畳で寝ていたらしい。
「お疲れ。ありがとな、おかげで助かった。……小櫃が大ケガしたって聞いたけど、大丈夫か?」
「お~う。大丈夫、大丈夫」
のっそりとした声を上げたのは、大柄な男子――小櫃大吾だった。
全身包帯だらけだが、血が滲んだ箇所はない。その背を角田がバシバシ叩く。
「いやぁ~、カッコ良かったよぉ~。群がる敵兵、バッタバッタ倒してさあ。惚れ直したねえ」
「き、傷に響くからやめろよ。ほとんど人間盾みたいになってただけだって」
小櫃が顔を赤らめる。
ダリアの頃から気にはなっていたが、やはりそういう関係らしい。
ちなみに小櫃の能力は【理想の体躯】。
身体的な状態異常や魔力による呪いに耐性を得る下位級能力だ。
わずかながら傷や魔力の自然治癒もある。人間盾というのは、言い得て妙だ。
「みんな、この後はどうするの? 少しはゆっくりできるんでしょ?」
輝良の問いに、室沢が残念そうに首を振った。
「ううん、すぐにゼフィル砦まで行かないと。そこで少し休んで、またすぐ出発」
「リフェルさん、早く帰りたいんだって。まあ万一、ゼフィルにいるとこを新王派に見つかるとマズいから、無理もないけどねえ~」
「帰る時も巡礼道を使うとさ。念の入ったことだぜ」
実際、教団にとって旧王派との密約が露見するのは致命的だ。
新王派からの糾弾を受けるばかりか、下手をすれば全面戦争になりかねない。
そも密約といっても、やったことといえば室沢たちの雇用を仲介しただけだ。
アリシャの亡命計画も頓挫した以上、余計な火種は抱え込みたくないだろう。
「そっかぁ、残念……」
「戦いが落ち着けば、また会えるよ。ウチらも、しばらくは教団領に留まるつもりだし」
「歴史の書物とか、口伝とかも結構残ってるんだ。元の世界に帰る方法とかも見つかるかも!」
話し込んでいると、今度は東の城壁のほうからクルトとメイアが歩いてきた。
「こちらでしたか。ひと通り収容が終わったので、アリシャ殿下から御言葉があるそうです」
「内廓の庭園に集合よ。早く来てね」
「ああ、分かった。……じゃあ、またな」
別れを告げると、室沢が少し寂しげな表情になった。
何かを口ごもった後、すぐに笑顔になる。
「うん……その、またね」
そう言って、そそくさとグリフォンに跨り空に舞う。
その姿を見た姫反と深蔵が、意味深に顔を見合わせた。
理由を聞こうとしたが、誰も何も言わずに飛び立っていった。
* * * *
内廓の堀まで行くと、すでに騎士や兵たちでごった返していた。
輝良とガウルを伴って門の方へ歩いていくと、兵たちが次々と指をさし始めた。
「【遺灰喰らい】だ!」
「まさかダリア陥としの……? あんな若者とは」
「あれが最上位級を退けた英雄……!」
「グランス様の後継者なんだろ⁉」
「【星眼の巫女】もいるぞ!」
「なんと、魔物すら従えるのか……!」
歓声とともに、人垣が海のように割れていく。
その中央を進むと、兵たちが一斉に拳を突き上げた。
――ウオオオオオオオオオオオッ!!
――【遺灰喰らい】! 【遺灰喰らい】! 【遺灰喰らい】!
(やめれええええええっ! 恥ずかしいからやめてくれえええええ!)
心の中で悲鳴を上げつつ、努めて無表情のまま内廓の門をくぐる。
庭園には、鷹の軍装をまとった鷹騎士団をはじめ、爵位を持つ領主たちが居並んでいた。
主棟で降伏したディエゴの姿もある。
零仁たちが近づくと、リカルドとエレインが気づき、苦笑を浮かべた。
「ご苦労……早速、洗礼を食らったようだな。ここまで聞こえてきたぞ」
「ええ、もう……おかげさまで」
「そんな顔しないノ。今のあなたは、救国の英雄なんだから」
「そうは言いますけどねえ……」
ぐったりと肩を落としていると、城門の上にアリシャが姿を現した。
全方位に向けて声を届けるための演出らしい。
『……皆、よくぞ生き残ってくれました。こうして生きて再び逢えたことに、まずは感謝を述べさせてください』
――ウオオオオオオオオッ!!
拡声魔法によって響く声に、外廓の方から大きな歓声が上がる。
堀沿いの道を通ってきたせいで気づかなかったが、外廓の東側には埋め尽くすほどの兵と民が集まっているようだった。
『まずお伝えしておかねばならぬことがあります。この城を取り戻すにあたって、多くの方々が新たに参じてくださいました。父王の御代を思い出し、力を貸してくださったこと――心より感謝いたします』
――オオオオオッ!!
今度の歓声は、やや控えめだった。
庭園の中では、ディエゴをはじめとした三分の一ほどの領主たちが声を上げている。
『元より参じてくださっていた方々には、遺恨もありましょう。ですが、今日よりは同じ旗の下、同じ理想を目指す仲間です。元の軍歴や所属、生まれを理由に、不当な諍いを起こすことを厳に禁じます。これは新たに参じてくださった方々も同様です』
――オオオオオ……
歓声ではなく、静かなざわめきが流れる。
アリシャの言う「生まれ」とは、身分のほか転移人のことを指しているのだろう。
『わたくしが目指すのは、身分や生まれに関わらず、誰もが平和に暮らせる国です。この理想を実現するには、既存のしきたりや権利――そのすべてを打ち崩す覚悟が必要でしょう』
ざわめきが、風に乗って波打つ。
平民ならいざ知らず、領主たちにとっては“貴族としての階位を奪われる”と聞こえてもおかしくない発言だ。
『もちろん、この戦いに参じてくれたすべての方々には、等しく報いることを約束します。ここからまた始めましょう――あなた方ひとりひとりが望む、未来に向かって!』
――オオオオオオオオオオオッ!!
『この勝利を、すべての礎とせん――勝鬨を上げよっ!』
――ウオオオオオオオオオオオオッ!!!!
天も割れんばかりの時の声が響き、いくつもの旌旗が高々と掲げられる。
城門の上には、白地に二頭の黒獅子を染め抜いた先王の旗。
その瞬間、隣にいた輝良がすすっと寄ってきた。
「……レイジくん、またあれやったら?」
「ん、いいけど……。俺、別に騎士じゃないしなあ」
「いいじゃない、盛り上がるよ?」
ふと気づけば、リカルドたちもこちらを見ている。
観念したようにため息をつき、掌に黒い炎を灯した。
(まあ……声を上げる代わりと思えば、悪くねえか)
イメージを込め、天へと掌を突き上げる。
黒い炎で織り上げた巨大な軍旗が、朝の青空に翻った。
濃淡をつけて二頭の黒獅子を描くと、思いのほか映えて見えた。
――ウオオオオオオオッ!!
――アリシャ姫、万歳ッ! アリシャ姫、万歳ッ! アリシャ姫、万歳ッ!
――【遺灰喰らい】! 【遺灰喰らい】! 【遺灰喰らい】!
(いやあ、ここはアリシャだけのほうがいいと思うんだけどなあ……)
もちろん口に出したところで、歓声が止むはずもない。
黒い軍旗がはためく中、兵たちの勝鬨はいつまでも鳴りやまなかった。
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