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敗残者たち 【里緒菜】

お読みいただき、ありがとうございます!

 グスティアを追われた新王派が集まったのは、トリーシャ河を渡ってすぐの場所だった。

 エウロ砦の跡地に拠ろうとしたところを旧王派の騎兵隊に強襲されたせいで、河の東へ逃げざるを得なくなったのだ。


 そんな中、里緒菜はトリーシャ河のほとりにいた。

 吹き抜ける風と波留の回復魔法のおかげで、新治との戦闘で負った傷はほとんど癒えている。

 ボロボロになった魔法戦衣(マジック・ガーブ)のせいで露出の多い格好になってしまっているが、今は仕方ない。


(あの新治(アバズレ)……ホント、やってくれたわね)


 魔鏃(まぞく)の矢が発動しかけたあの瞬間――

 魔流封刻(ステイシス)を破った時と同じ要領で、持てる魔力(マナ)のすべてを使い、発動を無理やり抑え込んだのだ。


 その後、身体から矢を抜き、風に当たって傷と魔力(マナ)を回復し、グスティアへ戻った――そこで、波留の危機に出くわしたのだった。


(でも……間に合って、よかった)


 目の前では、波留が服を着たまま河に浮いている。

 肩から先を失った左腕の傷は、すでに止血されていた。水の近くにいると自然治癒が早まる【波濤の聖女(ウェイブ・セイント)】の特性のおかげだ。


「あぁ……気持ちいい……」


「傷、大丈夫? やっぱり上で寝てたほうがいいんじゃ……」


「いいの。水の中のほうが落ち着くから」


 隻腕の状態にもかかわらず、波留は自分の回復もそこそこに、負傷した級友や兵士たちへ回復魔法をかけて回っていた。

 普通なら気を失っていてもおかしくない。トリーシャ河の地勢が助けになったらしい。


「ごめんね、里緒菜……役に立てなくて……」


「そんなことない。波留は頑張ったよ」


「そう、かな……疲れたから、ちょっと休むね……」


 そう言うと、波留は水に浮いたまま寝息を立て始めた。

 血色もここに着いた時よりはるかに良くなっている。このまま逝ってしまうことはないだろう。


 陣地に戻ると、トリーシャ大橋のほうから散り散りになっていた騎士や兵たちが次々と戻ってきていた。

 そのほとんどが、グスティア城外で戦っていた騎兵の生き残りだ。


「エウロは取り戻せないのか?」

「壊れた砦に拠ってどうすんだ」

「それでなくても、もう敵の騎兵隊が……」

「知った顔が何人もいたぞ、どうなってる?」

「ネロスからの援軍はまだか……!」

「兵なんぞもうロクに残っちゃいねえだろ」

「それより閣下だ。北はローゼンクロイツ公に任せて……」


 ざわめく声を背に、里緒菜は級友たちが集まる陣の片隅へ向かった。

 負傷者は多いが、幸い死者は出ていない。【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】に喰われたのも、楢橋の腕だけだ。


 里緒菜が近づくと、塔村が口を開いた。


「波留は?」


「河で寝てる。水の中のほうが落ち着くんだって」


「……そうかい」


 他の級友たちは、誰も一言も発しない。

 そこへ、黒い斧槍(ハルバード)を担いだ舘岡が戻ってきた。

 トリーシャ大橋から追撃隊が入ってこないよう、橋の上で仁王立ちしていたのだ。


「敵の追撃隊は引き上げた。味方の収容もあらかた終わった。……で、だ」


 舘岡は不機嫌な表情のまま腰を下ろすと、里緒菜の方をじろりと見た。


「鳥の服着た連中と追いかけっこしてたら、城が陥ちてやがったわけだが……一体、何がどうなったらこうなる?」


「敵にまた室沢たちがいたみたい……グリフォンのおまけつきでね。空から入り込まれて、城門を開けられたのよ」


「それはもう聞いた。オレが聞きたいのは、お前が何してたかってことだ」


 舘岡の声は、いつになく辛辣だった。

 見ると、級友たちも一様に里緒菜へ視線を向けている。


「新治が離れた場所にいたから偵察に行ったのよ。そしたら伏兵に遭って……」


「離れた場所なら放っときゃ良かっただろうが」


「新治の能力(スキル)のことは話したでしょ⁉ ダリアの森で、めちゃくちゃ遠くから使われたの! あれを放っておいたら……!」


「騎兵を送り込めばいいだろ。鳥の連中が囮だって分かってたんだから、それこそオレが行ったってよかった。何が悲しくて、わざわざ一人で行ったんだよ?」


「そ、それは……すぐに戻ってこれるって思ったから……」


「……愛しの祓川くんを奪った乳メガネを、自分の手でブチ殺してやりたかったんで~す」


 言葉を被せてきたのは、座り込んでいた庄山だった。

 その顔にはいつもの笑みではなく、怒気と苛立ちが貼りついていた。

 身体のあちこちが赤く腫れあがっているのは、室沢たちとの戦闘の結果だと聞いた。


「ちょっ、地咲……! 別にそんなんじゃ……!」


「里緒菜ってさあ、祓川のことになるとIQマイナスになるよね。なんか変な作戦立てちゃったりしてさ? おかしいと思ってたんだ」


 嘲りを隠そうともしない庄山の態度に、これまで押し込めていた苛立ちが顔を出した。


「……変な作戦? それで【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】を討ってグスティアを陥としたじゃないっ! ついこないだまでサボってたクセに、偉そうに言わないでよっ!」


「あんだとっ⁉」


「おい里緒菜、もうそのへんにしておけ。地咲もやめろ……!」


 塔村が割って入ってくる。だが、溢れ出した感情は止まらない。


「大体、最上位級(ハイエンド)が二人揃ってるのに、上位級(ハイクラス)中位級(ミドルクラス)を倒せないって何の冗談っ⁉ 私なら一人で全員、()れた……ロクに戦場に出てないから、こうなるのよっ!」


 その言葉に、塔村の目つきが変わった。


「ほっほぉ……さすが最下位級(ローエンド)に待ち伏せ食らって死にかけた最上位級(ハイエンド)サマは、言うことが違うねえ」


「あの拘束魔法にしたって、本当は祓川に使うつもりだったんだろっ⁉ アタシらをコキ使った挙句、やることは自分(テメエ)の男漁りかよっ! 付き合ってられるかってんだっ!」


 冷めた目で睨みつける塔村の横で、庄山が口から泡を吐く勢いで言い募る。


「あんたたち……っ!」


 なおも口を開こうとした、その時――。


「……今の話は事実か? 【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】殿」


 声は、里緒菜の背後から聞こえた。

 振り向けば、全身鎧を着こんだバルサザールとダグラスが立っている。


「バッ、バルサザール閣下……! どうして……!」


「教団が唐突に兵を退いたのだ。訝しんでいるところに、ネロスの早馬がグスティア落城の報を持ってきてな……」


 バルサザールの口調には、不信と苛立ちが同居している。

 その横で、ダグラスが口を開いた。


「戦況もここまでの道中であらかた聞いた。グリフォン騎手(ライダー)がいたそうだな」


「は、はい……。かつてここから脱走した、級友たちです」


「話が繋がったな。教団領はグリフォンが多く棲むズウェド山脈に面しているゆえ、昔からグリフォン騎手(ライダー)が多い。どうやら我々は、教団(やつら)に一杯食わされたらしい」


「おのれ、忌々しい坊主どもが……。国教化どころか、例の落胤とやらを傀儡にして国を乗っ取る気か」


 首を振るダグラスの言葉に、バルサザールが吐き捨てるように言う。


「直接の証拠があるわけでもない。今回ばかりは致し方あるまいな」


「フン、やりようなどいくらでもあるわ。それよりも……今は目の前のことだ」


 バルサザールはため息を吐くと、里緒菜に向き直った。


「【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】殿。今この時より、葬送作戦の指揮官の任を解く。傭兵の契約も破棄だ。どこへなりとも行くがよい」


「えっ……⁉」


 一瞬、時が止まった気がした。

 戦功を立てられなければ、零仁を手に入れる夢は露と消える。

 それどころか、二度と零仁に会えないかもしれない。


「そ、そんなっ……! 指揮官の任を解かれるのは分かります! ですが私は最上位級(ハイエンド)ですっ! 【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】との戦闘経験も一番……!」


「その【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】に肩入れしている疑惑がある以上、私の手元に置いておくことはできん。いかな力を持っていたとて、言うことを聞かぬ狂犬に何の価値がある?」


「誤解ですっ! それに【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】を討ち取り、グスティアを陥としたのは……!」


「そこを考慮した上での処遇だ。本来ならば、この場で斬首するところだ」


「くぅ……っ……!」


「【波濤の聖女(ウェイブ・セイント)】殿も重傷ゆえ、同様の扱いとする……たしかに伝えたぞ」


 バルサザールは冷たく言い放つと、その場から離れていく。

 級友たちは、冷ややかな目で里緒菜を見ていた。止める者はおろか、口を挟む者すらいなかった。


(これがあの時の零仁くんの気分、ってわけね……。こうなったらイチかバチか、こいつら全員の首を持って、零仁くんのところに……!)


 拳に力と魔力(マナ)を込めた時。

 ダグラスが立ち塞がるようにして、里緒菜の前に立った。


「軽はずみな真似はよせ。今のその身体で、私に勝てると思うか?」


「くっ……」


「早まるな。そなたであれば、身の立て方はなんとでもなる」


「そんなこと言っても、どうしろと……? 他に宛なんて……」


 ダグラスは頷くと、里緒菜に顔を寄せてきた。


「王都へ行くといい。私が口を利いておこう」


「王都……? この国の?」


「ああ、島の東端にある美しい都だ。ほとぼりを冷ますなら、我がラステリオでもよいが……せっかくだ。この世界の中心を見ておいたほうが良かろう」


「それは、ありがたいお誘いですけど……」


「王都なら良い医者もいる。【波濤の聖女(ウェイブ・セイント)】殿は元より、そなたのケガも決して軽いものではあるまい。しばらく静養して、身の振り方を考えるといい」


 ダグラスの言葉が終わると、里緒菜は顔を俯けた。

 ここで駄々をこねたところで、立場が悪くなるだけだろう。なにより私情ありきとはいえ、ここまで身体を張って戦ったのは事実だ。それをあっさり斬り捨てた者たちと、(くつわ)を並べる気にはなれなかった。


「……分かりました。ご厚意、感謝します」


「なに、同郷の(よしみ)だ。私も王都にはちょくちょく顔を出す。戦が落ち着いたら、また会おう」


 ダグラスはそう言って笑うと、手ぶりで場を離れるよう促してくる。

 里緒菜は頭を下げた後、級友たちを見た。目を合わせてくる者は、誰一人としていなかった。


 *  *  *  *


 里緒菜と波留、他の負傷者たちを乗せた幌馬車が、西日が射す中央街道(ミッテルヴェーク)を進んでいく。

 がたごとと揺れる馬車は、お世辞にも乗り心地がいいとは言えない。幌の中には、寝床代わりの藁が数束あるだけだ。


「里緒菜……わたしたち、これからどうなるの?」


「大丈夫だよ。ダグラスさんのおかげで、王都で暮らせることになったから」


 身体が濡れたままの波留の掌を、軽く握る。

 出発の手配は、思っていた以上に早く済んだ。戦傷者を後送する馬車に相乗りできることになったのだ。


 王都ではローゼンクロイツ家の私有地を警備する傭兵、という扱いになるらしい。ダグラスの計らいで、お抱えの魔法医も手配してくれるという。

 出る間際に打ち合わせた諸々を伝えると、波留は安堵の表情を浮かべた。


「そっかあ……。やっと、ゆっくりできるんだね……」


「そうだよ。だから波留は、何も心配しなくていいからね」


 ふたたび手を握ってやると、波留が身を寄せてきた。


「いいの、どこでも……里緒菜が、いてくれれば……」


 呟く親友のウェーブロングを、優しく撫でる。

 だが心は、幌の隙間から見える空に向いていた。

 ここからグスティア城は見えない。想い人が、どんどん遠ざかっていく。


(待っててね、零仁くん……! 必ず戻ってくるから……!)


 想いを風に託し、西の空へと放つ。

 初夏の風は轟と唸り、草を巻き上げて駆け抜けていった。

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