夜明けとともに【零仁/明美】
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グスティア城の主棟の中は、落城した時とそれほど変わっていなかった。
強いて言えば、毛布で作られた即席の寝床がそこかしこに散乱しているくらいだ。野戦病棟にでもしていたのだろう。
「通信想石があるのは最上階の作戦会議室、だったよな」
「ええ。通信想石がある城は大体そうよ。攻め入られた時にも外の友軍と連絡が取れるように、ね」
双剣を抜き、主棟の中を静々と進んでいく。負傷した兵士でもいるかと思ったが、誰かが出てくる気配はない。
ほどなくして、最上階の大きな扉の前に辿り着いた。作戦会議室だ。
躊躇なく扉を蹴り開けると、教室ほどの広さの部屋だった。壇上には通信想石のひな壇。
その周囲には兵たちがぐるりと円陣を組んでいる。
よく見ると、顔に傷を負った年配者ばかりだった。ディエゴとともに修羅場をくぐった古参なのだろう。
「バカなっ……! 【波濤の聖女】殿が……最上位級が負けただとっ⁉」
兵たちの前に立つディエゴの顔が、零仁とアリシャを見た途端に引きつった。
「ついでに腕一本もらっておきました。おかげで俺は元気です……って状況なんすけど。まだ戦ります?」
「っ、ぐうううっ……!」
軽口を叩くと、ディエゴは苦虫を嚙みつぶしたような顔をした。
手持ちの情報と自身の経験から、抵抗した場合の結果を導き出したのだろう。それができぬ凡将なら、守将を任されるはずもない。
その時――。
「……ディエゴ卿。先ほどお見せすると言ったものを、まだお見せしていませんでしたね」
機先を制するように、アリシャが動いた。
「この期に及んで何を……! 私はこの世界に降り立ち、先王とお会いした時――二君に仕えずと誓いを立てた身! 今でこそバルサザール公の下にいるが、王家への忠誠を違えたことはないっ!」
ディエゴが剣と大盾を構える。
威嚇というより、自身と兵を奮い立たせるための動きだった。
「その忠誠、疑いはしません。ですが……剣を捧げる相手を違えてはいませんか」
「何だと……⁉」
「真に剣を捧げるべき者は、ここにいます」
アリシャはそう言って、掌から小さな黒い稲光を放った。
疲労のせいか、部屋にあった照明のひとつを消したのみ。
だがそれを見た瞬間、ディエゴたちの表情が一変する。
「おい、今の……!」
「ヴィルヘルム様……!」
「御印じゃ、御印の力じゃ!」
「まさか、そんな……」
「本当に御落胤だと……⁉」
兵たちがどよめく中、ディエゴがゆっくり歩み出た。
アリシャの前まで来ると、剣と盾を置いて跪く。
「今までの度重なるご無礼、謹んでお詫び申し上げます。このディエゴ・ヴァン・ラングストン、命を差し出せと言われれば喜んで差し出しましょう。ですが、どうか家臣の者たちだけは助命いただきたく……!」
その様を見た兵士たちも、一斉に主に倣う。
「……皆さん、面を上げてください」
アリシャは優しい口調で言った。
「わたくしの存在が秘匿されたのは、ひとえに父王の意向。異界の血が流れるゆえです。しかしその結果、世は乱れ……あなたがたにも、ずいぶんと苦労をかけてしまいました」
「そのような過分な御言葉……っ! この世界に降りた時、右も左も分からなかった私を取り立てて下さった父王陛下のご恩に比べればっ!」
「いいえ。わたくしが力を振るうと決めていれば、避けられたはず。わたくしは……もう逃げません」
アリシャは片膝を突き、面を上げたディエゴと視線を合わせた。
「父王の御代の平和を取り戻すため、わたくしはわたくしの意志で王位を目指します。願わくば――玉座までの征路、共に歩んではいただけませんか。ディエゴ卿」
ディエゴは一瞬、呆けた表情を浮かべたが、すぐに微笑みを返した。
「今の仕草も御言葉も……亡き御父上にそっくりだ……」
改めて剣を手に取り、面に当てるように恭しく構える。
「ディエゴ・ヴァン・ラングストン、ならびに家臣一同! 今この時より、貴女の盾となりましょうっ!」
頷くアリシャを見て、零仁は構えていた双剣を収めた。
(……ちったあ、らしくなったじゃねえか)
外を見れば、夜が明け始めていた。
外にいた敵の騎兵たちも異変に気づいたのか、城壁の向こうから鬨の声が上がる。
「そうと決まったら、やることやっちまいましょう。旧王派の勝ちって、報せないとね」
◆ ◆ ◆ ◆
白み始めた空に、いくつもの岩塊が現れた。
見えない糸で吊られているかのように揺れた後、明美たち目がけて降り注ぐ。
「くたばんなあっ!」
庄山が激昂の声を上げる。
正面からは塔村が放った炎の波が迫っていた。後ろに退けば岩が降る。
「【意志の神盾】!」
盾に宿した光を大きく広げ、炎を受け弾いた。
そこを見計らったか、明美の背に隠れるようにしていた姫反が動く。
「【一心の射手】!」
中空に向けて矢を放つ。矢は炎を纏い、降り落ちる岩を貫通。勢いそのままに、明美たちの頭上に降る岩のみを破砕した。
姫反の能力と魔鏃を組み合わせることで為しえる、貫きの魔弾だ。
「何度も何度もっ! 鬱陶しいんだよ、お前らあっ!」
庄山の苛立つ声とともに、地から立ち昇る光が迫る。
その光を追うように、塔村が駆け出した。
(打ち消されることを見越しての、同時攻撃……!)
幾度か繰り返されたパターンだ。
強力ではあるが、経験の不足ゆえか手番の引き出しが少ない。
「拒絶光破!」
深蔵の放つ光が庄山の光とぶつかり、互いにかき消える。
飛び込んできた塔村の炎脚を、盾でなんとか受け止めた。
(でもこいつら、バテるどころかどんどん動きが良くなってる……! このまま行ったら、潰れるのはこっち……!)
そうでなくとも、誰か一人でも潰されれば、ひと息に押し切られる――。
悲壮な未来を予感したその時。
「……雷爆槌撃ッ!!」
一条の雷が、振り下ろされるような軌道で庄山を襲った。
合いの手のように飛んだ矢を、塔村が避けて距離を取る。
「っがあああっ! なんだよっ……どこのバカだっ、邪魔するヤツはよおっ!」
爆ぜる紫電に身を灼かれながら、庄山が吠える。
軌道の先には、馬に乗った黒ずくめが二人。眼鏡をかけた糸目の男と、弓を構える女の射手だ。
「遅くなりました! 光護隊、クルト・クロイツァー、加勢します!」
「同じく、ミルメイア。加勢します!」
名乗りが終わるや否や、庄山が自らを焼く雷を弾き散らした。
「ザコがわらわら、わらわらと……上等じゃねえかっ! 全員まとめてミンチにしてやるっ!」
「地咲、少し頭を冷やせっ! 結構マズいぞ、これ!」
喚く庄山を、塔村がたしなめたその時――。
主棟の方から、何かが弾けるような音が響いた。
見ると、尖塔の上ではためいていたバルサザールの旗が燃え盛っている。
「旗が……!」
明美の声に、皆が一様に主棟を見上げた。
やがて、白地に赤い薔薇を描いたダグラスの旗が降ろされる。
代わりに掲げられたのは、白地に向かい合う二頭の黒獅子――。
(あれって前の王様の旗……! ってことは……!)
『こちら【遺灰喰らい】。通信想石室の制圧に成功した! 城内の者は、これより掃討戦に移れっ!』
『リカルド、了解した。城周辺の残敵を掃討する。頃合いを見て城門を開けられたし』
脳裏に、【繋ぎ話すもの】の念話が駆け巡る。
「勝った……!」
クルトの一声に、庄山と塔村の表情が変わった。
「勝った、だあ……? 波留とあのおっさんは、何してたんだよ……?」
「……まだ分かんないの?」
務めて強い語気で、庄山に言葉を被せる。
「あそこには祓ちゃんがいる。楢橋さんを……最上位級を喰った【遺灰喰らい】が、主棟を制圧したの」
「波留が、死んだ……? ウソだろ……?」
「ウソなもんですか。そうでなきゃ主棟は陥ちない……違う?」
塔村のほうは事態を察したらしい。
城外の味方とは分断され、城内の味方はすべて倒れた。
通信想石で援軍を呼ぶことも叶わない。
つまりこの二人は、敵地のど真ん中に取り残されたのだ。
「負けたんだよ、お前らは。分かったら神妙に御縄につけい、ってなもんよ」
「続きやってもいいけど……多分、祓ちゃんがすっ飛んでくるよ?」
ニヤついた顔で言う深蔵の言葉を、姫反が補完する。
零仁が最上位級を喰ったのだとしたら、庄山と塔村がどうにかできるはずもない。
頼みの綱である颯手も戻らない以上、新治の罠で討たれた可能性が高い。
(普通ならここで投降するよね……。まあそうしたところで、待ってるのは祓ちゃんの復讐だけだろうけど)
「……ふざけんな」
脳裏を巡る安易な発想を、庄山の呟きがかき消した。
みしりと大地が軋む音がする。庄山の茶髪のボブカットが、地を顕す緑色に染まっていく。
「祓川がなんだって? 上等だよ……全員まとめて、アタシが轢き殺してやるッ!」
「こうなっちゃったら、地咲に賛成かな」
その脇で、静かに炎が渦巻く。中心にいる塔村の髪もまた、炎を顕す赤に染まっていた。
「悪いね。『はいそうですか』ってなるほど諦め良くないんだよ」
(あああっ、マズい……! 限界なの、むしろこっちなんだけど……!)
深蔵も姫反も、一転して険しい表情になる。
二人とも夜通し戦い続けた後。顔にこそ出さないが、かなり消耗しているはずだ。
クルトとメイアは腕利きではあるが、混血者。
最上位級を相手取るには、いささか心許ない。
(祓ちゃん、早く来てくんないかな……! さすがにマズいって、これ!)
今まさに飛び出そうとする塔村に向けて、盾を構えた時――
道を割るようにして、氷の壁が立ち上がった。
「……二人とも、逃げるよぅ!」
声の方を見れば、赤と青の斧を持った小柄な女子の姿。
(徳永さん……⁉)
青い斧の刃が石畳に打ちつけられた場所から、氷の壁が生まれている。
身体に不釣り合いな大きさだが、二丁の斧を構えた姿は妙に様になっていた。
「おい、ブー子! 邪魔すんじゃねえ!」
「邪魔でもなんでもいい! 今は逃げるのっ!」
「逃げるって、どうやって……!」
「外に舘岡くんたちがいる! 城壁から飛び降りて合流しよっ!」
ブー子が叫んだタイミングで、南の城壁の向こうから光が上がった。
それぞれ異なる色の光――想石による信号弾だ。
「外にはまだ敵がいないって、厨房のおじちゃんが言ってたんだ……っ! おじちゃんとおばちゃん、この斧をくれて……っ!」
涙を浮かべる徳永を見て、塔村が舌打ちする。
さらっととんでもないことを言っているが、城壁の周りには堀がある。
攻城で用いる跳躍魔法を流用すれば、着地の衝撃くらいは何とかなる。
ましてや最上位級の二人なら、飛び降りたところでどうということもない。
「えいクソッ……! 退くぞ、地咲っ!」
「こいつらミンチにしてからだっ! こんだけ舐め腐ったマネされて、ケツ向けて逃げられっかよっ!」
「このままいれば、波留を喰った祓川が来るっ! 下手したら里緒菜も……その意味がまだ分からないのかっ⁉」
庄山が忌々しげに顔を歪めた。
徳永が振り下ろした青い斧が、双方の間に立つ氷の壁をさらに分厚く、高くする。
「……てめえら、この借りは絶対に返すからな! 絶対に、だっ!」
「ああ、どこにいても……必ず探し出す。祓川とじゃイヤだけど、あんたたちとなら楽しめそうだからね」
微かに聞こえた声とともに、三人は城壁の方へと走り去った。
姿が見えなくなった時、明美は膝から崩れ落ちた。
「お、終わった……?」
「づ~が~れ~だ~……死ぬううっ……」
「マジでハードだったな……。夏コミのほうがまだマシだぜ……」
傍らの姫反と深蔵もまた、力尽きたように座り込んでいる。
そこへ、クルトとメイアが駆け寄ってきた。
「ありがとうございました。御三方のおかげです」
「東門のお仲間も、ご無事ですよ」
「ええ、少し休んだら……お仕事の完了報告しにいきますよ」
明美が言うと、姫反と深蔵も笑って頷く。
夜明けを迎えた空には、二頭の黒獅子の旗が翻っていた。




