咆哮、地形の女君【明美】
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明美と深蔵を乗せた白いグリフォンは、グスティア城の外郭を南へ飛んでいた。
楠木が南方向に進んだのを、敵兵の一人が目撃していたのだ。
時折、下を通る敵兵の一団を、深蔵が拘束の魔法で動けなくしていく。
「ほんとに多いな……一〇〇〇そこらはいるんじゃないか?」
「これで舘岡くんたちまで戻ってきたら、本格的に勝ち目ないね……! 急ごうっ!」
なおも楠木の姿を探そうとした時――。
『こちら角……【繋ぎ話すもの】! 東門の制圧を完了!』
角田の声が脳裏に響いた。
二つ名で言い直しているあたり、身内ノリが抜けていないのが丸わかりだ。
とはいえ、今まで【繋ぎ話すもの】を使う相手は明美たちだけだったのだから、無理もない。
『こちら【遺灰喰らい】、西門の制圧が終わった。外廓の北から兵の半分を東門に回す。なんとか持ち堪えてくれ』
『それはいいんだけど、中村……【微風の請い手】がいたんだけど、逃しちゃったの。柚ちゃ……【一心の射手】の矢を受けて手負いではあるけど』
【微風の請い手】――中村楓。
楠木と同様、クラスのカースト中位の女子だ。楠木と分担して見張りについていたのだろう。
『柚ちゃん、応援呼ばれるとマズいからって追いかけてったんだ。門はなんとかするから、柚ちゃんを連れ戻して!』
『こちら【意志の神盾】、了解。柚ちゃんはこっちに任せて。城内にまだ最上位級が三人いるみたいだから、そっちも用心してね。交信終わり!』
「……なんかあったか?」
こめかみから手を離すと、深蔵が心配そうに聞いてくる。
念話に応答する時はこのポーズをすると決めているので、口を挟まなかったのだろう。
「東門もうまくいったけど、柚ちゃんが中村さんを追いかけたって」
「同志・姫反……最上位級がいる中じゃ、あまりよろしくないねえ」
深蔵がぼやくうちに、すでに南外廓の半ばまで来ていた。主棟から見てちょうど真南の位置だ。
「多分、一人は主棟を守るはず。で、二人は分散せずに各個撃破に来るだろうね。来るとしたら……」
言いかけた瞬間――
夜の空気を裂いて、炎の奔流が明美たちに襲いかかった。
さらに上空から、巨大な岩が落ちてくる。
「……【意志の神盾】!」
咄嗟に丸盾をかざし、光を宿す。
グリフォンを上昇させ、あえて岩と衝突するようにして盾で砕くと、下から迫る炎の軌道を逸れてかわした。
「やっぱりこっちかっ! 寛ちゃん、降下っ!」
「あいよっ!」
高度十メートルでの無茶振りに文句も言わず、深蔵がグリフォンから飛び降りる。
そこを狙って、飛沫のような炎弾が飛ぶが、深蔵はすべてを弾き散らした。
深蔵が攻撃をいなす間に、明美も装備を手にして降下。
外廓の道に着地すると、前方を塞ぐように二つの影が立っていた。
茶髪ボブの美少女と、ほとんど赤に近い茶髪をなびかせる長身の美女。
「あっれあれ~? ホントに珍客じゃ~ん。いらっしゃ~い」
明美たちを認めた茶髪ボブが、へらへらと笑う。
しかし眠たげな目と口調の奥に、明確な蔑みの色が宿っていた。
【地恵の女君】――庄山地咲。
クラスのカースト上位でムードメーカーでもあった女子だ。
緑地に銀の刺繍を施した魔法戦衣を纏い、右手には小ぶりな片手半剣を握っている。
「ふぁ……良江から聞いた時には耳を疑ったけど、まさかまた会うとはね」
あくび混じりに言った赤髪の女は、【焦熱の女帝】――塔村火音。寝ているところを叩き起こされたのだろう。
クラスの、そして学年の女王蜂。
赤地に黒の刺繍を施した魔法戦衣に、腰の黒帯。長い脚にフィットしたレギンスが印象的だ。
両手足の拳甲と脚甲は、帯を取っていないと噂された空手の腕前を活かすためか。
「お久しぶり。その恰好、ちゃんと戦うようになったんだね。さすがに怒られたんだ?」
明美が皮肉を返すと、庄山の眦がピクリと震えた。
「そっちも随分カッコいいの着てんじゃ~ん。……で? 散々暴れ散らかした挙句、勝手に出てった奴らが今さら何の用?」
「仕事よ、仕事。自分でお金稼いでご飯食べるって大変なの。仕事サボってご飯食べてた人たちには分からないかもだけど」
庄山の表情がギラつく。
だが口を開いたのは、鼻で笑った塔村だった。
「へえ、そいつはご苦労さんだね。てっきり大好きな祓ちゃんのために骨折りに来たのかと思ったよ」
――結び直した何かが、静かに切れた。
明美は戦槌を背に、盾を前へと構える。
「……ウチら、雇われただけだから」
「今の顔、そうは見えないけど?」
塔村が嘲るように言い、じりりと構えを取る。
「……そろそろ仕事に戻っていい? さっきから邪魔なんだけど」
「そうカリカリしないでよ、室沢。久々に会ったんだから挨拶しただけだってのに……さあっ!」
塔村が両手足に炎を灯した。
しかし飛びかかってくるかと思いきや、次の動きは横跳び。
開けた視界の先にいたのは、両手をかざした庄山だった。
「地脈に棲まいし蛇の神、我が意に従い吠え猛れっ! 界蛇翔烈吼ッ!!」
道いっぱいに緑の光壁が立ち昇った。
周囲の家屋を巻き込みながら、明美たちへと迫る。
(しまった! 詠唱の時間を稼ぐために……!)
一か八か、光の盾を構えようとした時。
「天翔ける星の光よ、我が手に集いて悪しき呪を滅せよ! 拒絶光破ッ!」
深蔵の声とともに白い光が迸った。
立ち昇っていた緑の光壁が一瞬にして散り消える。それを見た庄山が、小さく舌打ちする。
「無駄話しすぎだ、同志!」
背後から深蔵の苛立った声が聞こえる。
おそらく庄山が大技を詠唱していることを察し、自身も打ち消し用の魔法を準備していたのだろう。
「ごっ、ごめんっ!」
塔村との間合いを詰めると、戦槌が微妙に届かない距離から炎が放たれる。
得意の格闘戦は仕掛けてこない。【意志の神盾】の仕様を理解している以上、無難な判断だ。
視界の隅では、深蔵と庄山が魔法で撃ち合っている。
大技をいなされた庄山としては塔村と連携したいところだが、それを見越した深蔵に阻まれているのだろう。
(経験と連携はこっちが上。だけど持久戦になったら寛ちゃんが不利! こうなったら――!)
「錬心錬纏!」
名づけに応じて、鈍色の光が明美の身体を包み込む。
筋力と魔力が膨れ上がる高揚感と万能感が、全身を駆け抜けた。
自身にしか効果がないものの、身体能力を一時的に増幅させる強化魔法だ。
「ふっ!」
一足飛びにすり抜けるようにして塔村の背後を取る。
頭部を狙って振り下ろした戦槌が、塔村の裏拳で防がれた。
「なん、だと……っ!」
(錬心錬纏、効果が切れたら筋肉痛になるんだから……! さっさと倒れてっ!)
戦槌と盾の連撃が雨のように繰り出される。
塔村は防ぐのがやっとといった様子で、戦槌や盾の縁が肌を掠めるたび、着実に傷が増えていく。
「ええい、クソッ!」
塔村が爆炎を駆って間合いを取った、その時――。
「火音、一気に振り切っちゃって……んなろっ!」
庄山が繰り出した大剣を、深蔵が杖で受け止める。
その足元で緑の光が迸るが、一瞬で消えた。
庄山が無言で放った魔法を、深蔵が打ち消したのだ。
「前に出てくるなら、もうちょいケンカの仕方を覚えたらどうかな?」
「てめえ……っ!」
(あ……っ!)
その時――明美はあることに気づき、悟られぬように塔村を追った。
一方、深蔵は切り結んだ距離から不敵に笑う。
「もうひとつ教えてやる。目の前ばかり見てると、足元をすくわれるぞ」
「んだと……」
――言い終える前に、
庄山の肩先に一条の矢が突き刺さった。
「っ、があ……っ⁉」
庄山の身体が傾ぐ。そこへ立て続けに矢が飛ぶ。
側頭は逸れたが、脇腹と腿に突き立った。
「地咲ッ……ぐうっ!!」
塔村が駆け寄ろうとするが、明美が追いつき戦槌を振るう。
その瞬間、深蔵はすでに庄山に向けて杖を構えていた。
「滅却火葬ッ!!」
庄山の全身から、炎が噴き上がる。
さらに――
「……弾けろぉっ!」
もはや姿が見えぬほどの火勢の中、空中から声が重なった。
先ほど命中していた矢が弾け、火だるまになった庄山が吹き飛んでいく。
ややあって、空中からグリフォンに乗った姫反が舞い降りた。
明美も深蔵も、姫反が上空から騎射を狙っていたことに気づき、庄山と塔村の注意を逸らしたのだった。
「ナイスキー! やったね、寛ちゃん!」
「ふはは、そちらもな。同志・祓川の朝飯にプレゼントするとしよう。焼き加減はウェルダンだ」
姫反と深蔵が談笑する中、明美の全身から力が抜けた。
後を追うように痛みが身体を支配していく。強化魔法が切れたのだ。
だがそんな明美を追うことなく、塔村は庄山が飛んで行った小屋へ駆け寄った。
木造の倉庫らしき建屋は、引火こそ免れているものの屋根が崩れ落ちている。
「おい、地咲……嘘だろ? クソ、里緒菜は一体なにやってんだよっ!」
(いや普通に黒コゲでしょ……ウェルダンどころの騒ぎじゃないよ。ていうか【遺灰喰らい】って、死体でも大丈夫なの……?)
よく分からない心配をし始めた矢先――地が震えた。
思わずよろめくほどの揺れに、周囲の建屋がたわんで見える。
「ちょっと、なに……⁉」
「これは……離れろっ!」
「ッ……!」
深蔵の声に、無言で跳び退る。
同時――庄山が突っ込んだ小屋が、内側からめくれるようにして吹き飛んだ。
跡地には、生い茂る新緑のごとき光を纏った庄山が立っていた。
火傷どころか、矢傷すらもきれいさっぱり消えている。
「……やってくれんじゃねえか、オイ」
庄山の荒々しい目つきが明美たちを捉える。
その口調にも視線にも、教室で見せていた明るさは微塵もない。
「なに……あれが素、ってこと……?」
「いや冗談キツいって! 身体の中で魔鏃が弾けたんだよ……⁉」
「祓川が言ってた、颯手の異常な回復力……庄山にも同じもんが備わってるってことか」
庄山がゆらりと前に出た。その様子に、塔村が苦笑する。
「あはは。地咲の激怒、久々に見たね」
「っせえわ。オメエもちっとはマジメに戦れよ」
「真面目にやってたさ。でもこっからは――真剣で戦る」
笑みを消した塔村の身体が、炎を纏う。
姫反と深蔵が身構える。明美もなんとか立ち上がると、目線だけで主棟を見た。
(しぶとい……っ! 祓ちゃん、急いでよね……!)




