白妙の武技【零仁/明美】
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風にざわついていた夜の森が、徐々に静かになっていく。
やがてあたりが静まり返ると、零仁は木々の隙間から夜空を見上げた。
(風が止んだ……。輝良、やったのか?)
夜陰に乗じて森に入った後も、グスティアの方から吹く風は止むことがなかった。
颯手に見られている感じはしなかったが、「【業嵐の魔女】がいる場には不自然な風が吹く」というのは、兵たちの間でも有名らしい。
(あの颯手が、死んだ? たしかにエレインさんにドリーさん、アンリさんもいるけど……)
心の奥底で、何かが欠けたような気がした。
この手で殺してやりたかったのか。それとも斬り捨てきれない、かつての慕情か。
そんなことを考えていると――。
『……リカルドだ。【武極大帝】とお仲間が釣れた。あわせて七人だ』
脳裏にリカルドの声が響く。
角田の能力、【繋ぎ話すもの】の念話によるものだ。
(案の定、舘岡が出たか。まあ輝良たちがいるのは逆方向だし……リカルドさんが囮をやってくれれば、そっちに気づくことはねえだろう)
念話できる人数は、術者である角田が手を触れた三人まで。ここに角田自身を加えた四人が念話を行える。
本当は輝良かエレインも繋ぎたかったのだが、「連携が命なのだから城攻略の部隊を優先すべし」というエレインの進言により、泣く泣く断念した。
『【意志の神盾】、了解。作戦を開始します』
『【遺灰喰らい】、了解。こちらも配置済み、いつでもいける』
続いて聞こえてきた室沢の声に、零仁は念話で応答する。
グリフォン部隊がいるのは、零仁たちより少し西寄りの森の中だった。
分担して西門と東門に飛び、室沢と深蔵が西門を開けて零仁たちを引き入れる算段だ。ちなみに姫反、角田、小櫃は東門の封鎖担当になっている。
『リカルド、了解した。あまり時は稼げそうにない……急げよ。交信終わり』
念話が途絶えると、零仁はアリシャたちに顔を向けた。
「騎馬のほうに敵が食いつきました。予定通りっす。あとは速さ勝負ですね」
「ええ、ひと息に主棟を制圧しましょう」
頷くアリシャの脇を、クルトとメイアが固める。
背後には無傷の精兵を中心にした約五〇〇名。役割は主棟、つまり通信想石室の奪取である。
単にネロスとの連絡手段を絶つだけなら、姫反と深蔵あたりを主棟の上空に行かせて、通信想石室を破壊してしまうのが手っ取り早い。
だが城主であるリカルドが、通信想石の価値――王都の屋敷を土地つきで買えるほどの代物――を理由に難色を示したのだ。
(さあて……最初が大事だぞ。頼むぜ、室沢)
仰ぎ見れば、ちょうど三頭のグリフォンが夜空を横切っていくところだった。
◆ ◆ ◆ ◆
明美たちを乗せたグリフォンは、夜風を切って城壁へと近づいた。
暗闇に紛れるとはいえ、グリフォンは巨体だ。見つからぬよう、できる限り高度を上げて飛び続ける。
『こちら【意志の神盾】、城の上空に到達。始めます』
『【遺灰喰らい】、了解』
姫反のグリフォンと、小櫃と角田のグリフォンが東へ飛んだ。
それを見届けて、明美は背後の深蔵を肩越しに振り返る。
「行くよ、寛ちゃん」
「オーケー、同志。我らの絆を見せてやろうじゃあないか」
「見せつけられるような絆、あったかなあ~……」
小声で軽口を交わすと、明美はグリフォンをひと息に急降下させた。
城壁まで目測二十メートルほどの距離に迫ったところで、ようやく兵士の一人が気づいた。
「な、なんだあれっ⁉」
その声に、他の兵士たちも一斉に空を仰ぐ。
「ま、魔物っ!」
「いや、人が乗ってるぞ!」
「グリフォン騎手……⁉」
「伝令を出せっ! 最上位級の応援を――」
冷静な声が上がり、数人の兵士が動こうとした時。
「我想う、無間の闇の深きを知れ! 深淵呪蝕!」
深蔵が放った魔法によって、兵士たちの影から無数の黒い手が伸びる。
悲鳴を上げる間もなく、影の手が兵士たちの身体を貫き、引きずり込んだ。
その間に、明美はグリフォンを着地させている。小ぶりな戦槌と丸盾を外せば、準備完了だ。
「よし、お行き!」
白いグリフォンが一声鳴き、夜空へと舞い上がる。
騎乗して戦えれば理想だが、ふわふわと浮く身体の上でバランスを取りながら戦うのはまだ難しい。長柄の得物も持ってきていないので、今回は運搬役と割り切る。
「機械室は門の脇、行くよっ!」
「承知だ、同志っ!」
背の杖を構えた深蔵とともに、手近な階段を駆け下りる。
正面の回廊では、兵士たちが盾を前に押し出し、二人を待ち構えていた。
「ここで耐えろ、応援が来るまででいい!」
「ええい、他の連中は何をして――!」
「……影霊疾駆ッ!」
深蔵の足元から奔る黒い影。
触れた兵士たちの身体が切り刻まれ、あっさり血の海に沈んだ。すでに城壁下まで、動く敵兵はいない。
「さっすが【魔究隠者】!」
「ふはははっ! 城壁の上は掃除しておく! さあ、行くがいいっ!」
芝居がかった口調の深蔵の能力は【魔究隠者】。
すべての属性に適性を持つ上位級能力である。
特定の属性を極める最上位級ほどの魔法は使えないが、防御や回避が難しい光と闇の魔法を扱えるのは大きな利点だ。
(でもよく考えたら、適性もなしに闇の複合属性を使えてる祓ちゃんって一体……?)
そんなことを思いながら、階段を駆け下りた――その時。
「……地精怒槍!」
眼下から声がした。同時に、鋭い岩槍が飛んでくる。
「【意志の神盾】!」
能力の光を宿した丸盾に、岩槍が当たって砕け散った。
本来なら衝撃があるはずだが、わずかに当たった感触が残るのみ。
声のした方を見れば、ローブを着た小太りな女子が、明美に向けて手をかざしている。
周囲には十人ほどの兵士たち。装備がまちまちなあたり、傭兵か小領主の部隊だろう。
(【岩土を識るもの】……楠木さん!)
名を思い出した時、楠木の顔が驚きに代わった。
「室沢……⁉ なんでこんなところに……!」
「……楠木さん、退いて。別にあなたと殺し合いをしに来たわけじゃない」
能力の等級は、身体能力の向上度合いに影響する。
楠木の【岩土を識るもの】は中位級。対する明美の【意志の神盾】は上位級。
(普通に考えたら、勝ち目ないことくらい分かるはず。お願い、退いて……!)
だが予想に反して、楠木は明美をじろりと睨みつけた。
「そうやってさ……いつも、いいとこ掻っ攫ってくよね」
「……え?」
「前に立って、えらそぶって! 結局、割りを食うのはあたしらみたいなタイプじゃんっ! ダリアの時だってそうでしょ⁉」
「そっ、そんなこと……ここで言うことじゃないでしょ! いいから早く退いてっ!」
楠木はクラスの中ではスクールカースト中位。
顔立ちはややごついが、愛嬌のあるタイプで塔村や庄山たちと仲が良かった。
クラスで悪く扱われていた雰囲気はなかったが、本人の反応を見る限り、どうやら表面上だけだったらしい。
「火音たちは主棟で寝てんのに、あたしら寝ずに見張りだよっ⁉ 何事もなければ静かに過ごせると思ったのに……あんたたちのせいだよっ!」
楠木は目を剥いて、さらに言い募る。
「てか、ここにいるってことはまだ祓川くんの味方してるんだ? ハンッ、仲良かったもんねえ~!」
「祓ちゃんとは別にそんなんじゃ……!」
「でも里緒菜と両片想いなの、みんなでイジってたから手出せなかったんでしょ⁉ ここぞとばかりにすり寄っちゃってさあ! 学級委員長サマのクセして、いい気なもんだよねえっ!」
心の奥で、何かがふつりと切れた。
(別に、別にっ、ホントそんなんじゃないけどっ……なんか、ムカつくッ!)
「さっさとくたばんなよ……模範生っ!!」
楠木も頭に血が上っているのか、詠唱も名づけもなしに岩の槍を連射してくる。
だが明美は応じず、丸盾を前に構えた。
「【意志の神盾】!」
光を宿した丸盾が、立て続けに飛んでくる岩の槍を弾き散らす。
階段を駆け下り、ひと息に楠木へと肉薄した。
「あ……っ」
「邪魔……っ!!」
丸盾の縁を、楠木の顔面に叩きつける。
二度殴りつけた後、盾の全面を押しつけるように突き出した。
「神盾――強撃!!」
盾がぶつかった瞬間、光が前方に広がる。
楠木の小太りな身体が、風に舞う木の葉のように吹き飛んだ。
しばし空を舞ったのち、目測数百メートルほど先にべしゃりと叩きつけられる。
「……あとで祓ちゃんの夜食にしてあげる」
誰ともなしに呟くと、周囲で怯えきっていた兵士の一人に目を向けた。
「城門を開けて」
「ひ、ひいっ! た、頼むっ! お願いだから……」
「……早くっ!」
「はっ、はいいいっ!」
兵士が小屋に駆け込んで、しばらく後。
グスティア城の西門が、重い音を立てて開き始めた。
* * * *
城門が開き終わると、真っ先に零仁の灰馬とアリシャの白馬が駆け込んできた。
「お疲れ。おかげで仕事しなくて済んだよ」
「鮮やかなお手並みです。さすが【遺灰喰らい】の盟友ですね」
騎兵たちが次々と入ってくる中、二人の労いに微笑みを返す。
ふと見れば、深蔵もいつの間にか城壁から下りてきていた。
「……城壁上の掃除は終わりました。殺すのも面倒なので拘束で済ませてます。領主らしき者も何人かいましたし、話してみてはいかがですか」
「ありがとう、助かります」
その言葉を聞くなり、アリシャが数人の者を引き連れて城壁の階段を上っていく。
味方に引き入れるつもりなのだろう。
直後、零仁が明美たちに渋い顔を向けた。
「しかし思ってたより数が多いな。さすがに敵さんも予想していたらしい」
「そうだね。それに楠木さんたちも守りに……って、ああっ⁉」
目を転じた先――倒れていたはずの楠木の姿が、どこにもなかった。
「まずい……主棟に最上位級がいるって言ってたんだっ!」
「クソッタレ、やっぱり城内に残ってやがったか」
「祓ちゃん、ここの制圧お願いできる? 落ち着いたら兵士の半分を東門に!」
「それはいいが、室沢はどうすんだ?」
「ウチと寛ちゃんは楠木さんを追う。ついでにちょっと掃除してくるよ」
「颯手は多分、輝良たちが狩った。舘岡は城の外。残りの最上位級がいるとすれば他の三人だ。見つけたらすぐに知らせてくれ」
零仁がそこまで言ったところで、明美は強く頭を振った。
「ううん。祓ちゃんはここが落ち着いたら主棟に向かって。ウチら外廓の南側を行くから、北を回って」
「でも最上位級を生かしておいたら……!」
「城さえ落とせば袋のネズミだよ。今はお城が最優先!」
零仁は少し面食らったようだったが、すぐにへらりと笑って見せた。
「室沢に言われちゃな……分かったよ」
「塔村さんたちを見つけたら、すぐ呼んでね。必ずだよ?」
「へいへい」
面倒くさげなその姿は、学生の頃と何も変わらない。
苦笑を返して、グリフォンの笛を吹き鳴らす。
(ホントにそんなこと、ないんだから。ホントに……)
楠木の言葉に心の中で反発しながら、明美は舞い降りた白いグリフォンに跨った。




