堕ちたる光【里緒菜/輝良】
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かがり火もない夜の野営地に、鬨の声がこだました。
天幕から飛び出してきた兵士たちが、里緒菜へと押し寄せてくる。
「かかれえっ!」
新治の合図で、周囲の夜陰からも兵士があふれ出た。魔法で気配を消していたのだろう。その数、一〇〇は下らない。
兵たちの装備は不揃いな防具に得物のみ。ほとんどが負傷者だ。だが里緒菜を見つめる視線は、殺意と復讐の念に輝いているように見えた。
(そうだよねえ、そのくらいはあるよねえっ!)
サーベルを構えて走り出す。
先頭の兵士が繰り出してきた槍の穂先を斬り飛ばし、返す刃で腕を斬る。
「ぎゃあああ……っ!」
(そんなんで最上位級を殺れると思わないのっ!)
うずくまった兵士を踏み台にして宙へ舞う。
見上げるだけの兵士たちの首を、サーベルの横薙ぎで斬り散らした。
「ひいいっ……!」
「なんだこいつっ……!」
「つ、強すぎるっ!」
「おい、魔法封じたんじゃ……!」
兵士たちが恐れおののくのが、目に見えて分かった。
恐怖は伝染し、味方を呑む。中には露骨に背を向ける者までいる。
(ほらほら逃げてもいいよおっ⁉ でなきゃ殺っちゃうからあっ!)
目の前の屍を蹴り上げ、ふたたび中空へ。空で舞うようにサーベルを繰り出す。
新治の顔がこわばるのが、たしかに見えた。
(意外でしょ! あんたと違ってねえ……私、最上位級なのよっ!)
サーベルを振るいながら、ほくそ笑む。
最上位級能力の保有者は、身体能力が大幅に向上する。
さらに【業嵐の魔女】の場合、能力そのものに身体能力の補正があるのでは――というのが、バルサザールたちの見解だった。
(能力向上系の能力は、身体能力の強化も含む……だっけ⁉ まったく、いいもの貰ったよねえっ!)
たしかに魔流封刻により、魔法は使えない。
それでも普通の兵士くらいなら、身体能力と剣技だけで圧倒できる。
所詮は敗軍の悪あがき。少し斬り散らしてやればすぐに逃げを打つ。
(それにね、新治……! あんたはひとつ思い違いをしてるっ!)
兵の首を斬り飛ばしながら、身体の中で魔力を巡らせる。
身体の中に蓋をされた感覚は以前と同じ。しかし今、体内を巡る魔力は渦を巻き、勢いを増していた。
体感あと一分足らずで、魔力を発現できるようになる。
(あんたの魔流封刻、魔力の発現を止めるだけなんでしょ! 体内の魔力の流れまでは止められない……!)
以前ダリアの森でこの魔法を受けた時は、体内の魔力を操り暴発させることで千里眼の魔法を発現させた。
あの経験から、“対象を中心とした範囲において魔力の発現を停止させる魔法”だろうと、見当をつけていた。
おそらく新治自身の膨大な魔力を以て、対象の周囲に魔力の発現を阻害するフィルターを張る――といったところだろう。
(だったら簡単! 体内で魔力を循環させて、一気にブチ抜けばいいっ!)
新治は魔流封刻の効果が切れる前に、数の暴力で決着をつけるつもりだ。
だが想定より早く魔力が発現すれば、その目論見は瓦解する。
(あんたは私を侮った……! 底辺の女が、私の獲物を掻っ攫おうなんて……百年早いのよっ!)
すでに斬り捨てた兵士は五〇を超えていた。
新治への進路が、わずかに開く。
ひと息に駆け抜けようとした時――闇から溶け出るようにして、褐色の巨漢が迫ってきた。
(早いっ! 転移者……っ!)
振り下ろされた細長い大剣を、すんでのところで受け止めた。
ずしりとした重みのある一撃が、直感を裏付ける。
受け流すようにしてすり抜けた瞬間、正面から飛んできた矢を躱す。
いつの間にか新治の背後に、弓を構えた金髪の白人男性が立っていた。
(褐色の男と、白人の弓手……! たしかノトゥン砦の守備隊……!)
「【槌頭】、ドレファス・マーカム! グランス公の仇、討たせてもらうっ!」
「【剛き針】、アンリ・レ・ムーラン! 【業嵐の魔女】、覚悟っ!」
二人の転移者が名乗りを上げた時。
里緒菜の中を渦巻く魔力が、臨界を迎えた。
(大層な人たち引っ張ってきたねっ! でも、もう遅いっ!)
「……風よっ!」
内なる魔力を解き放つ。
黄金の光が風となり、夜天に轟と唸りを上げた。
なびく黒髪が黄金色へと変わり、風を顕す。
「チイッ! やらせん……っ!」
「風、我が想いを以て翼となれっ! 翔風翼想ッ!」
取り巻く風を纏い、【槌頭】の一撃を搔い潜る。
そこに放たれた【剛き針】の矢を、サーベルで斬り散らす。
強化魔法を使った今なら、どうということもない。
(矢を番える前、今……ッ!)
「我が身、想い纏いて馳せ駆けん! 颶風纏移ッ!」
風に乗って、ひと息に距離を詰める。
目指すは新治の眼前。この距離なら、仮にまた魔流封刻を使われても新治も巻き込まれる。刃を躱す術はない。
(魔法は消されるかもだけど、剣なら殺れる……ッ!)
頼みの綱の【槌頭】は数メートル先。
【剛き針】の矢も間に合わない。
(終わりよ、新治ッ!)
サーベルを振り上げた瞬間。
車椅子に座っていた黒髪の女が手をかざした。
その足元から、七色の紋様が広がる。
「万華魔陣――魔力吸収」
紋様が回転し、形を変えた。
途端、身体から力が抜ける。
(魔力がなくなって……⁉ 違う、吸われた……でもっ!)
迷うことなくサーベルを振り下ろす。
強化魔法の効果は続いている。【剛き針】が矢を番えた時には、新治の頭はざくろのように割れている――はずだった。
だがその時、ふたたび紋様が回転し、形を変えた。
「万華魔陣――魔力補充」
手をかざした先には新治。その身体が透明な光に包まれる。
サーベルの刃が、光に弾かれた。
「なっ……!」
思わず声が出る。
硬いものに弾かれた感触ではない。なにか柔らかなものに受け止められたような手応えとともに、刃が押し戻された。
(まさか、私の魔力を使って……!)
新治が羽扇を構える。まっすぐに、里緒菜に向けて。
「星眼刻視、【業嵐の魔女】……!」
(二発目……っ!)
「岩礫砲撃!」
刹那。
里緒菜を囲むように、無数の石礫が現れた。大きなものは拳ほど、小さなものは道端の石ころ程度。
そのすべてが、里緒菜に向けて放たれる。
「が、っ……ああっ!」
纏った風を突き抜け、身体のいたるところに衝撃が走る。骨が砕ける音が聞こえる。直後に押し寄せる痛みが、五感のすべてを支配していく。
「っ、ぐううっ……! あああああっ!」
次の瞬間、【剛き針】が矢を放つ。
身をよじって急所を外す。だが肩先と脇腹、右腿を貫かれる。
さらには新治の背後から、俣野が飼っていた魔狼が躍り出た。真っ赤な瞳は、里緒菜の喉元に注がれている。
(これ、以上は……っ!)
あと一歩。手を伸ばせば、首を絞められそうな距離。
だがその一歩が、途轍もなく遠い。
「風よっ……! 颶風纏移ッ!」
逆側に風を吹かせ、中空へと逃れる。
振り向くが、追ってくる気配はない。
(こんな、こんなことって……!)
露出した脚の肌は赤く腫れあがり、血が流れていた。
風の加護のおかげか痛みは和らいでいくが、突き立ったままの矢から力が抜けていくような感覚がある。
(矢を、抜かないと……!)
矢を抜き、風を浴びれば勝機はある。
激痛を覚悟して矢に手をかけた時、すべての矢傷が赤く光った。
火を顕す、赤い色。
(まさか、魔鏃の矢……!)
崩されたネロスの城壁が脳裏をよぎる。
対魔法の式句を施された壁を崩すほどの矢を、人の身に打ち込んだとしたら。
「しまっ……」
――言葉が終わる前に。
里緒菜の視界を赤い光が埋め尽くした。
◆ ◆ ◆ ◆
黄金色の光が、夜空にまたたく。
それはしばし輝いていたが、やがて流星のように軌跡を残して散った。
周囲に暗闇が戻ると、輝良は大きく息を吐いた。
「ふ、ふひぃぃ~……あ、危なかったあ~ぁ……」
脚から力が抜け、その場にへたり込む。
すると隣に、エレインが車椅子で寄ってきた。
「お疲れサマ。よくやったわネ」
「いえ、こちらこそ……ありがとうございました。エレインさんのおかげです」
「考えたのはあなたよ。まったく、大したものネ」
エレインが笑うと同時に、ガウルが労うように頬を舐めてくる。
生き残った兵士たちは半分ほど。
もし敵う見込みがなければ、身の安全を第一に――そう指示したのが奏功したのだろう。
その中をかき分け、ドリーとアンリが近づいてきた。
「やったなあ、テラ! 大金星だ!」
「見事な差配だった。正直……魔法を封じれば、兵たちとボクらで終わると思ってたんだがね」
「なにせ【業嵐の魔女】ですから。どんな手を使ってくるか分かりませんでしたし。魔流封刻を破られるのは、何となく予想してましたけど」
ダリアの森で魔流封刻を撃った後も、吹き抜けた風に颯手の魔力を感じた。
どんな方法を使われたかは分からないが、あの時点で魔流封刻を破られるのは予想していたのだ。
(分かってたよ、魔流封刻の弱点を見破るくらいは。だってそうじゃないと、颯手さんらしくないもん)
なにをどうしたところで、颯手を仕留めるには数手かかる。
対する颯手は、一手通せば終わりだ。
相手の手番が分からない以上、ギリギリまで引きつけたところで仕留める以外、方法はなかった。
(敵にお礼を言うのも変だけど……ありがとう。相手があなたじゃなかったら、きっと攻撃魔法は撃てなかった)
――相手を傷つけることへの恐れが、攻撃魔法の行使を邪魔している。
在りし日のグランスは、そう言っていた。
零仁を守り、添い遂げたい。 そのために颯手という恋敵を排除する。
想いを軸にするのは賭けだったが、何となく感覚をつかめた気がする。
(想いは力になる、か……。あれ、ひょっとしてわたし、結構イヤな女かなあ?)
そんなことを考えていると、アンリが口を開いた。
「……それはそうと! ボクらの努力の結晶たる、あの戦絵に名をつけねばならないっ! 題名はそう――明けの明星! どうだい?」
誇らしげに言うアンリに、輝良は微笑みかけた。
「もっといいのがありますよ――堕ちたる光」
するとドリーとエレインが同時に笑った。
「あら、テラのほうが素敵ネ。センスあるわ」
「いいね、いいねぇ! オレもテラに一票だっ!」
「なっ、なんてことだ……っ! しばしお待ちを、その上を行く題名をっ!」
「今回は諦めろよ、相棒。芸術に挫折はつきものだぜぇ?」
アンリの肩を叩くドリーをよそに、輝良は東の空を見つめた。
夜更けからしばらく経っているはずだが、未だ空が白む気配はない。
(レイジくん、やったよ)
グスティア付近の森に伏せているであろう、想い人に語りかける。
距離が離れているせいで、脳裏に浮かぶ【星眼の巫女】の夜空に零仁の星はない。
(ねえ、颯手さんのこと知ったら……あなたは、どんな顔をするの?)
想いを投げかけても、当然応える者はいない。
風が止んだ丘の上で、輝良はしばし夜空の星を見つめ続けていた。




