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風荒ぶ夜に【里緒菜/輝良】

お読みいただき、ありがとうございます!

 グスティア陥落から一日。

 その夜、里緒菜は方々に偵察を走らせこそしたが、あとは主棟のホールで穏やかな時間を過ごしていた。


(はぁぁ~……気兼ねすることがないって、いいわぁ……)


 応接用のソファに身を沈め、天井画を見ながら暖かい茶を楽しむ。

 級友たちもそれぞれ、思い思いの形でくつろいでいた。


 バルサザールの目がないのは、異世界に来て初めてのことだった。しかも場所は実り多きグスティア。旧王派が物資のほとんどを置いて逃げたため、食べ物には事欠かない。


(羽伸ばすにはちょうどいいけど~……問題は零仁くんだよねえ)


 先ほど、ゼフィル砦に向かわせた偵察が戻ってきた。

 曰く、旧王派の盟主と目される少女が演説し、兵士たちが熱狂していたという。落ち延びて合流した兵の数も膨れ上がっているらしい。


(絶対、何か仕掛けてくるよね~。あれで終わるわけがないし)


 窓からかがり火に照らされた城壁を眺めていると、ホールの扉が開いた。

 飛び込んできたのは軽装の兵士。装備からして伝令だ。


「で、伝令っ! 城の西部に騎兵多数っ! 軍装から、鷹騎士団(アードラ・リッター)と思われます!」


「もう来た……!」


 気だるげな級友たちを尻目に、主棟の外へと飛び出す。

 すでに報告は城内に伝わっているらしく、遠巻きにざわめきが聞こえてくる。


「……風、我が意に従い空を翔けよ。汝が触れたすべてを我に示せ! 風天瞳想(ウィンディ・シーカー)!」


 風の千里眼を発動し、西へと駆けさせる。

 敵勢はすぐに見つかった。グスティアの西――城郭を囲む森から数キロの地点に、鷹の軍装を纏った一団が集結している。


(数は一〇〇〇……いや、一五〇〇ってとこかな? 人も馬もよくこれだけ生きてたねぇ)


 さらに後方に目を向ければ、歩兵五〇〇ほどが騎兵たちの通った跡を辿るように行軍していた。兵種も装備もまちまちで、ほとんどが負傷者。だが皆一様に、目が爛々と輝いている。


(士気が高いのは盟主(オヒメサマ)の演説のおかげかな? それはいいとしても……)


 敵勢、この時点でざっと二〇〇〇。

 他の部隊は見当たらず、例の盟主や零仁の姿もない。


(なんで昨日の今日で、しかもこの面子でケンカ売ろうと思うわけ……? 零仁くんがいるとしたって、どう足掻いても勝ち目なさそうなんですけど)


 対する新王派のグスティア守備隊はおよそ二五〇〇。

 勝ち戦のおこぼれを狙って、砂糖に群がる蟻のように寄ってきた周辺の小領主や、元旧王派の領主たち。ここに里緒菜たち傭兵部隊が加わる構成だ。


 転移者は里緒菜たち以外にはほとんどいないが、最上位級(ハイエンド)は全員健在。上位級(ハイクラス)は榊原こそバルサザールに同行しているものの、他の面々は城に駐留している。


 領主組は練度も装備も期待できないが、グスティアに籠って強化魔法でもかけてやれば差し当たり問題はない。


(ハゲとバラおじがいないのがバレた……? ううん、それはない。仮にそうだとしても、この数で城を攻める理由にはならない)


 バルサザールとダグラスがグスティアを離れて、まだ一日そこら。旗の類もそのままにしてある。

 まして敵方は、兵をかき集めるので精一杯だったはず。情報を探る余裕があったとは思えない。


(城を知り尽くしてる元の主が、こんな数で攻めるなんてありえない。今見えてる連中は間違いなく……囮)


 グスティア城は堅牢だ。

 敵が迫っている裏門は見た目こそ地味だが、堀も跳ね橋も、質は正門と同等だった。騎兵中心の部隊で攻略することなど、まず不可能。


 零仁が生きて情報を持ち帰った以上、最上位級(ハイエンド)が健在なのは敵方も承知しているはずだ。見つかることが容易に想像できる、主棟の隠し通路を使うのも考えづらい。


(本命は多分、夜陰に紛れて森に潜んでる。零仁くんがいるならそっちだけど……騎兵を放置もできないか)


 そこまで考えをまとめた時。


「……【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】殿、こちらにおられましたか」


 年季の入った声に振り向くと、全身鎧で身を固めた白髭の壮年が立っていた。

 ――【衝波反剣(リパルス・ブレード)】、ディエゴ・ラングストン。

 バルサザールからグスティアの留守居を任された転移者だ。


 後に続いて、身づくろいを終えた級友たちがどやどやと現れる。


「ちょうどディエゴさんも降りてきたとこだった……どうするよ、指揮官殿」


 先頭の舘岡が進み出て、ディエゴと並ぶ。

 その様子に、ディエゴがわずかに眉をひそめた。


「私は主棟から指揮を執ります。転移者部隊(そちら)の差配はお任せしますぞ」


「は、はあ……分かりました」


 ディエゴは城を預かる留守居として、形式上は里緒菜たちの上官に当たる。

 だがその能力(スキル)中位級(ミドルクラス)。戦力的には、最上位級(ハイエンド)の舘岡のほうが圧倒的に上だ。


 とはいえ舘岡も、指揮官である里緒菜を一応は立てる。

 昨日顔を合わせたばかりのディエゴも、【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】を討ち取った功績を知ってか、何かと気を遣ってくる。

 舘岡もディエゴも、互いの立場をわきまえているからこその態度だった。


「亮平、馬に乗れる人たちと一緒に外の騎兵をお願い。別働で城に仕掛けてくるヤツらがいると思うから、他の人たちは城で迎撃させる」


祓川(あいつ)は外にいるのか?」


「多分、城に仕掛けてくる方だけど……さっさと騎兵のめして、戻ってくれば良くない? ほっといて横槍入れられても嫌でしょ」


「ヘッ……行くぞ」


 舘岡は鼻を鳴らし、馬に乗れる者たちを引き連れて外廓へと去っていく。男子全員と、薙刀を得物とする守口の計七名。

 残ったのは里緒菜たち魔法系の最上位級(ハイエンド)四人と、魔法を得手とする中村、楠木。ここに徳永を加えた計七名だ。


(中村ちゃんと楠木が外壁、最上位級(ハイエンド)組は零仁くんが来た時のために外廓。ブー子は防衛戦じゃ役に立たないから放置、っと……)


 各々に配置を伝えて、ふたたび千里眼の魔法で城の西側を見る。

 早くも先遣の騎兵隊との戦端が開いていたが、ここはさすがに敵が優勢。

 だが舘岡たちが戦線に到着すれば、一蹴できるだろう。


 森の中は夜の闇と木々に阻まれ見えないが、それ以外に気になることは――


(……ん? あれ、なんだろ?)


 ――あった。

 騎兵隊の戦場からやや南西。小高い丘の上に、見覚えのある姿があった。

 藍色の道服に黒い羽扇、眼鏡をかけた黒髪ボブカットの少女。

 その隣には、車椅子に座った黒髪の女。


新治(アバズレ)……なんであんな場所に? たしかグスティアの城主の奥さんが、車椅子だって聞いたけど……)


 丘の上は開けていて、新治の周囲には天幕がいくつか並んでいる。

 城に攻め入る前に馬を休めるには、ちょうどいい位置だ。


(あそこに集合してきたのね。で、機動戦ができない二人が残された、と)


 周囲に他の敵兵の姿はなかった。

 無理もない。乾坤一擲の大勝負、動ける者はすべて城へ向かっているだろう。


(え、ひょっとしてこれ……チャンス?)


 脳裏に、じわりと熱が広がった。口の端が吊り上がる。

 零仁は城の攻略部隊にいるはず。騎兵隊が駆けつけるにも距離がある。

 風の移動魔法で強襲すれば、援軍は間に合わない。


(あの場所なら魔法ですぐ戻れる! 今ならノーリスクで……あの新治(アバズレ)()れるッ!)


「……【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】殿?」

「里緒菜?」


 声の方を振り向けば、ディエゴと波留が不安げに視線を寄こしていた。

 よほど危うい顔をしていたのかもしれない。


「波留……ここをお願い。ちょっと敵の後ろを荒らしてくる。すぐ戻るから」


「えっ⁉ ちょ、ちょっと待ってよ!」

「まだ始まったばかり! 後背を断つのは、城への攻撃部隊が現れてからでも……!」


 波留とディエゴの声には応じず、風の移動魔法で城壁を越える。

 そのまま一気に外へ飛び出した。


(今日こそ終わりよ、新治(アバズレ)。あんたは私が……この手で殺すっ!)


 ◆  ◆  ◆  ◆


 その頃。新治(にいはる)輝良(てら)は、風荒ぶ夜の丘に立っていた。

 周囲にはいくつかの天幕があるが、視界の中に兵士たちの姿はない。


「かかってくれるでしょうか」


「あなたの言う通りの女なら、確実にかかるわ」


 隣で車椅子に座るエレインが、ころころと笑う。

 歳は四十に近いはずだが、二十代半ばと見紛うほどの美貌だ。

 リカルドとの間に十五になる息子がいるらしいが、とてもそうは見えない。


「それにしても……殿方を取り合って、なんて。お若い人たちはいいわネ」


「殺し合いになることは、否定しないんですね」


「こんな世界だもの。男をかけて女同士が決闘なんて、ままある話よ。戦場で事を構えたのは、私も初めて見たけどネ」


 エレインと軽口を交わしながら、輝良は東の空を見つめる。

 標的である颯手里緒菜は、移動魔法で飛んでくるはずだ。


 そもそもこの奇策は、グスティアで生き残った兵士の証言から始まった――。


『――複合属性の陣形魔法で拘束、か……』

『――たしかにそれじゃ、【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】でも動けないかもな』


 グランスの最期を目撃した兵士の話に、輝良と零仁は舌を巻いたものだった。


『――各個撃破ができればいいんだが……級友(やつら)、それをさせねえようにしてるからな』

『――最上位級(ハイエンド)の四人で囲んで使ってたんでしょ? 同じ場所に四人を揃えなければいいのよ』

『――俺を警戒してる。間違いなく、固めて運用してくる』

『――そうだろうね。だから……もう一手、打とうと思うの』

『――もう一手って、どうする気だ?』

『――ふふっ、最初の時と同じだよ。わたしが囮になればいい』


 当然、零仁は猛反対した。

 危険であることを差し引いても、対最上位級(ハイエンド)の切り札である星眼刻視(ステラ・リンク)を持つ輝良を囮にするのは大きな賭けだ。

 だがエレインが賛同し、グランスの仇を討ちたいと願う者たちがこぞって参加を申し出た。


 ――かくして、【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】をおびき出す埋伏の計が実行に移された。

 周囲の天幕には、参加を希望した兵士たちが伏せている。颯手の千里眼に見破られぬよう、エレインによる視界遮断の魔法まで施されていた。


(さあ、来て……!)


 そう願った時、夜空に黄金の光が閃いた。

 グスティアから飛び出したそれは、みるみるうちに近づいてくる。


(そうだよね。見過ごせるはず、ないもんね)


 誰ともなしに、口元が笑みに歪む。

 伏せている兵たちも気づいたのか、天幕の中がざわめき始めた。


(もしあなたが死んだら……レイジくんは喜びながら、ちょっと寂しそうな顔をするんだろうな)


 やがて光は、天幕が張られた陣の外側に降り立った。

 黒髪を風になびかせ、切れ長の瞳を光らせる美女。

 白地に金の縁取りを施した魔法戦衣(マジック・ガーブ)を纏い、手には銀色に輝くサーベル。


 【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】――颯手里緒菜。

 その顔には、負けるなど微塵も思っていない余裕の笑みが浮かんでいる。


(見てると分かるんだ。レイジくんの中には、まだあなたがいる。それが……たまらなく怖い)


 眼鏡を外し、颯手を見据える。

 黄金の風を纏った颯手がサーベルを構える。

 このままいけば、颯手は一足飛びに輝良へ迫り、刃を振り下ろすだろう。


(だからごめんね、颯手さん。あなたは、わたしが……ここで殺す!)


星眼刻視(ステラ・リンク)、【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】――魔流封刻(ステイシス)ッ!!」


 輝良が羽扇を振り下ろすと同時。

 天幕に伏せていた兵たちが、颯手へと一斉に襲いかかった。

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