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黒炎の旗

お読みいただき、ありがとうございます!

 零仁たちが部屋を出て間もなく、扉が開きアリシャが姿を現した。

 すでに防具を装着し、片刃の大剣を佩いている。


「アリシャ様……!」

「もう、よいのですか?」


 不安げに尋ねるメイアとクルトに、アリシャは静かに頷いた。


「ええ、心配かけました。行きましょう」


「行くって……どこへですか?」


「もちろん、リフェル様のところよ。策の説明は任せたからね」


 きょとんとする輝良に微笑みかける。

 やつれた顔ではあるが、先ほどまでの悲壮感はすでにない。


 クルトとメイアを伴い一階に降りると、ちょうどリフェルと旧王派の面々が顔を突き合わせていた。折よく室沢たちの姿もある。


「……アリシャ様?」


 近づくと、リフェルは怜悧な美貌をわずかに綻ばせた。

 ようやく理解してくれたかとでも言いたげな表情だ。


「リフェル様、お願いがございます」


「なんでしょう? 亡命の準備ならば、すぐにでも……」


「いいえ、そうではありません。グスティア城の奪還に、ご協力いただきたいのです」


「グスティアを……奪還、ですって⁉ 一体なにを……!」


 リフェルの顔に動揺が走る。

 すかさずアリシャが視線で合図すると、輝良が一歩前に出た。


「策はあります。そのために、こちらへお越しになる際に連れてこられたグリフォン騎手(ライダー)たちを、一晩だけお貸しいただきたいのです」


「【意志の神盾(ウィル・イージス)】たちを……?」


「はい。彼女たちはあくまで傭兵という扱いだと聞いています。仮に何かあっても、教団の名に傷はつきませんよね?」


「たしかにそうですが……グリフォンは私のものを除けば三頭だけ。実際に操れるのは、女性の三名のみです。この戦力を足したところで、何ができると?」


「空を飛べるというのは、それだけで大きいんですよ。段取りはこうです……」


 ――輝良の説明が終わるころには、旧王派の面々の顔が明るくなっていた。


「いけるのではないか?」

「オレはやれると思いますね」

「ダグラス公がいないなら、なおのこと好機です」

「たしかに、このまま座して死を待つよりは……」


 前向きなざわめきが広がる中、エレインだけが少し離れた場所で静かに微笑んでいた。

 その視線はアリシャではなく、零仁と輝良に注がれている。


(……褒められてる、のか?)


 “不動”の異名を持つエレインに認められるのは、悪い気はしない。

 肝心のリフェルは黙考していたが、やがて顔を上げた。


「たしかに悪くはありません。ですが私の任務はあくまで教主猊下の提案を伝えること。仮に失敗した時にも、アリシャ様を無事にお連れできる保証がなければ……」


「それこそ、ウチ……私たちが護衛につけばいいんじゃないですか?」


 室沢が口を挟んだ。


「グランス公爵は、私たちの命の恩人です。まして、それを討ったのは私たちの学友……。どうか弔いの戦をさせてください。お願いします」


 室沢たちが揃って頭を下げると、アリシャが進み出る。


「この砦には通信想石があります。願わくば教主猊下と、お話させていただけませんか?」


「念のためお聞きしますが、猊下にはなんと?」


 協力の見返りを問う意図だ。

 アリシャは瞑目し、リフェルをまっすぐに見据えた。


「わたくしが王となった暁には……国の繁栄とともに、教えを広めていただきたいと」


 ――体感、わずか三十分足らずの後。

 リフェルと共に、二階の通信想石室へ向かったアリシャが戻ってきた。


 彼女が力強く頷くと、その場の面々は沸き立つ。

 ここに、旧王派とトゥルメイン教団の暫時同盟が成ったのである。


 *  *  *  *


 太陽が西の果てに沈む時分、ゼフィル砦の前庭には落ち延びてきた騎士や兵士たちが集っていた。

 リカルドが急きょ「盟主より発表がある」として召集をかけたのだ。


「結構、増えるもんだな」


「トリーシャの向こうから流れてくる人が少なくないみたい。グランスさんの人望のおかげじゃないかな」


 隣で輝良が説明する。

 今日一日で兵の数は増え続け、今や二五〇〇を超えていた。装備はまちまちで、まともな鎧を着ている者のほうが少ない。


(まあ上等だ。輝良の策なら、これだけいれば十分陥とせる)


 領主のうち戻らない者は去ったか、すでに討たれたか。

 時間をかければさらに増えるかもしれないが、バルサザールとダグラスが不在のこの好機を逃す手はない。


 見守っていると、門の上にリカルドが姿を現した。


「……これより我らが盟主、アリシャ・ウル・ハイエルラント殿下より御言葉がある。我らの今後にまつわるものゆえ、心して聞くように」


 そう告げるとリカルドは退き、代わりに鎧具足を纏ったアリシャが現れた。

 薄化粧を施したその顔に、もはや憔悴の色はない。


「あれが先王様の……?」

「どえらい美人だな」

「俺、初めて見た」

「なんでずっと出てこなかったんだろ」

「そりゃあ、お前……」


 兵士たちのざわめきの中、アリシャが一歩前へ出る。


「アリシャ・ウル・ハイエルラントです。わたくしの姿を見るのは初めての方も多いでしょう。幾多の戦場を生き延び、ここに集ってくださった皆さまに、まずは感謝を申し上げます」


 どよめきが静まった。

 貴族が兵に頭を下げるなど、滅多にあることではない。敗軍の将であればなおさらだ。


「わたくしは島の西部で、ひとりの村娘として育ちました。皆さまが日々感じていた不満や疑問を、わたくしも同じように抱いてきました」


 次第に空気が変わる。

 兵たちは真剣な面持ちで耳を傾け、中には目を伏せる者もいた。


「亡き父王を看取ったグランス公爵より、わたくしには二つの血が流れていると聞きました。この国の王家の血、そして異界の者の血です」


 ざわめきが再び広がる。


「混血者だったのか?」

「だから先王は隠したのか」

「王家の証を見せろ」

「そもそも本当に王女なのか……?」


「真偽を疑う気持ちは分かります。王家に異界の血が混じったことに、不信を覚える方もおられるでしょう。ですが、わたくしに王家の血が流れるのは紛れもない事実です」


 そう言って右手を高く掲げる。

 天に向けた掌から黒い稲光が奔った。


「この忌まわしき御印の力が……それを証明してくれます!」


 夕暮れの朱に、一筋の黒が走る。

 逆さに走る漆黒の稲妻を見た瞬間、ひとりの老騎士が跪いた。


「……ヴィルヘルム陛下……」


 その声を皮切りに、年配の者たちが次々と跪く。

 中には黒い残光に向かって礼を取る者までいた。


「陛下……!」

「あのお力、まさしく陛下の!」

「ぐうっ、ヴィルヘルム様ァ……!」

「まさか、本当だったのか……」

「グランス公のフカシだと思ってたのに……!」


 やがて、すべての兵がアリシャに膝をついた。

 その光景を見ながら、零仁と輝良は小さく笑い合う。


(グランスさん……これはさすがに、ちょっと過保護だったんじゃねえのか)


 税制が決着したら、速やかにアリシャを元の生活に戻す――。

 もしかすると、そんな段取りまで立てていたのかもしれない。


 だが今、門上に立つアリシャに、守られていた頃のか弱さは微塵もない。

 血の為せる業か、決意の強さか。その姿には、すでに王者の貫禄があった。


「どうか顔を上げてください。今やこの力は、血の証明以上の意味を持ちません。ですが父王亡き今、悪しき者どもが専横を極め、(まつりごと)を意のままにしています」


 促され、兵たちが顔を上げる。

 アリシャの言葉に、誰もが息を呑んだまま聞き入っていた。


「わたくしは必ずや彼の者どもを討ち、誠の王として玉座につきます。この世界の者も、転移者も、すべての人が平等に暮らせる国を創るために!」


 徐々に、どよめきが歓声へと変わっていく。

 アリシャは剣を抜き、天へと掲げた。


「無理強いはいたしません。ですが、もし力を貸してくださるというならば……わたくしとともに、王都まで征きましょうっ!!」


 ――ウオオオオオオオオオオッ!!!!

 ――ハイエルラント、万歳ッ!!!!

 ――アリシャ姫、万歳ッ!!!!


 騎士も兵士も、老いも若きも。

 すべての者が立ち上がり、各々の得物を天へと突き上げる。

 その中で、剣を抜いたリカルドがアリシャの横に並んだ。


「まずはグスティアだ! 今夜、奪還作戦を決行する! 次の朝日は、グスティアで拝もうぞおっ!!」


 ――ウオオオオオオオオオオッ!!!!


「……ようし、よく言った」


 沸き上がる兵を見つめながら、零仁は右手に黒い炎を灯した。

 とある形を思い描き、掌を夕空へとかざす。


「そう決めたんだったら……級友(かたき)どもを討つついでだ。道くらいは、作ってやる」


 放たれた炎は漆黒の旗となって、明けの空にはためいた。

 黒い火の粉が舞う中、兵たちの歓声はしばしの間、止むことがなかった。

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