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戦う理由

お読みいただき、ありがとうございます!

 リフェルの提案を聞いた後、アリシャは一旦の閉会を申し出た。

 零仁と輝良が砦の中庭に出ると、室沢たちが屯していた。

 ちなみに小櫃と角田は、零仁が分けた狩りの獲物をグリフォンに食わせることに余念がない。


「お疲れ……会合、荒れたでしょ」


 苦笑を浮かべる室沢の問いに、零仁はため息を吐いた。


「今の状況はだいたい分かった。提案のほうは中々アレだったが……お前ら、傭兵なのに内容まで知ってんのか?」


 すると、姫反が待ってましたとばかりに胸を張った。


「ふふ~ん! 傭兵とは言ったけど、あたしたち結構トクベツ扱いなんだよ? 神剣騎士団(カリバーン・リッター)の団長さんとも仲良くてさ。対になる神盾騎士団(アイアス・リッター)の所属ってことにしてもらってるの」


 その言葉に、輝良が何かを察したように頷いた。


神剣騎士団(カリバーン・リッター)が教圏の治安維持と外交担当で、神盾騎士団(アイアス・リッター)が自治区と巡礼道の警備担当……だったよね。だから機密クラスの話も共有できるわけか」


「最初は内容まで話してもらえなかったけど、ウチらが繋ぎ取る立場なんだから変な提案はできないって交渉したの。傭兵にとって信頼と面子は命だから~、ってね」


 相変わらず弁の立つ室沢に苦笑を返すと、静かに聞いていた深蔵が口を開いた。


「で、荒れたってことは……盟主サマは提案を蹴ったんだな? これからどう動くつもりだ?」


「俺はあの級友(バカども)とハゲをぶっ殺すまで終われねえ。まだやれそうな気はするしな」


 そう言うと、輝良が苦笑した。


「この調子なんだよねえ。退くなんて考えてないみたい」


「グランスさんのことは聞いた。弔い合戦、やるなら手を貸すよ。あの人には世話になったもん。ウチら、扱い上はまだ傭兵だしね」


室沢(いいんちょ)たちが加わるなら、戦えると思う……。あの子たちを使えるからね」


 輝良が視線を向けた先では、グリフォンたちが翼をたたみ、静かに休んでいた。

 その時。


「……いい線ネ。悪くないわ」


 落ち着いた女性の声が、零仁たちの背後から響いた。

 振り向けば、車椅子に乗った黒髪の美女――エレインがいた。


「お疲れっす。軍議はいいんすか?」


 今まさに、教団側の提案を巡って軍議の最中のはずだ。旧王派の智嚢である彼女に声がかからないとは考えづらい。

 だがエレインは、困ったように笑って首を振った。


「空気が湿っぽいから抜けてきたノ。若い子たちの威勢のいい策を聞いてる方が、よっぽど気が晴れるわ」


「へえ。不動のエレインの目から見ても、使える策ってわけですか」


「今は勢いで押し切らなきゃ、どうにもならない時期よ。ただ……問題は、アリシャ様のご意志ネ」


 エレインはそう言って、車椅子をふわりと回転させ、主棟を見上げた。

 魔力(マナ)で制御する車椅子は珍しいらしく、室沢たちが興味津々に眺めている。


「相当、参ってたみたいですね」


 輝良が痛ましげに顔をしかめると、エレインが頭を振った。


「父親代わりの人が死んで、しかも自分のために何人もの人が死ぬ……。もとを辿れば、私たち貴族の都合に巻き込まれただけなのにネ。盟主の宿命とはいえ、こないだまでただの村娘だった女の子には、あまりに重すぎるわ」


(こないだまでただの村娘だった、か……)


 ふと、グランスを“喰った”時に見た先王の顔が脳裏をよぎる。

 娘にただ幸せに生きてほしかった――この内戦さえなければ、その願いは果たされていたかもしれない。


 亡き友の願いを裏切ってまでアリシャを連れ出したグランスの想いは理解できる。だが零仁が抱いた疑問は、別のところにあった。


(父親の願いを知らないのか……? それとも知っていて、なお戦うことを選んだのか。なんでアリシャはこの戦いに乗った? なんで御旗になることを選んだんだ?)


 気づけば、足は主棟へ向かっていた。

 発破をかけるなら、今しかない。


「……エレインさん、軍議ってまだ続いてますか?」


「どうかしら。アリシャ様があの調子じゃ、一旦お開きになってるかもネ……行くノ?」


「ええ、ちょっと聞きたいことがあるんで。……輝良、お前も来てくれ」


 *  *  *  *


 ゼフィル砦の構造はいたってシンプルだった。一階が詰所兼会議室、二階が宿泊用の個室と倉庫になっている。


 エレインの言ったとおり、詰所で行われていた軍議はすでに散会していた。

 リカルドら旧王派の主だった面々が、疲れ切った様子で目頭を押さえている。


(議論が紛糾したというより、堂々巡りで消耗したって感じか)


 それを横目に、零仁と輝良は二階の突き当たりにあるアリシャの部屋を目指す。

 部屋の前では、クルトとメイアがゆるゆるとした様子で立哨していた。


「お疲れさん。……いるか?」


「ええ、いらっしゃいますよ。ただ、かなりお疲れのようで……」


 クルトが申し訳なさそうに答えた時――。


「……入ってもらって」


 扉の向こうから、くぐもった声がした。疲れが滲んでいるが、たしかにアリシャの声だ。

 クルトは一瞬、メイアと視線を交わした後、取っ手に手をかける。


「……承知しました」


 通された個室は、ざっと四畳半ほどの広さ。

 家具は木のベッドと小さなテーブルだけ。あとは他の部屋から持ち込んだと思しき椅子が数脚。


 アリシャはベッドの上で壁にもたれ、うずくまるように座っていた。

 具足を外した白の戦衣は土埃で汚れたまま。替えの衣類が手つかずのまま置かれているあたり、ずっと着替えていないようだ。


「服くらい着替えろよ。少しは気分、変わるだろ」


「……また裸でも見たいわけ?」


「皮肉が言えるなら、まだ大丈夫だな」


 零仁は手近な椅子に腰を下ろし、あえて鼻を鳴らした。

 顔を膝に埋めたままのアリシャの声には棘があったが、それ以上に疲弊が色濃い。


「……ごめんね。二人とも頑張ってくれたのに、こんなことになって」


 そう言って、アリシャはようやく顔を上げた。

 リフェルとの会談の時よりもやつれ、目の下のクマがさらに濃くなっている。


「利害が一致したからついてきただけだ。それで、教団の提案はどうする?」


「皆は真っ二つに割れたけど……あたしは飲む気になれない。亡命って言えば聞こえはいいけど、狙いは傀儡政権よ。父が亡くなったせいで、国教化が流れたって聞いたから」


「まあ、そうだろうな」


 輝良とも見解は一致していた。

 リフェルは“王女の証”を立てろとは言わなかった。真偽はどうあれ、「先王の落胤」とされる少女――つまりアリシャという強力なカードが欲しいのだ。


 新王派への開戦の口実にもなるし、貴族の協力も取りつけやすい。うまく傀儡政権を作れれば、国教化どころか天下を取れる。


「気分転換にさ、ひとつ聞いていいか? “全部聞いたうえでグランスさんの話に乗った”って言ってたよな」


 アリシャが意外そうに首を傾げた。

 今後の方針について聞かれると思っていたのだろう。


「俺の能力(スキル)は、喰った相手の記憶を視るんだ。で、グランスさんの記憶の中に……あんたの父親の、今わの際があった」


「父の……?」


「最期まで、あんたのことをグランスさんに頼んでた。あんたが使ってた黒い力を“御印(みしるし)”って呼んでたよ。あれが嫡子の証なんだろ?」


 その言葉に、アリシャの表情が曇った。

 輝良も不思議そうな顔をしている。黒い力のことは誰にも話していなかったのだから無理もない。


「その上で聞くけど……なんで親父さんとグランスさんは、あんたを隠した? 本来なら、あんたがちゃんと王位継承者として立っていれば、この内戦は起こらなかったんじゃねえか?」


 アリシャはしばし沈黙したのち、小さく息を吐いた。


「……母が関係してるの」


「母って、まさか……」


 輝良がはっと息をのむ。アリシャはうっすらと笑みを浮かべた。


「そう……。あたし、混血者なのよ」


 アウザーグの村を出た時、クルトが言っていた言葉が甦る。


『――我らは落胤たる主と、グランス公爵を守るために存在します』

『――光が射さなければ、影が差すこともありません。私は私であるために、今ある光を守る所存です』


 たとえグランスとアリシャが王位を狙っていなかったとしても、王家の嫡子が混血者であるという事実は、クルトたち混血者にとっては希望だったのだろう。

 しかし、転移者を嫌う貴族にとっては致命的な問題だ。

 王家に転移者の血が混じる――その一点で、国内の均衡は崩れかねない。


(グランスさんが総大将みたいに振舞ってたのは、このせいか……)


「おじさまと一緒に転移してきた同僚の女性が、私の母なんだって。父が子をなせたのは、母だけだったそうよ」


「“御印”が出るとしたら、あんただけってわけか」


「かつてハイエルラント王家は神官の一族だったらしいの。これはその神官の血筋にだけ継がれる、魔法でも能力(スキル)でもない力。魔力(マナ)を瞬時に消すことができる……」


 アリシャが右手をかざすと、掌から黒い稲光が奔った。

 瞬間、そばにあった火の想石ランプが光を失う。


「この力を発現した者が代々の王位を継いできた。父は力を使うのが、とても上手だったとも聞いてるわ」


「だが混血者として、貴族たちに命を狙われるのを案じた親父さんとグランスさんは、あんたを(かくま)った……」


「父なりの優しさだったと思う。でもあたしがいたから、いろんな人たちが巻き込まれた」


 零仁の言葉にうなずきながら、アリシャはふたたび膝に顔を埋めた。


「こんな力、なければよかった。あたしなんて、生まれてこなければよかったのよ……っ!」


「……俺も、元の世界でそう思ったことが何度もあった」


 零仁が静かに言うと、アリシャは顔を上げた。


「それだけの力があっても……?」


「元の世界に能力(スキル)なんてなかった。俺はただ、周りを羨んでるだけの無能でさ……。いや、異世界(こっち)に来てからも大して変わらなかったと思う」


 不意に、輝良が髪を撫でてきた。

 “そんなことない”――そう言いたいのだろう。

 だが零仁にとって能力(スキル)は、己の業そのもの。どうしても素直には受け取れない。


「けど異世界(こっち)に来てから分かった。生きる意味は誰かに決められるもんじゃない、自分で決めるもんだって。いや、それを教えてくれた人たちがいた」


 瞼の裏に、恩人カークスの姿が甦る。

 領民を救おうと戦い、村を脱した彼。輝良を救おうとして命を落とした彼。

 そして颯手との戦いで灰の剣となり、最後まで導いてくれた姿。


 遺灰(はい)となり散ってなお、カークスの生き様は息づいている。


「だからあんたも、生まれた意味は自分で決めればいい。……グランスさんの話に乗ったのは、父親代わりだったからってだけか?」


 零仁の問いに、アリシャは悔しげに顔を伏せた。


「同じ村にいた、すごく美人な友達がね……貴族に嬲りものにされて……っ! あんなの、もう繰り返しちゃダメだって思ったの!」


「やっぱり戦う理由、あるじゃねえか」


 微笑む零仁の言葉に、輝良が前のめりになった。


「……エレインさんとも話しました。策ならあります。戦ってくれる人たちも」


「あとは自分で決めな。俺は級友(かたき)どもを討つついでだから、どんな形でも乗るぜ」


 そう言って、零仁は席を立つ。

 部屋を出る時に見たアリシャの顔には、先ほどまでの陰鬱な気配はなかった。

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