西より来るは
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――グスティア陥落の翌日。
零仁はガウルとともに、西日が射す荒地を歩いていた。【大いなる御手】で生み出した不可視の手には、野ウサギや野鳥といった獲物が山ほど乗っている。
「季節に助けられたのもあるけど、西部も意外と動物がいるんだな」
強化魔法で馬を夕方から夜通し駆けさせ、目的地に着いたのが今朝方。一眠りして起きた時には、太陽がすでに中天を過ぎていた。
空きっ腹に耐えかね、まずは食糧の確保に出たのだった。
「ガルルウウ……ッ」
唸って応じるガウルの背にも、小ぶりな獲物が紐で括りつけられている。
獲物の多くは【強迫の縛鎖】で仕留めたものだが、ガウルの追い込みがあってこそだった。役得として生餌を数匹食わせたので、ご機嫌な様子だ。
遠くの丘の上には、旧王派の生き残りが拠る小さな砦が見える。
二階建ての平屋造りで、外壁もそれほど高くはない。周囲にはマントや旗を使った即席の天幕が張られ、騎士や兵士たちが思い思いに腰を下ろしていた。
ゼフィル砦――。
グスティアから徒歩で丸二日ほどの場所にある砦である。もともと魔物討伐や警邏を行う部隊の屯所として作られたもので、戦時のための設備はほとんどない。
(ここが最後の砦とは、ねえ……)
グスティア城はおろか、エウロ砦と比べても見劣りする粗末な造りに、思わず苦笑が漏れた。
砦の入口まで行くと、輝良が数人の兵士とともに立っていた。荷運びの要員を連れてきてくれたらしい。
「お帰り……わぁ、いっぱい獲れたね」
「だろ? 細かく刻んで入れれば、それなりのスープになる」
「さっき、ドリーさんとアンリさんも着いたよ。ノトゥン砦から南街道を経由してきた人たちと合流したんだって。ネロスの戦いの生き残りもいるみたい」
「マジか。なんだかんだで生き残ってる奴ら、けっこういるんだな」
「二人とも『起きたら美味しいご飯を頼む~』とか言って寝ちゃった。今、カティちゃんが張り切ってるよ」
グスティア陥落の後、落ち延びてくる兵士たちは思いのほか多かった。
リカルドが率いて西門を突破した鷹騎士団は兵数七割ほど。他にも首尾よく脱出した者たちが寄り集まり、今ではこの砦の周囲だけで二〇〇〇人近くが身を寄せている。
グランスやリカルドが、脱出の手順や経路を細かく決めていたのが功を奏した。
だが最大の要因は、新王派の追撃がほとんどなかったことだ。今朝からこの方、追撃隊はおろか偵察が来た報告すらない。
(勝者の余裕か、それとも別の理由があるのか……。どっちにしても、こっちはどう動くつもりなんだか)
生き残りが多い分、食糧も必要になる。ゼフィル砦にあるのは、万一に備えてグランスとリカルドが備蓄していた兵糧が一ヶ月分のみ。
零仁が狩りに出ていたのも、少しでも食糧事情の足しにするためだった。
「旧王派は……どうするんだろうね、これから」
獲物を兵士に運ばせた後、輝良がぽつりと漏らした。
「さてな。それを決めるのは、俺たちじゃねえだろ」
「そうだけど……。レイジくんは、どうするの?」
「どう、って?」
「だってカークスさんも、グランスさんもいなくなっちゃったし……」
言わんとすることを察して、零仁はため息をつき東の方角を見た。
グスティアの――そして級友たちのいる方角だ。
「言っただろ……級友とあのハゲを全員、殺す。その時まで俺の戦いは終わらねえ」
「でも旧王派の軍がなくなっちゃったら、どうやって戦うの? あっちは兵士だってたくさんいるんだよ?」
「別に戦場じゃなくたって、殺す方法はいくらでもあるさ。それに……」
零仁は【大いなる御手】の不可視の手で、輝良の頭を軽く撫でた。
「俺の中のグランスさんが言ってる気がするんだ。まだ終わりじゃねえ、ってな」
「そりゃあ、まだこっちの兵士もたくさんいるけど……」
輝良が言葉を切り、夕焼けに染まる空を見上げた。
「あれ、なんだろ? 鳥にしては大きすぎるし……」
指し示された方を見ると、西日を背にして何かが飛んでいる。数は四。
翼の形状は鳥のそれだが、そこから四本の足が伸びており、上には人影が見えた。しかも、こちらに向かっている。
「敵襲か……っ⁉」
「で、でもあっちは西だよっ⁉ 敵が飛んでくるなら東のはず……!」
言い合ううちに、砦の中がにわかに騒がしくなった。見張りの者たちも気づいたらしい。
やがて、それは砦の上空へと差しかかる。鷲の頭と翼に獅子の胴を持つ姿――元の世界の創作物で散々見たあの生物だった。
「……グリフォン⁉」
「すごい、魔物ってあんなのまでいるんだ……!」
「感心してる場合か! クソッタレ、武器持ってくりゃよかった……!」
空を舞うグリフォンの編隊へ、外壁からぱらぱらと矢が射かけられる。
その時――。
『あ~あ~、テストテスト~』
先頭の白いグリフォンから、女の声が響いた。しかも聞き覚えがある。
元の世界の校庭に設置されたスピーカーばりにノイズが混じるのは、拡声魔法ではよくあることだ。
『突然の訪問、失礼します! 私は【意志の神盾】、アケミ・ムロサワ! ダリア砦攻略の折、皆さまと轡を並べた者ですっ!』
名乗りを聞いた瞬間、零仁は輝良と顔を見合わせた。
「「室沢……⁉」」
『傭兵として、さる御方の護衛をして参りましたっ! どうか私を知る者あらば、着陸と面会の許可をいただきたくっ!』
「……俺は外壁に行く。輝良はリカルドさんたち呼んでこい」
「分かった!」
そうと決まれば早い。
輝良が主棟へ駆け出し、零仁は外壁にいる弓兵たちのもとへ走った。
* * * *
しばしの後――。
四頭のグリフォンは、首尾よくゼフィル砦の敷地内へ降り立った。
先頭の白いグリフォンが着地するやいなや、騎乗していた室沢明美が軽やかに飛び降りる。
「祓ちゃん、久しぶり~。ありがとね。最初に矢を射かけられた時は、さすがに焦っちゃったよ」
銀色の鉢金を外して笑う室沢の服装は、別れた時とはずいぶん印象が違っていた。
くすんだ白を基調にしたチュニックの上に、鈍い銀の軽鎧と籠手。袴に似たワイドパンツと脚甲を着けているのは、グリフォン騎乗を意識してのものだろう。
「いきなり来るからだ。室沢が来たってことは、後ろの連中ってまさか……」
「そのまさかだよ~ん!」
「……よお、同志・祓川。久しぶりだな」
元気な声とともに、次のグリフォンから小柄な少女――姫反柚果が飛び降りた。二人乗りのもう一人、メガネ面の小太りな男――深蔵寛も続く。
どちらも室沢と似た服装をしている。グリフォン騎手の標準装備らしい。
「お疲れ。深蔵、その体でよく二人乗りなんてできたな」
「そうなんだよ~、寛ちゃんがまた太ってさあ。……お前も大変だったでしょ~。よしよし」
姫反はそう言いながら、乗ってきたグリフォンの首筋に頬ずりした。
それを見た深蔵が、むすっとした顔で鼻を鳴らす。
「やかましいわ。そういうお前は少し瘦せたか?」
「動き回ってるからな。それにしてもペガサスとかユニコーンじゃなくて良かったね~。ヨゴレのお前じゃ、乗るの拒否られるだろ」
「なにを言うか! 見ろ、この穢れなき真摯な瞳をっ!」
「ははっ、旬が過ぎて叩き売られてるサンマみてーだ」
元の世界でのやり取りを思い出させる軽口が飛び交う中、残りの二頭のグリフォンも次々と降り立った。
一頭は二人乗りで、降りてきたのは予想どおり太めの男女――角田昌美と小櫃大吾。ともに室沢たちと同じく、新王派を離れて旅立った級友たちだ。
軽く手を上げて挨拶していると、最後の一頭に乗っていた人物が姿を現した。
鋭い雰囲気を纏う、長い黒髪の美女。年の頃は三十手前か。
くすんだ白の戦衣こそ室沢たちと同じだが、防具とマントは鈍い金色。帯剣していることから、武官であることが一目で分かる。
「……で、そちら様が護衛対象なわけか?」
金鎧の美女に視線を向けると、彼女は涼やかに微笑んで一礼した。動作に一分の隙もなく、相当な高官と見える。
室沢は金鎧の女と頷きあい、零仁に向き直って言った。
「うん。ウチら、今はトゥルメイン教団で傭兵やってるの」
「なるほど。旧王派との橋渡しと護衛を兼ねてるってわけか」
そこまで話したところで、主棟のほうから足音が響いた。
「……これはこれは、珍客ですな」
姿を見せたのは、輝良に先導されたリカルドだった。
周囲には鷹の軍装をまとった騎士たちが二十人ほど。ドリーやアンリの姿も見える。
「グスティア領主、リカルド・ヴァン・ヴェルデュールです。城を失ってなお、こう名乗るのも滑稽ですがな」
自嘲を含んだ笑みを浮かべるリカルドに、金鎧の美女が優雅に礼式を取った。
右手を胸ではなく、腹に添える仕草――王国とは異なる流派の礼である。
「トゥルメイン教団……神剣騎士団、副団長のリフェル・ヴァーグナーと申します。突然の訪問となりましたご無礼、どうかお許しください」
「よもや教団、それも神剣騎士団の方がお見えとは……ご用件を伺いましょうか」
「はい、その前に……」
リフェルと名乗った女は、真っすぐにリカルドを見据えた。
「ご盟主、アリシャ殿下にお目通り願いたく。此度はアリシャ殿下へ向けた、マヌサウト教主猊下からの提案をお預かりしております」
* * * *
場所を移して、ゼフィル砦の一階。
大きな木製テーブルを囲み、アリシャとリカルドが座っていた。対面にはリフェル。護衛の室沢たちは外で控えている。
あの後、リカルドはわずかに逡巡したが、アリシャとの面会を許可した。
相手がトゥルメイン教団、しかも正式な使者ともなれば、無下にはできなかったのだろう。
ちなみに零仁と輝良は、亡きグランスの肝煎りとアリシャの要望もあって、立哨という形で同席を許されていた。
「……我が神剣騎士団二〇〇〇が出兵し、新王派のヴァイスハイト砦へ進軍中です。バルサザール公麾下の転移者が行った狼藉に対する、報復を名目としております」
挨拶を終えると、リフェルは「まずは現状の共有を」と前置きして語り始めた。
それを聞いたリカルドが、難しい顔で腕を組む。
「新王派の追撃がまるでなかったのは、そのせいか……」
「グスティアが陥落する前に仕掛けたかったのですが、わずかに及ばず。ですがバルサザール公は兵を割き、北進のため中央街道を引き返したとのこと。ダグラス公も麾下の全軍を率いて同行していることを確認しております」
「となれば今、グスティアに駐留しているのは、バルサザールの留守居だけか。どれほどの戦力を残しているかだな……」
(大方、クラスのバカどもが俺たちを探す時にやらかしたんだろうが……これ、結構チャンスなんじゃねえか?)
そんなことを考えていると、リフェルが憔悴した様子のアリシャに視線を向けた。
グランスの訃報を聞いて泣き腫らしたのか、目の下には深いクマができている。
「以上を踏まえ、アリシャ殿下にご提案がございます」
「殿下はよしてください……この隙に、グスティアを取り戻せと?」
「いえ、そうではございません」
「では、一体……?」
力なく問うアリシャに、リフェルは静かに瞑目し、ゆっくりと口を開いた。
「アリシャ様におかれましては……どうか速やかに、我が教団自治区へ亡命くださいますよう、謹んでお願い申し上げます」




