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第三勢力【里緒菜】

お読みいただき、ありがとうございます!

 グスティアを陥とした夜――。

 里緒菜は、グスティア城の主棟一階ホールにいた。

 周囲に屯する級友たちは、ブー子の料理を今か今かと待ちわびている。


「まだ落ち込んでるの?」


 身を預けた椅子から振り向けば、苦笑を浮かべた波留だった。級友や負傷者の手当てがようやく終わったらしい。


 主棟の一階は戦闘がなかったこともあり、即席の野戦病院と化していた。

 内堀の向こうでは、ダグラスの手勢による負傷者の救助や屍の処理が、今なお続いている。


「別に、そんなんじゃ……」


「珍しいよね。里緒菜がそこまでひとりの(ひと)を引き摺るなんて。普段なら“次行こ次”、で終わりじゃない」


 波留の顔から目を逸らすと、能力(スキル)で殴り飛ばされた時の感覚が甦った。痛みをなぞるように、左胸の傷跡がずきりと疼く。


(それでも、いいんだけどさあ……分かんないんだよねえ)


 追い詰めれば、負けが込めば、以前の零仁に戻るのではないか――。

 そんな淡い願望は、憎悪に満ちた視線と不可視の衝撃の前に、あっけなく砕け散った。


(ねえ、どうして? 何があなたを、そんなに強くしたの……?)


 妬心とも虚ろともつかぬ思考に耽ろうとした時。


「……皆さん、お待たせしました。通信想石の掌握が終わりましたよ」


 視界の外から、嬉々とした声が聞こえた。

 見れば、上階に続く階段からバルサザールとダグラスが降りてくる。疲れ果てた級友たちは整列すらしないが、それを咎める様子もない。


「改めまして、大変お手柄でありましたな。【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】を取り逃がしたのは悔やまれますが……【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】を討ったとなれば、些末なことです」


「……ありがとう、ございます」


 念のため立ち上がって礼式を取ると、バルサザールは今まで見たことがないほどのほくほく顔で頷いた。蛇が卵を産んだとしても、こんな顔はしないだろう。

 しかし隣のダグラスは、対照的に渋面を作っていた。


「まだ終わってはおらぬ。敗残の部隊は西のゼフィル砦に集結しているとの報せもある。互いの犠牲を増やさぬためにも、早急に講和の使者を送るべきであろう」


「この期に及んで、まだそのような手ぬるいことを申されるか? 先王の落胤などというデマを信じ、王家に盾突いたのですぞ。徹底的に打ちのめし、頭を下げさせねば示しがつきません」


「北のボレア砦周辺には、未だ御老公の手勢がいる。聞けばリカルドの隊も、さして数を失わず西門を突破したというではないか。手負いの獣ほど始末に負えぬものはないぞ」


(んん~、正直あんまり動きたい気分じゃないけど……。ここで講和とかになったら、それこそ零仁くんがどこ行くか分かんないしなぁ……)


 小さくため息を吐き、バルサザールに向けて口を開いた。


「バルサザール閣下の仰る通りです。ここで手を緩めれば、必ずや牙を研いで参りましょう。【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】討滅の任も果たせておりません。どうか私たちを、追撃隊の先鋒としてお使いください」


 視界の端で、級友たちが露骨に嫌な顔をする。それでも敢えて気にしない。

 里緒菜の言葉に、バルサザールが満足げに頷いた。


「もちろんです。城内の掃除と再編が終わり次第、追撃隊を組織します。それまでゆっくり休み、英気を養ってください」


 バルサザールの言葉に、ダグラスが是非もなしとばかりにため息を吐いた。

 その時――。


「かっ、閣下……! 王都より急報ですっ!」


 声の方を見ると、階段から鎧を着込んだ騎士が駆け降りてきた。

 胸甲には黒地に蛇の紋。バルサザール直属の伝令だ。


「王都から……? 何事ですか」


「ハ、ハッ……それが……」


 騎士がちらりと里緒菜たちを見た。人払いを求める意図が見て取れる。

 だがバルサザールは、穏やかな口調で首を振った。


「この者たちは此度の勝利の立役者……人払いは不要です。申しなさい」


「で、では……先ほどトゥルメイン教団が擁する神剣騎士団(カリバーン・リッター)二〇〇〇が、教団自治区より出兵! ヴァイスハイト砦に向けて進軍中とのこと!」


「なっ、なんだと……っ⁉」


「両閣下におかれましては麾下をまとめ、速やかに北進。ヴァイスハイトを救援せよとの由にございます!」


 バルサザールの表情が引きつり、ダグラスも露骨に眉をひそめた。

 一方で級友たちは、何が何やらといった様子だ。そんな中、近くの椅子から地咲がそっと寄ってくる。


「……ねね、トゥルメイン教団ってなんだっけ?」


「北のズウェド山脈の向こう側に自治区を持ってる、修験者の集団よ。前の内戦で先王サマについて戦ったおかげで、この国の国教に……なんて話もあったみたい」


「あ~、巡礼道とかいう島の外周を一周できる道で修業するんだっけ?」


「そうそう。まあ特定の神様を信仰するっていうより、内なる自分を鍛える~みたいなノリらしいけどね」


 小声で解説したものの、所詮この程度の知識しかない。だが聞く限り、教団と王国の関係は決して悪いものではなかったはずだ。

 その教団がいきなり出兵してきたなどと言われたバルサザールたちは、寝耳に水もいいところだろう。


(自治区はともかく……軍隊まで持ってるの? まあ島全域が教圏みたいなもんだから、人要りなのは分かるけどさあ)


 考えている間にも、バルサザールたちと騎士のやり取りは続いていた。王都に急報が入ったのも、ほんのつい先ほどらしい。

 バルサザールが顔をしかめる中、入れ替わるようにダグラスが口を開いた。


「……出兵の理由は? 宣戦の声明はあったのか」


「それです。そも、なぜ私が出向かなければならないのか……。反乱分子をあと一歩まで追い詰めているというのに」


「ハッ、後追いではありますが……曰く、『新王派の転移者が教団設備を破壊し、教徒たちに不当な暴力を加えた件に対する報復』とのことです」


 騎士が言いづらそうに報告した途端、バルサザールが目を剥いた。


「なんですと? それこそ【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】が……!」


「いえ、現地領主の方が雇っていた傭兵とのことで、その……バルサザール閣下のお名前を出していた、と……」


 バルサザールの視線が、里緒菜たちに向けられた。先ほどまでの穏やかな眼差しとは打って変わり、疑念を宿した冷ややかな目つきだ。

 それを皮切りに、級友たちがざわつき、互いを見回しはじめる。


(状況からして、零仁くんと新治(アバズレ)を探してた時……)


「そういえばさあ。榊原、前にどっかの村の人と揉めて、教会っぽい建物を能力(スキル)でぶっ壊したとか言ってなかったっけ?」


 地咲が事もなげに言うと、榊原がびくりと震えた。体育会系を地で行く顔が、みるみる青ざめていく。


「いや違うし……俺、そんなことやってねえよ……?」


(うっわ、これはやってんなぁ……)


 榊原の能力(スキル)は【大絶叫(グラン・シャウト)】。叫び声を衝撃波として放つ上位級(ハイクラス)能力(スキル)だ。

 声の大きさに応じて威力と射程が変化し、拡声魔法と併用すれば、並の小隊くらいなら一撃で吹き飛ばせるほどの威力を持つ。


 強力ではあるが、性質上どうしても乱戦に不向きという弱点がある。そのせいで能力(スキル)を思い切り使えないと、榊原が愚痴っているのを聞いたことがあった。


「【大絶叫(グラン・シャウト)】殿……事実、ですかな?」


「いっ、いえっ! そうしたことはありましたが、あくまで【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】が隠れている可能性があると思い、調査のためで……」


 それらしいことを言いつつも、榊原の声は次第にしぼんでいく。

 バルサザールとダグラスは察したのか、伝令の騎士を下がらせた後、しかめ顔を見合わせた。


「しかし【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】の捜索など、数ヶ月前の話。それでなくとも、事前の通達くらいあってよさそうなものを……いきなり出兵とは」


「うむ。今この時というのは、たしかに気になる」


「まさか、ボレアに張っている老公(じじい)が動いたか……?」


「あの御老公が? ハハ、それはないように思うがな」


 ダグラスは苦笑してから、表情を引き締めた。


「ともあれ、書状のやり取りでどうこうできる状況でもあるまい。貴族評議会(アーデルスラート)としても、大勢が決した戦場より、目下の危機を優先するということだろう」


「どのみち、貴族評議会(アーデルスラート)の命では断ることもできん。しかし、ここの守りをどうするか……」


「それならば、そこに適任がいるではないか」


 ダグラスの視線が、里緒菜に向いた。


「へ、私……ですか?」


「ふむ、あなた方が詰めているならば安心でしょう。留守居の者は別に立てますので、敗残の者どもが妙な動きをしないか見張っていただきたい」


「はっ、はい……承知しました」


「なに、所詮は烏合の衆。そうそう何かできるものでもないでしょうが……よろしく頼みましたぞ」


 バルサザールはそう言うと、ホールから出ていった。「誰ぞあれ、ディエゴを呼べ」などと声をかけているあたり、留守居を確保しに行ったのだろう。

 ダグラスはそれを尻目に見ながら、穏やかに微笑んだ。


「あまり気負うな、と言いたいが……なにせ相手はまだ余力を残している。ゆめゆめ油断せぬようにな」


「は、はい……ありがとうございます」


「うむ、またこの城で会おう」


 呆けたように返すと、ダグラスもまた部屋を出ていった。

 残されたのは、里緒菜と、状況を理解しきれない級友たちだけだ。

 そんな中、部屋の片隅で静観していた舘岡が鼻を鳴らした。


「ヘッ……まあいいじゃねえか。気楽にやろうぜ、指揮官殿」


 慰めとも皮肉とも取れる言葉に、応じる気にもならない。

 料理を手にしたブー子と厨房担当の夫婦が入ってくるまで、ホールは奇妙な沈黙に包まれていた。

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