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虹環の縛鎖【零仁/里緒菜】

お読みいただき、ありがとうございます!

 その頃――。

 零仁たちは、グスティア城の土牢の先に掘られた逃走用通路にいた。じめじめとした地下特有の空気の中、クルトとメイアの先導で進んでいく。


(堀の下を潜ってるのか……? 舗装もしっかりしてるし、こんなのよく作ったな。中世の技術じゃ絶対ムリだから、魔法ありきなんだろうけど)


 馬を連れて降りられるようになっている傾斜に、大人が数人並んで通れるほどの石張りの道。脇には保存食や武器の類まで取り揃えてある充実ぶりだ。

 なんでもリカルドが限られた面々とともに、定期的に保全を行っていたらしい。


(しかし保全も自分でやるって……。エウロ砦といい、リカルドさんって意外とこういう仕掛けを作るのが好きなのかね)


 取り留めもないことを考えていると、通路の先に光が射した。

 階段を昇ると、少し広めの木こり小屋といった趣の場所だった。アリシャや輝良、カティたちは、すでに小屋の外で馬の準備を進めている。


 あたりを見回す限り、城の近くにある森の端らしい。木々の切れ間から、グスティア城の尖塔が見える。


「輝良。グスティアの状況、分かるか?」


「そう言うと思って見てみた。まだグランスさんは生きてる。でも目の前に舘岡くんとか颯手さんたちが……って、ちょっとレイジくん?」


 小屋の中に引き返しかけた零仁の背中に、輝良の声が突き刺さる。

 肩越しに見ると、アリシャやクルトたちも零仁を見ていた。


「まさか、今から引き返すつもり?」


「危険ですっ! グランス様は主棟を護っていた兵たちを逃がした後に、我々が……!」


 メイアとクルトの声に、あえてへらりと笑ってみせる。


「ここまでくればお姫様は安全だろ? 俺は傭兵なんでね、雇い主は守らねえとな。それに……」


 そう言って、ふたたびグスティアの尖塔を見つめる。

 胸によぎるのはアッシュブロンドの巨漢ではなく、銀髪痩身のカティの父親だった。


「もう見知った誰かを助けられないって……嫌なんだよ」


「ちょっ、レイジくんっ⁉」


 輝良の声を振り切って小屋の中へ戻る。狭い階段から出ようとしていた兵士たちを押しのけ、元来た通路を走り出した。


「【遺灰喰らい(アッシズ・イーター)】っ! どうか、おじ様を……!」


 アリシャの声がかすかに届くが、最後まで聞こえることはなかった。


 ◆  ◆  ◆  ◆


 夕暮れの空に、級友の身体が高々と舞い上がった。

 吹き飛ばされたのは服部。浮遊の能力(スキル)を使って空からグランスに襲い掛かったが、あえなく返り討ちにされたのだった。


「ガッハッハ! 他のヤツと組み合ってる間に、って発想は良かったがなあ!」


 グランスの声が響く。

 その言葉通り、彼は複数の級友たちを相手に大立ち回りを演じていた。

 舘岡の黒い斧槍(ハルバード)を大剣でいなし、火音の蹴撃(しゅうげき)を不可視の手で跳ね返す。その合間に、飛びかかってくる他の級友たちすら迎撃してみせる。


(私の剣の腕じゃ、飛び込んでも太刀打ちできない……! けど亮平たちに当たるような派手な魔法は使えない……!)


「風、我が掌に集いて(やじり)となれ! 風矢操弾(エアロ・ダート)ッ!」


「漂う水精、その身を針と成し彼の者を撃て! 飛沫針撃スプラッシュ・ニードルッ!」


 消去法で行き着いたのは、詠唱と名づけを用いた小魔法の連発による援護。

 波留の魔法とともに放った風弾は、しかし不可視の手によってあっさり掻き消された。


「邪魔するな、お嬢ちゃん方! もう少ししたらお(いとま)するからよっ!」


 煽るグランスの声に、疲れは微塵もない。

 頼みの綱である阿門や飯田、榊原といった上位級(ハイクラス)組はすでに地に伏していた。波留の回復魔法で一命は取り留めているが、戦力にはならない。

 投げ飛ばされた田中に至っては、生きているかすら不明だ。


 残る級友たちは皆、中位級(ミドルクラス)以下。結果が分かっているからか、服部のように無闇に飛び込まないのは賢明だ。だが犠牲が増えないからといって、状況が打開できるわけでもない。


(零仁くんと戦った時の力が使えれば……! ううん、ないものねだりしても始まらない……!)


 まだ使える手札はある。だが里緒菜だけでは使えない上、それを以てしても抑え込める保証はない。

 なおも逡巡していると、外廓の道のほうがにわかに騒がしくなった。


「こっちだっ! 【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】を撃てっ!」


 ぞろぞろと現れたのは、バルサザール軍の弓兵たち。皆、一様に負傷しているあたり、先手で生き残った者たちらしい。数はざっと三〇。

 舘岡と火音も援兵を察したか、同時に距離を取る。


「ガハハッ、裏切り者どもがほざきやがるっ!」


「ええい……構うなっ! 撃てえっ!」


 苛立ちを隠せぬ声とともに、グランスへ矢が射かけられた。

 だが次の瞬間――。


「……ふんっ!」


 グランスの気合とともに、矢がその身に届く前に制止する。かと思うと、衝撃音とともに弓兵たちがバタバタと倒れ伏した。

 合いの手を入れるように舘岡が一撃を見舞うが、何事もなかったかのように止められる。


(はっ……⁉ ウソでしょ、今……”手”は動いてなかったのに?)


 能力(スキル)による不可視の“手”の揺らぎは、変わらずグランスの真上あたりにある。もちろん剣も動いていない。

 残る可能性は、ただひとつ――。


(まさかこいつ、魔法使えるの……⁉)


 里緒菜の表情に気づいたのか、グランスがにやりと笑った。


「魔法を使えない、なんて言った覚えはねえぞ? 知ったヤツは直後に大体くたばってる、ってだけでな」


(さっき投げてきた岩もこいつが……! てか詠唱も名づけもなしに、あの人数を相手に……⁉ 王国五将の筆頭はダテじゃない、ってわけね……!)


 魔法使いとして見ても、相当な遣い手だ。

 豪快な剣技と【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】を前面に押し出すことで、いざという時の“初見殺し”にしているのだろう。


(こうなったら、あれを遣うしかない……っ! 零仁くんのために取っておきたかったけど……そんなこと言ってらんない!)


 舘岡がグランスと幾度目か鍔迫り合いをはじめたのを見て、里緒菜は火音に視線で合図した。

 火音が跳び退く間に、地咲と波留を手招きで呼ぶ。


「みんな……あれ、やるよ」


 *  *  *  *


 舘岡が大きく間合いを取ったのを見計らい、里緒菜は前に出た。背後には火音と地咲、そのさらに後ろに波留。

 それを見たグランスが、ニッと笑う。


「ガッハハ……今度は何を見せてくれるんだい? 【業嵐の魔女(ストーム・ヘクセ)】」


「風、我が意のままに吹き抜けよ、風呼令呪(コール・ウィンド)……。風、我が想いを以て翼となれ! 翔風翼想(アクセラ・ウィンド)!」


 問いに応じる代わりに、詠唱と名づけを以て強化魔法をかけ直した。呼び起こした風に、里緒菜の黒髪が揺れる。


 一方で火音たちは強化魔法をかけなかった。

 勝負は一瞬、機動力が命。何より、必要以上の魔力(マナ)を使うことは避けるべきだと分かっているのだろう。


「……行くよっ!」


 合図とともに、グランス目がけて走る。火音と地咲が横に並び、距離がみるみるうちに詰まる。

 大剣が振り下ろされた。かすめたのか、己の髪が風に舞うのが見えた。


「ふ、っ……!」


 グランスの眼前で跳躍する。

 その顔にわずかな動揺が見て取れたが、すぐさま不可視の手が動き出す。


颶風纏移(ウィンディ・ドライヴ)ッ!」


 風下へと飛ぶ、瞬間移動。迫る揺らぎから逃れ、グランスの背後へと出た。

 火音は右、地咲は左。波留は先ほどの位置から動かず、グランスを挟んで里緒菜の対面に立つ。


(成った……ッ!)


 サーベルを投げ捨て、両掌をグランスへ向ける。

 三人と同調(シンクロ)する動きとともに、口を開いた。


「「「「虹環縛陣(プリズム・ケイジ)ッ!!」」」」


 赤、青、黄、緑――四色の光が、グランスの身体を包み込む。

 光はまたたく間に散り、たわみ、綯い交ぜになって、ひと繋ぎの鎖を形作る。


「ほう、これはっ……!」


 グランスが身じろぎするが、虹の鎖は揺らがない。その頭上では、巨大な掌の形をした空間に鎖が巻きついていた。


(よし、能力(スキル)も封じられてるっ! 最上位級(ハイエンド)、四人分の魔力(マナ)……動けるわけないっ!)


 零仁を拘束するために作った、複合属性の陣形魔法――。

 四人の最上位級(ハイエンド)で相反する力を循環させ、魔力(マナ)の総量による力押しや相反属性で押し切られることを防ぐという寸法だ。


(あの新治(アバズレ)への対策も込みで作ったんだから……っ! 上位級(ハイクラス)ひとりに押し切られたら、たまったもんじゃないわよっ!)


 ほくそ笑んだ瞬間、力が抜けた。

 意志に反して身体が傾ぐ。魔力(マナ)の急激な消耗で、視界が霞んでいく。

 見れば火音も地咲も、苦しげに顔を歪めていた。光で見えないが、おそらく波留も同じ状況だろう。


「今……ッ! いってええええっ!」


 絞り出した声に応えるように、舘岡が動く。


「うおおおおおらああああっ!」


 黒い斧槍(ハルバード)の斧刃が、縛められたグランスの胴を斜めに払った。

 地に伏していた上位級(ハイクラス)の面々も、次々に得物をグランスの巨躯へ突き立てる。


 しかしその時、グランスの身体がわずかに瞬いた。


「ッ、ガッ、ハアアアッ……ハハハッ……やるじゃあ、ねえかああっ!」


 轟音とともに光が爆ぜる。

 ――視点が転じた。黄昏時の空にかかった雲が、なにかに突き動かされたかのように渦巻いている。己の身体が吹き飛ばされたのだと、ようやく気づいた。


 なんとか身を起こすと、グランスはまだ立っていた。全身に剣を突き立てられながらも、右手から大剣を離してはいない。


「ッハハハ、大したもんだ……これを使ったのは久しぶりだよ」


 グランスがゆらりと動き出す。

 見れば級友たちはもとより、対面で怯えていた兵士たちもすべて吹き飛んでいた。そこかしこに打ちつけられ、肉塊どころか赤い染みと化している者までいる。


「誰か、あいつを止めて……ッ!」


 祈りともつかぬ言葉に、応える者はいない。

 身体よ動けと、投げ捨てたサーベルを手にした時。


「……ふんにゅっああああっ!」


 声はグランスの向こう、級友たちが倒れているあたりから聞こえた。

 裂帛の気合というには程遠い、妙に間の抜けた声。小柄な体で小さな戦斧を担ぐように振りかぶっているのは――


「ブー子……ッ⁉」


 グランスが振るう大剣を、ブー子の戦斧が弾き飛ばす。返す刃が、グランスの胴を薙ぎ払った。


「ガッハアッ……ハハッ……お見事(ナイス・キル)子豚ちゃん(ピギー)……」


 グランスの声がした。血に塗れた身体が、ぐらりと倒れる。

 どうと音がした時、背後に気配がした。


「ッ……グランスさんッ!!」


(え……っ)


 振り向けばそこには、額に汗を浮かべた零仁が立っていた。

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