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獅子奮迅【里緒菜】

お読みいただき、ありがとうございます!

 里緒菜は怒号が飛び交うグスティア城で、水路に浮かぶ波留を見ていた。

 水上移動の魔法を使わず、屍が漂う水面にぷかぷかと浮いている様は中々にシュールな光景だ。


「回復、って……そんなんでいいの?」


「うん、水の中に入ると落ち着くの。多分だけど……わたしたちの能力(スキル)って、属性や地形に応じた回復効果があるんだと思う」


 実際、波留の血色は徐々に良くなっているようにも見える。先ほどまで青く染まっていた髪も、元の黒色を取り戻していた。


(回復効果か……。零仁くんと戦った時に生きて帰ってこれたのって、ひょっとしてそれのおかげ?)


 風吹くドミナの丘を思い出していると、東のほうからどやどやと進んでくる一団があった。

 先頭を切っているのは、黒い斧槍(ハルバード)を担いだ舘岡だ。後ろに続くのは、武装で身を固めた級友たちである。


「楢橋さん、お疲れ~!」

「大戦果だな」

「てかなんで水に浮いてんの⁉」


 級友たちが口々に波留を労う中、舘岡は里緒菜を見た。


「……城壁の上はほとんど掃除した。【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】は逃したがな」


「その【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】から伝言よ。『続きやろうぜ』だってさ」


 言った途端、舘岡の表情が険しくなった。

 【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】との戦いの結果が、容易に想像できる。


「上等だ……ヤツは主棟か?」


「そう言ってた。北のボレア付近にまだ大きい部隊が残ってるみたいだし、援軍が来るまで立て籠もる気じゃないかな」


「善は急げだな。……おい楢橋、もういいだろ。行くぞ」


 舘岡が堀の下を見て言った数瞬後、波留が吹き上がる水に乗って現れた。


 *  *  *  *


 里緒菜は級友たちに強化魔法をかけた後、グスティア城の敷地を進み始めた。

 この城は中央にある主棟と庭園がある内廓(うちぐるわ)、家臣たちの屋敷や商店が並ぶ外廓(そとぐるわ)から成る造りになっている。


 目指すは中央に見える主棟。そこに【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】と零仁がいるはずだ。


「あのヒゲ野郎……よもや逃げを打つ気はねえだろうな」


「主棟への橋は東側だけだよ。もうこっちの部隊が展開してるし……なによりあれだけ煽っといて、それはないでしょ」


 堀と城壁に囲まれているとはいえ、主棟への橋はひとつだけ。跳ね橋になっているわけでもないらしい。

 早々に占拠してしまえば、主棟から脱出する術はない。


(ま、ここら一帯の領主の城だし、隠し通路くらいあるだろうけど。そんな事より零仁くん、零仁くんっと……)


 内壁が見えるあたりまで進んだ頃、新王派の兵士と思しき者が走ってくる。


「転移者隊の皆さんですかっ⁉ で、伝令ですっ!」


「おう、どうした?」


 先頭の舘岡が聞くと、伝令は呼吸を整えてから屈みこむ。


「主棟への橋に【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】が……! さらにリカルド公が手勢を率いて、西門の方へと逃げ去った模様っ!」


「ほう……?」


「リカルド公の手勢による攻撃もあり、包囲が崩れつつあります! 至急、後詰を……!」


(零仁くんがいない? 殿(しんがり)をやってると思ったのに……)


 伝令に体よく応じながら、思考を巡らせる。

 零仁がグランスや旧王派の盟主に剣を捧げたという話は聞かない。いかに強いとはいえど、扱いは傭兵のはずだった。

 普通なら真っ先に捨て駒にされて然るべきの存在だ。


 その零仁が出てこず、事実上の総大将であるグランスが殿軍とも言える立ち位置なのは合点がいかない。


(同郷の若い命を庇って? 【大いなる御手(マイティ・ハンズ)】、グランス……もしそうだとしたら、とんだお人好しね)


 ほくそ笑んだ時、遠くで音がした。

 何かが爆ぜるような、ぶつかるような。微かに悲鳴も混じっていた気がする。


「……おっ始まってるみてえだな。行くぞ!」


 真っ先に駆け始める舘岡の号令に、級友たちが不安げな表情のままついていく。

 なおも進むと、内壁に沿う道に出た。道には傭兵や兵士の屍がいたるところに転がっている。


「ねえ、これさ……普通に斃れてるのもあるけど……」


「ああ、遠くから吹っ飛ばされたな」


 気味悪そうな地咲の声に、火音が淡々と応じる。

 言われてみれば、折り重なっている屍はどれも五体満足ではなかった。上半身だけのものが多いが、胴を斜めに斬られたと思しきユニークなものも混ざっている。


「うっ、おえっ……」

「な、なんだよこれ……」

「人間業じゃなくない……?」

「俺ら、こんなのとやるのか……?」


 先ほどの士気はどこへやら、級友たちも目に見えて顔色が悪い。

 そこへ、先に見える橋のあたりから兵士の身体が吹っ飛んできた。ひしゃげた胴に飛び出た目玉の無残な姿が、舘岡の足元に叩きつけられる。


「……ヘーーイッ! ようやくご到着だな、御一行様ッ!」


 耳をつんざく大音声は、橋の方から聞こえた。

 見れば大剣を担いだアッシュブロンドの巨漢――グランスが、橋の上から里緒菜たちを見つめている。


 周りには新王派の兵士たちもいるが、攻撃をかける気配はない。遠目に見える表情をみるに、すでに心を折られている。


(敵方の兵士がほとんどいない? この場を、あいつだけで止めてるって言うの……⁉)


「【武極大帝(タイラント)】の坊や、先ほどの続きといこうじゃあないかッ! あれで終わったらキミも不本意だろうッ⁉ 二本先取でどうだいッ!」


 空気が張り詰めた。

 先頭に立つ舘岡の放つ気配が、にわかに変わる。


「……上等だッ!」


 舘岡が叫ぶように応じて、グランス目がけて走り出す。

 追いかけて橋の前まで行くと、大剣を担いだグランスが橋で仁王立ちしていた。


 白い全身鎧ばかりか、髪の一部まで返り血に染まっている。だがその表情は、ドミナの戦場や陣地にいる時よりも輝いて見えた。


観客(ギャラリー)も増えていいことだ。さあ【武極大帝(タイラント)】……かかってこい!」


 左手で煽る仕草をするグランスを前に、舘岡が身構えた。

 しかし同時に、脇から走り出た者があった。【変幻自在(トリック・スター)】――田中だ。


「亮平が出るまでもないぜっ! 打ち合いの申し子の、このオレがああ!」


(あ、バカ……!)


 制止の言葉が出る前に、田中の身体が宙に浮いた。

 グランスの操る見えざる手が、田中の身体を抱え上げたのだろう。


「前座はキミかい、ダリア以来だな。【変幻自在(トリック・スター)】……だったかな?」


「ちくしょうっ、離せっ! こんのっ!」


(いやバカすぎるわ……! 戦場で離せも何もないでしょうが!)


 助けに入ったところで、グランスは躊躇なく田中を前に出すだろう。

 田中は当然、【変幻自在(トリック・スター)】を解除しない――無敵の盾の誕生だ。


 だが予想に反して、田中の身体は遠くに放られた。

 夕暮れの空を背景にゆっくりと放物線を描いた後、堀の一角に消えてゆく。

 遠巻きに聞こえた水が跳ねる音が、妙に間抜けに響いた。


 グランスはそれを見届けると、口の端を笑みの形に歪めた。


「ガッハッハ……ダリアの時も思ったが、あいつ面白いよなあ。ただ痛みを感じねえなら、相応の危機管理をするべきだ」


 そう言って、ゆらりと大剣を構える。


「さあて、本番だ。お次はキミが飛んでみようか、【武極大帝(タイラント)】」


「上等だ。お前ら、邪魔すんなよ……!」


(ま~た始まったよ。この隙に零仁くん逃げちゃったらどうすんのよ……)


 などと考えた、次の瞬間。

 白い大剣と黒い斧槍(ハルバード)がぶつかり合った。

 鐘楼の鐘に似た音が立て続けに響く様は、どことなく楽器の演奏のようにも聞こえる。


「なんだ、あれ……!」

「はっや……!」

「いや言われるまでもなく無理でしょこんなの」

「割って入れる気しね~……」

「魔法撃ったって弾かれちゃうしねえ」


 半ばのほほんとした口調の級友たちの横で、里緒菜は目を剥いていた。


(えっ、待って……亮平でこれっ⁉ 私たち、ちゃんと強化魔法かけたよね⁉)


 黒い全身鎧を着こんだ舘岡の身体は、ほのかに四色の光を纏っている。

 先ほど最上位級(ハイエンド)四人でかけた、範囲強化魔法だ。

 しかしグランスが見えざる手を使っていないにもかかわらず、舘岡の鎧を白い刃が掠めていく。


(ドミナの時、本陣にこいつがいなくて良かったあ。作戦ポシャるとこだったじゃん……)


 舘岡の斧槍(ハルバード)が大きく弾かれた。グランスが間髪入れずに繰り出した横薙ぎを、跳び退ってなんとか躱す。

 グランスは朝から戦い続けているはずだが、顔は疲れが見えるどころか一層輝いてすらいる。


(でもどうしよ……。ロクに能力(スキル)を使ってないってことは、完全に遊ばれてるよね。間違いなく、脱出した味方のための時間稼ぎ……!)


 里緒菜の逡巡が終わらぬうちに、舘岡がふたたび体勢を崩す。

 グランスが唐突に放った蹴りが、舘岡の腹を直撃したのだ。


「終わりだ、坊やッ!」


 白い刃が振り下ろされる。斧槍(ハルバード)は間に合わない。


(しまった……っ!)


 詠唱なしで魔法を繰ろうとした時。


「……地精(ちせい)(きみ)よ、汝が遣わす盾を欲すっ! 地君護想(ノームズ・シェル)!」


 地咲の声とともに、舘岡とグランスの間に岩の盾が現れた。

 白い大剣が岩に阻まれた隙に、舘岡が後ろへと跳び退る。


 さらに火音が、飛び出しざまに炎を纏った拳を繰り出した。

 グランスがようやく見えざる手を動かし、炎の連撃を受け止める。

 引き際をわきまえてさっさと戻ってくるあたり、空手の有段者だけはある。


「お前ら……ッ!」


「今のは言いっこなしだよ、亮平」


「死んだら元も子もないっしょ?」


 火音と地咲にぴしゃりと言われた舘岡は、不機嫌そうに得物を構え直す。

 その様を見たグランスは、勝ち誇ったように笑った。


「一対一はオレの勝ちだな……。さあ、余興は終わりだ」


 不可視の“手”が動く。

 その周囲だけ、わずかに景色が歪んでいるように見えた。


「こっから先はパーティだ! 盛り上がっていこうじゃねえかっ!」


 吼えるグランスを前に、里緒菜は手にしたサーベルを構え直した。

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