表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/150

涙の撤退

お読みいただき、ありがとうございます!

 朱色の空に、鉄扉が開く音が響き渡る。

 一拍おいて、城壁の向こうから歓声が聞こえはじめた。


「城門が、開いた……⁉」


「ええい、機械室の者どもは何をしていたのだ……っ!」


 零仁が呻く横で、リカルドが悔しげに顔を歪ませる。

 その時――。


「……飛沫針撃スプラッシュ・ニードルッ!」


 楢橋の声が響いた。取り巻いていた鷹の軍装が数人、倒れ伏す。

 次の瞬間、楢橋は堀へと身を躍らせていた。


「クソッタレ、待てっ!」


 声を荒げて堀の水面に降りた時、楢橋はすでにはるか彼方にいた。

 飛沫をあげて進んでいるあたり、水上移動の魔法を使っているらしい。


(大剣がない……! でも、ここで逃せるかっ!)


「【音速剣刃(ソニック・スラッシュ)】ッ!」


 走りながら放った二筋の白雲が、楢橋を追う。

 しかし彼我の速度と距離、弧の大きさが相まってか、その背に当たることはない。


(えいクソッ!)


 なおも追うと、程なく北側の水路に出る。

 楢橋は北東側の水路から外に出るつもりだろう。


「敵の数は減ってる! 弾き返せっ!」

「城壁の上はダメだ、最上位級(ハイエンド)に荒らされて……!」

「防衛線はどこに……⁉」

将軍(うえ)は何やってんだよ……!」


 聞こえてくる怒号から、指揮系統が混乱しているのが手に取るように分かった。

 グランスが城壁戦の指揮を執る中、リカルドが遊撃に移ったとあっては無理もない。


(グランスさんは……⁉ 輝良やカティは無事かっ⁉)


 だいぶ息が上がってきた頃、東の方角がにわかに騒がしくなった。

 同時、かなり先を走る楢橋が堀の上に躍り出る。


(味方の部隊に合流する気か⁉ やらせるかっ!)


 同じ位置で水路から上がると、果たして楢橋は兵士たちの一団に駆け寄っていた。

 黒地に緑の蛇がのたくった紋章の旗からして、バルサザールの部隊だ。


「【波濤の聖女(ウェイブ・セイント)】ですっ! 任務から帰還しましたっ!」


 兵士たちに告げるとともに、空に向けて何かを放った。

 信号弾として使われる青い光が、一番星のように夕焼け空に輝く。


「おおおおっ! よくやってくれたっ!」

「やるじゃねえかっ!」

「よし、あとは我々が……!」


焦天墜火(バーン・フォール)!」


 歓喜する敵軍の兵士たちの只中に、赤い火球を叩き込む。

 爆ぜた炎で、一団の半ばまでが黒焦げになって倒れた。

 楢橋はとっさに水の結界でも張ったのか、焼かれる気配はない。


「……しつこいんだけど?」


 嫌悪の視線を向けてくる楢橋に、にへらと笑って見せる。


(わり)いね……それだけが取り柄なんだよっ!」


 熱気収まらぬ中、楢橋に向けて駆けようとした時。


 ――風が吹く。見知った視線の感覚。


「……波留ッ! 風、我が掌に集いて(やじり)となれ! 風矢操弾(エアロ・ダート)ッ!」


 声は空から響いた。

 背筋に走った悪寒を信じて、大きく後ろに跳ぶ。

 数瞬前までいた空間に、黄金色の風弾が無数に振り落ちる。


「里緒菜……ッ!」


 震える楢橋の声とともに、白い魔法の戦衣(マジック・ガーブ)に身を包んだ颯手が舞い降りた。

 黒髪を風になびかせ、右手のサーベルを構える。


「……零仁くん、久しぶり」


「こっちの陣を覗き見しまくってた分際で、よく言うぜ」


 吐き捨てるように言って、ざっと周りに目を転じる。

 場にいるのは颯手と楢橋の他、兵士の一団の生き残りが二〇程度。だが後続が来るのは目に見えている。


旧王派(おれら)は朝から戦いっぱなし。しかも俺は楢橋と()り合った後、か……)


 わずかな補給や休憩の時間はあったものの、転移者を喰えたわけでなし。

 体力もさることながら、魔力(マナ)の限界が近いのが身体の感覚で分かる。


 対する敵方は真逆だった。 楢橋はともかく、颯手や他の級友(かたき)は城門が開くまで温存されている。

 敵兵たちがにじり寄る。それを制して、颯手が前に出た。


「零仁くん……投降して」


「……はあ?」


 まったく予想していなかった言葉に、思わず間の抜けた声が出る。

 敵兵たちや楢橋すら、耳を疑っていそうな表情で颯手を見ていた。


「この城は陥ちる。本城が陥ちたら、もう終わりでしょ?」


「ッハハハハ! 何を言い出すかと思えば……」


 言いながら右手の剣を取り回し、ひたりと止めて――。


「……【音速剣刃(ソニック・スラッシュ)】!」


 雲の弧刃を、颯手目がけて解き放つ。


「里緒菜ッ!」


 楢橋の悲壮な声が響く。


「クッ……!」


 颯手はすんでのところでサーベルに光を生み、雲の刃を斬り弾いた。

 その様を見て、零仁は鼻を鳴らす。


「寝言は寝て言え。舘岡やハゲが認めるとでも思うのか?」


「これで零仁くんを連れてったら私の功績だもんっ! そうしたら何だって……!」


「頭、お花畑かよ。目の前で息子を()られた父親が、そんな甘っちょろいこと認めるはずがねえ。なにより……」


 両手に持った双剣を取り回し、颯手たちの首の位置をなぞるように動かした。


「お前ら全員、ここでブッ殺せば済む話だろうが」


 颯手が口を引き結ぶ。

 兵士たちや楢橋から、ちりつく殺気が迸る。

 その時――。


「……ガッハハハ。同感だぞ、レイジ」


 声とともに、夕日の光が陰った。

 振り仰げば一抱えほどもある岩が、颯手たちを目がけて墜ちていく。


「里緒菜ッ!」

「ッ……散開!」

「うわああっ⁉」

「どっから……がっ⁉」

「逃げろ、この声……!」


 岩が砕け散る音が、色とりどりの喧騒を掻き消した。

 濛々と舞い上がる土煙の向こうから、白馬に跨ったグランスが悠然と姿を現した。

 横合いの道から出てきた後ろには、ウンブラの姿もある。


 そんな中、零仁は敢えてため息を吐いて見せた。


「……見てたんなら助けてくださいよ」


「ただ見てたわけじゃあねえよ? 投げるのに手頃なもんがなかったんでなあ」


「輝良たちは無事ですか?」


「いの一番で主棟まで駆けさせたさ。オレ達もさっさと引き籠るぞ」


 話しながら、空馬のウンブラに跨る。

 早くも晴れた土煙の向こうからは、風の結界を纏った颯手と楢橋が現れた。


「まあそんなわけで、だ……。お嬢ちゃんたち、主棟まで来な。第二ラウンドといこうじゃねえか」


「なにを……ッ!」


「ガーッハッハッハ! 【武極大帝(タイラント)】の坊やにも伝えておけよ、『続きやろうぜ』ってなあ! 行くぞぉ、レイジ!」


 睨みつける颯手を尻目に見ながら、グランスは馬を駆けさせる。

 零仁は無言で馬を走らせた後、ふと後ろを振り返った。崩れ落ちそうな楢橋を支えた颯手が、じっと零仁のことを見ていた。


 *  *  *  *


 生き残った味方がそこかしこで踏ん張っているおかげか、内廓の中に敵兵の姿はなかった。

 すでに鷹騎士団(アードラ・リッター)が多数、主棟周りの城壁を固めている。


 主棟に入ると、すでにリカルドと輝良、アリシャが顔を揃えていた。


「レイジくん……っ!」


「良かったあ、ご無事で……!」


「よしよし、二人ともよく無事だったな」


 抱きついてくる輝良とカティの髪を撫でていると、リカルドが頭を下げた。


「すまない、判断を誤った」


「俺だって【波濤の聖女(ウェイブ・セイント)】を仕留められてませんよ。それにしても……なにがあったんです?」


「我が直卒以外は入れるなと厳命しておいて、このザマだ。私もよくよく人望がないらしい」


 そう言ったリカルドの顔には、自嘲気味な笑みが張りついていた。


鷹騎士団(アードラ・リッター)にまで内通者がいたってことか。しかもかなり幹部(うえ)のほうに……)


 かける言葉を見つけられずにいると、グランスがため息を吐いて口を開く。


「反省会は後だ。今はこの場をなんとかするぞ」


「そうっすね。どっかの誰かさんが煽り散らしたおかげで、すぐに最上位級(ハイエンド)の連中がすっ飛んでくるでしょうし」


「ガッハハハ、その通りだ。まあそんなわけで……」


 グランスは表情を引き締めて、アリシャと零仁たちを交互に見た。


「オレが主棟(ここ)で敵を引きつける。お前たちはその間にゼフィル砦まで退け」


 一瞬、場の空気が凍りついた。

 しかしすぐに、アリシャが前に出る。


「嫌よ、あたしも戦うっ! みんなで戦えば、まだ……!」


「ああ、そうだ……みんなで戦えば何とかなる。だが今は退け。お前さんが生きてれば、いくらでもやり直せるんだからな」


「……ならば私が残ろう。この城の主である以上、順当だろう」


 そう言って進み出たリカルドに、グランスはあっさり頭を振った。


「お前の直卒はまだ無傷の者が多いだろう。やり返す時の主力になる」


「ここは私の城だぞっ⁉ 父祖の代から治めてきた城をみすみす明け渡すなど、できるものかっ!」


「城なんぞ後で取り返せばいい。オレが打って出たら、直卒をまとめて西門を突破しろ。今なら手薄だし、アリシャの囮にもなる」


「グランス、お前……!」


「心配すんな、適当にやって切り上げるさ」


「……分かった。武運を祈る」


 リカルドはグランスと抱擁すると、部屋を出ていく。

 入れ替わりで、クルトとメイアが入ってきた。


「グランス様、準備が整いました。いつでも行けます」


「おう、ご苦労。それじゃ、このじゃじゃ馬を引っ張ってってくれ」


「嫌よっ、嫌……おじ様っ!」


 見えざる手で突き出されたアリシャを、クルトとメイアが羽交い絞めにする。

 アリシャはなおも暴れていたが、クルトが掌を当てるとこくりと眠りに落ちた。魔法で眠らせたのだろう。


「よし、お前らも無事でな」


「……どうか、ご武運を」


「アリシャ様を安全な場所までお送りしたら、すぐ救援に参ります」


 クルトたちが出ていくと、グランスは零仁たちを見た。


「ほれ、お前さんたちも早く行きな。級友(オトモダチ)の何人かは()っちまうかもしれねえが、勘弁な」


「……俺も残ります」


 零仁が進み出ると、グランスは鼻を鳴らした。


「ナマイキ言ってんじゃねえよ。そのバテバテのザマで、何ができる?」


「でも……!」


「安心しろ。オレは昔から運がいいほうでな。唯一恵まれてないのは女運だけさ」


 グランスは笑いながら、零仁たちの頭を見えざる手でポンポンと叩く。

 輝良もカティも、何かを察した顔でグランスを見ていた。


「お前らに何かを強いる権利は、オレにはねえ。ただできることなら……あいつを、アリシャを頼む」


「なんで、そうまでして……」


「一番の友人……日本だと親友(マブダチ)って言うらしいな。そいつと約束したのさ。ただの少女として育てる、ってな」


 グランスはそう言いながら、傍らにある抜き身の大剣――罪斬之剣(クライム・ヴェイン)を担いだ。

 白い刀身は血で汚れてはいるものの、燦然とした輝きを保っている。


「その約束を反故にして、アリシャを巻き込んじまったのはオレだ。責任は取る」


「だったら……だったら生きてくださいっ! 最後まで責任取ってくださいよっ! こんなところで……っ」


「ガハハ、言ったろ。適当にやって切り上げるさ……さあ、もう行けっ!」


 なおも言い募ろうとすると、片袖を引っ張る者があった。

 見れば輝良が、「行こう」とばかりに零仁を見ている。


 無言で一礼し、輝良とカティを連れて部屋を出る。

 扉の前でもう一度振り返ると、グランスは無言で左手を掲げて見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ