不落のグスティア【零仁/里緒菜】
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零仁たちがグスティアに到着してから、二日後の朝――。
バルサザールとダグラスの連合軍が、グスティア城下町に布陣した。南街道からノトゥン砦を経由してきた部隊との合流を待っていたのか、到着が妙に遅い。
攻城が始まって数時間後、零仁は東側の城壁に立っていた。眼下ではバルサザール軍の先鋒部隊、約五〇〇の兵が動いている。
「【音速剣刃】ッ!」
諸手で握った大剣を振るい、白雲の弧を放つ。
跳躍してきた兵士たちが空中で上下に断たれ、堀へと落下した。眼下の敵兵が露骨に顔をしかめるのが見える。
(よし、思ったとおり。刃の大きさに応じて威力と射程が伸びるな。ブン回せる場所は限られるが、魔法並みの距離を消耗なしで撃てるのはデカい……!)
この大剣、エウロ砦で戦った佐伯が使っていたものだった。崩れた砦跡の中から通信想石を掘り出す過程で、グランスが見つけたのだ。
魔法の鍛冶師製ではないが、分厚い造りで強度は十分。鍔の先まで伸びた長柄も扱いやすく、すっかり気に入っている。
ふたたび跳びかかってきた数人の兵士を、同じく【音速剣刃】で斬り払う。
城壁上の弓兵たちが、一斉に拳を振り上げた。
――ウオオオオオオオッ!
――【遺灰喰らい】! 【遺灰喰らい】! 【遺灰喰らい】!
(相変わらず恥ずいが……級友どもを引きずり出すためだ。文句も言ってられねえ!)
午前の開戦からこの方、颯手ら最上位級をはじめとする敵方の級友たちは姿を見せていない。
おかげで敵方の攻城は矢と魔法による攻撃と、城壁の上へと跳ねてくる兵士たちのみ。今のところ、こうした前線部隊を迎撃するだけの簡単なお仕事だ。
グスティアの城壁には対魔法の防御式句が施されており、生半可な攻撃魔法では傷ひとつつかない。跳ね橋に守られた城門も同様で、敵方の魔法部隊はすでに士気を失いつつあった。
兵士たちが跳んでくる間隔が長くなったころ、グランスが城壁に上がってきた。
「おう、やっとるな! 代わってやるから、メシ食ってこい!」
「分かりました、あざっす!」
「ゆっくりでいいぞお! 敵さん方、早くもやる気がなくなっとるようだからなあっ! ガーッハッハッハッ!」
わざと聞こえるように言っているのだろう。零仁は苦笑しつつ城壁を降りる。
補給所は城壁のすぐ下にあり、兵士たちが手当てを受けたり食事にありついたりしていた。見渡す限り、重傷者はほとんどいない。
「……レイジく~ん、こっちこっち!」
声のほうを向くと、藍色の道服にエプロン姿の輝良がいた。隣には同じくエプロン姿のカティもいる。
いかに定点防衛戦といえど、城壁の上には矢玉がひっきりなしに飛んでくる。
運動神経が壊滅的な輝良は、【星眼の巫女】でレーダー役をしつつ、こうして配給の手伝いをしているのだった。
「お疲れ。カティもありがとな」
「このくらいしかできませんから……はい、どうぞ」
「あっ、カティちゃんずるいっ! わたしの一番に食べてもらうつもりだったのにっ!」
二人の前には握り飯がずらりと並んでいる。輝良の握ったものは不格好だが、ひとつだけやたら大きい。
輝良の後ろでは、護衛代わりのガウルが握り飯を羨ましそうに見つめている。
攻城戦では、さすがに魔物の出番がない。使役した他の魔物とともに外に放とうかとも思ったのだが、リカルドの日頃の努力が奏功してかロクに魔物がいないので断念したのだった。
「どっちも食うから安心しろ……。それよりクラスの連中、どうだ?」
握り飯を頬張りながら問うと、輝良は首を振った。
「射程を切り替えて見たけど、街の郊外にいるみたい。ダグラス公もそこにいるから、本陣待機って感じじゃないかな」
「兵を無駄死にさせてる状況なのにか……何のつもりなんだか」
舘岡なら、性格的に真っ先に突っ込んできそうなものだ。
しかし実際は、開戦直後に強弓を数射したのみ。それもクルトの風の結界で防がれて、あっさり退却している。
「皆さんのお話を聞いてると、敵方の士気は低そうですね。ダグラス公の部隊は戦闘に加わっていないようですし」
「えっ……戦ってないなら、何してんだ?」
「物見の人が言ってたけど、略奪を防ぐために城下を警護してるらしいよ。ダグラス公って、そういうの大嫌いなんだって」
カティの言葉に眉をひそめると、輝良が苦笑する。
「そいつはご苦労なこって。でも、このまま何も起きないってのは考えにくいな」
「やるとしたら内応だろうけど……城の中、ガッチガチだからねぇ」
エウロとノトゥンの陥落を受けて、リカルドはグスティア内部の守りを神経質なまでに固めていた。
直属の鷹騎士団は城内の巡回と物資管理にあたり、参じた領主たちの部隊は城壁の守備に回されている。
城門の開閉を司る機械室に至っては、リカルド自身が詰めて指揮所にする警戒ぶりだ。
「ま、前線の兵士を全員のめせば、次の動きがあるさ……ごちそうさん。もうひと暴れしてくるよ」
笑顔で見送る輝良とカティを残して、零仁はふたたび城壁の上へと出た。
相変わらず味方が優勢で、敵兵はただのひとりも城壁の上にたどり着けていない。
(颯手、なに企んでんだ? いや、企んでんのはむしろあのハゲのほうか……?)
生ぬるい風に視線を感じる中、零仁はふたたび大剣を振るった。
◆ ◆ ◆ ◆
一方その頃、里緒菜はグスティア城下の郊外から攻城の様子を見守っていた。
例によって千里眼の魔法だが、零仁も戦っている最中ゆえか、いちいち掻き消してこない。
(引っ掻き回したいのは分かるんだけど……引っ掻き回せてないよねえ、これ)
跳躍する歩兵たちの数が減ったからか、旧王派方の攻撃は城壁を取り囲む弓兵や魔法兵にまで及んでいた。
先鋒隊の壊滅まで、それほど時間はかからないだろう。
(策士、策に溺れるってやつにならないといいけど……)
周囲でイラついているのは舘岡くらいで、他の級友たちは暇そうにしている。
忙しく働いているのは、負傷者の救護を手伝っている波留くらいだ。
『――門は内応によって開きます。転移人隊は内部での決戦に備え、温存しておくように』
開戦前、バルサザールから出た指示だった。
以来、こうして計が成るのを待っているのだが、事態が動く気配は一向にない。
(ポシャったならそう言ってくるだろうけど……それを言ってこないってことは、引っ掻き回し役のお鉢が回ってきたりして)
考えていると、バルサザールとダグラスが歩いてきた。
離れた位置で何事か打ち合わせていたあたり、内部の情報が入ったのかもしれない。
「【業嵐の魔女】殿、ひとつ頼まれてはいただけませんかな」
「はい、なんでしょう?」
「内応の件ですが……城内の警備が厳しく、思うように動けぬようで。どうか皆様のお力で、ひとつ掻きまわしてはいただけませんかな」
(ほら、来た)
げんなりする気持ちを顔に出さないように努めながら、首を傾げて見せる。
「掻きまわす、といいますと……?」
「正面には【大いなる御手】と【遺灰喰らい】がいます。半端に攻め手の圧を強めても、痛手を被るのはこちらでしょう……。そこで少数で城内に潜入し、内部の警戒を引きつけて頂きたいのです」
無茶振りもいいところだった。そも攻めの圧が足りないのが原因なのだ。
かといって総攻めを提案すれば、対【大いなる御手】と【遺灰喰らい】を理由に反対されるに決まっている。
普段なら口を挟んでくる舘岡も、そのあたりを見越しているのか何も言ってこない。
「潜入や移動の能力を持つ者は限られてます。そもそも侵入経路がないことには……」
「なに、無理に潜入する必要はありません。小火でも誤報でもよいのです。ダリアの森での雪辱、晴らせる好機ではありませんかな」
(チクチク痛いとこ突いてくるんだよねえ、このハゲ……)
ダリアの森での追撃失敗は、諫めたにもかかわらずコーネリアスが突撃を強行した、ということで一応の決着を見ていた。ダグラスの口添えもあって、里緒菜の立場も悪くなっていない。
だがバルサザールにしてみれば息子の軍歴に泥を塗られたうえ、精鋭の騎兵たちを喪っているのだ。面白くないに決まっている。
「内応が為せぬというのであれば……ここらで手打ちも、ひとつの選択肢ではないかな?」
口を開いたのはダグラスだった。
王都からの督戦役としてついてきているものの、ダグラス麾下の部隊はグスティアで略奪防止の見張りをしている。おかげでバルサザール方の傭兵たちは不満たらたらだ。
「ダグラス殿、それでは私の面子が立たぬ。コーネリアスの命すら危うかったのだ……。せめて【大いなる御手】と【遺灰喰らい】の首くらいはもらわねばね」
「しかしこのままでは、いたずらに兵を消耗するばかり。城内から【大いなる御手】が打って出てくるようなことあらば、先手はたちまち壊滅しよう」
「そこは転移者たる貴殿の出番であろうが! 一体、貴殿はなんのつもりで……!」
バルサザールが食ってかかった時――。
「あの、ひとついいですか? わたし、城内をかく乱できるかもしれません」
聞き慣れた声に目をやれば、波留が真剣な面持ちで手を上げていた。




