籠城へ
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旧王派の残軍はトリーシャ大橋を渡った後、エウロ砦の周辺で休息をとっていた。もっとも砦の設備は使いものにならず、ほとんどの者が野営である。
その一角で、零仁と輝良はアリシャやグランスたちとともに、一抱えほどもある磨き上げられた石玉――通信想石を囲んでいた。
グランスが砦の焼け跡から掘り出し、ノトゥン砦との連絡を試みたのだ。
『砦は無事なんですがね。外壁に別の仕掛けがあったみたいで……』
『派手にやられました。さすがに、ここでは守りきれませんね』
淡い光を放つ石玉から、ノトゥン砦にいるドリーとアンリの声が響く。
表面に刻まれた式句が、いわば電話番号に相当するらしい。石ごとに付与された式句を魔力とともに刻むことで、対応する石と通話ができるのだという。
「やはりそっちも似たようなもんか。兵はどのくらい残ってる?」
『砦の連中は全滅です。オレたちが連れてきた分の生き残りが、五〇〇ほどですね』
「分かった。砦の物資を持てるだけ持って、グスティアまで退け。そこに留まればハゲマムシが増援を送ってくるだろうからな」
『了解です。グスティアでお会いしましょう』
『皆さんも、どうかご無事で』
アンリの言葉を最後に、通信想石の光が消える。
グランスはため息を吐き、リカルドに視線を向けた。
「あのハゲマムシ、だいぶ派手にやってくれたな」
「北のボレアは御老公に任せるとして、動ける兵をすべてグスティアに集めよう。そうでなければバルサザールとダグラスを跳ね返せん」
(それしかないよな……ヴォレア砦もまだ陥とせてないらしいし)
エウロとノトゥンの両砦が落ちた以上、河西部への浸透は避けられない。グスティアで敵を迎え撃つほか道はないだろう。
「それにしても、なんでこんなに裏切りが多いのか……。ビクリム男爵も、ノトゥンのサーディー子爵も亡くなったんですよね?」
アリシャが顔を俯ける。
エウロ砦の守将ビクリムの亡骸は、通信想石を掘り出す過程で見つかっていた。守備兵の遺体とともに埋葬を済ませたが、アリシャの落胆は深かった。ノトゥン砦も同様の状況だろう。
「大方、ハゲマムシが貴族評議会と組んで、空手形で寝返らせたんだろう。さっき河の向こうに出た伏兵も、こっちで雇ってた連中がいた」
「そんな……! 王都との税交渉が有利になれば、領主も領民も救われるのに!」
「いつの時代も勝ち馬に乗るやつはいる。東側の領地を約束されりゃ、今の領地に住む民なんざ知ったこっちゃないのさ」
「みんな、自分のことばかり……!」
「いい膿出しができたと思え。グスティアでハゲマムシをぶちのめして、ダグラスと話をつけりゃ終いだ。むしろそのほうが早いかもしれん」
からからと笑うグランスに、リカルドが呆れたように首を振った。
「そう願いたいものだな……。ともあれ、グスティアまで退くぞ」
* * * *
グスティア城は、エウロ砦から真西の位置にあった。
馬で進むこと一日ばかり。魔草――馬用の強化餌――を食ませ、強化魔法を使えば数時間の距離だ。
森を抜けると、川に沿って広がる城下町が見えた。高い城壁の向こうに、尖塔をもつ城がそびえる。流れる川はトリーシャ河から引いた用水らしい。
「中世レベルの街って、思ってたよりきれいなんだな」
「家の数も多い~。西側で一番って言うだけあるね~」
輝良と一緒に、馬上からきょろきょろと街並みを見回す。傍から見れば完全に御上りさんの挙動だろうが、珍しいものは珍しいので仕方ない。
「ガハハ。ここより綺麗な城下町は、ラステリオか王都くらいだろうな」
先頭のグランスが笑う。
この世界に降り立ってから、初めて見る”街”だった。
縁あって数ヶ月を過ごしたアウザーグ村の他は、ずっと陣中暮らし。野駆けのついでに小さな村に立ち寄ったりする程度で、これほど立派な街並みは見たことがない。
「なにを言うか。王都にもラステリオにも、負けているつもりはない」
「ダグラスに聞かせてやんな。領地の景観で勝負してくれりゃ、血も流れずに済む」
(それにしても……妙だ。これだけ立派なのに人がいない?)
不思議に思いながら堀にかかった跳ね橋を渡り、城門を潜る。
城壁は二重構造で、内側にも堀があった。用水路の水をそのまま堀に引いているらしい。
兵たちを外廓を入ったところで解散させ、内廓の堀を抜ける。
内廓の中は水路と浮島による迷路のような庭園になっており、真ん中に主棟がある設えになっていた。この庭園が、最後の防壁の役を担うのだろう。
主棟の居間では、車椅子に座る黒髪の美女が待っていた。不思議なことに、車椅子を押す者の姿はない。
「お帰りなさいませ。アリシャ様、グランス様もご無事で何よりです」
「うむ、想像以上に酷かったがな。紹介しよう……我が妻、エレインだ。領地の差配を任せている」
「エレイン・ヴァン・ヴェルデュールです。【遺灰喰らい】と【星眼の巫女】のお二人ですネ。お噂はかねがね……」
「あ、はい。【遺灰喰らい】、レイジ・フツガワです」
名乗りながら、零仁はエレインを観察する。
リカルドの妻と聞いて三十代半ばを想像していたが、髪も肌も二十代のように若い。紫の道服がよく映えていた。
(この人が“不動”のエレイン……? 想像してたより普通だな)
“動かずして、すべてを動かす”とされる、旧王派の智嚢――。
話に聞くほどの威圧感はなく、ただ静かに微笑む姿は病弱な女性のようだった。
「エレイン……! まだ城にいたのですか。あなたこそ早く避難を!」
挨拶を済ませると、アリシャがエレインに駆け寄った。
「リカルド様がいないのですもノ。わたくしが取り仕切らねば」
苦笑しつつも、その声は芯が通っている。
「領民の避難はガラハドに任せました。志願兵はすべて城に入れています」
「よし、ご苦労だった。そなたも避難しろ。兵を五〇〇つける」
「一〇〇で結構です。今は一兵でも多く、城内に残すべきでしょう」
「ガハハ、心配すんな。オレとリカルド、それに【遺灰喰らい】がいる。ドリーやアンリも合流するんだ。陥ちるわけがねえ」
からからと笑うグランスに、エレインは険しい表情で首を振った。
「転移人がいるのは敵も同じです。最上位級がいれば、堀や地の下にも道を作りましょう。御武運を……」
言うや、車椅子が静かに動き始めた。 向きを変え、滑らかな動きで廊下へと去っていく。エレイン自身の魔力で動かしているらしい。
アリシャとリカルドが後を追い、部屋にはグランスと零仁、輝良だけが残された。
「……すげえな。ある意味、元の世界よりハイテクじゃねえか」
「エレインが自分で作ったもんだ。想石技術の開発から、領民の避難の手配まで……体は動かなくても、頭ん中は忙しくしてるのさ」
グランスは笑って言うと、零仁と輝良を見やった。
「さ、オレたちも忙しくするとしようか。まずはしっかり食って寝とけ。ハゲマムシとダグラスが来るまで、まだ数日かかるだろうからな」
* * * *
食後、零仁は夕焼けに染まるグスティア城の外壁に立っていた。
輝良は行軍の疲れもあってか、食事を終えるなり床に就いている。
(ここが決戦の地、ってか)
眼下では、兵たちが次々と入城していた。
城内の兵はグランスの手勢が一〇〇〇、リカルドの鷹騎士団が二〇〇〇。そこにノトゥン砦の生き残り五〇〇、さらに西側諸侯の援軍が加わり、計四〇〇〇ほどの規模となる見込みだ。
(バルサザールがどれだけ集めたか分からないけど、兵数では勝ってる)
グスティアの城をぐるりと見回す。
二重の堀と城壁。最奥の主棟の前には、庭園による防壁。
ネロスと同様、島内の堅城の一角に数えられるだけはある。
(素人目にも、陥ちそうにねえ。なのに……この胸騒ぎはなんだ?)
その時、一陣の風が吹いた。
生暖かい風が周囲を取り巻き、誰かに見られているような感覚に襲われる。
(来たな、颯手)
黒い炎で風を払い、零仁は東の空を見据える。
――その夜、バルサザールとダグラスの連合軍三〇〇〇が、エウロ砦跡地を通過したとの報が入った。




