造反者たち
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トリーシャ河に面したエウロ砦の東門からは、依然として鬨の声が響いていた。
どうやらグランスたちは、まだ門を突破していないらしい。しかしそのおかげか、最初に倒した傭兵たち以外は、零仁たちに気づいた者はいなさそうだった。
(グランスさんがその気になれば、門を壊すくらいワケなさそうだが……。壊せば砦として使えなくなるからな)
零仁はその場で身をかがめながら、改めて砦の内部を見回した。
敷地はちょっとした運動場ほどの広さで、四方を壁に囲まれた中央には主棟、壁際には倉庫らしき小屋が並んでいた。東西の門脇には検問の屯所らしき建物もある。
敷地の至るところに、兵士の屍が転がっていた。装備が揃っているところを見るに、元々の守備兵だろう。
(門はたぶん、あの屯所から開ける仕組みだな。一度は敷地に降りるしかねえか)
そう考えた時、城壁上を数人の敵兵が走ってきた。零仁の足元の屍を見るなり、血相を変える。
「帰りが遅いから見に来てみれば……!」
「おい、てめえ何者だッ!」
「魔物を連れてる……転移者かっ!」
叫びながらも攻め込んではこない。雇われである以上、転移者と関わるのは御免なのだろう。
そんな兵士たちの様子を見た零仁は、へらりと笑った。
「いやあ、名乗るほどの者じゃないっすよ……。奪られた砦を、返してもらいに来ただけでねっ!」
斬獲双星を構え、弾けるように動く。
右手の剣で斜めに斬り降ろし一人、左手の剣を跳ね上げて二人目を屠る。逃げを打つ三人目は、身体を軸に回転し、舞うように斬り裂いた。
「あっ、がっあああっ……!」
最後の断末魔で、敷地の兵の視線が一斉に零仁へ向く。
「今の声……あいつは何者だ⁉」
「まさか敵襲……!」
「どっから入りやがった……ぎゃあっ!」
叫ぶ傍らに、ガウルたち魔狼が飛びかかった。いつの間にか壁から飛び降りていたらしい。
(気づかれたか……! 東門まで行くぞ、邪魔なヤツは蹴散らせ!)
零仁が壁から飛び降りると、敵を屠ったガウルたちが吠える。
騒ぎを聞きつけたのか、小屋や主棟からも続々と敵兵が現れた。手にした得物はすでに抜かれ、殺気だった顔がこちらに向く。
「おやおや、ずいぶんと大勢いらっしゃる……! やるぞ、お前らっ!」
一声かけると、敵兵が鬨の声を上げ突進してくる。
零仁は走り出し、敵の目前で跳躍。斜めに傾いた竹とんぼのような動きで数人の首を薙ぎ、一群の中央に降り立った。
「てめえッ、やりやがったな……!」
「【影潜り】!」
言葉を遮り、巨漢の傭兵の影へと潜る。影の中で身を屈め、ふたたび跳躍。回転する身体と両剣の刃が、プロペラのように敵を裂いた。
「ぎゃあっ!」
「ふごっ!」
「ひぎゃっ!」
「んぐあっ……手が、手がああっ!」
瞬時に四人を斬り裂き、中空へ。
唖然とする敵兵を見下ろしながら、零仁は左手をかざした。
「焦天墜火!」
小さな太陽のような火球が着弾し爆ぜ、炎の舌が背後の敵を焼き払う。
火だるまになった傭兵に魔狼たちが襲いかかり、二匹一組で爪牙を突き立てていく。
(弱い……。味方の振りで砦に入ってから襲ったクチか)
主棟を睨んだ、その時。
外壁の向こうから馬蹄が響いた。トリーシャ河とは逆、西門のほうだ。
(援軍か……? それとも……)
訝しんでいると、西門の上に影が躍り上がった。またたく間に、零仁から少し離れた位置に着地する。
白地に青の刺繍を施した軍装に、鷹を模した兜。右手には、紫炎を纏うサーベルを持っている。
(騎馬で、門を飛び越えた……⁉)
零仁が身構えていると、鷹兜の騎士が馬を寄せてきた。
「何者だ。この惨状……貴様の仕業か?」
壮年の男の声。年頃はグランスと同じほどか。
ぎらついた口調だが、この状況なら当然だ。
「【遺灰喰らい】、レイジ・フツガワ。グランス公爵の軍で世話になってます」
「【遺灰喰らい】……貴殿があの“砦陥とし”の?」
構えを解かぬまま告げると、騎士は兜の面を上げた。
茶色の口ひげが精悍さを際立たせる偉丈夫だ。
「グスティア領主、リカルド・ヴァン・ヴェルデュールだ。戦場ゆえ、馬上だが許せ」
(グスティア領主、リカルド……この人が?)
西側諸侯の重鎮にして、旧王派の本拠を守る城主――。
グランスの言葉を思い出す間にも、リカルドと揃いの軍装を纏った騎兵たちが次々と外壁を飛び越えてきた。数名が下馬して西門の屯所に入ると、重々しい音を立てて門が開く。
間髪入れず、鷹を模した騎兵たちが砦へ雪崩れ込んだ。外壁を飛び越えた者も、門から入った者も、その動きは整然としている。
(あれがリカルド公爵の直属、鷹騎士団か……)
「……グランスはどうした? 近くに来ているはずだろう」
騎兵たちの動きに見とれていると、リカルドが馬上から声をかけてきた。
「橋で足止めを食らってます。河の向こうに伏兵も出ました。俺は先に砦を落とそうと思って、能力で渡ってきたんです」
「お前と魔物だけで中庭を制圧したのか? なるほど、グランスが目をかけるわけだ」
リカルドが苦笑しながら、ガウルたちを見る。
「急いで東門を開けましょう。そうすれば伏兵がいても、こちらが有利です」
「グランスがいれば伏兵など問題ないだろうが……まあいい。その間、我らは通信想石室を制圧する」
「通信想石……?」
「貴殿らの世界でいう電話のようなものだ。それなりの拠点には大体設けられている。ネロスと通じられると厄介だし……指揮官は必ずそこを守る」
リカルドの視線が、主棟の最上階へと向いた。
エウロを陥とした裏切り者も、そこにいるのだろう。
「分かりました、俺も行きます。転移者の傭兵がいるはずなんです」
「フン……なぜ知っているかは、動きながら聞こうか。行くぞ」
リカルドは下馬すると、主棟へと歩を進めた。
* * * *
主棟内での戦闘は、拍子抜けするほど呆気なかった。
傭兵たちは数こそ多いが、質は外で戦った者たちと大差ない。加えて、リカルドと鷹騎士団が異様に強い。
ほどなく零仁たちは、主棟の二階へ到達した。
トリーシャ流域の要衝らしく、教室二つ分ほどの広さ。中央の長テーブルを挟むように、三〇ほどの傭兵が陣取っている。
その奥には鎧をまとった初老の騎士と、大剣を背負った黒髪の青年が一人。
「おい、【一対の手練】! 貴様が集めた連中、まるで役に立たんではないかっ!」
「仕方ないでしょ。簡単な仕事だなんて言うから、ショボい奴ばっか集まったんだ。まさかリカルドさんが来るなんて思わないって」
初老の騎士が喚くのを、黒髪の青年が面倒そうにあしらう。
黒髪は東洋系の顔立ち。革鎧に籠手脚甲という凡庸な装いながら、気だるげな雰囲気が妙に印象に残った。
「……ベルトラン、やはり貴様か。裏切りの報いは受けてもらうぞ」
リカルドが進み出ると、初老の騎士――ベルトランは顔を引きつらせた。
「ええい、こんなところで終われるか……っ! 【一対の手練】、ここは任せたぞっ!」
ベルトランは一方的に叫ぶと、階段を駆け上がり姿を消す。
残された黒髪は、苦笑しながら肩をすくめた。
「やれやれ……。雇い主がショボいと、こっちが苦労しますよ」
「【一対の手練】、旧王派につく気はないか?」
「リカルドさん直々のお誘い、光栄ですけどね……。あいにく生まれてこの方、長いものには巻かれる主義なんですよ」
リカルドの問いに応じ、大剣をゆらりと抜く。
「エウロがこんな有様なんだから、バルサザールさんや王都のお歴々も本気なんでしょ? そうなると、旧王派に未来はなさそうだしね」
「今ここで討たれるとしても、気は変わらんか」
「やってみなきゃ分からない。それにコウモリみたいな真似しても、どのみち同じでしょう」
「そうか……ならば、何も言うまい」
リカルドがサーベルを構えると、黒髪は零仁のほうへ視線を向けた。
「日本人なんて久々に見るね。【一対の手練】、佐伯直哉だ。キミは?」
「【遺灰喰らい】、祓川零仁」
名乗りを返すと、黒髪もとい佐伯が目を細める。
「へえ、キミが噂の……。それじゃキミとリカルドさんの首を取って、バルサザールさんへの土産にしようかな」
「やれるもんなら、やってみてください。そう言ってやれたヤツ、今までいませんけどね」
「フッ……減らず口を!」
佐伯が大剣を振ると、傭兵たちが一斉に動き出した。




