安息は遠く
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零仁たちはダリアの森を抜けた後、騎兵二〇〇とともに輝良と合流した。
騎兵たちに欠けはなく、負傷した者すらごくわずかだ。
ちなみに魔物たちで生き残ったのは、ガウルを含め魔狼が六匹だけだった。
今は零仁の駆るウンブラの後ろを、元気に駆けている。
(奇襲がうまくいったとはいえ、正規の騎兵隊と戦ったんだ。これだけ残ったなら上出来だろう)
所詮は魔物。使い潰せるのも利点のひとつ――。
そんなことを考えつつ、グランスたちが待つ村を目指してドミナ平原をゆっくり駆けていく。先頭はクルトとメイア。零仁は警戒のため最後尾だ。
そこに、輝良が横につけてきた。
「ぶひいぃいぃ……レイジく~ん、疲れたぁあぁ。そっち乗せてぇ~」
最近は手綱をカティに任せることが多いためか、ひとりで馬に乗るとすぐ音を上げる。
そんな輝良に、零仁は冷たい視線を向けた。
「豚みてえな声出してんじゃねえよ。俺だって疲れてんだから、少しくらい頑張れ」
「ひどっ! 最上位級四人とその他もろもろ、わたし一人で止めたんだよっ⁉ もっとご褒美あってもよくないっ⁉」
颯手たちはしばらくまともに魔法を使えない――輝良からそう聞いていた。
転移者の身体能力を以てしても、能力や強化魔法なしで騎兵に追いつくのは難しい。今のところ、追手は撒いたと考えていいだろう。
(まあ、たしかに輝良にしかできない芸当だが……)
星眼刻視――。
【星眼の巫女】の圏内にいる任意の転移者に魔力を集中させ、魔法を必中させる大技である。
ただし当てられる魔法はひとつだけ。すべての魔力を一点に注ぐため、消耗は膨大になる。輝良の疲労もそのせいだ。
今回、輝良が使った魔法は魔流封刻。対象とその周辺の魔力の循環を一時的に止め、魔法の行使と効果を封じるものだった。
(攻撃魔法が使えれば、もっと楽なんだけどなあ)
色々訓練してみたが、輝良はついに攻撃魔法を行使できなかった。
グランス曰く、『魔力は十二分にあるのに、誰かを傷つけたくないという意識が邪魔している』らしい。
(まあ、戦況をひっくり返せるだけで十分か……)
「ねぇ~、レイジく~ん。の~せ~て~」
「あ~、もう分かった分かった……。次の休憩のとこからな」
観念して答えると、輝良はにぱっと笑った。黒馬の歩調がにわかに早まる。
結局ただ一緒に乗りたかっただけなのだと、零仁は今さらながら気づくのだった。
* * * *
グランスたちと合流した後の行軍は順調だった。中央街道沿いを進むため、険しい地形もない。
ダリアの森以降、追手もなかった。さすがの颯手も、級友たちだけで追撃する気にはならなかったらしい。
雨期ながら天候にも恵まれ、ダリアの森での戦いから二日後にはトリーシャ河流域の森にたどり着いた。
一旦の目的地、エウロ砦は中央街道に接続するトリーシャ大橋の関所でもある。
「グランスさん、エウロ砦の守将ってどんな人なんすか?」
「ん? ああ、ビクリムって男でな……」
グランスが答えるより早く、隣のアリシャが口を開いた。
「ビクリム男爵は大らかで、とても良い方です。前の内戦では父の近衛として武功をあげた方なんですよ」
「は、はあ……そりゃすごいっすねえ……」
ダリアの森での奇襲成功以降、アリシャの態度は妙に馴れ馴れしい。最初のとげとげしさは影を潜め、今は親しげに接してくる。
隣の輝良がじっとりとした視線を送ってくるが、零仁は無視して馬を進めた。
しばらく進むと、水音が聞こえてきた。河を渡るアーチ状の橋、その先に見える鉄の扉がエウロ砦の入口だ。
「やっと着きましたね。なんだか懐かしい気がします」
「……ああ、それはいいんだが」
安堵をにじませるアリシャとは対照的に、グランスは険しい表情を浮かべる。
トリーシャ大橋の先にそびえるエウロ砦は、堂々たる威容だった。ネロスの城壁に劣らぬ石壁、黒々とした鉄の扉。
門の上には剣角を生やした馬の旗が翻っている。ビクリム男爵の紋章だろう。
(ん……? ここって関所でもあるよな?)
内戦中といえど、新王派が来ない限り街道を封鎖はしない――グランスからはそう聞いていた。
だが街道には行商人すらおらず、通行人の姿もない。
「……なんか、変っすね」
「ああ。旗も妙に汚れている」
零仁の言葉に、グランスが頷いた。
今のグランスの手勢は逃亡兵の合流もあり一二〇〇ほど。これだけの兵が街道を進んでいれば、門が開いて迎えがあるはずだ。だがその気配はなかった。
「テラ、エウロ砦に転移者はいるか?」
「待ってください……いました! 【一対の手練】、技能系かな? 他の人たちも普通にいるみたいですけど……」
「前にここを通った時にはいなかったな。ビクリムが雇ったってのならいいんだが」
グランスは険しい表情のまま橋のほうへ馬を進めた。
「先にオレが行ってくる。いつでも動けるようにしておけ」
そう言い残し、ひとり橋の半ばまで進む。
しかし砦の門は開かず、壁上から誰何の声すらない。
「ノースエンド領主……【大いなる御手】、グランス・ヴァン・トラクテンバーグだ! 開門を願う!」
大音声が響くも、砦からは沈黙――と思いきや。
壁上から矢の雨と、人の頭ほどもある石が、無数に降り注いだ。
だが次の瞬間、それらすべてが、グランスの見えざる腕に叩き落とされた。
全軍で橋まで進んでいたら、少なからず被害が出ていただろう。
「エウロは陥ちた! 全軍、砦攻めだあっ!」
指示と同時に、クルト率いる魔法隊が橋を駆けていく。グランスの周囲に結界を張るためだ。
「裏切り……⁉ なんでビクリム男爵が……私が援兵を率いて通った時も、声をかけてくれたのに……!」
「裏切ったのが守将とも限りません。他の誰かに背を撃たれた可能性もあります」
呆然とするアリシャに、輝良が応じた。
グランスは“旗が汚れている”と言っていた。一度降ろしたものを、偽装のためにふたたび掲げたのかもしれない。
「さてさて、どうすっかな。俺も前に出て魔法でもぶっ放すか?」
「橋の上じゃ、いい的になるだけだよ。こっちの魔法隊も少ないし、この間に森から伏兵が来たら……!」
輝良が言い終えるより早く、砦の奥から信号が上がった。はるか彼方から鬨の声も聞こえてくる。
「うわあっ、ほんとに来たっ⁉ 【星眼の巫女】で見てたのに……!」
「クソッタレ、輝良の能力も織り込み済みかよ。グズグズしてられねえな」
【遺灰喰らい】ならともかく、【星眼の巫女】の効果を正確に把握している者は少ない。
すなわち新王派――バルサザール側の手引きがあった証だ。
(どうせ他にも仕込みがある。さくっと陥としたいが……!)
周囲を見渡し、零仁はふとトリーシャ河に目を止めた。
深さはあるが、流れは穏やか。森に挟まれ滔々と続く様は、島随一の大河にふさわしい。
(待てよ……ちょうどいい能力があるじゃねえか!)
「レ、レイジくん⁉ どこ行くのっ⁉」
「河を渡る!」
輝良に短く告げると、戦列を離れ河岸に降りる。
足を水面につけると、沈まずに立つことができた。【水練達人】の効果は、流れがあっても関係ないらしい。
(よし、このまま川を渡って砦の側面から攻め込む!)
背に負った斬獲双星を抜いた瞬間――。
「……グオォオオゥン」
吠え声に振り返れば、ガウルを先頭に魔狼六匹が並んでいた。
「お前らも来るってのか……?」
「ウォォオン」
ガウルは一声吠えると水に飛び込み、犬かきならぬ狼かきで大橋の真下まで泳いでいく。
「お前ら泳げるのか! 最高じゃねえか……!」
零仁が水面を走り出すと、残りの魔狼も河に入った。穏やかな流れを意外な速さで進み、大橋の下を抜けて対岸へ。
壁上からは矢や石礫が絶え間なく降っていたが、気づかれる様子はない。
(砦の側面から入る!)
魔狼たちに意志で指示を飛ばし、川岸から跳躍。
鬱蒼とした森に囲まれた砦の側面は、見張りすら置かれていなかった。
(あまり門から離れるのも嫌だ……ここでいい!)
跳躍の勢いで、双剣の片割れを壁に突き立てる。ふたたび跳び、柄を足場にして壁の上へと躍り出た。
そこには、弓を持った敵兵が二人。装備にばらつきがあるところを見ると傭兵だろう。
「なっ……⁉」
「貴様ら、一体どこから……ぐあっ!」
双剣の片割れと、腰から抜いた雲散霧消が一瞬で二人の喉を裂いた。
その間に、魔狼たちも柄を足場に壁へ登ってくる。
「連結!」
式句に応じ、壁に突き立てた双剣が回転しながら飛んできた。右手の柄と連結し、両剣としての姿を取り戻す。
「よっしゃ……お前ら、行くぞ!」
両剣を振り構えると、ガウルたちが雄叫びを上げた。




