魔獣の饗宴【零仁/里緒菜】
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見張り役の魔鳥の視界を通して、騎兵たちが押し寄せてくるのが見えた。
雨にけぶる草原を駆ける姿は壮観だが、その中に級友の姿はない。
(えらく慎重じゃねえか、颯手……まあいい)
降りしきる雨の中、零仁は木陰からゆらりと立ち上がった。
【水練達人】のおかげか、意識していれば雨に濡れることすらない。
(始めるぞ、お前ら)
使役する魔物たちに開戦を告げる。魔狼は五〇、鳥は三〇ほど。
魔物は繁殖力が高く、獲物や周囲の魔力を吸って急速に成長する。生後数日で狩りを始める種も珍しくない。
(まだまだ使役していない魔物はたくさんいる……! さあ、来いっ!)
騎兵たちは、コーネリアスを先頭に森へ飛び込んできた。
さすがバルサザール直属の騎兵隊だけあって、雨の森でも器用に手綱を捌く。その技量は見事だが、木々に阻まれて速度は落ちている。
(まだだ……なるべく大勢が森に入ってから!)
鳥の視点を切り替えつつ、零仁は側面を突ける位置に動く。狙い通りの位置を取った時、騎兵たちは森の中ほどまで来ていた。
メイアらがいるのは森の際だが、これ以上進まれると危うい。見張りの鳥に視界を切り替えると、すでに走る騎兵は見えない。
(そろそろいいか……よし、やれ!)
合図とともに魔狼たちが吠え立てた。
「うわあっ⁉」
「魔物がこんなに……っ!」
「迎撃しろっ!」
「たかが魔物だ、押し返せっ!」
騎兵たちの怒声が響く。続いて断末魔と馬の悲鳴が雨音に混じった。
馬蹄の音は止んでいる。足を止めることに成功した。
(三匹で一騎! 馬を狙え、潰せたら次だ!)
指示に応え、魔物たちは連携を取り始める。
二匹が騎兵を襲い、一匹が馬の喉笛を食い破る。鳥は三匹で急降下し馬の目を潰す。ガウルはさらに見事で、馬を倒した勢いのまま騎兵をも屠っていた。
(やるなあ、ガウル! 大将を探せ、蛇の兜を被ったやつだ!)
指示を飛ばしつつ最後尾へ移動する。
敵の騎兵たちは混乱し、逃げようとして木にぶつかったり、仲間と衝突する始末だ。
そこへ奥から鬨の声とともに、クルトとメイア率いる騎兵たちが突入してきた。
クルトは魔法で敵を焼き、メイアは矢を放った後に短弓についた刃で喉を掻き切っていく。
(よし、いいタイミング! あとは退路を塞げば……)
双剣を抜き、黒い炎を灯す。闇に同化した火は雨でも消えない。
「憎悪炎招!」
燃える双剣を木々へ叩き込み、幹を倒して退路を塞いでいく。
「木がっ……!」
「退路が塞がれる!」
「左へ回れ、街道だ!」
悲鳴の中、零仁は飛び出した。
「【音速剣刃】!」
双剣から飛んだ白雲の弧が、騎兵の首を刎ねた。残りも同様に仕留めていく。
「なんだッ⁉」
「【遺灰喰らい】だ!」
「ぞっ、増援を!」
「転移者どもは何をしているっ⁉」
「黒陽焔墜!」
名づけとともに、双剣を振り下ろす。
小さな黒球が雨雲を背に落下し、弾けて黒炎となり騎兵を呑み込んだ。
「ぎゃああっ!」
「消せ、消せえっ!」
黒い火だるまが悶える光景に、零仁の口元が吊り上がる。
「ハハハハッ! 死ねよおっ!」
首を刎ね飛ばしていると――
「道を開けろおおッ!」
羽飾りの蛇兜を被った騎馬が逆走してきた。コーネリアスだ。
その背後には、ガウルが赤い目を光らせ追っている。
(よくやったぞ、ガウル!)
零仁は左手を伸ばした。
「悪愾燭灯!」
黒炎がコーネリアスの身体に灯る。
「うおあっ⁉ 熱い……っ! クソオオッ!」
コーネリアスが、首から下げた護符を引きちぎった。
風が渦巻き、白光の球体が彼を包む。黒炎は掻き消え、身体はふわりと浮かび上がった。
(想石……⁉ 防護魔法を仕込んでやがったか!)
さらに追撃をかけようとすると、コーネリアスが忌々しげに零仁を見た。
「【遺灰喰らい】……! この恨み、必ずや晴らしてやるぞオオオッ!」
「あらあら、情けないっすねえ! 弟さんのほうがカッコよかったっすよ~! ……【音速剣刃】!」
白雲の弧が風を切り、コーネリアスに届く寸前。光球が高みまで跳ね上がり、森の向こうへと飛んでいった。
「クソッタレ、運だけは弟より良かったみてえだな」
いつの間にか、雨は上がっていた。
陽光が射しはじめた曇天の下、黒い炎が森を焼いていく。騎兵たちの屍に鳥の死骸が折り重なり、乗り手を喪った軍馬に魔狼が群れる。
さながら、地獄の光景だ。
「……あらかた終わりましたよ、レイジ殿」
声に目を向けると、馬に乗ったクルトとメイアだった。黒い戦衣は雨に濡れているものの、外傷はない。
「バルサザールの息子は?」
「逃したが、まあいいさ。あんな小物はいつでも殺れる」
メイアの問いに答えながら、零仁は東を見やった。
「それより次だ、級友どもが来る」
「ああ、それなら心配ないと思いますよ」
「は……? なんでだよ?」
思わず聞き返すと、クルトは人差し指を立てて笑った。
「我らが軍師様が動いてますからね。今のうちに、距離を稼ぐとしましょう」
◆ ◆ ◆ ◆
時はしばし遡り――。
里緒菜たちが見守る中、コーネリアスたちが入った森から異様な音が響いた。
「なにこれ、狼の声?」
「ダリアの森に棲んでるやつだよね?」
「この声、何匹いるんだよ……」
「ねえ、なんか戦ってる感じしない?」
「魔物に襲われてるのかな?」
級友たちが口々に言う中、里緒菜は森に手をかざした。
「風天瞳想!」
千里眼の魔法を繰るが、事が起きているのは森の奥。さらに大気中の魔力が乱れており、鮮明な視界を保てない。
(刈谷、やってくれたね……! でもあのバカキンパ助けながら、零仁くんを捕らえるなんて……)
魔物の吠え声は十や二十では効かない。零仁との関係も不明、他に伏兵がいない保証もない。
逡巡していると、森に黒い火の手が上がった。降りしきる雨の中でも消えず、世界が焼け落ちるように森を呑み込んでいく。
「ねえねえ……これ、さすがにヤバくない?」
不安げな地咲の隣で、火音が拳を打ちつけた。
「あの炎、ダリア砦やネロス城で見たのと同じだ。祓川がいる……やるなら今だろ」
「里緒菜、行こう。今ならコーネリアスさんを助けられる」
波留の言葉に、里緒菜はため息をついて頷いた。
「分かった……全員、突入準備っ! もう一度、強化魔法をかけ終えたら……」
言いかけたその時。
周囲から魔力が消えた。
「あ……っ?」
身体から力が抜ける。まるで体の中に蓋をされるような、あるいは全身を薄布で包まれるような感覚。
波留が展開していた水の天幕も消え、激しい雨が降り注いだ。
(魔力を繰れない……⁉)
周りを見ると、地咲も火音も波留も、膝をついていた。
魔法を扱う中村や楠木も、呆然と自身の手を見ている。
「おい颯手さんっ、どうしたんだよ⁉」
「早く行かないとヤバいって……!」
「でも強化魔法が切れてる……突入なんて無理だよ!」
「うっさいなぁ……! 魔法、使えないんだってば!」
魔法を使わない面々の声に、地咲が苛立たしげに応じる。
待機位置からダリアの森までは二、三キロ。騎兵や強化魔法ありきなら一駆けだが、今のままでは敵に逃げられるのが目に見えていた。
(この感覚、あの時と同じ……!)
覚えがあった。
月の丘で零仁と対峙した時、新治が使った力と同じだ。
蓋をされた壺を無理やり振り回すように、体内の魔力で渦を作る。すると蓋をされた隙間から、わずかに魔力が漏れるような感覚があった。
「ッ……風天瞳想!」
なけなしの魔力を搾り、風が導く視界を伸ばす。
森の向こうでは、雨が上がっていた。雲間からの陽光に照らされる、小高い丘の上に――
「あ、ああ、っ……!」
黒馬に乗り、藍色の道服に身を包んだ新治がいた。
眼鏡をはずした目は、銀を流した夜空を思わせる。黒い羽扇を、森のほうにまっすぐ構えている。
(まさか、あんな距離から……⁉ 私だけじゃなくて、他のみんなの魔力まで封じたっていうの……⁉)
感情の揺らぎが生んだ風がざわめき、新治の黒髪を揺らす。
その時、新治が微笑んだ。まるで、里緒菜が見ていることに気づいているかのように。
(いつの間に、そんな真似ができるように……! あの新治……ッ!)
そこで、千里眼の魔法は途切れた。
降り続いていた雨が弱まっていく。光に包まれたコーネリアスが空を漂ってくるのを、里緒菜は黙って見つめていた。




